高校の敷地を出た俺たちは、まるっきり無軌道に歩いた。
行先なんてなく、同じ道路を何度も行ったり来たりした。
歩くことだけが目標で、ただ靴底がすり減ればいい。
ただ自分の身体が傷つけばいいと思っている人間の行動だったのは間違いない。
歩き続けて、よくわからない自然豊かな緑地の入り口に立ったところで、ようやく歩くのをやめようという気持ちになり、近くのベンチに座った。
少し遅れて隣に水嶋が座る。水嶋の顔には、まるで真夏みたいな大量の汗が浮いていた。
「もしかして、歩き殺す気?」
荒い息を吐きながら、水嶋は額の汗をハンカチで拭っている。
足元に目をやると、俺の前髪から落ちる雫が斑模様を作っていた。
模様の近くを蟻が隊列を組んで歩いている。どうやら死んだ虫の死骸を解体して巣穴へと運んでいるところらしかった。
その一匹一匹が全体のために正しい行動を取れるのは、彼らに備わった本能のなせる業なのだろうか。
「継原くんのせいじゃないよ」
その瞬間、俺はどんな顔をしていたのだろう。一瞬で水嶋から目を背けてしまったので、水嶋がどんな顔をしていたのかすらわからない。
「……そんなこと、言われたらどうする?」
俺は何度か深呼吸をした。心を落ち着かせないと、人間の言葉を喋れそうになかった。
「……やめてくれ。あんまり余裕ないんだ、俺」
俺の声はあまりにも泣き言めいていて、本当に泣きたくなった。被害者みたいに涙を流す資格なんて、俺にはありやしないのに。
「わたしたちが加山くんを誘わなければ、こんなことにはならなかった」
血のような赤に染まる空へ、歌い上げるように水嶋が言った。
「わたしが正しいことがしたいなんて言わなければ、〈攻略本〉なんて使わなければ、そもそもわたしが継原くんと話したりしなければ――」
「そんなこと言っても、仕方ない」
「そう思えたら、いいよね」
努めて出したみたいな明るい声に、水嶋も少なくないダメージを負っていることに気づかされて、どこかほっとした。
傷ついてるのは自分だけじゃない――そんな風に思ってしまう自分は醜いと、痛いくらいに理解しつつも。
「こんなことになるなんて思わなかった。〈攻略本〉さん教えてよって、言いたくもなる。〈攻略本〉は何でもわかるはずなんだから。でも、違うんだよね。〈攻略本〉は、あくまで継原くんの利益になるようにしか動かない。継原くんの利益になりさえすれば、それ以外の誰かがどうなろうが知ったこっちゃない」
「これが、俺の利益だって言うのか?」
喉笛を噛み千切りそうな声が出た。
だが水嶋はまるで怯まない。
正義の名の下に悪を断罪する執行者のような凄烈さで「そうだよ」と刀を返す。
「だって、継原くんは確かに加山くんを学校に戻すことに成功したから。文化祭に作品を出品させもした。よりもよってその当日に加山くんが途中で事故に遭ったのは不運だったけど、そんなのただの結果だもん。継原くんの成果とは関わりのないこと。うみちゃんも言ってたでしょ。『継原くんは正しいことをした』って。その通りだよ」
水嶋が滔々と語るのは、ただの事実だった。解釈の余地もない現実。新聞記事を読み上げるかのように、水嶋は続ける。
「加山くんはクラスメイトに対して強烈なコンプレックスを持ってた。もしあのまま学校に復帰したとしても、何らかトラブルを抱える可能性は低くない。静内さんたちがいじめ始めるかもしれないし、加山くんが勝手に暴発するかもしれない。そうなれば、加山くんを教室に連れ戻した張本人――加山くんと仲良しになった継原くんは難しい立ち位置に立たされることになる。継原くんの利益だけを考えれば、この形がベストだったのかもしれ――」
「俺の気持ちはどうなるんだ!」
握り拳を石造りのベンチに叩きつけて叫んだ。
犬を散歩させている通行人が、ビクッとして俺たちから距離を取る。俺の怒声を受けても、水嶋は微動だにしない。
