馬上からヒストリア達を見下ろし厳粛に問う姿に、一目でこの人物が何者か理解させられる。
「こ、これは……ラキュウス辺境伯……なぜこのような場所へ?」
面識があるのだろう神官は先程までの威勢を握り潰されたかの如く鳴りを顰め、おずおずと前に出ては跪き首を下げた。
それからラキュウス辺境伯の機嫌を伺うような笑みを浮かべる。
しかし神官の問いは一刀両断された。
「私が貴様に何をしているか聞いているのだ」
冷徹な物言いに神官の目は泳いでいた。
ラキュウス辺境伯は変人で陰鬱という噂とはほど遠い、理知的でどこかルーメンと似た雰囲気を感じさせる人物だった。
「もっ、申し訳ございません……実は大司教よりここに追放した女を連行するよう仰せつかっておりまして。その、国王からも承認を得ており、同行を促しておりました」
「ほう。とても穏やかな様子ではなかったがな。そちらの家は私の所有物だが、なぜ扉を破壊する?」
兵士が斧で破壊していた扉へ視線を流した辺境伯に対し神官は青ざめる。
「っ……まさか、そのようなこととはつゆ知らず……」
神官が明らかに動揺しているなか、ルーメンが辺境伯の護衛の兵の間をぬって焦げ茶色の馬を進め出てきた。
その姿にヒストリアはようやく安堵する。
「同行に関して先ほど国王の承認があると言われましたが、それは正式な国の命令ですか?王家の紋章が入った令状は?」
ルーメンの問いに神官は顔を真っ赤にした。
扉越しで確認すらしなかったが、国王の許可があると主張する神官はその一点張りで令状の存在を示唆しなかった。
「令状など、そんなもの……まさか大司教様が嘘をついていると言いたいのかっ!」
得体の知れない相手に痛いところを突かれたからか、神官は声を荒げた。
「あなた方に助け船を出しているだけですよ」
「なに……?」
困惑する神官を前に、ルーメンは続けた。
「令状がないのなら個人的な口約束。ならば行き違いがあったとしてもおかしくない。これ以上事を荒立てるのは止めてお帰りください。そうすれば、ラキュウス辺境伯があなた達を問題視することはないでしょう」
淡々とした調子で自論を述べると辺境伯へと顔を向ける。
「あぁ。ただの行き違いで撤収すると言うなら、我が財産の破損にも目を瞑ろう」
「し、しかし大司教様が……その女は連行しなければ……」
辺境伯の私財を破損させた件を前に出され声に覇気がなくなった神官だったが、しかし彼も命令を遂行できない責任を天秤にかけているのか、しどろもどろに狼狽える。
「私は国王から何も相談されていない。そこの女の追放先をここにしたいと国から打診があり私は受け入れた。正式な命令であるなら先に私に話を通すのが筋だろう」
ラキュウス辺境伯は冷えた目で神官を見据えた。
「ですがっ!国王に許可頂いたということは、連れて行っても問題ないものと、私……いえ、神殿は考えておりまして……」
「私が許していないが?すでに彼女はルキリュ領の領民だ」
「…………そう仰られましても、聖女は神殿が預かるのが道理かと……」
思わぬ方向から連行を阻まれた神官は苦し紛れに言った。
目の前の権力者から受ける直接の苦言に眉根を寄せ、絞り出した言葉だった。
「ではなぜ初めからそうしなかった?大聖女として機能しないと判断し神殿は追放に同意したのだろう。であればもはや神殿の所属でない。私の統治下の領民を攫う気か?」
「さっ、攫うなど滅相もございません!大司教様のご命令で……」
「知ったことか」
吐き捨てるように告げた辺境伯はルーメンを見遣った。
「ルーメン。彼女を連れていけ」
その命令に従い馬を降りたルーメンにヒストリアは肩を抱き支えられた。
「即刻立ち去れ。そして大司教に伝えろ。ヒストリアは私の保護下にあると」
ラキュウス辺境伯は威圧的に強い口調で告げる。
その迫力に神官は何度も短く頷き、周りの神殿兵に撤収を促すと足早に去っていった。
「……君が無事でよかった」
