揚げ鍋に油を注ぐ。溜まっていく油の量に、ああ背徳感。ひよりは揚げ物が好きだが、見ての通り大量の油を消費するため、特別な日にしか作らない。今日は魚屋のおばちゃんから無料で三枚卸にしたあとのアジの中骨をもらったので、教わったとおり唐揚げにすることにした。
洗って水気をよく切った中骨に薄く小麦粉をまとわせる。中骨には削ぎきれなかった身がついているので、小麦粉をまとわせた姿は若干歪なアジフライに見えなくもない。
そうっと油のなかに落とす。じゅわっと油がはねる音がたまらない。ゆっくりと時間をかけて火を通している間に他の料理を作る。もういいかと油から出すと、まるで極薄のアジフライにみえた。塩を振り、一口食べてみる。
「うまっ」
パリッとした食感、そして魚特有の苦さもあり、これは酒のつまみとして最高なのではと想像した(飲酒したことがないので正確にはわからないが)。思わずニ枚目に箸を伸ばしたとき、「ただいまー」と玄関ドアが開く音がした。
この素晴らしい唐揚げをひよりに教えてやらないと。嬉々として廊下に出たとき、ひよりの後ろにいる男が目に飛び込んできた。
「送ってもらっちゃった。彼氏の慎一くん」
「初めまして、こんばんは。笠原慎一と申します」
一見、地味なメガネくんだが、芯も味もありそうな男。シャツにスラックスというシンプルな服装だが、滲み出る雰囲気の良さが引き立っている。対して俺は、部屋着にエプロン姿という、友達にも見せたことがない格好……。
「いいにおい! 今日のごはんなに?」
「アジ……フライだ」
極薄の。ていうか中骨だけど。
「うれしい! 慎一くんも一緒にだめ?」
「いいよいいよ、僕はここで」
空気が読めるやつで安心した。「もうこんな時間ですしね。また別の機会に」と社交辞令を返す。
「足の怪我、お大事に」
「ありがと。おやすみ、慎一くん」
「おやすみ。お兄さん、夜分遅くに失礼しました」
「おやすみなさい。妹を送ってくださり、ありがとうございました」
鍛え抜かれた愛想笑いで見送る。名残惜しそうにするひよりを見ていられなくて、目を伏せた。
ひよりはアジの骨唐揚げを気に入り、たくさん食べた。彼氏の名前は慎一と言ったか。慎一の前では、見栄でアジフライだと言ったことは忘れているらしい。
「米、まだあるけど食べる?」
「食べる~。やっぱり、お兄ちゃんのごはんは最高!」
茶碗に白米をよそいながらも、口元が緩むのを止められない。あまりに幸せそうに食べる姿を見て、なぜここから出ていってしまうのかと疑問が湧く。慎一との結婚を、もう少し先延ばしにはできないのだろうか。
「……ひより、慎一さんとそんなに早く結婚したいの?」
ひよりが手を止め、箸を置いた。
「うん。だからわたしも早く、お兄ちゃんみたいに美味しいごはん作れるようにならなきゃね」
聞かなきゃよかった。
「ね、お兄ちゃん。今度、慎一くんと一緒にごはんしようよ。義理でも家族になるんだから、仲良くなったほうが絶対にいいし」
「……そうだな」
「そうだ! わたしがごはん作る! お兄ちゃん、この骨唐揚げの作り方教えてよ」
「これは酒のつまみみたいなもんだから……。ちゃんとしたアジフライにしよう」
「うん! 約束だよ」
約束なんてしたくない。なのに頷く以外の選択肢がなかった。このまま残酷に時が経ち、本当にひよりは結婚するんだろうか。
あきらめかけた矢先、縁切りの神様が微笑んだ。
洗って水気をよく切った中骨に薄く小麦粉をまとわせる。中骨には削ぎきれなかった身がついているので、小麦粉をまとわせた姿は若干歪なアジフライに見えなくもない。
そうっと油のなかに落とす。じゅわっと油がはねる音がたまらない。ゆっくりと時間をかけて火を通している間に他の料理を作る。もういいかと油から出すと、まるで極薄のアジフライにみえた。塩を振り、一口食べてみる。
「うまっ」
パリッとした食感、そして魚特有の苦さもあり、これは酒のつまみとして最高なのではと想像した(飲酒したことがないので正確にはわからないが)。思わずニ枚目に箸を伸ばしたとき、「ただいまー」と玄関ドアが開く音がした。
この素晴らしい唐揚げをひよりに教えてやらないと。嬉々として廊下に出たとき、ひよりの後ろにいる男が目に飛び込んできた。
「送ってもらっちゃった。彼氏の慎一くん」
「初めまして、こんばんは。笠原慎一と申します」
一見、地味なメガネくんだが、芯も味もありそうな男。シャツにスラックスというシンプルな服装だが、滲み出る雰囲気の良さが引き立っている。対して俺は、部屋着にエプロン姿という、友達にも見せたことがない格好……。
「いいにおい! 今日のごはんなに?」
「アジ……フライだ」
極薄の。ていうか中骨だけど。
「うれしい! 慎一くんも一緒にだめ?」
「いいよいいよ、僕はここで」
空気が読めるやつで安心した。「もうこんな時間ですしね。また別の機会に」と社交辞令を返す。
「足の怪我、お大事に」
「ありがと。おやすみ、慎一くん」
「おやすみ。お兄さん、夜分遅くに失礼しました」
「おやすみなさい。妹を送ってくださり、ありがとうございました」
鍛え抜かれた愛想笑いで見送る。名残惜しそうにするひよりを見ていられなくて、目を伏せた。
ひよりはアジの骨唐揚げを気に入り、たくさん食べた。彼氏の名前は慎一と言ったか。慎一の前では、見栄でアジフライだと言ったことは忘れているらしい。
「米、まだあるけど食べる?」
「食べる~。やっぱり、お兄ちゃんのごはんは最高!」
茶碗に白米をよそいながらも、口元が緩むのを止められない。あまりに幸せそうに食べる姿を見て、なぜここから出ていってしまうのかと疑問が湧く。慎一との結婚を、もう少し先延ばしにはできないのだろうか。
「……ひより、慎一さんとそんなに早く結婚したいの?」
ひよりが手を止め、箸を置いた。
「うん。だからわたしも早く、お兄ちゃんみたいに美味しいごはん作れるようにならなきゃね」
聞かなきゃよかった。
「ね、お兄ちゃん。今度、慎一くんと一緒にごはんしようよ。義理でも家族になるんだから、仲良くなったほうが絶対にいいし」
「……そうだな」
「そうだ! わたしがごはん作る! お兄ちゃん、この骨唐揚げの作り方教えてよ」
「これは酒のつまみみたいなもんだから……。ちゃんとしたアジフライにしよう」
「うん! 約束だよ」
約束なんてしたくない。なのに頷く以外の選択肢がなかった。このまま残酷に時が経ち、本当にひよりは結婚するんだろうか。
あきらめかけた矢先、縁切りの神様が微笑んだ。


