すたすた歩いていく水嶋を追って、普段は乗らない繁華街行きの地下鉄に乗った。「ついてこい」と言ったくせに、水嶋は何も喋ろうとしない。
電車の扉に身を寄せるようにして外の暗闇を見つめている水嶋に話しかけた。
「どこ行くんだよ」
「どこでもいいでしょ」
「教えてくれたっていいだろ」
「あなたに何かを教える義理がなさすぎる。てか、わたしに話すことなんてないし」
話すことがあるのはお前だろ――そう言わんばかりの言い草だった。
確かにその通りだが、どう言い繕えばあの文面の説明がつくというのだろうか。
――これってさ、学校の掲示板とかに流した方がいいやつ?
わかっているのは、あのまま水嶋を帰したら、俺は終わるってことだけだ。
教室で孤立している水嶋も、クラスのグループラインには加入している。
もしこいつがあのノートを撮影していて、それを流しでもしたら、一気に水嶋をいじめていたのは俺ということにされてもおかしくない。
誰かを助けられるなら、自分を犠牲にするのも悪くはないのかもしれないが、嵌められて自爆するのはただの間抜けだ。
水嶋は地下鉄を何度か乗り換え、栄駅で電車を降りた。
栄は名古屋では一番の繁華街だ。夕方の栄は、仕事帰りのサラリーマンや水商売風の女性、これから酒を飲みに繰り出しそうな大学生風のグループなどで溢れ返っている。
制服姿の俺や水嶋が歩いていても誰も気にしない、雑多な空気に満ちた街だ。
水嶋は栄の地下街をしばらく歩いて、オアシス21に出た。
水嶋は迷うことなくエスカレーターに乗って、バスターミナルの方に向かう。バス待ちで混み合うターミナルを横目に階段を上り、芝生広場の樹木を囲うように設置されているベンチに腰を下ろした。
真正面にはオアシス21のシンボル〈水の宇宙船〉がある。屋上の水盤のある通路には無料で登れるらしいが、俺はまだ登ったことはない。
「水嶋はあの上、行ったことある?」
返事はない。無視されたのかと思って黙っていると、三十秒後くらいに「もしかして、わたしに話しかけてた?」と返ってきた。
「他に誰がいるんだよ」
「そっか。それもそうだね」
うん、うん――と二、三度頷いた。
「……で、なんだっけ」
「あの上。登ったことあるかって」
巨大な建造物を指差しながら言った。
「んー……ない」
「まあ、俺もないけど」
「ちょっと、行ってみたいなーと思ったことはあるけど、わたしが一人で行ったら浮くかなあって」
その感覚は少し意外だった。
「浮くとか、気にするんだな」
「気にするよ? みんな楽しく過ごしてるのに、わたしなんかが足を踏み入れて、邪魔になったら悪いし」
「その割に、クラスで浮くのは、気にしないのな」
「だから、極力喋らないようにしてる」
その結果がまさに『浮く』ということなのだけれど。そんなことを突っ込んでも仕方がないし、そんな話をしに来たわけでもない。
「あれ、水嶋が思ってるようなものじゃないから」
言いながら、水嶋があれを何だと思っているのだろうと思った。言い訳になっていない言い訳をしようとしている。
頭はまるで回らない。ペダルを踏んでも永遠に空振り続ける壊れた自転車のような思考。
「あなたの言っていることはよくわからない」
もっともだと思った。
「まず、あれって何」
「水嶋が保健室で見ていた、手帳みたいなものだよ」
「なるほど。じゃああなたは、わたしがそれを何と認識していると考えているの?」
「……わからないけど、日記とか」
「違うの?」
「…………」
答えられなかった。
あのまま放置してはまずいと思ってついてきたのに、喋れば喋るほど墓穴を掘っている。ショート寸前の俺を尻目に、先に口を開いたのは水嶋の方だった。
「あれは継原くんの日記のようなもので、学校で悩んでいることや課題を自問自答するためのもの。
わたしのことが書かれてたのは、きっとあの担任あたりから相談されたからじゃない? わたしが学校に行かないようにしてたのは事実だし。
わたしへの対応に悩んだ継原くんは、自問自答の末にあの答えを出し、手帳に書きつけた――そんな感じ。だけど、説明のつかないことが二つある」