ルーメンは影を落とし吐息を零せばヒストリアに触れていた手を降ろした。
声をかけようとしたが、それよりも先に壊れかけの扉を前に移動され、さきほどから一度も視線が合わない。
刺さった大斧を引き抜き、無造作に捨てるルーメンの背をヒストリアは見つめた。
「浄化石が見つかったら盗られるかもしれないと思って……ごめんなさい。せっかく守ってくれていたのに」
勝手なことをしたから怒っているのだろうか。待つべきだっただろうか。
そんなことを胸中で反省したが、返ってきた声は固くヒストリアは眉根を寄せた。
「謝らなくていい。浄化石はまた作ることが出来るが、君は違うだろう」
「そうよね……大聖女なんてそう簡単に研究に引き込めないものね」
「そうじゃない。ただ、……」
ルーメンが逡巡しているうちに背後に人の気配を感じ、大きな影がヒストリアの元に落ちた。
「ルーメン。現物を見せなさい」
ラキュウス辺境伯だった。
馬から降りて護衛を連れた辺境伯は、間近で見ても大きく、迫力のある人物である。
堀の深い顔立ちは血縁関係にあるベルナルド王太子殿下にも通ずるものがある。
ルーメンは辺境伯を客間に通し、護衛の騎士が一名が同席し、残りの数名が部屋と家の外で待機する。
保管していた浄化石を低い机に置き受け渡しを行い、辺境伯は石を手に様々な角度から眺めた。
そのあと、騎士に呼びかけ小箱を出させると、中から見覚えのある青白い光を放つ球体を近づけた。
すると、それは室内一帯を燦燦と眩く照らし青白い光は白銀に変わる。
「……確かにかなりの聖力を保持している。なるほど、ルーメンの拡張魔法は石の機能にまで及ぶのか……素晴らしい」
どうやら辺境伯が所持していた石は聖力を測る装置と同じものだったようだ。
「ヒストリアよ。改めて浄化石を作った功績を認め、今後は研究に従事する聖女として我が領内で保護することを約束しよう。これからもルーメンの研究を推進する礎となってくれ」
「ありがとうございます……浄化石の実用化に向けて、ご期待に添えられるよう努力いたします」
ルーメンの傍に控えていたヒストリアはエプロンワンピースの裾を摘み、片脚を下げ膝を軽く曲げ礼をする。
それから頭を下げたまま、ラキュウス辺境伯へ進言する。
「おそれながら……一つ、発言をお許しいただけるのならば、お尋ねしたい義がございます」
「そう畏まらなくて良い。顔を上げなさい」
ラキュウス辺境伯に促されヒストリアは唇を湿らせたあと生唾を呑み視線を重ねた。
「ありがとうございます。ラキュウス辺境伯、貴重なお時間を割いてい……」
「口上は不要だ。本題を話せ」
阻まれたその一言にヒストリアは辺境伯の人となりを垣間見ることとなり、緊張を飲み込んだあと背を正した。
そして改めて息を深く吸ったあと、貴族の嗜みである表現が不要だと理解し率直に訊ねた。
「では……今回浄化した一帯の瘴気溜まりについてです。あの谷の処分場の存在をラキュウス辺境伯はご存じだったのでしょうか?」
「なに……?」
ヒストリアの発言にラキュウス辺境伯の表情が明らかに変わり、眉根を寄せる。
「元聖女の処分場についてです」
ルーメンはラキュウス辺境伯が知っていれば止めていると言った。
表に出ていない裏の制度に反対してくれる人物ならば、早く知らせて廃止させたい。
その一心だった。
「……誰からそれを?」
しかしラキュウス辺境伯の返事は予想外のもので、そのニュアンスは既に処分場について認知しているようだ。
「浄化石作りに協力した領民から聞き得た話でございます」
「まさか漏れているとは。一体どういう管理をしているんだ……」
片手を額に添え垂れ落ちてきていた前髪を払ったラキュウス辺境伯は疎まし気に零した。
「本当だというのですか!?」
ルーメンがラキュウス辺境伯に信じられないとばかりに食い入るように言う。
