***
「知りたい? 知りたくない?」
母さんの遺産整理をしてくれた叔母さんが、アメリカに戻る前に俺を呼び出した。
目の前には青い箱が置かれている。小学生のとき使っていた道具箱みたいな箱を、叔母さんは『玉手箱』と呼んだ。
「……知りたくない」
俺は突然母さんを亡くした悲しみと、これからどう生きていくんだという不安に押しつぶされていた。当時まだ中学1年、ひよりは小学6年だった。
玉手箱は開けてはいけないものの代表。これ以上、落ちていきたくなかった。
「わかった。成人したら開けなさい。姉さんもそのつもりだったみたいだから」
母さんに似てバリキャリであっさりとした性格の叔母さんは、アメリカと日本を行き来する慌ただしい生活を送っていた。「問題起こしたら、ちゃんと呼びなさいね。ただし行くのに数十時間かかる!」と軽やかに言い放ち、玉手箱を置いてアメリカへと戻って行った。
開けてはいけない箱。けれど浦島太郎がそうだったように、しばらくしたら俺もまた、箱に手を伸ばしてしまった。
「なんだよ、これ……」
洸と書かれたA4サイズの封筒には、知らない女性に抱かれる生まれたばかりの俺と思われる写真や、見たことのない母子手帳、戸籍の証明書などが入っていた。それらによると、俺は父さんの連れ子であり、母さんとは血縁関係はない。そうなると、ひよりと俺の関係は……?
ひよりと書かれた封筒を取り上げたとき、それとは別に水色の小さな封筒がこぼれ落ちた。宛名はない。拾い上げ、震える指先でそっと開く。
――洸とひよりは血が繫がっていません。
――洸は彼と前の奥さんの子どもです。
――ひよりを妊娠しているときに彼と結婚しましたが、父親は別の人です。
それでも二人を愛してるとか、本当の子どもだと思って育てていくなんて文字は、目でなぞるだけでさらさらと流れていった。残酷な事実だけが、しっかりと記憶された。
俺は、母さんと同時に「妹」を失った。
いや、失ったんじゃない。最初からそんなものなかった。
母子手帳の記録が途中からのことも、生まれたばかりの写真がないことも、疑問に思っていなかったわけじゃない。ただ母さんは仕事以外のことには忘れっぽい人でよく物を無くしていたから、どこかにしまったまま忘れてるんだろうと決めつけていた。
こんな現実、耐えられない。
ひよりには絶対にこんな想いをさせたくない。ただ仮に玉手箱を隠し続けても、結婚などで戸籍を見る機会があれば気づくだろう。俺が「兄」でいられるのはそこまで。
けれど逆に考えれば、それまでは兄として一緒にいられる。ちゃんとした兄になろう。親代わりとして、ひよりを守るんだ。血縁なんて関係ないくらい、切れない絆を紡いでいけばいい。
ひよりには、透明なまま、純粋なまま羽ばたいてほしい。絶対に俺が守る。
そう願っていたのに。
俺は自分の鳥カゴの中で、ひよりに羽ばたいてもらいたかっただけだった。自分の近くで、自分が守れる範囲で。
俺が、ひよりを守りたかったんじゃない。
俺が、ひよりに必要とされたかった。
結局は自分のためで、彼女のことなんて何ひとつ考えていなかった。
過去に2回、女子とつきあって学んだことは、愛情には見返りがいるということ。連絡はまめにしてほしい、できるだけたくさん会いたい。同じだけの好きを、求められる方法で返せなくて彼女たちは離れていった。差し出し続けなければ、他人との関係は途絶える。家族なら、存在するだけで良くも悪くも切れない関係があるけれど、俺とひよりはそうじゃなかった。
絆が欲しい。鎖でも構わない。そのためには差し出し続けなければいけない。役に立たなければ。必要だと思ってもらわなければ断たれてしまう。
ひよりにはそれが重荷だった。だから結婚して俺のところから離れたかったんだ。全部俺が悪い。彼女の人生を縛った自分のせいだ。
――自分らしく生きていくために、変えられないものと変えられるものを、きちんと見極める
やり直そう、ここから。
