広小路通をふらふらと歩き、国道41号線沿いのガストに入った。水嶋はタッチパネルでドリンクバーを注文した。俺はマヨコーンピザとドリンクバー。
そう言えば、ばあちゃんに何も連絡してなかったなと思い立ち、ラインで『今日は友達とご飯食べてくる』とだけ送った。
「家族?」
「ばあちゃん。俺、ばあちゃんと二人暮らしだから」
「ふぅん」
興味なさそう声。水嶋がドリンクバーの方へ向かったので、俺もそれに倣う。俺は爽健美茶を入れた。横の水嶋はダージリンのティーバッグを破いている。
テーブルに戻り、特に話もせずちびちびと爽健美茶を啜っていると、猫デザインのロボットが陽気な音楽とともにマヨコーンピザを持ってきた。八等分に切り分けながら、そういえば水嶋は何も頼んでいなかったなと思った。
「食わねえの?」
「お腹、すいてないから」
「よかったら、食べたら?」
「……じゃあ、一枚だけ」
切り分けたピザの一番小さいものをはむはむと頬張る水嶋はまるでハムスターだ。
水嶋の第一印象が『小動物みたい』だったことを不意に思い出した。ぷっと小さく吹き出すと、途端に俺を見る目が険しくなった。
「……何か文句あるの」
「いや、小動物みたいだなって思って」
「悪かったね、小さくて」
むすっと頬を膨らまし、ピザをもう一枚かっさらっていった。普段の水嶋からは想像できなさすぎて、また笑ってしまった。
「いつもそんな顔していればいいのに」
「いや」
「なんで?」
「どうせうまくやれないから。余計なこと言いたくなっちゃうし、怒らせちゃう。空気を悪くすることしかできないもん。わかるでしょ」
先週のトラブルのことを言っているのだろう。
しかし、水嶋が特別に集団の和を乱したわけでもないと思う。事故とは、タイミングと力関係によって、責任の有無に関わりなく起こってしまうものだ。
完璧に避けようとするなら、関わりを持たないのが一番、ということになってしまう。
「俺はいいのか?」
「弱み、握れたから、いい」
苦笑した。
確かに、そういうものがあった方が距離を縮めやすいのかもしれない。共通の秘密とでもいうか。
まあ、実際のところ弱みは弱みでしかなく、一方的に握られているだけではあるものの。
「ちょっと貸してくれない?」
ピザはもう最後の一枚になっていた。それを譲ると、水嶋はそのピザを頬張りながら「違う、そっちじゃない」と言った。違うのかよ。
「ちょっと、試したいことがあるの」
俺はしぶしぶ鞄から〈攻略本〉を取り出し、水嶋に手渡した。
水嶋には知られているとはいえ、他人に手渡すのは少し背筋が冷たくなるものがあった。
ガストへの道すがら、俺はこの〈攻略本〉について主だったことは話してしまっていた。
小学生の頃に、神社で出会った神様からもらったこと。これのおかげで、俺は今まで道を踏み外さずに生きてくることができたこと。
「書いてもいい?」
「何を?」
「その〈問い〉ってやつ」
水嶋は黒のボールペンを取り出し、何かを書き付けると、パタンと〈攻略本〉を閉じて念じ始めた。
「えいっ!」
気合いとともに開くが、そこに神様からの返事が刻まれることはなかった。
「どうして? やっぱりインチキなの?」
「いや、わからんけど……」
そもそも、自分以外の誰かに触らせたこと自体が初めてだ。俺以外の誰かが〈攻略本〉を使ったらどうなるかなんて、考えたこともなかった。
「もしかしたら、俺が書かないと効力を発揮しないのかも。確か、神様も『お前にとっての正解』って言ってたし」
「ズルい」
まあ、こういうアイテムを持っていること自体がチートのようなものなのだから、その言い草もあながち間違ってはいない。
「ちなみに何書いたんだ?」
「あーね」
水嶋は、わざとらしくはぐらかしながら、ドリンクコーナーに向かった。紅茶の種類を選ぶ水嶋の背中を眺めながら、何気なくページをめくる。
『水嶋暝が今日着けている下着の色は?』
何書いてんだよ……。
今度は野菜ジュースを持ってきた水嶋が戻ってくる。
「わかるかなって」
「わかってどうするんだ」
書かれた神様も困惑してるわ。
「ねえ、継原くんも書いてみてよ」
「やだよ」
本人からの指示だとしても、凄まじい抵抗感がある。
なんていうか、人間としてのステージが数段飛ばしで下落していくような気がする。
「減るもんじゃなし」
「俺の精神がすり減るんだよ!」
「わたしがいいって言ってるんだからいいじゃん。固いなあ、学級委員なの?」
「学級委員だよ!」