「ルーメン。黙っていたことは詫びよう。セシルも知らなかった。二人には打ち明けるべきか悩んだが、他所の国の人間に、この国の極秘事案を漏らすわけにはいかなかった」
ラキュウス辺境伯はルーメンに視線を向けると、眉尻を歪めた。
「だがこうなれば話すしかあるまい。私が瘴気の研究を第一に考えるようになったのはその処分場がきっかけだ。あれは本来、王位を継ぐ者と側近、神殿の中枢の限られた人間しか知らない」
辺境伯の隣に控える騎士は顎を引き静かに頷く。
「私、いや、我々が知ることになったのは本当に偶然だった。あの頃の私は力がなく、大事な友もまた使い捨てられ、処分された」
辺境伯の兄である現国王――――彼が立太子して間もなく、病気がちの父王から様々な継承を受ける一環に処分場も含まれていたという。当時のラキュウス辺境伯は、隣に控える乳兄弟である騎士と、その妹との交友が深かった。
彼らと共に忍び込んだ部屋で、兄が受け継ぐ聖女制度の闇を知ったのだという。
「処分場とは一体どういう場所なのです?」
「……あれはシルドバーニュが聖女を囲い込むための制度の暗い影だ」
ヒストリアが問うと、辺境伯は眉間に皺を刻み重みのある声音で告げる。
「大聖女は別格だが、そもそも聖力は出力も内包力も個人差が激しい。すると聖力を使い果たしてしまい生み出す力が追いつかない者が一定数出てくる。国は聖女の保護に多額の費用を使っているが一生を賄えるほど余裕はないからな……無用となった元聖女を持て余していた」
「神殿はその元聖女らを魔物の生贄として使うことにしたと?」
ルーメンは結論を追及するように問い、辺境伯は頷く。
「あぁ。ディート地区の瘴気溜まりのような場所には高位の魔物が存在するが、なかには結界を破ろうと試みる個体もいるため、神殿の意向により生贄を捧げ鎮めることが慣習となっていた。高位の魔物は聖女を好むからな」
ようやく神殿の目的が分かったが、ヒストリアは言葉が出なかった。鎮めるために人を犠牲にするなど人道的でない。
「なんて愚かな……逆効果に決まっている」
不愉快をはっきりと露わにしたルーメンが呟く。
「あぁ、それには私も同意する。だが、……神殿の意向を国が軽視できないのがこの国、シルドバーニュだ」
「なぜラキュウス辺境伯ともあろう方が今まで処分場を見逃していたのでしょうか……あなたなら、事実を公表し追求出来たのではありませんか!?」
冷静なルーメンが困惑と不信の色を露わにし、辺境伯へ問い詰める。
その言葉は辺境伯に対する期待を挫かれたような感情が乗っているのが分かる。
「私の悪い噂は知っているだろう。誰が信じる。混乱を生むだけでは解決にならない」
「それは……」
「あの噂には兄が作為的に流したものだが、真実も混じっている」
確かにラキュウス辺境伯の噂はいいものがない。
王都に居た頃のヒストリアもまた、その噂を信じており関わりたくない人物として考えていたものだ。
「王位を簒奪し廃止を考えたこともあった。しかし神殿と揉めることは明白。我々も私兵は持っているが、王宮に派遣されている騎士などは殆どが神殿に所属している。公にしたところで、大司教はやろうと思えば、王族の責任に転嫁しその勢いのまま国を乗っ取ることも可能だ。そこで原因を潰してしまえば良いのではないか、そう考えたのだ……」
ラキュウス辺境伯は拳を握り締め苦々しく告げる。
そして、一呼吸おいたあと決意を秘めた眼でヒストリア達を見た。
「浄化石が普及すれば情勢が大きく変わるだろう。神殿に集まる権力が揺らぎ一巨党でなくなる」
「では、普及すれば処分場の廃止はしていただけるのでしょうか?」
ルーメンは確認するように問う。
「もとよりそのつもりだ。処分場はディート地区だけではない。そのためにも浄化石の量産を行いたい。ヒストリア。貴様にはこの地で瘴石の浄化に注力してもらう」
その言葉にヒストリアはルーメンと顔を見合わせたのち頷いた。
「承知いたしました」
正式に研究への参加を拝命し胸の高鳴りを覚える。
