あの夏、俺は神様から人生の〈攻略本〉をもらった

 加山の家までの道にあった児童公園まで来た。公園の端には、支柱に錆が浮いている鉄棒に、同じく鎖の錆びついたブランコが、伸び放題の雑草の中で寂しそうに佇んでいる。中でも比較的雑草たちの侵食を受けていない石造りのベンチに三人腰を下ろした。右から、水嶋、俺、加山の順。
 時刻は午後三時過ぎ。まだ日差しが強い時間帯だが、広場ではサッカーにキャッチボールと、精力的に遊び回る小学生たちの姿があった。
 高校生の俺たちは、見た目からして凸凹すぎて、昼下がりの公園の異物でしかない。

「…………」

 並んで座ったはいいものの、誰も何も喋らない。特に加山は、まるで不倶戴天の敵と対峙しているかのように、伏し目がちではあるものの、時折こちらに敵意満載の視線を送ってきた。
 ともかく、誰かが口火を切らないと始まらない。そして大抵の場合、それを担うのは俺だ。

「加山くんにあんな才能があるなんて、知らなかったよ」

 精一杯褒めたつもりだった。加山は丸まった背筋をさらに丸めた。

「……どうして、わかった?」

 手負いの獣のような、掠れた声だった。

「高校で言ったことはないし、SNSだって気を使ってる。家族にだって言ったことなかったのに。まさか、探偵でも雇って……」
「いや、偶然SNSで見つけて、加山くんかな……って」

 どう考えても上手い言い訳ではなかったが、神様の〈攻略本〉に教えてもらったなんて与太話よりは幾分ましだと思う。

「加山くんと仲良くなりたかったんだ」
「……っ!」

 加山は何か言おうとして、出てくる寸前の言葉を飲み込んだ様子だった。
 嚙み殺して、咀嚼して、それでもまだ消化しきれず胃もたれしている顔で、苦々しく目を逸らした。

 水嶋は俺の陰で熱心にスマホをタップ・アンド・スクロールしている。水嶋が見ているのはpixivの作者ページだ。
 アカウント名は〈砂梟〉――これが、加山泰道のアカウントになる。
 加山の家に来るまでに、俺も一通りは確認した。更新したイラストや漫画はどれも千を超える〈いいね〉がついていた。商業の仕事も受けているようで、実績をまとめたページには〈砂梟〉がこなした仕事が数えきれないほど積み重ねられている。中には、俺でも知っている大手出版社からの依頼もあった。
 pixivに載せてあったイラストには、線画のラフな下書きも多いが、きちんと仕上げられたものは時間が経つのも忘れて見入ってしまうほどの出来栄えだった。
 生き生きとした少女のイラストは、放っておいたら動き出しそうなくらいだ。
 特別な何かがある――と思った。
 俺の隣で背中を丸め、肉食動物に追い詰められた草食動物の目をしている加山の右手が、あれほど特別なものを生み出すのかと思うと不思議だった。
 あの母親すら知らないのだから、〈砂梟〉のことは当然誰にも言っていないはずだ。
 加山は学校に行っていないし、塾にも行っていない。普通に話せる友達だってきっといないだろう。
 加山の真の姿は、誰も知らない。今この世界で、生身の加山と一番距離が近いのは、ともすれば俺たちなのかもしれない。

「すげえな――って思った」

 加山の身体が大げさに震えた。

「あんな凄いイラスト、見たことねえよ」

 掛け値なしの本音だった。
 〈攻略本〉が示した道筋は、俺たちと加山が話をするところまでだ。進んだ攻略ルートでどう行動するかは俺たちの一存に委ねられている。
 こういう方法を使って呼び出したのだから、その感想を伝えるのがせめてもの礼儀じゃないかと思ったのだ。

 ぎり――と、何かを擦り合わせるような音がした。加山が凄まじい力で奥歯を噛み締めているのが、隣にいる俺にも伝わってきた。

「そうやってお前らはまた、僕を馬鹿にするつもりか……?」
「いや――」
「違わない。お前らはいつだってそうだ。人が好きなものを笑って、馬鹿にして、見下して。おかしいよ。異常だよお前ら」
「加山くん、わたしたちは――」
「うるさいうるさいうるさい!」

 もはや取りつく島もない。
 俺や水嶋が何かを喋ろうとするのを遮るかのように、加山は大きな声を出し続けた。公園の中には子どもしかいなかったが、彼らの中にも怪訝な目でこちらを見始めている子が幾人かはいた。
 これ以上ここにいるのはまずいかもしれない。
 俺が水嶋に視線を送ると、水嶋はこくんと一度頷いてくれた。

「わかった加山くん。急に来て悪かった。今日はもう帰るよ」
「帰れ、帰れよぉっ……!」

 俺と水嶋が立っても、加山は立ち上がらなかった。視線を足元に落としたまま、身体を小刻みに震わせている。

 歩き去ろうとする直前、水嶋は駆け戻り、加山と目線を合わせて、こう言った。

「ごめんね加山くん。でも、これだけは覚えておいて。わたしたちは加山くんの味方だから」

 また来るから。
 そう言い残して、俺たちは公園を後にした。