水嶋は自分の顔の前で人差し指と中指を立て、人差し指の方を折った。
「あの手帳は、どのページも全て〈問い〉と、それに対する〈答え〉で構成されてた。遡ってもそれは同じ。〈問い〉はたぶん継原くんの字だと思うけど、〈答え〉はどれもまるで印字したみたいに整った字だった。
自筆で〈問い〉を書いて、〈答え〉は印刷したりスタンプを押してるのかとも思ったけど、手書きなのは間違いないし、第一そんな手間をかける理由がわからない。誰かと交換日記でもしてるの?」
交換日記――その表現は、言い得て妙だ。確かに俺は、この本を通じて神様と交換日記をしているようなものかもしれない。
「その、交換日記の相手がわからないっていうのがまず一つ。誰としてるのかは、少し興味あるかな。もしかして、鳥居先生?」
「そんなわけないだろ」
「じゃあ、静内さん」
「神に誓って違う」
「じゃあ、誰? いずれにしてもクラスの中の人かなと思ったんだけど」
「どうしてだ?」
「だってその人、教室内のことに詳しすぎるもん」
ちょっと見せて、というので渋々〈攻略本〉を手渡す。水嶋はぱらぱらとページをめくり、あるページを開いて見せる。
「これ、四月に学級委員決める時の話でしょ。日付もちょうどその日だし。あの時は確か、男子の学級委員は継原くんの立候補で決まったけど、女子の立候補がなくて一日保留になった」
「よく覚えてるな」
そう、あの時に念のため〈攻略本〉を使った。
『トラブルなく女子の学級委員を決めるために、どうすべきか』
その〈問い〉に対し、〈攻略本〉が返してきた〈答え〉は――。
「わたし、感心したよ。確かに、今から考えると女子の学級委員は静内さんがベストだけど、鳥居先生や継原くんが直接指名したんじゃ角が立ってた。『柳、島本、福井に根回しして、学級会の場で静内さんを推薦させろ』って、ものすごく的確な指示だよね」
付け加えるなら、その三人の内の一人――島本は、俺と同じ中学出身で話しやすかった、というのもある。
彼女を起点に女子のネットワークに食い込み、さりげなく静内さんを推してもらうようにアピールしろ――それが〈攻略本〉の示した〈答え〉だった。
「クラス内の力関係を考えたら静内さんがベストだっていうのは間違いないから、誰かに推させる。そこまではわかる。そこで、仲介役にその三人を選ぶのがまた絶妙だよね。グループ内べったりでもないし、発言権がないわけでもない。あんな知恵、鳥居先生にはないよね」
「……案外、毒舌だな」
だが、その通りだ。うみちゃんにあのクラスを仕切る度量はない。そんなのは小学生だってわかる。
「ねえ、誰なの。教えてよ」
「いや……」
「それを教えてくれるなら、このことは誰にも言わないでいてあげる」
「水嶋が話せる人間がクラスにいるとは思えないがな」
「わたしの話は聞いてもらえないだろうけど、この動画ならどう? これ、よく撮れてるから」
水嶋は自分のスマホを取り出して、動画を再生し始めた。
そこに映っていたのは、俺の〈攻略本〉と、そこに俺の字で書かれた〈問い〉、そして〈答え〉――。
「……やっぱり、撮ってたんだな」
「確かにわたしはぼっちだけど、グループラインへの投稿ぐらいはできるよ。そんなことしちゃったら、どうなっちゃうんだろうね?」
同じクラスならば、この革の手帳が俺の物だと気づく人間は少なくないはずだ。頻繁に取り出したりはしていないものの、これが俺の私物だと知っていそうな顔は、いくつかは思いつく。
百歩譲って、この動画単体なら問題化せずやり過ごすことはできるかもしれない。
しかし、クラス内のトラブルと、今日の事件も合わせると、少々まずい事態になる。このクラスで起こっているいじめの首謀者は俺――水嶋の投げ方によってはそんな筋書きもあり得る。
「で、お答えは?」
水嶋は俺を斜め下から覗き込み、笑みを浮かべた。その笑みは小悪魔のそれだ。
選択の余地は、ないのかもしれない。
「悪いけど、三十秒だけ待ってくれるか」
「いいよ」
俺は水嶋に背を向け、〈攻略本〉の新しいページを開き、日付とともにこう書き付けた。
『この本について、水嶋にどう話すべきか』
〈攻略本〉を閉じ、心の中で三秒数えた。