まだ足がかりとなる浄化石を手に入れたばかり、これからベリル達の手も借りて、ディート地区総出で瘴石の採掘がおこなわれることとなる。
概ねの方針を共有していたヒストリア達は、その具体的な費用を試算したラキュウス辺境伯による投資をもとに、まずは近いうちに軽量の浄化石を十個試作することとなった。
浄化石が大きければ結界も更に広域展開が可能だろうが、しかしそれはヒストリア次第だ。
ラキュウス辺境伯としては実績のある大きさの石を数多く作り、蜘蛛の巣のように広げていきたいという要望があった。
「ときに、王太子が滝壺に転落し死亡したという声明が王宮から正式に公表があった事を伝えておく」
話がまとまったあと、ラキュウス辺境伯は思い出したように言ってヒストリアは驚愕し思わず聞き返していた。
「ベルナルド王太子殿下がですかっ!?」
「実際に事故があったのはもう少し前だが……ほどなくして王女の結婚も発表されている。ルーメン、興味深いと思わないか?」
訃報と祭事が立て続けに発表されるというのは奇妙である。
少なくともベルナルド王子が亡くなったと言うのが本当ならば、喪に服するべきだ。
兄を敬愛していたシェリル王女なら尚更だ。
「王都のことなど興味がなかったのでは?ラキュウス辺境伯、あなたにしては珍しいですね」
「貴族院から私の意見が聞きたいと陳情がいくつも届いているのでな。ヒストリア、貴様の義兄はどういう人物だ?」
唐突に意外な人物の名を振られ、嫌な予感が過りヒストリアは義兄の歪な笑みを思い出す。
「なぜロイドを……?まさか…」
「どうやら貴様の兄はシェリル王女と結婚するぞ。王もロイド・フランドールを認めて王家に迎え入れようと準備を進めている。それを貴族院は問題視しているのが現状だが、おそらく強引に進めるだろう」
「ロイドとシェリル王女に接点などないはず……いえ、エリザベート……私の姉が王女様と懇意にしておりました」
これまでまったく接点のなかったシェリル王女とロイドだが、それを無理矢理繋げようとするならば可能な人物が一人いた。
姉のエリザベートが自分を心酔するシェリル王女にロイドを近づけることは可能だ。
これまでそういった気配など微塵も感じた事がなかったが、出来ないことはないのだ。
「なるほど。ベルナルドの事故をきっかけに心を病んだシェリル王女を支え、仲を深めるまでになったという噂は信憑性があるな。だが私は不思議でたまらん……王は血統に煩い。平民の血が混じった人間を、大聖女ですらない者を、王族に迎え入れるなどあり得ない」
その言葉にふとヒストリアは思い出した。
元平民であった現王妃を王家に迎え入れる時にひと騒動あったということを。
噂程度で昔の話。
今は国王が王妃を大切にしているので信憑性は薄いが、確かに血統を重んじる人物であるという事は今の王宮に登用する人材や側近の爵位を見れば明白である。
「つまり、国王の意向になんらかの介入があると考えているのですね?」
ルーメンが声を低くして問えばラキュウス辺境伯は静かに頷いた。
「あぁ、奇しくもロイドはヒストリアの義兄。罪の真偽に興味はないが、立て続けに名が浮上するフランドール家の動向を私は注視している。王宮の情勢は浄化石普及の障壁になりうるかもしれないのでな」
いったい王都で何が起きているのだろう。
ロイドの悪意的な含みのある笑みは、あの時すでに勝利を確信していたものだったようにヒストリアは感じていた。
まさかヒストリアを陥れるだけで終わりではなかったのか。
「お前達もよく注意しておけ」
ラキュウス辺境伯が持ってきた凶報に心ざわつき、不穏な予感が瞳を揺らす。
ロイドとエリザベートが何を求めて行動しているのかヒストリアには想像もつかない。
しかし追放までなし遂げ不幸に陥れてた相手が今のヒストリアを知れば、許すはずがないとは分かる。
きっと時間は限られているのだ。