言い合っているうちに猫のロボットが空いた皿を回収しに来たので、ピザの皿を載せた。
俺は再三抵抗を試みたが、書かなければさっき撮影した動画をYouTubeに流すと脅され、仕方なく書いた。〈攻略本〉を閉じ、心の中で三秒数える。
「こんなくだらないことに〈攻略本〉使うの初めてなんだけど」
「何ごともやってみなくちゃ。実験だよ、実験」
開く。
何が書かれていたかは、言いたくない。
水嶋は襟元を覗き込み、テーブルの下で何やらごそごそと動いたあと、目を丸くして「合ってる」と言った。
「すごいねこの〈攻略本〉」
「できれば、こんなすごさは知りたくなかった……」
「確認する?」
「しない……」
「言い切られるのもそれはそれで傷つくんだけど」
小さな頬を膨らませた。からかわれている気しかしない。
膨れた頬は徐々に笑みへと歪んでいく。つられて俺も笑ってしまったかもしれない。水嶋はひとしきり笑ったあと、残りの紅茶をぐいっと飲み干した。
「もっといい使い方ないかなあ」
「さっきのアレよりいい使い方なら、いくらでもありそうだけどな」
「男子にとってはかなり有意義な使い方なんじゃない?」
面倒なのでもう否定しない。決して肯定したわけでもないけど。
店員がチラチラとこちらを伺っている。時間を確認すると、もうすぐ二十二時になろうかというところだった。
「もう出た方がいいかもな」
「どうして?」
「ほら」
スマホの時刻表示を見せると「あー」と呻いた。
「よい子はもう帰る時間?」
「そういうことだな」
「んー、まだ色々試したいんだけどな……」
しばらく唸った後、そうだと胸の前でぽんと両手を合わせた。
「継原くん、明日ヒマ?」
「いや」
明日は土曜日で、特に予定もなかったが、嫌な予感がしたのでとりあえず断る。
「ヒマでしょ?」
「ヒマじゃない。色々予定があるんだ」
「ヒマなはずだけどなあ」
顔の横に掲げられたスマホ。そこに映っているのは、俺の〈攻略本〉と、そこに刻まれている俺の筆跡。
「……めちゃくちゃ活用するのな、その動画」
「やっぱりヒマだよね、よかったよかった。そうじゃないかと思ってたんだよ」
悪びれる様子は全くない。
その傍若無人さは、逆に気持ちいいくらいだった。
「じゃあ、明日は十時にサンシャインサカエ前で集合ね。遅れたら動画公開するから。よろしく」
そう言えば、ばあちゃんに何も連絡してなかったなと思い立ち、ラインで『今日は友達とご飯食べてくる』とだけ送った。
「家族?」
「ばあちゃん。俺、ばあちゃんと二人暮らしだから」
「ふぅん」
興味なさそう声。水嶋がドリンクバーの方へ向かったので、俺もそれに倣う。俺は爽健美茶を入れた。横の水嶋はダージリンのティーバッグを破いている。
テーブルに戻り、特に話もせずちびちびと爽健美茶を啜っていると、猫デザインのロボットが陽気な音楽とともにマヨコーンピザを持ってきた。八等分に切り分けながら、そういえば水嶋は何も頼んでいなかったなと思った。
「食わねえの?」
「お腹、すいてないから」
「よかったら、食べたら?」
「……じゃあ、一枚だけ」
切り分けたピザの一番小さいものをはむはむと頬張る水嶋はまるでハムスターだ。
水嶋の第一印象が『小動物みたい』だったことを不意に思い出した。ぷっと小さく吹き出すと、途端に俺を見る目が険しくなった。
「……何か文句あるの」
「いや、小動物みたいだなって思って」
「悪かったね、小さくて」
むすっと頬を膨らまし、ピザをもう一枚かっさらっていった。普段の水嶋からは想像できなさすぎて、また笑ってしまった。
「いつもそんな顔していればいいのに」
「いや」
「なんで?」
「どうせうまくやれないから。余計なこと言いたくなっちゃうし、怒らせちゃう。空気を悪くすることしかできないもん。わかるでしょ」
先週のトラブルのことを言っているのだろう。
しかし、水嶋が特別に集団の和を乱したわけでもないと思う。事故とは、タイミングと力関係によって、責任の有無に関わりなく起こってしまうものだ。
完璧に避けようとするなら、関わりを持たないのが一番、ということになってしまう。
「俺はいいのか?」
「弱み、握れたから、いい」
苦笑した。
確かに、そういうものがあった方が距離を縮めやすいのかもしれない。共通の秘密とでもいうか。
まあ、実際のところ弱みは弱みでしかなく、一方的に握られているだけではあるものの。
「ちょっと貸してくれない?」
ピザはもう最後の一枚になっていた。それを譲ると、水嶋はそのピザを頬張りながら「違う、そっちじゃない」と言った。違うのかよ。
