あの夏、俺は神様から人生の〈攻略本〉をもらった

 文化祭の当日、俺たちのクラスの展示の一際目立つ場所に、加山と水嶋、俺の名前が掲げられたA2のタペストリーが飾られていた。
 まあ、飾ったのは俺なのだけど。
 静内は、そのタペストリーの絵柄と添えられている名前を見てあからさまに顔を顰めていたが、俺の手前、口には出さなかった。
 普段は始業ギリギリの水嶋も、今日は少しだけ早めに顔を出した。
 タペストリーの前で目を見開いた水嶋は、その端にそっと手を滑らせる。

「加山くんって、やっぱすごいね」

 その言葉通り、加山の作品は、製作物としての次元が他の展示物とは明らかに異なっていた。
 狭く薄暗い部屋で、〈シズコ〉と〈ミナミ〉、〈メムコ〉の三人が、肩を寄せ合って仲良くゲームをしている絵だった。
 表面上は悪戯っぽい〈シズコ〉と、醒めた目をしつつもしっかり画面から目を離さない〈ミナミ〉に、柔らかい笑みを湛えながら二人を後ろから見守る〈メムコ〉。
 背後の窓から漏れる日の光が眩しくて、まるで光の粒子が三人の輪を祝福しているようにも見える。
 ゲーム本編ではあまり絡まない三人なのに、その背景にあるストーリーまで語られているようだ。
 見ているだけで泣けてくるような、それでいて幸せに笑みがこぼれていくような――そんなかけがえのない一瞬が切り取られている。

 ――〈シズク〉は継原の推しだろ。僕は〈ミナミ〉。なら水嶋の推しも描いてやらないと。

 俺は、加山が何を思ってこの絵を描いたのかを知っている。
 あいつにとって、この瞬間がどれだけ奇跡的なものだったのかも。
 目的が何だったとしても、手段がどうだったとしても、あいつが感じた幸福は、きっと嘘になったりはしないんだと思う。
 加山の思いが誇らしくて、誰彼構わず薦めて回りたい衝動に駆られた。
 俺がそんな奇行に走るまでもなく、加山の絵は文化祭が始まる前から注目を集め始めていた。

「これ、やばくない?」
「〈スカイン〉? てかこれ、〈砂梟〉じゃね?」
「やっべえ! 〈砂梟〉って同じ学校だったんだな!」

 開始前だというのに、俺たちの展示の前には既に人集りが出来ていた。
 〈瑠夏グループ〉など、あまりよく思っていない人間もいたが、大半が加山の作品を好意的に受け止めていたように思う。

 早く来い、加山。
 この世界は冷たいばかりじゃない――そんな柄にもないことを、今日なら伝えられそうな気がしていた。



 ホームルームの時間になった。
 文化祭開始前、俺たちは一度教室に戻らなくてはならない。そういうスケジュールになっている。加山の姿はまだ見ていない。

「あっ」

 うみちゃんが敷居に躓いてつんのめりながら教室に転がり込んできた。
 教室内が笑いに包まれるが、うみちゃんの顔の蒼白さが、何かただ事ではないことが起こったことを物語っていた。

「おはようございます」

 うみちゃんの裏返った声に、また笑う。
 だが、その次の言葉に教室内が凍りついた。



「今朝、登校中の当校男子生徒が交通事故に遭いました。事故に遭ったのは、このクラスの加山泰道くんです」



 目の前が真っ暗になった。

「えええ」「なんで」「うそーかわいそー」「そもそもあいつ学校来てなかったじゃん」「てかそんなやついた? なんで登校してんの?」

 無責任なざわめきに巻かれながら、俺の中にある冷酷な声がうるさいくらいに叫んでいた。

 〈攻略本〉が指し示すのは、あくまで俺にとっての利益だ。
 俺にとって、都合のいい〈答え〉でしかないのだ――と。