目の前の浄化石を見つめ、ヒストリアは焦りを感じるのだった。
「こ、これは……ラキュウス辺境伯……なぜこのような場所へ?」
面識があるのだろう神官は先程までの威勢を握り潰されたかの如く鳴りを顰め、おずおずと前に出ては跪き首を下げた。
それからラキュウス辺境伯の機嫌を伺うような笑みを浮かべる。
しかし神官の問いは一刀両断された。
「私が貴様に何をしているか聞いているのだ」
冷徹な物言いに神官の目は泳いでいた。
ラキュウス辺境伯は変人で陰鬱という噂とはほど遠い、理知的でどこかルーメンと似た雰囲気を感じさせる人物だった。
「もっ、申し訳ございません……実は大司教よりここに追放した女を連行するよう仰せつかっておりまして。その、国王からも承認を得ており、同行を促しておりました」
「ほう。とても穏やかな様子ではなかったがな。そちらの家は私の所有物だが、なぜ扉を破壊する?」
兵士が斧で破壊していた扉へ視線を流した辺境伯に対し神官は青ざめる。
「っ……まさか、そのようなこととはつゆ知らず……」
神官が明らかに動揺しているなか、ルーメンが辺境伯の護衛の兵の間をぬって焦げ茶色の馬を進め出てきた。
その姿にヒストリアはようやく安堵する。
「同行に関して先ほど国王の承認があると言われましたが、それは正式な国の命令ですか?王家の紋章が入った令状は?」
ルーメンの問いに神官は顔を真っ赤にした。
扉越しで確認すらしなかったが、国王の許可があると主張する神官はその一点張りで令状の存在を示唆しなかった。
「令状など、そんなもの……まさか大司教様が嘘をついていると言いたいのかっ!」
得体の知れない相手に痛いところを突かれたからか、神官は声を荒げた。
「あなた方に助け船を出しているだけですよ」
「なに……?」
困惑する神官を前に、ルーメンは続けた。
「令状がないのなら個人的な口約束。ならば行き違いがあったとしてもおかしくない。これ以上事を荒立てるのは止めてお帰りください。そうすれば、ラキュウス辺境伯があなた達を問題視することはないでしょう」
淡々とした調子で自論を述べると辺境伯へと顔を向ける。
「あぁ。ただの行き違いで撤収すると言うなら、我が財産の破損にも目を瞑ろう」
「し、しかし大司教様が……その女は連行しなければ……」
辺境伯の私財を破損させた件を前に出され声に覇気がなくなった神官だったが、しかし彼も命令を遂行できない責任を天秤にかけているのか、しどろもどろに狼狽える。
「私は国王から何も相談されていない。そこの女の追放先をここにしたいと国から打診があり私は受け入れた。正式な命令であるなら先に私に話を通すのが筋だろう」
ラキュウス辺境伯は冷えた目で神官を見据えた。
「ですがっ!国王に許可頂いたということは、連れて行っても問題ないものと、私……いえ、神殿は考えておりまして……」
「私が許していないが?すでに彼女はルキリュ領の領民だ」
「…………そう仰られましても、聖女は神殿が預かるのが道理かと……」
思わぬ方向から連行を阻まれた神官は苦し紛れに言った。
目の前の権力者から受ける直接の苦言に眉根を寄せ、絞り出した言葉だった。
「ではなぜ初めからそうしなかった?大聖女として機能しないと判断し神殿は追放に同意したのだろう。であればもはや神殿の所属でない。私の統治下の領民を攫う気か?」
「さっ、攫うなど滅相もございません!大司教様のご命令で……」
「知ったことか」
吐き捨てるように告げた辺境伯はルーメンを見遣った。
「ルーメン。彼女を連れていけ」
その命令に従い馬を降りたルーメンにヒストリアは肩を抱き支えられた。
「即刻立ち去れ。そして大司教に伝えろ。ヒストリアは私の保護下にあると」
ラキュウス辺境伯は威圧的に強い口調で告げる。
その迫力に神官は何度も短く頷き、周りの神殿兵に撤収を促すと足早に去っていった。
「……君が無事でよかった」
ルーメンは影を落とし吐息を零せばヒストリアに触れていた手を降ろした。