そして、開く。
そこにはこう書かれていた。
『ありのままに全てを話せ』
俺は覚悟を決めた。
神様がそう言うのなら、それに従うまでだ。元より俺は、そういう風にこの断崖絶壁を歩いてきたのだから。
「これは、俺が小学生の時に神様からもらった神様の手帳なんだ。ここに俺の課題とか迷っていることを書くと、神様が答えをくれる。これは俺の、人生の〈攻略本〉なんだ」
水嶋は一瞬きょとんとして、ぷっと吹き出した。
それはとても正常な反応だと思った。
「それ、もしかして継原くんの持ちネタだったりする? ギャグで躱そうとしてるなら、わたし、手が滑っちゃうかも」
「証拠には、ならないかもしれないけど」
俺はさっき自分が書いた〈問い〉と、その〈答え〉のページを交互に見せた。
さすがの水嶋も目を丸くしている。
「これが継原くんの特技……ってわけじゃないよね」
「残念ながら」
筆跡を完全に変えられるスキル。犯罪には役に立ちそうな気はするが、別に欲しくはない。
「こっちのページは、今、継原くんが書いたもの」
水嶋は〈問い〉のページを開いて見せる。「そう」と俺は頷く。
「で、こっちは書かれた〈答え〉」
ページをめくる前に俺はまた頷いた。
水嶋はパタンと〈攻略本〉を閉じて寄越し、
「変わってるねえ」
にっこりと笑んだ。
「変わってるものは好きだよ、わたし」
「どうして?」
「だって、この世界の中には、変わってるものの居場所は少ないから。仲間だって、思える」
その答えには、少しだけ親近感を覚えた。
変わっているもの、普通とは違うものの存在が許される場所は、この世の中にはそんなに多くない。ベルトコンベアーから弾き飛ばされる規格外の部品だ。弾き飛ばされた部品を顧みるほど、世間は優しくない。
「場所変えよ。もっと詳しく聞かせてよ」
「ここは水嶋の居場所じゃないのか?」
「残念ながら」
もしかして、それは俺の真似なのだろうか。
さほど残念そうには見えない顔で歩き出す水嶋の背を追った。
〈水の宇宙船〉の向こうに沈んでいく夕日を背に、所在地を求めて彷徨うジプシー気持ちで、芝生広場を後にした。
電車の扉に身を寄せるようにして外の暗闇を見つめている水嶋に話しかけた。
「どこ行くんだよ」
「どこでもいいでしょ」
「教えてくれたっていいだろ」
「あなたに何かを教える義理がなさすぎる。てか、わたしに話すことなんてないし」
話すことがあるのはお前だろ――そう言わんばかりの言い草だった。
確かにその通りだが、どう言い繕えばあの文面の説明がつくというのだろうか。
――これってさ、学校の掲示板とかに流した方がいいやつ?
わかっているのは、あのまま水嶋を帰したら、俺は終わるってことだけだ。
教室で孤立している水嶋も、クラスのグループラインには加入している。
もしこいつがあのノートを撮影していて、それを流しでもしたら、一気に水嶋をいじめていたのは俺ということにされてもおかしくない。
誰かを助けられるなら、自分を犠牲にするのも悪くはないのかもしれないが、嵌められて自爆するのはただの間抜けだ。
水嶋は地下鉄を何度か乗り換え、栄駅で電車を降りた。
栄は名古屋では一番の繁華街だ。夕方の栄は、仕事帰りのサラリーマンや水商売風の女性、これから酒を飲みに繰り出しそうな大学生風のグループなどで溢れ返っている。
制服姿の俺や水嶋が歩いていても誰も気にしない、雑多な空気に満ちた街だ。
水嶋は栄の地下街をしばらく歩いて、オアシス21に出た。
水嶋は迷うことなくエスカレーターに乗って、バスターミナルの方に向かう。バス待ちで混み合うターミナルを横目に階段を上り、芝生広場の樹木を囲うように設置されているベンチに腰を下ろした。
真正面にはオアシス21のシンボル〈水の宇宙船〉がある。屋上の水盤のある通路には無料で登れるらしいが、俺はまだ登ったことはない。
「水嶋はあの上、行ったことある?」
返事はない。無視されたのかと思って黙っていると、三十秒後くらいに「もしかして、わたしに話しかけてた?」と返ってきた。
「他に誰がいるんだよ」
「そっか。それもそうだね」
うん、うん――と二、三度頷いた。
