あの夏、俺は神様から人生の〈攻略本〉をもらった

 その日から、学校が終わったら電車で加山の家に集合し、三人で〈スカイン〉をプレイすることが日課になった。
 〈スカイン〉は、一人黙々とプレイすることを前提としている古式ゆかしいソシャゲなので、集まってプレイする必要はどこにもない。
 だけど、他に何のつながりも持たない俺たちのような三人が集まるには、都合のいい言い訳が必要だった。
 初めは公園に集まっていたが、あまりにも九月の残暑が厳しいことや、近くの自販機で購入するジュース代が嵩む。

「僕の部屋に行こうよ。エアコンもついてる」

 加山からの提案を断る理由なんて、俺や水嶋は持ち合わせていなかった。
 毎日図々しく上がり込む俺たちを、加山の母親は歓待してくれた。自室に閉じ込もる加山のことを心配していたのだろう。

「これからもずっと、来ていいからね」

 加山の母親は時折涙ぐみながら、そういうことを毎回言った。
 その言葉に、俺はいつも苦笑いを返すことしかできなかったが、水嶋は堂々と「はい。ありがとうございます、おばさま」と笑ってみせた。どんな面の皮の厚さしてるんだよ、こいつ。
 イベントボスとバトルが終わり、一息ついたタイミングで、俺から切り出した。

「加山、悪い。俺たち、来週からあまり来れなくなるかもしれない」

 声には出なかったものの、加山の顔に失望の色が差した。

「来週から、いよいよ本格的に文化祭の準備をしなきゃいけなくなるんだ。俺、文化祭実行委員もやってるから」

 文化祭はいよいよ再来週にまで迫ってきている。来週からは本格的な準備が始まり、放課後の時間を無尽蔵に費やすようなこともできなくなる。全体の流れも詰めなければならないし、クラス展示の準備も進めなければならない。

「そっか……」

 残念だ――とその表情が言っていた。
 その顔を見ることができただけで、この数週間は無駄じゃなかったと思う。
 だが、これで終わりにするわけにはいかない。俺たちは次の段階に進まなければならないのだから。

「実は、クラス展示で困ったことがあってさ」
「どうしたんだ?」
「俺たちのクラス、美術展示をやることにしたんだよ。イラスト描けるやつとか、工作できるやつ多かったからさ。だけど、そのうちの一人が突然辞退したんだ。自信がないとか、創作意欲が湧かない、とかで」

 展示に欠員が出たのは事実だ。
 だが、欠けたものは欠けたままにしておけばいいだけのことだ。学生が自主的に実施する展示に『一つ足らないぞ』なんて怒るやつはいない。
 だけど俺は、これがいい切っ掛けになるんじゃないかと思った。
 見る目のない教室の連中に、加山の才能を見せつけるいい機会なんじゃないか――と。

「加山、出品してみないか?」
「……僕が?」

 加山の顔がわかりやすく曇った。中学生の時に起こったことを思えば、この件に加山が後ろ向きになるのは理解できる。

「……無理だよ」
「加山のイラストは、ど素人の俺から見てもすごいよ。下手なプロなんかよりずっとすごい。学校の連中にも、その凄さを見せつけてやりたい。そうしないと損じゃないかって」
「……損?」
「せっかく誰かの吠え面が拝める機会なのに、それを拝めないのは人生の損失だ。メンテの詫び石を期限超過で貰い損ねるようなもんだ」

 その喩えは琴線に響いたのか、加山はクスッと息を吹き出した。だが、緩んだ表情は一瞬で濁り、またすぐに俯いてしまう。

「……中学の時に、嫌なことがあったんだ。もしかしたら、聞いてるかもしれないけど」

 隠してもしょうがない。
 俺は素直に頷いた。

「〈砂梟〉をやり始めてから、わかったんだ。リアルには僕の絵の価値を理解できるやつなんていない。そしてそれは、僕や、僕の絵の価値が低いからじゃない。程度が低いのは、クラスの連中の方だったんだ。程度の低い連中にわかってもらおうとするのは、時間の無駄だ。僕の価値は、ネットにいるみんなの方が、よっぽどわかってくれてる。高校に進めば変わるかもしれないって思ったけど、やっぱり変わらなかった。あそこには、僕の居場所はない。だから、行くのもやめたんだ」

 清々したという物言いのわりに、加山は随分と苦しそうだった。
 加山の言葉は、何も間違ってはいない。
 中学の時がどうだったかはわからないが、今の加山が描くイラストの価値は誰が見ても理解できるものだし、それはSNSでの評価を見ても明らかだ。理解(わか)らせてやりたいという気持ちは、俺の中にもある。
 ただ、それを見た教室の反応がどう転ぶかはわからない。評価とは、そのものの価値のみでは決まらず空気で決まる。その空気がどう転ぶかは、俺にも予測はできない。
 プロ野球選手の価値を、野球を知らない宇宙人が理解できるわけもないのと同じだ。

「わたしなら、やり返してやりたいけど」

 それまで話に入ってこなかった水嶋は、加山のベッドに背中を預けて、膝を抱えていた。

「だって、ムカつくじゃない。自分に興味を持たない連中を見返してやりたいって思うじゃん」

 水嶋の言葉は俺も含めての総意だった。
 加山は少なからず学校に未練を残している。
 自分を理解しなかった連中を見下しながらも、自分に向かわない視線をつらいと感じるのは、そこに消化しきれない未練が沈殿しているからだ。
 俺も水嶋も、加山のことをすごいと思っている。
 加山の作品を出せば、他の作品を全部食ってしまうのは目に見えていた。だったら、その機会は有効に使うべきだ。
 周囲の視線を逆転し、学校への未練を晴らす。
 それは、加山のこの先の人生においても、有益な経験のはずだ。

「……決めるのは加山だよ。水嶋」

 水嶋はまだ何か言いたそうだったが、ぐっと口を噤んだ。

「もし加山が出してくれるって言うなら、加山を一人ではやらせない。俺の名前も使う。クラスの連中に否定されるなら、俺も一緒だ」
「継原も……?」
「ああ。それを一緒に見に行こうぜ。加山が学校に来てくれたら嬉しい。クラスで一緒に〈スカイン〉やろうぜ。友達なんだからさ」