「俺は! 加山ともっと仲良くなりたかった! ゲームだってもっと一緒にやりたかったし、あいつはすごいって、クラスの連中に認めさせてやりたかった! それが、正しくないって言うのか!?」
「違うよ、継原くん」
水嶋はゆっくりと首を横に振る。
「それは、継原くんにとっての利益にならない。それだけのことだよ。継原くんの気持ちも、正しさも、関係ないんだ。それを一番よくわかってるのは、継原くんのはず」
「――っ!」
何も言い返せない。
奥歯を噛み締めて、言い返す言葉を脳内で百もシミュレートして、そのどれもが言い訳に過ぎなくて、言葉を発する気力もなくしてしまった。
「……ごめん。こんなこと、言うつもりじゃなかった」
水嶋の言葉は、芯に冷たさを孕んだ秋の夜風が木々を鳴らす音にかき消されていった。
「わたし、いつもこうなんだ。いつも余計なことしか言わないの。存在自体がこの世界にとって不要なんだと思う。だから、死ぬべき時にも死ねなかった」
――小さい頃に、事故でね。
――家族四人で、車で旅行に行くところだった。
――助かったのは、わたしだけだった。
「継原くんは悪くないよ。だって、わたしが言い出したことだもん。〈攻略本〉を使おうって言ったのもわたし。継原くんが気に病むことなんてない」
「書いたのは、俺だ」
「言い出したのは、わたし」
「やったのも、俺だ!」
水嶋の顔は汗の雫がいくつも流れていた。そのうちのいくつかが涙であってもおかしくはない。相変わらず、俺は泣けないままだ。
汗が目に入って、視界がぼやける。何度目を擦っても、目の前の水嶋の姿すらぼやけたままだ。
「死んじゃおうかな」
ぽつりと、水嶋が零した。
その酷薄な響きに、思わず唾を飲み込んだ。
「わたしみたいな邪魔者は死んじゃった方が世界のためだと思う。こんな、正しくもない半端者は、潔く退場するのが筋ってものでしょ。いつかそうしなきゃって思ってた。その時が来たんだって」
「それは――」
「継原くんも、付き合う?」
水嶋の上目遣い。
その目には芯から震えが来るほどに色がない。
そんなことをしても何もならない――そんなことはわかっている。
俺たちの罪はなかったことにはならないし、加山の腕だって元通りにはならない。
現実逃避の極致だ。
なのに、その誘いは抗いようもないほどに甘美だった。
「水し――」
「なーんてね、冗談」
水嶋はベンチから立ち上がった。
ぱっ、ぱっと、顔の前で何度も両手を振った。
邪悪な考えを頭から追い出そうとしているかのように。
「こんなことくらいで死ぬわけないじゃん。やだなー、もうー、継原くんたら本気にしちゃってー!」
「……水嶋、俺は」
「はいこの話終わり! おしまいおしまい!」
パンパンパンと何度も手を叩き、勝手に歩き去ろうとする。ここで水嶋を行かせたらもう二度と出会えない気がして、咄嗟にその右手を取った。
「……放して」
「嫌だ」
振りほどかれないようにと、さらに力を込めた。
水嶋の細い腕がどくどくと脈打っている。
死ぬということは、この手が二度と脈打たなくなるということだ。
水嶋の目が、何も映さなくなる。
何も喋らなくなる。
聞かなくなる。
息をしなくなる。
この世からすべて消えてしまう。
自殺なんて、正しくない。
正しいわけがない。
そう思えば思うほど、心のどこか別の部分がほのかに熱を灯していた。
冷たい風に吹かれて凍えながら、心のどこかは高揚していた。
正しくなかったとしても、それが許されるのだとしたら――。
「だから、冗談だって言ってるでしょ!」
力が緩んだ一瞬の隙をついて、水嶋は俺の手を振り払った。
水嶋の目には、驚くほどに色がない。透明すぎて、俺の背後にある夕焼けすら映してしまいそうだった。
「心配しなくても、そう簡単に人は死ねないよ」
心配?