「……で、なんだっけ」
「あの上。登ったことあるかって」
巨大な建造物を指差しながら言った。
「んー……ない」
「まあ、俺もないけど」
「ちょっと、行ってみたいなーと思ったことはあるけど、わたしが一人で行ったら浮くかなあって」
その感覚は少し意外だった。
「浮くとか、気にするんだな」
「気にするよ? みんな楽しく過ごしてるのに、わたしなんかが足を踏み入れて、邪魔になったら悪いし」
「その割に、クラスで浮くのは、気にしないのな」
「だから、極力喋らないようにしてる」
その結果がまさに『浮く』ということなのだけれど。そんなことを突っ込んでも仕方がないし、そんな話をしに来たわけでもない。
「あれ、水嶋が思ってるようなものじゃないから」
言いながら、水嶋があれを何だと思っているのだろうと思った。言い訳になっていない言い訳をしようとしている。
頭はまるで回らない。ペダルを踏んでも永遠に空振り続ける壊れた自転車のような思考。
「あなたの言っていることはよくわからない」
もっともだと思った。
「まず、あれって何」
「水嶋が保健室で見ていた、手帳みたいなものだよ」
「なるほど。じゃああなたは、わたしがそれを何と認識していると考えているの?」
「……わからないけど、日記とか」
「違うの?」
「…………」
答えられなかった。
あのまま放置してはまずいと思ってついてきたのに、喋れば喋るほど墓穴を掘っている。ショート寸前の俺を尻目に、先に口を開いたのは水嶋の方だった。
「あれは継原くんの日記のようなもので、学校で悩んでいることや課題を自問自答するためのもの。
わたしのことが書かれてたのは、きっとあの担任あたりから相談されたからじゃない? わたしが学校に行かないようにしてたのは事実だし。
わたしへの対応に悩んだ継原くんは、自問自答の末にあの答えを出し、手帳に書きつけた――そんな感じ。だけど、説明のつかないことが二つある」
水嶋は自分の顔の前で人差し指と中指を立て、人差し指の方を折った。
「あの手帳は、どのページも全て〈問い〉と、それに対する〈答え〉で構成されてた。遡ってもそれは同じ。〈問い〉はたぶん継原くんの字だと思うけど、〈答え〉はどれもまるで印字したみたいに整った字だった。
自筆で〈問い〉を書いて、〈答え〉は印刷したりスタンプを押してるのかとも思ったけど、手書きなのは間違いないし、第一そんな手間をかける理由がわからない。誰かと交換日記でもしてるの?」
交換日記――その表現は、言い得て妙だ。確かに俺は、この本を通じて神様と交換日記をしているようなものかもしれない。
「その、交換日記の相手がわからないっていうのがまず一つ。誰としてるのかは、少し興味あるかな。もしかして、鳥居先生?」
「そんなわけないだろ」
「じゃあ、静内さん」
「神に誓って違う」
「じゃあ、誰? いずれにしてもクラスの中の人かなと思ったんだけど」
「どうしてだ?」
「だってその人、教室内のことに詳しすぎるもん」
ちょっと見せて、というので渋々〈攻略本〉を手渡す。水嶋はぱらぱらとページをめくり、あるページを開いて見せる。
「これ、四月に学級委員決める時の話でしょ。日付もちょうどその日だし。あの時は確か、男子の学級委員は継原くんの立候補で決まったけど、女子の立候補がなくて一日保留になった」
「よく覚えてるな」
そう、あの時に念のため〈攻略本〉を使った。
『トラブルなく女子の学級委員を決めるために、どうすべきか』
その〈問い〉に対し、〈攻略本〉が返してきた〈答え〉は――。
「わたし、感心したよ。確かに、今から考えると女子の学級委員は静内さんがベストだけど、鳥居先生や継原くんが直接指名したんじゃ角が立ってた。『柳、島本、福井に根回しして、学級会の場で静内さんを推薦させろ』って、ものすごく的確な指示だよね」
付け加えるなら、その三人の内の一人――島本は、俺と同じ中学出身で話しやすかった、というのもある。
彼女を起点に女子のネットワークに食い込み、さりげなく静内さんを推してもらうようにアピールしろ――それが〈攻略本〉の示した〈答え〉だった。
