あの夏、俺は神様から人生の〈攻略本〉をもらった

 家に戻り、夕食や風呂など諸々を済ませ自室で一息ついていると、スマホにライン通話の着信があった。パンダのぬいぐるみのアイコンは水嶋だ。

「継原くん?」
「おう」
「どうだった?」
「まあ、色々わかったよ」

 ――加山くんの過去に何があったのか、調べられないかな?

 帰りの電車の中、水嶋がぽつりとつぶやいた。
 確かに、加山のあの様子を見る限り、過去に何かあったのは間違いなさそうだ。何らかのトラブルがあったとしたら、同じ中学出身の人間ならば何か知っているかもしれない――ということで、伝手を使って調べたのだ。
 その役目は、当然のことながら俺だ。

「どうも、中二の時にクラスで揉めたんだってさ。加山がイラスト描いてるのをクラス内でからかったやつがいたらしくて、半年ぐらい学校休んだんだと」
「なるほどね……だから継原くんみたいなのが近寄ると、馬鹿にされるって思っちゃうんだ」
「俺はそんなことしないぞ、念のため」
「わかってるって」

 pixivに掲載しているのも露出の多い美少女系イラストが多かったし、ああいうものを悪意をもってクラス内に広められたら、クラスでの立場が怪しくなるのは理解できる。

「だけど、今回は加山くんのイラストが晒されたわけじゃないよね。何かあったのかな」
「そういうわけじゃないと思うけどな。お前ならわかってると思うけど」
「お前ならって、わたしのこと、教室に設置された監視カメラか何かだと思ってる?」
「人のことよく見てるからな、水嶋は」
「いい風に言ってもだめ」
「一応褒めてるんだけど?」
「褒められてる気がしない」

 不満そうな声だが、あながちお世辞でもない。
 水嶋は本当に周りをよく見ているし、他人の気持ちがよくわかる。
 クラス内ではあの調子だけど、水嶋は本質的にとても優しい人間だと思う。

 ――わたしたちは加山くんの味方だから。

 あんなこと、俺にはとても言えないからだ。
 俺は、水嶋が『風見鶏』と評した通りの人間だ。風が吹けば向きを変える、ポリシーや軸のない人間。強い風に煽られて折れてしまうくらいなら、その風に身を任せてしまった方がよほど賢い。
 誰かの味方でいることは、自分の意思で向く方向を決めるということだ。その決断には、絶対的に勇気が必要になる。

「明日からどうする?」
「方針は決まってる。だけど、どうしたらいいかがわからない。なので、よろしくお願いします」
「また?」
「使えるものは使う主義」
「もしかして、問題集の解答は丸写しにするタイプか?」
「いけない?」
「理解はする」

 回答をもらっているのに、悩み続けるのはタイパが悪い。そういう考え方もあると思う。どう書こうか悩んでいる時に、ふと通話の向こうの物音が気になった。車の排気音と、騒がしい笑い声。

「もしかして、お前って今、外にいる?」
「どうして?」
「いや、なんか車の音が聞こえた気がして」
「わたしの部屋、真ん前に国道通ってるんだよね。夜中もうるさくて」
「そっか。早く寝ろよ」
「うん」

 じゃあなと言う間もなく通話が切れた。

 スマホを置き、〈攻略本〉の白紙のページを開いた。
 水嶋が正しいと思うことならば、それは俺にとっても正しいことなのかもしれない。そうだったらいい。
 〈攻略本〉に〈問い〉を書き付けながら、俺はそんなことを考えていた。