声をかけようとしたが、それよりも先に壊れかけの扉を前に移動され、さきほどから一度も視線が合わない。
刺さった大斧を引き抜き、無造作に捨てるルーメンの背をヒストリアは見つめた。
「浄化石が見つかったら盗られるかもしれないと思って……ごめんなさい。せっかく守ってくれていたのに」
勝手なことをしたから怒っているのだろうか。待つべきだっただろうか。
そんなことを胸中で反省したが、返ってきた声は固くヒストリアは眉根を寄せた。
「謝らなくていい。浄化石はまた作ることが出来るが、君は違うだろう」
「そうよね……大聖女なんてそう簡単に研究に引き込めないものね」
「そうじゃない。ただ、……」
ルーメンが逡巡しているうちに背後に人の気配を感じ、大きな影がヒストリアの元に落ちた。
「ルーメン。現物を見せなさい」
ラキュウス辺境伯だった。
馬から降りて護衛を連れた辺境伯は、間近で見ても大きく、迫力のある人物である。
堀の深い顔立ちは血縁関係にあるベルナルド王太子殿下にも通ずるものがある。
ルーメンは辺境伯を客間に通し、護衛の騎士が一名が同席し、残りの数名が部屋と家の外で待機する。
保管していた浄化石を低い机に置き受け渡しを行い、辺境伯は石を手に様々な角度から眺めた。
そのあと、騎士に呼びかけ小箱を出させると、中から見覚えのある青白い光を放つ球体を近づけた。
すると、それは室内一帯を燦燦と眩く照らし青白い光は白銀に変わる。
「……確かにかなりの聖力を保持している。なるほど、ルーメンの拡張魔法は石の機能にまで及ぶのか……素晴らしい」
どうやら辺境伯が所持していた石は聖力を測る装置と同じものだったようだ。
「ヒストリアよ。改めて浄化石を作った功績を認め、今後は研究に従事する聖女として我が領内で保護することを約束しよう。これからもルーメンの研究を推進する礎となってくれ」
「ありがとうございます……浄化石の実用化に向けて、ご期待に添えられるよう努力いたします」
ルーメンの傍に控えていたヒストリアはエプロンワンピースの裾を摘み、片脚を下げ膝を軽く曲げ礼をする。
それから頭を下げたまま、ラキュウス辺境伯へ進言する。
「おそれながら……一つ、発言をお許しいただけるのならば、お尋ねしたい義がございます」
「そう畏まらなくて良い。顔を上げなさい」
ラキュウス辺境伯に促されヒストリアは唇を湿らせたあと生唾を呑み視線を重ねた。
「ありがとうございます。ラキュウス辺境伯、貴重なお時間を割いてい……」
「口上は不要だ。本題を話せ」
阻まれたその一言にヒストリアは辺境伯の人となりを垣間見ることとなり、緊張を飲み込んだあと背を正した。
そして改めて息を深く吸ったあと、貴族の嗜みである表現が不要だと理解し率直に訊ねた。
「では……今回浄化した一帯の瘴気溜まりについてです。あの谷の処分場の存在をラキュウス辺境伯はご存じだったのでしょうか?」
「なに……?」
ヒストリアの発言にラキュウス辺境伯の表情が明らかに変わり、眉根を寄せる。
「元聖女の処分場についてです」
ルーメンはラキュウス辺境伯が知っていれば止めていると言った。
表に出ていない裏の制度に反対してくれる人物ならば、早く知らせて廃止させたい。
その一心だった。
「……誰からそれを?」
しかしラキュウス辺境伯の返事は予想外のもので、そのニュアンスは既に処分場について認知しているようだ。
「浄化石作りに協力した領民から聞き得た話でございます」
「まさか漏れているとは。一体どういう管理をしているんだ……」
片手を額に添え垂れ落ちてきていた前髪を払ったラキュウス辺境伯は疎まし気に零した。
「本当だというのですか!?」
ルーメンがラキュウス辺境伯に信じられないとばかりに食い入るように言う。
「ルーメン。黙っていたことは詫びよう。セシルも知らなかった。二人には打ち明けるべきか悩んだが、他所の国の人間に、この国の極秘事案を漏らすわけにはいかなかった」