「クラス内の力関係を考えたら静内さんがベストだっていうのは間違いないから、誰かに推させる。そこまではわかる。そこで、仲介役にその三人を選ぶのがまた絶妙だよね。グループ内べったりでもないし、発言権がないわけでもない。あんな知恵、鳥居先生にはないよね」
「……案外、毒舌だな」
だが、その通りだ。うみちゃんにあのクラスを仕切る度量はない。そんなのは小学生だってわかる。
「ねえ、誰なの。教えてよ」
「いや……」
「それを教えてくれるなら、このことは誰にも言わないでいてあげる」
「水嶋が話せる人間がクラスにいるとは思えないがな」
「わたしの話は聞いてもらえないだろうけど、この動画ならどう? これ、よく撮れてるから」
水嶋は自分のスマホを取り出して、動画を再生し始めた。
そこに映っていたのは、俺の〈攻略本〉と、そこに俺の字で書かれた〈問い〉、そして〈答え〉――。
「……やっぱり、撮ってたんだな」
「確かにわたしはぼっちだけど、グループラインへの投稿ぐらいはできるよ。そんなことしちゃったら、どうなっちゃうんだろうね?」
同じクラスならば、この革の手帳が俺の物だと気づく人間は少なくないはずだ。頻繁に取り出したりはしていないものの、これが俺の私物だと知っていそうな顔は、いくつかは思いつく。
百歩譲って、この動画単体なら問題化せずやり過ごすことはできるかもしれない。
しかし、クラス内のトラブルと、今日の事件も合わせると、少々まずい事態になる。このクラスで起こっているいじめの首謀者は俺――水嶋の投げ方によってはそんな筋書きもあり得る。
「で、お答えは?」
水嶋は俺を斜め下から覗き込み、笑みを浮かべた。その笑みは小悪魔のそれだ。
選択の余地は、ないのかもしれない。
「悪いけど、三十秒だけ待ってくれるか」
「いいよ」
俺は水嶋に背を向け、〈攻略本〉の新しいページを開き、日付とともにこう書き付けた。
『この本について、水嶋にどう話すべきか』
〈攻略本〉を閉じ、心の中で三秒数えた。
そして、開く。
そこにはこう書かれていた。
『ありのままに全てを話せ』
俺は覚悟を決めた。
神様がそう言うのなら、それに従うまでだ。元より俺は、そういう風にこの断崖絶壁を歩いてきたのだから。
「これは、俺が小学生の時に神様からもらった神様の手帳なんだ。ここに俺の課題とか迷っていることを書くと、神様が答えをくれる。これは俺の、人生の〈攻略本〉なんだ」
水嶋は一瞬きょとんとして、ぷっと吹き出した。
それはとても正常な反応だと思った。
「それ、もしかして継原くんの持ちネタだったりする? ギャグで躱そうとしてるなら、わたし、手が滑っちゃうかも」
「証拠には、ならないかもしれないけど」
俺はさっき自分が書いた〈問い〉と、その〈答え〉のページを交互に見せた。
さすがの水嶋も目を丸くしている。
「これが継原くんの特技……ってわけじゃないよね」
「残念ながら」
筆跡を完全に変えられるスキル。犯罪には役に立ちそうな気はするが、別に欲しくはない。
「こっちのページは、今、継原くんが書いたもの」
水嶋は〈問い〉のページを開いて見せる。「そう」と俺は頷く。
「で、こっちは書かれた〈答え〉」
ページをめくる前に俺はまた頷いた。
水嶋はパタンと〈攻略本〉を閉じて寄越し、
「変わってるねえ」
にっこりと笑んだ。
「変わってるものは好きだよ、わたし」
「どうして?」
「だって、この世界の中には、変わってるものの居場所は少ないから。仲間だって、思える」
その答えには、少しだけ親近感を覚えた。
変わっているもの、普通とは違うものの存在が許される場所は、この世の中にはそんなに多くない。ベルトコンベアーから弾き飛ばされる規格外の部品だ。弾き飛ばされた部品を顧みるほど、世間は優しくない。
「場所変えよ。もっと詳しく聞かせてよ」
「ここは水嶋の居場所じゃないのか?」
「残念ながら」
もしかして、それは俺の真似なのだろうか。
さほど残念そうには見えない顔で歩き出す水嶋の背を追った。
〈水の宇宙船〉の向こうに沈んでいく夕日を背に、所在地を求めて彷徨うジプシー気持ちで、芝生広場を後にした。