俺が水嶋の腕を掴んでいたのは、水嶋を心配してのことだっただろうか。
俺は俺を突き動かした衝動の正体がわからなくて、行き場のない右手を宙空に彷徨わせてしまう。
人は、そう簡単には死なない。
けど死ぬ時が来たら、それまで死ねなかったのが嘘みたいに、あっさりと死んでしまう。
生と死のゲートは、俺たちが思っている以上に、色んな場所に設けられている。
無敵の人が握った果物ナイフなのかもしれないし、誰かが踏んだアクセルなのかもしれない。
どこに正解があるのかはわからないけど、必ずどこかに正解はあるのだ。
「心配なんかしてない」
「じゃあ、何」
「置いていかないでほしいと、思った」
言葉が出てきて初めて、俺の気持ちはそれだったのだと気づいた。
俺の口は、脳味噌よりも正確に俺自身を理解している。
水嶋はくるりと夕陽の方を向いた。
水嶋の歩いていく方向に、太陽が沈んでいく。
「置いてなんていかないよ。継原くんがわたしを見捨てない限り」
「俺が水嶋を見捨てるわけないだろ。お前が俺を見放すことはあったとしても」
「なら、明日また会おうよ」
もう一度こちらを向いた時には、もういつもの水嶋だった。
「明日、日が暮れてから……そうだね、あの名古屋港のベンチで。継原くんの気持ちが変わってなかったら、来て。置いていかないから」
「わかった」
「指切り」
差し出された小指に、迷わず自分の小指を絡める。ぶんぶんぶんと適当に振り回された後、「指切った」と放り出される。
俺と水嶋の指は途切れてしまったのに、そこに約束が結ばれるというのは、考えてみると不思議だった。
「じゃあ、ここで別れよう」
「また明日な」
「また明日」
水嶋が去っていった時には、日はもうほとんど沈んでしまっていた。
行先なんてなく、同じ道路を何度も行ったり来たりした。
歩くことだけが目標で、ただ靴底がすり減ればいい。
ただ自分の身体が傷つけばいいと思っている人間の行動だったのは間違いない。
歩き続けて、よくわからない自然豊かな緑地の入り口に立ったところで、ようやく歩くのをやめようという気持ちになり、近くのベンチに座った。
少し遅れて隣に水嶋が座る。水嶋の顔には、まるで真夏みたいな大量の汗が浮いていた。
「もしかして、歩き殺す気?」
荒い息を吐きながら、水嶋は額の汗をハンカチで拭っている。
足元に目をやると、俺の前髪から落ちる雫が斑模様を作っていた。
模様の近くを蟻が隊列を組んで歩いている。どうやら死んだ虫の死骸を解体して巣穴へと運んでいるところらしかった。
その一匹一匹が全体のために正しい行動を取れるのは、彼らに備わった本能のなせる業なのだろうか。
「継原くんのせいじゃないよ」
その瞬間、俺はどんな顔をしていたのだろう。一瞬で水嶋から目を背けてしまったので、水嶋がどんな顔をしていたのかすらわからない。
「……そんなこと、言われたらどうする?」
俺は何度か深呼吸をした。心を落ち着かせないと、人間の言葉を喋れそうになかった。
「……やめてくれ。あんまり余裕ないんだ、俺」
俺の声はあまりにも泣き言めいていて、本当に泣きたくなった。被害者みたいに涙を流す資格なんて、俺にはありやしないのに。
「わたしたちが加山くんを誘わなければ、こんなことにはならなかった」
血のような赤に染まる空へ、歌い上げるように水嶋が言った。
「わたしが正しいことがしたいなんて言わなければ、〈攻略本〉なんて使わなければ、そもそもわたしが継原くんと話したりしなければ――」
「そんなこと言っても、仕方ない」
「そう思えたら、いいよね」
努めて出したみたいな明るい声に、水嶋も少なくないダメージを負っていることに気づかされて、どこかほっとした。