「ちょっと、試したいことがあるの」
俺はしぶしぶ鞄から〈攻略本〉を取り出し、水嶋に手渡した。
水嶋には知られているとはいえ、他人に手渡すのは少し背筋が冷たくなるものがあった。
ガストへの道すがら、俺はこの〈攻略本〉について主だったことは話してしまっていた。
小学生の頃に、神社で出会った神様からもらったこと。これのおかげで、俺は今まで道を踏み外さずに生きてくることができたこと。
「書いてもいい?」
「何を?」
「その〈問い〉ってやつ」
水嶋は黒のボールペンを取り出し、何かを書き付けると、パタンと〈攻略本〉を閉じて念じ始めた。
「えいっ!」
気合いとともに開くが、そこに神様からの返事が刻まれることはなかった。
「どうして? やっぱりインチキなの?」
「いや、わからんけど……」
そもそも、自分以外の誰かに触らせたこと自体が初めてだ。俺以外の誰かが〈攻略本〉を使ったらどうなるかなんて、考えたこともなかった。
「もしかしたら、俺が書かないと効力を発揮しないのかも。確か、神様も『お前にとっての正解』って言ってたし」
「ズルい」
まあ、こういうアイテムを持っていること自体がチートのようなものなのだから、その言い草もあながち間違ってはいない。
「ちなみに何書いたんだ?」
「あーね」
水嶋は、わざとらしくはぐらかしながら、ドリンクコーナーに向かった。紅茶の種類を選ぶ水嶋の背中を眺めながら、何気なくページをめくる。
『水嶋暝が今日着けている下着の色は?』
何書いてんだよ……。
今度は野菜ジュースを持ってきた水嶋が戻ってくる。
「わかるかなって」
「わかってどうするんだ」
書かれた神様も困惑してるわ。
「ねえ、継原くんも書いてみてよ」
「やだよ」
本人からの指示だとしても、凄まじい抵抗感がある。
なんていうか、人間としてのステージが数段飛ばしで下落していくような気がする。
「減るもんじゃなし」
「俺の精神がすり減るんだよ!」
「わたしがいいって言ってるんだからいいじゃん。固いなあ、学級委員なの?」
「学級委員だよ!」
言い合っているうちに猫のロボットが空いた皿を回収しに来たので、ピザの皿を載せた。
俺は再三抵抗を試みたが、書かなければさっき撮影した動画をYouTubeに流すと脅され、仕方なく書いた。〈攻略本〉を閉じ、心の中で三秒数える。
「こんなくだらないことに〈攻略本〉使うの初めてなんだけど」
「何ごともやってみなくちゃ。実験だよ、実験」
開く。
何が書かれていたかは、言いたくない。
水嶋は襟元を覗き込み、テーブルの下で何やらごそごそと動いたあと、目を丸くして「合ってる」と言った。
「すごいねこの〈攻略本〉」
「できれば、こんなすごさは知りたくなかった……」
「確認する?」
「しない……」
「言い切られるのもそれはそれで傷つくんだけど」
小さな頬を膨らませた。からかわれている気しかしない。
膨れた頬は徐々に笑みへと歪んでいく。つられて俺も笑ってしまったかもしれない。水嶋はひとしきり笑ったあと、残りの紅茶をぐいっと飲み干した。
「もっといい使い方ないかなあ」
「さっきのアレよりいい使い方なら、いくらでもありそうだけどな」
「男子にとってはかなり有意義な使い方なんじゃない?」
面倒なのでもう否定しない。決して肯定したわけでもないけど。
店員がチラチラとこちらを伺っている。時間を確認すると、もうすぐ二十二時になろうかというところだった。
「もう出た方がいいかもな」
「どうして?」
「ほら」
スマホの時刻表示を見せると「あー」と呻いた。
「よい子はもう帰る時間?」
「そういうことだな」
「んー、まだ色々試したいんだけどな……」
しばらく唸った後、そうだと胸の前でぽんと両手を合わせた。
「継原くん、明日ヒマ?」
「いや」
明日は土曜日で、特に予定もなかったが、嫌な予感がしたのでとりあえず断る。
「ヒマでしょ?」
「ヒマじゃない。色々予定があるんだ」
「ヒマなはずだけどなあ」
顔の横に掲げられたスマホ。そこに映っているのは、俺の〈攻略本〉と、そこに刻まれている俺の筆跡。
「……めちゃくちゃ活用するのな、その動画」
「やっぱりヒマだよね、よかったよかった。そうじゃないかと思ってたんだよ」
悪びれる様子は全くない。
その傍若無人さは、逆に気持ちいいくらいだった。
「じゃあ、明日は十時にサンシャインサカエ前で集合ね。遅れたら動画公開するから。よろしく」

