その翌日、再び現れた俺たちを見た母親は、わかりやすく顔を綻ばせた。「ちょっと待っててね」と言い残していそいそ奥に戻り、ほどなくして加山本人が姿を見せた。
「よ」
本人からは、ぷいとそっぽを向かれてしまったけど。
昨日と同じように公園まで来て、昨日と同じベンチに同じ並びで座った。公園にいたのは昨日とは違う子どもたちで、遊びもサッカーや野球ではなく、大縄跳びや鬼ごっこだった。
「……何の用だよ」
「だから言っただろ。仲良くなりたいんだって、加山くんと」
「継原みたいなやつが、僕みたいな人間と仲良くなりたいだなんて思うはずない」
「なんでだよ」
「継原はいつもクラスの中心にいる。僕みたいに、いつもかも教室の隅っこでぐずぐず腐ってるやつになんか目を向けるはずない」
そんなことない――そう言いたいのは山々だったが、水嶋から言われるまでずっと、加山のことを放置してきたのは事実だ。何も言い返せない。
だが、今日はただ加山の恨み言を受け止めるためだけに来たわけじゃない。
「相談したいことがあるんだ」
「まさか、学校に来いとでも言うんじゃないだろうな」
「違うよ」
俺はスマホを取り出して、あるアプリを起動する。
メーカーのロゴの次に、青空を描いたアニメーションが表示された。楽しそうな少女たちの姿が入れ替わり立ち代わり描かれていく。
「〈スカイン〉……?」
〈スカイブルー・インテグレーション〉――略して〈スカイン〉だ。
国内では一、二を争う超人気ソシャゲで、リアルイベントの日はSNSのトレンド一位はほぼ鉄板。ガチャが更新されれば爆死報告が死屍累々、新しいファンアートの投稿を見ない日はないくらいだ。
〈スカイン〉の大ファンであることを公言しているクリエイターアカウントは少なくない。〈砂梟〉も、もちろん例外ではない。
「〈スカイン〉、やってる? 俺さ、この前始めたんだけど、持久戦のFがどうしてもクリアできなくて、加山くんなら攻略法知ってるんじゃないかと思って」
訝し気な目をしつつも、加山は恐る恐る顔を近づけてきた。
俺のスマホにはゲーム画面が表示されている。ゲームを始めたばかりで、まだまだ弱いキャラクターたちが雲霞のごとく襲い掛かってくる敵に必死で抵抗している。
「そんなん、攻略サイト見ればいいだろ」
「見てもよくわかなくて」
「動画見ろよ」
「見ても、キャラが弱くてだめなんだよ」
「リセマラしろ」
「面倒くさくて」
「フレンド」
「そう、フレンド! 加山くんには俺たちのフレンドになってほしいんだよ」
「俺……たち……?」
いい笑顔の水嶋が俺の隣から、同じく〈スカイン〉のホーム画面を表示させたスマホを差し出している。
「俺らフレンド、互いに一人ずつしかいなくて。加山くん〈スカイン〉やってたらさ、よかったら……その、フレンドなってくんね?」
「お願いっ!」
大げさな仕草で両手を合わせる水嶋。俺もそれに倣う。俺ら二人に追い詰められ、困惑しているのは加山だ。
『加山泰道と距離を縮めるためにはどうしたらいいのか』
返ってきたのが、
『〈スカイブルー・インテグレーション〉を三人でやれ』
という〈答え〉だった。
すぐさま水嶋に〈スカイン〉をインストールさせ、昨夜からずっと〈スカイン〉をひたすら進めてきた。おかげさまで、俺も水嶋も寝不足だ。
ソシャゲなんてやったことなかったけど、やり始めると、なかなかどうして面白かった。
キャラが可愛いのはもちろんのこと、思っていたよりもずっとストーリーが深くて、考えさせられた。
「……ふ、フレンドなんか、適当に探せばいいだろ。掲示板だって、あるんだし。そもそも、継原みたいな陽キャが〈スカイン〉なんて、やるのかよ」
「やるよ。面白いじゃん」
「推し……なんて、いねえだろ」
「俺は、〈シズク〉好きだな。強いし。メモリアルめっちゃいいじゃん」
「……なんで〈シズク〉なの」
「ストーリーの第三章あっただろ。あそこで〈シズク〉、わざと悪ぶってパーティーから離脱するじゃん」
「……ああ」
「あれ、パーティーのためっていうのもあるんだけど、どっちかって言うとさ、自分はここにいられるような人間じゃない、みたいな、自分への自信のなさがある気がしたんだ」
半分は打算だった。
俺は、〈砂梟〉が描いた〈スカイン〉のファンアートで、もっとも多いのが〈シズク〉というキャラであることを知っていた。
推しが〈シズク〉だと言えば、共感を誘えるんじゃないかと思った。それも確かにある。
だけど、もう半分は打算じゃない。
〈シズク〉というキャラが抱える弱さ。自分はここにいてはいけないんじゃないか。その儚さに強く共感したのは本当だ。