傷ついてるのは自分だけじゃない――そんな風に思ってしまう自分は醜いと、痛いくらいに理解しつつも。
「こんなことになるなんて思わなかった。〈攻略本〉さん教えてよって、言いたくもなる。〈攻略本〉は何でもわかるはずなんだから。でも、違うんだよね。〈攻略本〉は、あくまで継原くんの利益になるようにしか動かない。継原くんの利益になりさえすれば、それ以外の誰かがどうなろうが知ったこっちゃない」
「これが、俺の利益だって言うのか?」
喉笛を噛み千切りそうな声が出た。
だが水嶋はまるで怯まない。
正義の名の下に悪を断罪する執行者のような凄烈さで「そうだよ」と刀を返す。
「だって、継原くんは確かに加山くんを学校に戻すことに成功したから。文化祭に作品を出品させもした。よりもよってその当日に加山くんが途中で事故に遭ったのは不運だったけど、そんなのただの結果だもん。継原くんの成果とは関わりのないこと。うみちゃんも言ってたでしょ。『継原くんは正しいことをした』って。その通りだよ」
水嶋が滔々と語るのは、ただの事実だった。解釈の余地もない現実。新聞記事を読み上げるかのように、水嶋は続ける。
「加山くんはクラスメイトに対して強烈なコンプレックスを持ってた。もしあのまま学校に復帰したとしても、何らかトラブルを抱える可能性は低くない。静内さんたちがいじめ始めるかもしれないし、加山くんが勝手に暴発するかもしれない。そうなれば、加山くんを教室に連れ戻した張本人――加山くんと仲良しになった継原くんは難しい立ち位置に立たされることになる。継原くんの利益だけを考えれば、この形がベストだったのかもしれ――」
「俺の気持ちはどうなるんだ!」
握り拳を石造りのベンチに叩きつけて叫んだ。
犬を散歩させている通行人が、ビクッとして俺たちから距離を取る。俺の怒声を受けても、水嶋は微動だにしない。
「俺は! 加山ともっと仲良くなりたかった! ゲームだってもっと一緒にやりたかったし、あいつはすごいって、クラスの連中に認めさせてやりたかった! それが、正しくないって言うのか!?」
「違うよ、継原くん」
水嶋はゆっくりと首を横に振る。
「それは、継原くんにとっての利益にならない。それだけのことだよ。継原くんの気持ちも、正しさも、関係ないんだ。それを一番よくわかってるのは、継原くんのはず」
「――っ!」
何も言い返せない。
奥歯を噛み締めて、言い返す言葉を脳内で百もシミュレートして、そのどれもが言い訳に過ぎなくて、言葉を発する気力もなくしてしまった。
「……ごめん。こんなこと、言うつもりじゃなかった」
水嶋の言葉は、芯に冷たさを孕んだ秋の夜風が木々を鳴らす音にかき消されていった。
「わたし、いつもこうなんだ。いつも余計なことしか言わないの。存在自体がこの世界にとって不要なんだと思う。だから、死ぬべき時にも死ねなかった」
――小さい頃に、事故でね。
――家族四人で、車で旅行に行くところだった。
――助かったのは、わたしだけだった。
「継原くんは悪くないよ。だって、わたしが言い出したことだもん。〈攻略本〉を使おうって言ったのもわたし。継原くんが気に病むことなんてない」
「書いたのは、俺だ」
「言い出したのは、わたし」
「やったのも、俺だ!」
水嶋の顔は汗の雫がいくつも流れていた。そのうちのいくつかが涙であってもおかしくはない。相変わらず、俺は泣けないままだ。
汗が目に入って、視界がぼやける。何度目を擦っても、目の前の水嶋の姿すらぼやけたままだ。
「死んじゃおうかな」
ぽつりと、水嶋が零した。
その酷薄な響きに、思わず唾を飲み込んだ。
「わたしみたいな邪魔者は死んじゃった方が世界のためだと思う。こんな、正しくもない半端者は、潔く退場するのが筋ってものでしょ。いつかそうしなきゃって思ってた。その時が来たんだって」