「知りたい? 知りたくない?」
母さんの遺産整理をしてくれた叔母さんが、アメリカに戻る前に俺を呼び出した。
目の前には青い箱が置かれている。小学生のとき使っていた道具箱みたいな箱を、叔母さんは『玉手箱』と呼んだ。
「……知りたくない」
俺は突然母さんを亡くした悲しみと、これからどう生きていくんだという不安に押しつぶされていた。当時まだ中学1年、ひよりは小学6年だった。
玉手箱は開けてはいけないものの代表。これ以上、落ちていきたくなかった。
「わかった。成人したら開けなさい。姉さんもそのつもりだったみたいだから」
母さんに似てバリキャリであっさりとした性格の叔母さんは、アメリカと日本を行き来する慌ただしい生活を送っていた。「問題起こしたら、ちゃんと呼びなさいね。ただし行くのに数十時間かかる!」と軽やかに言い放ち、玉手箱を置いてアメリカへと戻って行った。
開けてはいけない箱。けれど浦島太郎がそうだったように、しばらくしたら俺もまた、箱に手を伸ばしてしまった。
「なんだよ、これ……」
洸と書かれたA4サイズの封筒には、知らない女性に抱かれる生まれたばかりの俺と思われる写真や、見たことのない母子手帳、戸籍の証明書などが入っていた。それらによると、俺は父さんの連れ子であり、母さんとは血縁関係はない。そうなると、ひよりと俺の関係は……?
ひよりと書かれた封筒を取り上げたとき、それとは別に水色の小さな封筒がこぼれ落ちた。宛名はない。拾い上げ、震える指先でそっと開く。
――洸とひよりは血が繫がっていません。
――洸は彼と前の奥さんの子どもです。
――ひよりを妊娠しているときに彼と結婚しましたが、父親は別の人です。
それでも二人を愛してるとか、本当の子どもだと思って育てていくなんて文字は、目でなぞるだけでさらさらと流れていった。残酷な事実だけが、しっかりと記憶された。
俺は、母さんと同時に「妹」を失った。
いや、失ったんじゃない。最初からそんなものなかった。
母子手帳の記録が途中からのことも、生まれたばかりの写真がないことも、疑問に思っていなかったわけじゃない。ただ母さんは仕事以外のことには忘れっぽい人でよく物を無くしていたから、どこかにしまったまま忘れてるんだろうと決めつけていた。
こんな現実、耐えられない。
ひよりには絶対にこんな想いをさせたくない。ただ仮に玉手箱を隠し続けても、結婚などで戸籍を見る機会があれば気づくだろう。俺が「兄」でいられるのはそこまで。
けれど逆に考えれば、それまでは兄として一緒にいられる。ちゃんとした兄になろう。親代わりとして、ひよりを守るんだ。血縁なんて関係ないくらい、切れない絆を紡いでいけばいい。
ひよりには、透明なまま、純粋なまま羽ばたいてほしい。絶対に俺が守る。
そう願っていたのに。
俺は自分の鳥カゴの中で、ひよりに羽ばたいてもらいたかっただけだった。自分の近くで、自分が守れる範囲で。
俺が、ひよりを守りたかったんじゃない。
俺が、ひよりに必要とされたかった。
結局は自分のためで、彼女のことなんて何ひとつ考えていなかった。
過去に2回、女子とつきあって学んだことは、愛情には見返りがいるということ。連絡はまめにしてほしい、できるだけたくさん会いたい。同じだけの好きを、求められる方法で返せなくて彼女たちは離れていった。差し出し続けなければ、他人との関係は途絶える。家族なら、存在するだけで良くも悪くも切れない関係があるけれど、俺とひよりはそうじゃなかった。
絆が欲しい。鎖でも構わない。そのためには差し出し続けなければいけない。役に立たなければ。必要だと思ってもらわなければ断たれてしまう。
ひよりにはそれが重荷だった。だから結婚して俺のところから離れたかったんだ。全部俺が悪い。彼女の人生を縛った自分のせいだ。
――自分らしく生きていくために、変えられないものと変えられるものを、きちんと見極める
やり直そう、ここから。