〈シズク〉が好きなやつなんだ。
俺たちはきっと、仲良くなれる。
「……僕も、〈シズク〉は、推してる」
加山がポツリと漏らした。
消え入りそうな声だったが、確かに届いた。
「継原の、ちょっと見せてくれない?」
僕のスマホを渡してやると、キャラやストーリー進行を見て、「うわ、全然進めてないじゃん。キャラも全然いないし」などとぶつぶつつぶやき始めた。一通り見ると「ありがとう」と、返してきた。
「悪いけど、フレンドは……その」
「まあ、いいよ。無理にとは思ってねえし」
「い、いや! そうじゃなくて!」
後ろ頭をボリボリと掻きながら、「うー」だの「あー」だの呻いた後、バツが悪そうに加山はこう付け加えた。
「継原たち、まだ全然進めてないし、キャラもいなさすぎだし。今ちょうど周年イベやってるから、リセマラしなよ。それから……なら。いいよ、フレンド」
フレンド。
その単語の意味を咀嚼し、間違ってないことを確信した後、俺と水嶋は顔を見合わせ、どちらからともなく自然と右手を高く掲げ、強く叩いた。
「ハイタッチって。大げさだよ」
「大げさじゃないよ! 加山くん! フレンドよろしくね!」
「あ、ああ。よろしく」
水嶋は俺を飛び越える勢いで加山に飛びつき、その手を両手で掴んでぶんぶんと振り回した。「ちょっ……まっ……!」と、真っ赤な茹でダコのようになってしまった加山も、まんざらではなさそうだった。
俺たちはその後、残暑厳しい公園のベンチに居座り、日が暮れるまで延々とリセマラした。
加山はとても厳しく、人権キャラの〈ヒミカ〉か〈ミナミ〉を引くまでリセマラ継続すべきだと強硬に主張した。
俺はどうにか〈ミナミ〉を引いたが、水嶋はついに引けず、引けたらグループラインで報告することにしてその日は解散した。
帰りの電車の中、死んだ魚の目でリセマラする水嶋には、申し訳ないけど笑ってしまった。
「普段の行いじゃね?」
「うるさいなあ」
その日は少し楽しかった。
脇腹に水嶋の肘を食らっても、気にならないくらいには。
こういうものに、俺はなりたかったのかもしれない――そんな錯覚をしてしまうくらいには。
「お前って、案外いいやつだな」
「でしょ?」
何度目かもわからないリセットをしながら、引きつった笑みを浮かべる水嶋を可愛いと思ってしまったのは、口に出したら末代までの恥になると思って、黙っておいた。
「よ」
本人からは、ぷいとそっぽを向かれてしまったけど。
昨日と同じように公園まで来て、昨日と同じベンチに同じ並びで座った。公園にいたのは昨日とは違う子どもたちで、遊びもサッカーや野球ではなく、大縄跳びや鬼ごっこだった。
「……何の用だよ」
「だから言っただろ。仲良くなりたいんだって、加山くんと」
「継原みたいなやつが、僕みたいな人間と仲良くなりたいだなんて思うはずない」
「なんでだよ」
「継原はいつもクラスの中心にいる。僕みたいに、いつもかも教室の隅っこでぐずぐず腐ってるやつになんか目を向けるはずない」
そんなことない――そう言いたいのは山々だったが、水嶋から言われるまでずっと、加山のことを放置してきたのは事実だ。何も言い返せない。
だが、今日はただ加山の恨み言を受け止めるためだけに来たわけじゃない。
「相談したいことがあるんだ」
「まさか、学校に来いとでも言うんじゃないだろうな」
「違うよ」
俺はスマホを取り出して、あるアプリを起動する。
メーカーのロゴの次に、青空を描いたアニメーションが表示された。楽しそうな少女たちの姿が入れ替わり立ち代わり描かれていく。
「〈スカイン〉……?」
〈スカイブルー・インテグレーション〉――略して〈スカイン〉だ。
国内では一、二を争う超人気ソシャゲで、リアルイベントの日はSNSのトレンド一位はほぼ鉄板。ガチャが更新されれば爆死報告が死屍累々、新しいファンアートの投稿を見ない日はないくらいだ。
〈スカイン〉の大ファンであることを公言しているクリエイターアカウントは少なくない。〈砂梟〉も、もちろん例外ではない。
「〈スカイン〉、やってる? 俺さ、この前始めたんだけど、持久戦のFがどうしてもクリアできなくて、加山くんなら攻略法知ってるんじゃないかと思って」
訝し気な目をしつつも、加山は恐る恐る顔を近づけてきた。
俺のスマホにはゲーム画面が表示されている。ゲームを始めたばかりで、まだまだ弱いキャラクターたちが雲霞のごとく襲い掛かってくる敵に必死で抵抗している。
「そんなん、攻略サイト見ればいいだろ」
「見てもよくわかなくて」
「動画見ろよ」
「見ても、キャラが弱くてだめなんだよ」