ラキュウス辺境伯はルーメンに視線を向けると、眉尻を歪めた。
「だがこうなれば話すしかあるまい。私が瘴気の研究を第一に考えるようになったのはその処分場がきっかけだ。あれは本来、王位を継ぐ者と側近、神殿の中枢の限られた人間しか知らない」
辺境伯の隣に控える騎士は顎を引き静かに頷く。
「私、いや、我々が知ることになったのは本当に偶然だった。あの頃の私は力がなく、大事な友もまた使い捨てられ、処分された」
辺境伯の兄である現国王――――彼が立太子して間もなく、病気がちの父王から様々な継承を受ける一環に処分場も含まれていたという。当時のラキュウス辺境伯は、隣に控える乳兄弟である騎士と、その妹との交友が深かった。
彼らと共に忍び込んだ部屋で、兄が受け継ぐ聖女制度の闇を知ったのだという。
「処分場とは一体どういう場所なのです?」
「……あれはシルドバーニュが聖女を囲い込むための制度の暗い影だ」
ヒストリアが問うと、辺境伯は眉間に皺を刻み重みのある声音で告げる。
「大聖女は別格だが、そもそも聖力は出力も内包力も個人差が激しい。すると聖力を使い果たしてしまい生み出す力が追いつかない者が一定数出てくる。国は聖女の保護に多額の費用を使っているが一生を賄えるほど余裕はないからな……無用となった元聖女を持て余していた」
「神殿はその元聖女らを魔物の生贄として使うことにしたと?」
ルーメンは結論を追及するように問い、辺境伯は頷く。
「あぁ。ディート地区の瘴気溜まりのような場所には高位の魔物が存在するが、なかには結界を破ろうと試みる個体もいるため、神殿の意向により生贄を捧げ鎮めることが慣習となっていた。高位の魔物は聖女を好むからな」
ようやく神殿の目的が分かったが、ヒストリアは言葉が出なかった。鎮めるために人を犠牲にするなど人道的でない。
「なんて愚かな……逆効果に決まっている」
不愉快をはっきりと露わにしたルーメンが呟く。
「あぁ、それには私も同意する。だが、……神殿の意向を国が軽視できないのがこの国、シルドバーニュだ」
「なぜラキュウス辺境伯ともあろう方が今まで処分場を見逃していたのでしょうか……あなたなら、事実を公表し追求出来たのではありませんか!?」
冷静なルーメンが困惑と不信の色を露わにし、辺境伯へ問い詰める。
その言葉は辺境伯に対する期待を挫かれたような感情が乗っているのが分かる。
「私の悪い噂は知っているだろう。誰が信じる。混乱を生むだけでは解決にならない」
「それは……」
「あの噂には兄が作為的に流したものだが、真実も混じっている」
確かにラキュウス辺境伯の噂はいいものがない。
王都に居た頃のヒストリアもまた、その噂を信じており関わりたくない人物として考えていたものだ。
「王位を簒奪し廃止を考えたこともあった。しかし神殿と揉めることは明白。我々も私兵は持っているが、王宮に派遣されている騎士などは殆どが神殿に所属している。公にしたところで、大司教はやろうと思えば、王族の責任に転嫁しその勢いのまま国を乗っ取ることも可能だ。そこで原因を潰してしまえば良いのではないか、そう考えたのだ……」
ラキュウス辺境伯は拳を握り締め苦々しく告げる。
そして、一呼吸おいたあと決意を秘めた眼でヒストリア達を見た。
「浄化石が普及すれば情勢が大きく変わるだろう。神殿に集まる権力が揺らぎ一巨党でなくなる」
「では、普及すれば処分場の廃止はしていただけるのでしょうか?」
ルーメンは確認するように問う。
「もとよりそのつもりだ。処分場はディート地区だけではない。そのためにも浄化石の量産を行いたい。ヒストリア。貴様にはこの地で瘴石の浄化に注力してもらう」
その言葉にヒストリアはルーメンと顔を見合わせたのち頷いた。
「承知いたしました」
正式に研究への参加を拝命し胸の高鳴りを覚える。