「それは――」
「継原くんも、付き合う?」
水嶋の上目遣い。
その目には芯から震えが来るほどに色がない。
そんなことをしても何もならない――そんなことはわかっている。
俺たちの罪はなかったことにはならないし、加山の腕だって元通りにはならない。
現実逃避の極致だ。
なのに、その誘いは抗いようもないほどに甘美だった。
「水し――」
「なーんてね、冗談」
水嶋はベンチから立ち上がった。
ぱっ、ぱっと、顔の前で何度も両手を振った。
邪悪な考えを頭から追い出そうとしているかのように。
「こんなことくらいで死ぬわけないじゃん。やだなー、もうー、継原くんたら本気にしちゃってー!」
「……水嶋、俺は」
「はいこの話終わり! おしまいおしまい!」
パンパンパンと何度も手を叩き、勝手に歩き去ろうとする。ここで水嶋を行かせたらもう二度と出会えない気がして、咄嗟にその右手を取った。
「……放して」
「嫌だ」
振りほどかれないようにと、さらに力を込めた。
水嶋の細い腕がどくどくと脈打っている。
死ぬということは、この手が二度と脈打たなくなるということだ。
水嶋の目が、何も映さなくなる。
何も喋らなくなる。
聞かなくなる。
息をしなくなる。
この世からすべて消えてしまう。
自殺なんて、正しくない。
正しいわけがない。
そう思えば思うほど、心のどこか別の部分がほのかに熱を灯していた。
冷たい風に吹かれて凍えながら、心のどこかは高揚していた。
正しくなかったとしても、それが許されるのだとしたら――。
「だから、冗談だって言ってるでしょ!」
力が緩んだ一瞬の隙をついて、水嶋は俺の手を振り払った。
水嶋の目には、驚くほどに色がない。透明すぎて、俺の背後にある夕焼けすら映してしまいそうだった。
「心配しなくても、そう簡単に人は死ねないよ」
心配?
俺が水嶋の腕を掴んでいたのは、水嶋を心配してのことだっただろうか。
俺は俺を突き動かした衝動の正体がわからなくて、行き場のない右手を宙空に彷徨わせてしまう。
人は、そう簡単には死なない。
けど死ぬ時が来たら、それまで死ねなかったのが嘘みたいに、あっさりと死んでしまう。
生と死のゲートは、俺たちが思っている以上に、色んな場所に設けられている。
無敵の人が握った果物ナイフなのかもしれないし、誰かが踏んだアクセルなのかもしれない。
どこに正解があるのかはわからないけど、必ずどこかに正解はあるのだ。
「心配なんかしてない」
「じゃあ、何」
「置いていかないでほしいと、思った」
言葉が出てきて初めて、俺の気持ちはそれだったのだと気づいた。
俺の口は、脳味噌よりも正確に俺自身を理解している。
水嶋はくるりと夕陽の方を向いた。
水嶋の歩いていく方向に、太陽が沈んでいく。
「置いてなんていかないよ。継原くんがわたしを見捨てない限り」
「俺が水嶋を見捨てるわけないだろ。お前が俺を見放すことはあったとしても」
「なら、明日また会おうよ」
もう一度こちらを向いた時には、もういつもの水嶋だった。
「明日、日が暮れてから……そうだね、あの名古屋港のベンチで。継原くんの気持ちが変わってなかったら、来て。置いていかないから」
「わかった」
「指切り」
差し出された小指に、迷わず自分の小指を絡める。ぶんぶんぶんと適当に振り回された後、「指切った」と放り出される。
俺と水嶋の指は途切れてしまったのに、そこに約束が結ばれるというのは、考えてみると不思議だった。
「じゃあ、ここで別れよう」
「また明日な」
「また明日」
水嶋が去っていった時には、日はもうほとんど沈んでしまっていた。