「リセマラしろ」
「面倒くさくて」
「フレンド」
「そう、フレンド! 加山くんには俺たちのフレンドになってほしいんだよ」
「俺……たち……?」
いい笑顔の水嶋が俺の隣から、同じく〈スカイン〉のホーム画面を表示させたスマホを差し出している。
「俺らフレンド、互いに一人ずつしかいなくて。加山くん〈スカイン〉やってたらさ、よかったら……その、フレンドなってくんね?」
「お願いっ!」
大げさな仕草で両手を合わせる水嶋。俺もそれに倣う。俺ら二人に追い詰められ、困惑しているのは加山だ。
『加山泰道と距離を縮めるためにはどうしたらいいのか』
返ってきたのが、
『〈スカイブルー・インテグレーション〉を三人でやれ』
という〈答え〉だった。
すぐさま水嶋に〈スカイン〉をインストールさせ、昨夜からずっと〈スカイン〉をひたすら進めてきた。おかげさまで、俺も水嶋も寝不足だ。
ソシャゲなんてやったことなかったけど、やり始めると、なかなかどうして面白かった。
キャラが可愛いのはもちろんのこと、思っていたよりもずっとストーリーが深くて、考えさせられた。
「……ふ、フレンドなんか、適当に探せばいいだろ。掲示板だって、あるんだし。そもそも、継原みたいな陽キャが〈スカイン〉なんて、やるのかよ」
「やるよ。面白いじゃん」
「推し……なんて、いねえだろ」
「俺は、〈シズク〉好きだな。強いし。メモリアルめっちゃいいじゃん」
「……なんで〈シズク〉なの」
「ストーリーの第三章あっただろ。あそこで〈シズク〉、わざと悪ぶってパーティーから離脱するじゃん」
「……ああ」
「あれ、パーティーのためっていうのもあるんだけど、どっちかって言うとさ、自分はここにいられるような人間じゃない、みたいな、自分への自信のなさがある気がしたんだ」
半分は打算だった。
俺は、〈砂梟〉が描いた〈スカイン〉のファンアートで、もっとも多いのが〈シズク〉というキャラであることを知っていた。
推しが〈シズク〉だと言えば、共感を誘えるんじゃないかと思った。それも確かにある。
だけど、もう半分は打算じゃない。
〈シズク〉というキャラが抱える弱さ。自分はここにいてはいけないんじゃないか。その儚さに強く共感したのは本当だ。
〈シズク〉が好きなやつなんだ。
俺たちはきっと、仲良くなれる。
「……僕も、〈シズク〉は、推してる」
加山がポツリと漏らした。
消え入りそうな声だったが、確かに届いた。
「継原の、ちょっと見せてくれない?」
僕のスマホを渡してやると、キャラやストーリー進行を見て、「うわ、全然進めてないじゃん。キャラも全然いないし」などとぶつぶつつぶやき始めた。一通り見ると「ありがとう」と、返してきた。
「悪いけど、フレンドは……その」
「まあ、いいよ。無理にとは思ってねえし」
「い、いや! そうじゃなくて!」
後ろ頭をボリボリと掻きながら、「うー」だの「あー」だの呻いた後、バツが悪そうに加山はこう付け加えた。
「継原たち、まだ全然進めてないし、キャラもいなさすぎだし。今ちょうど周年イベやってるから、リセマラしなよ。それから……なら。いいよ、フレンド」
フレンド。
その単語の意味を咀嚼し、間違ってないことを確信した後、俺と水嶋は顔を見合わせ、どちらからともなく自然と右手を高く掲げ、強く叩いた。
「ハイタッチって。大げさだよ」
「大げさじゃないよ! 加山くん! フレンドよろしくね!」
「あ、ああ。よろしく」
水嶋は俺を飛び越える勢いで加山に飛びつき、その手を両手で掴んでぶんぶんと振り回した。「ちょっ……まっ……!」と、真っ赤な茹でダコのようになってしまった加山も、まんざらではなさそうだった。
俺たちはその後、残暑厳しい公園のベンチに居座り、日が暮れるまで延々とリセマラした。
加山はとても厳しく、人権キャラの〈ヒミカ〉か〈ミナミ〉を引くまでリセマラ継続すべきだと強硬に主張した。
俺はどうにか〈ミナミ〉を引いたが、水嶋はついに引けず、引けたらグループラインで報告することにしてその日は解散した。
帰りの電車の中、死んだ魚の目でリセマラする水嶋には、申し訳ないけど笑ってしまった。
「普段の行いじゃね?」
「うるさいなあ」
その日は少し楽しかった。
脇腹に水嶋の肘を食らっても、気にならないくらいには。
こういうものに、俺はなりたかったのかもしれない――そんな錯覚をしてしまうくらいには。
「お前って、案外いいやつだな」
「でしょ?」
何度目かもわからないリセットをしながら、引きつった笑みを浮かべる水嶋を可愛いと思ってしまったのは、口に出したら末代までの恥になると思って、黙っておいた。