まだ足がかりとなる浄化石を手に入れたばかり、これからベリル達の手も借りて、ディート地区総出で瘴石の採掘がおこなわれることとなる。
概ねの方針を共有していたヒストリア達は、その具体的な費用を試算したラキュウス辺境伯による投資をもとに、まずは近いうちに軽量の浄化石を十個試作することとなった。
浄化石が大きければ結界も更に広域展開が可能だろうが、しかしそれはヒストリア次第だ。
ラキュウス辺境伯としては実績のある大きさの石を数多く作り、蜘蛛の巣のように広げていきたいという要望があった。
「ときに、王太子が滝壺に転落し死亡したという声明が王宮から正式に公表があった事を伝えておく」
話がまとまったあと、ラキュウス辺境伯は思い出したように言ってヒストリアは驚愕し思わず聞き返していた。
「ベルナルド王太子殿下がですかっ!?」
「実際に事故があったのはもう少し前だが……ほどなくして王女の結婚も発表されている。ルーメン、興味深いと思わないか?」
訃報と祭事が立て続けに発表されるというのは奇妙である。
少なくともベルナルド王子が亡くなったと言うのが本当ならば、喪に服するべきだ。
兄を敬愛していたシェリル王女なら尚更だ。
「王都のことなど興味がなかったのでは?ラキュウス辺境伯、あなたにしては珍しいですね」
「貴族院から私の意見が聞きたいと陳情がいくつも届いているのでな。ヒストリア、貴様の義兄はどういう人物だ?」
唐突に意外な人物の名を振られ、嫌な予感が過りヒストリアは義兄の歪な笑みを思い出す。
「なぜロイドを……?まさか…」
「どうやら貴様の兄はシェリル王女と結婚するぞ。王もロイド・フランドールを認めて王家に迎え入れようと準備を進めている。それを貴族院は問題視しているのが現状だが、おそらく強引に進めるだろう」
「ロイドとシェリル王女に接点などないはず……いえ、エリザベート……私の姉が王女様と懇意にしておりました」
これまでまったく接点のなかったシェリル王女とロイドだが、それを無理矢理繋げようとするならば可能な人物が一人いた。
姉のエリザベートが自分を心酔するシェリル王女にロイドを近づけることは可能だ。
これまでそういった気配など微塵も感じた事がなかったが、出来ないことはないのだ。
「なるほど。ベルナルドの事故をきっかけに心を病んだシェリル王女を支え、仲を深めるまでになったという噂は信憑性があるな。だが私は不思議でたまらん……王は血統に煩い。平民の血が混じった人間を、大聖女ですらない者を、王族に迎え入れるなどあり得ない」
その言葉にふとヒストリアは思い出した。
元平民であった現王妃を王家に迎え入れる時にひと騒動あったということを。
噂程度で昔の話。
今は国王が王妃を大切にしているので信憑性は薄いが、確かに血統を重んじる人物であるという事は今の王宮に登用する人材や側近の爵位を見れば明白である。
「つまり、国王の意向になんらかの介入があると考えているのですね?」
ルーメンが声を低くして問えばラキュウス辺境伯は静かに頷いた。
「あぁ、奇しくもロイドはヒストリアの義兄。罪の真偽に興味はないが、立て続けに名が浮上するフランドール家の動向を私は注視している。王宮の情勢は浄化石普及の障壁になりうるかもしれないのでな」
いったい王都で何が起きているのだろう。
ロイドの悪意的な含みのある笑みは、あの時すでに勝利を確信していたものだったようにヒストリアは感じていた。
まさかヒストリアを陥れるだけで終わりではなかったのか。
「お前達もよく注意しておけ」
ラキュウス辺境伯が持ってきた凶報に心ざわつき、不穏な予感が瞳を揺らす。
ロイドとエリザベートが何を求めて行動しているのかヒストリアには想像もつかない。
しかし追放までなし遂げ不幸に陥れてた相手が今のヒストリアを知れば、許すはずがないとは分かる。
きっと時間は限られているのだ。
目の前の浄化石を見つめ、ヒストリアは焦りを感じるのだった。
