透明な羽の君へ

「手っ取り早く人の心を開くには、共通の敵を見つけることです。あのあと予想通り、ひよりちゃんと踏み込んだ話ができました」

 ナツキはそう言って、アイスコーヒーを一口飲んだ。初めて会ったときと同じ、だぼっとした黒い服。家で夕飯を一緒にしたときとは全くの別人に見える。ドライフラワーの喫茶店は、今日も俺たち以外に客はいない。

「共通の敵って俺ですか?」
「はい」
「なんでそんなことに……。ひよりとは夕飯のときで十分、仲良くなってたじゃないですか」
「プライベートな話まで踏み込めるとは限りません」
「ガールズトークしようって、ひよりから誘ってましたよね? まぁいいや……あの日から、ひよりの視線が痛いんです……まるでケダモノ扱い。まさか『俺に襲われた』なんて言ってないですよね?」
「襲われてない、とも言ってません」
「ちゃんと否定してくださいよ~。慎一との結婚潰す前に、俺とひよりの関係が壊れる……」
「ただ、おかげで慎一さんとどこまで進んでいるか聞けましたよ」

 どきりとしたのと同時に冷静になり、膝の上の手をぎゅっと握りしめた。

「……それ、俺が聞いていい話ですか?」
「ええ、大丈夫。キス以上のことはしていないようです」

 キス。その事実だけでも十分痛い。

「やはり、ひよりちゃんがまだ未成年であるということが気にかかってるみたいですね。慎一さんのほうが気をつけているんでしょう」
「慎一はハタチ超えてるんだし、未成年とそれ以上の関係なんてアウトでしょ」
「慎一さんもまだ20歳ですし、直ちに違法ではないと思いますが、気をつけたほうが無難です。そういう意味では、慎一さんはまともな人間ですね」

 まともな人間だと言われてもイマイチ喜べない。最低な人間のほうが罪悪感なく潰すことができたのにと、我ながらひどいことを考えてしまう。手を出すのはアウトだけど。
 
「とりあえず、ナツキさんが計画してることについては、事前に詳しく教えてください。じゃなきゃ俺――」
「それはできません」

 ナツキは無表情のままアイスコーヒーを飲んだ。断られるなんて思ってなかったので、ただ呆然とその姿を眺める。

「だって片倉さん、全部顔に出るから。事前に話しちゃったら台無しです。ひよりちゃんはああ見えてかなり鋭いほうです。不自然な演技なんてすぐにバレます」

 自分は気づかなかったひよりの一面。ほんの一回会ったナツキに何がわかると返したいところだが、当然のことのように言い放つので事実なんだと思ってしまう。ここはナツキに任せておいたほうがよさそうだ。なにせプロのカップルクラッシャーなんだから。

「……次は、俺は何をしたら?」
「来月の予定を教えてください。1日遠出できる日はありますか?」

 来月は8月、夏休み期間だ。予備校にも通っていないし旅行の予定もないので、不定期に入っている撮影日を教え、それとお盆以外であればいつでも大丈夫だと答えた。

「承知しました。日程が決まり次第、連絡します」
「あの……何があるんですか?」

 切れ長の瞳が、さっき言ったでしょと咎めるようにすっと細くなる。「日程のご連絡お待ちしています」と観念して呟いた。
 ドライフラワーの喫茶店を出て、地上に続く階段を上っているところで、ナツキがくるりと振り向いた。

「片倉さんって、今まで彼女いたことあります?」

 なぜ俺のことを。不思議に思いながらも「いました。過去に2人」と素直に答える。ナツキは一瞬、驚いたように固まったあと、静かに続けた。

「……告白されて断る理由もなかったから、仕方なくつき合ったって感じですか?」

 図星だった。中学2年のときと、高校1年のとき。どちらも告白され、仲の良かったやつだし断るのも面倒でつき合った。彼女のいる生活はそれなりに楽しかったけれど、3ヶ月を超えたあたりから上手くいかないことが増えて別れた。毎日連絡をしたり、週に何度も会うことを億劫に感じていたところで、相手から続けられないと言われてしまった。

「人を好きになったことは?」
「それは……」

 答えられない。フラれてショックだったのは事実だから、最後は彼女たちのことを好きだったと思うのだけれど。
 戸惑うように瞳を揺らしていると、ナツキは「わかりました」とだけ呟き、背を向けて階段を上っていった。
 ナツキが初めて笑ったように見えたのは、俺の気のせいだろうか……?