改札を走り抜け、ドアの閉まりかけた電車に飛び乗る。白い目を浴びながら、全速力で走ったあとの上がった息と、焦りと怒りでない混ぜになった心を落ち着かせる。
模試が終わってスマホの電源を入れたところで、Masaからの数十件の着信とメッセージに気づいた。
――急用。お願いだから、電話でて。
似たようなメッセージをなぞっていると、突然、画面が暗くなり表示されたMasaの文字に、慌てて通話ボタンを押した。
――『洸? やっと出たか……』
――「ごめん。模試だったから電源切ってて」
――『そんなときに、まじでごめん。今ちょっと話せる? イヤホンじゃなかったら、話が漏れないところに移動して欲しい』
言われるがまま非常階段に出た。ここなら会話が漏れて聞こえることもない。
――「大丈夫だよ。どうした急に」
――『カップルクラッシャーへの依頼、まじでやめろ』
――「え……?」
――『騙されてた。全部、嘘だったんだよ』
――「なにそれ、一体どうした」
――『問い詰めようとして名刺の電話番号にかけても繋がらない。高い金払ったのに、詐欺だよ詐欺』
――「ごめん、よくわかんない。詳しく教えてくれる?」
――『……誰にも言うなよ、絶対に。ま、全部イカサマだったんだから、あの契約も無効になるんだろうけどさ。念のため』
――「わかった。誰にも言わない」
――『あいつ、ナツキは藍原蓮とミサトを別れさせたように見せただけだった。密かにミサトに接触して、俺がそう依頼したことをバラしてたんだ。それで一定期間、蓮と別れたことにしてほしいと指示した。同時に俺に瑠奈を差し向けて、蓮とミサトの関係から気を逸らした。別れさせてないのに多額の金だけ取りやがって、詐欺だよ詐欺!』
――「それ本当なの? どうしてわかった」
――『蓮とミサトの熱愛報道がでた。ふたりがしてた指輪が決め手だったみたいだ。記事には交際期間は1年、ふたりともその事実を認めてる』
指輪。ミサトがしていたごついシルバーリングが頭に浮かぶ。あれは蓮とのペアリングだったのか。
――「1年の間に別れてたかもしれないじゃん。記事にはでてないだけで」
――『いや、違うね。瑠奈に問い詰めたらあいつ、ぜーんぶ吐いたんだわ。あいつもナツキから金もらってやがった。まじでありえねーあの男!』
男……?
ナツキはどこから見ても女のはず。間違いじゃないのか、本当に男なのかと繰り返す。
――『男だよ。ちっちぇし、女みたいな顔してるけど男。実家が相当な金持ちらしいな。なんか裏のヤバい奴らとのつきあいもあるみたいで……だから洸。ぜったいに依頼すんじゃねぇぞ!』
思い返してみれば、いつも完璧な濃いメイクをしていたし、体が泳ぐほどのゆったりした服装をしていた。スカート姿は見たことがないし、常に肌を隠していた。旅行中も素顔は見せていなかった。
他にも、背の高さや声の低さ、体のわりによく食べるところ。違和感はあったのに、突き詰めていなかった。
流れていく景色に、ひよりの顔が重なる。
旅行中、ナツキとひよりは同室だった。ひよりはヤツの目の前で着替えることがあったかもしれない。寝ているうちに触られたかもしれないし、写真を撮られたかもしれない。俺が見ているところだけでも、ひよりに抱きついたり、アイスを食べ合ったりしてたんだ、何かされたにちがいない……!
「ありえないだろ……!」
メスと同じ透明な羽でオスの注意をすり抜ける、ナツキこそが『透明な羽のオス』だったなんて。
最寄駅のアナウンスが流れた瞬間、ドアをこじ開けるようにしながら電車を飛び出す。
今日はナツキを招いて夕飯を食べると言っていた。まだ家にいるはずだ。ひよりから引き離して、一発殴らないと気が済まない。
汗で手が滑り鍵が落ちた。舌打ちしながら拾い上げ、鍵を開けた瞬間叫ぶ。
「ひより!!」
返事がない。夕飯の支度は整っているのに、ダイニングにもキッチンにも人気がない。まさか……?
階段を駆け上がり、ひよりの部屋の扉を開け放った。
「お兄ちゃん!」
上半身裸の男が、ひよりとベッドに腰掛けている。一目でメイクをとった素顔のナツキだとわかった。
「おまえ何してんだよ!」
思いっきり突き飛ばすと、ナツキは本棚に激突した。落下した漫画や雑貨が、ばさばさと頭に落ちる。
「いってぇ」
紛れもない男の声だった。どっから女の声を出してやがった、コイツはプロの声優か。
ナツキに馬乗りになり、襟元をつかむ。
「ナツキ、おまえ男だろ」
「Masaくんから話があった? ま、ご覧の通りそうだけどね。 ちなみにこの格好で会うの、二回目だってわかってる?」
「二回目?」
「洸くんがチョコレート届けに来てくれたときだよ。オレ、いつもの席に座ってただろ?」
記憶を辿ると、たしかにナツキの座る席に20代の男女が座っていた。
男のほうが「男」のナツキだったってことか。全く気がつかなかった。
「今まで騙してやがったな。女のフリして近づきやがって」
「オレ、おまえの前で自分が女だって言ったこと、一度もないんですけど……?」
睨みつけられ、凄みに怖気づく。たしかに、ナツキは自分は女だと言ったことはなかった。ただ、女のように振る舞っていたことは事実だ。
床に散らばったインナーに目がいく。胸の部分が膨らんだインナーは、どう見たって偽造されたものだとしか思えない。
「ふざけんな!」
襟元を掴み上げ、床に頭を叩きつける。
ひよりが小さく悲鳴をあげた。
「何が目的で女のフリをしてた?」
「それ、今ここでぶちまけていい? あんたがオレに依頼したことと関係してんだけど」
「ナツキさんに依頼?」
無邪気な視線が突き刺さる。慎一とひよりの仲を裂こうとして、カップルクラッシャーであるナツキに依頼してたなんて知れたら、もう二度と笑顔を見せてくれないかもしれない。
「……言っちゃおっかなー」
「!」
ひるんだ隙に払いのけられ、軽く背中を打ちつけた。
「お兄ちゃん!」
ひよりが駆け寄ってきて背中をさする。
ナツキは目を眇めたあと、カーディガンを拾い袖を通した。
全体的に細いわりには筋肉がついている。腹筋も割れているし、ちゃんと男の体をしているのに最初から女だと思い込んでいたから疑いもしなかった。
「ムカついたから全部言う。ひよりちゃん、よく聞いておくんだよ? 第二段階のはじまりはじまり~♪」
模試が終わってスマホの電源を入れたところで、Masaからの数十件の着信とメッセージに気づいた。
――急用。お願いだから、電話でて。
似たようなメッセージをなぞっていると、突然、画面が暗くなり表示されたMasaの文字に、慌てて通話ボタンを押した。
――『洸? やっと出たか……』
――「ごめん。模試だったから電源切ってて」
――『そんなときに、まじでごめん。今ちょっと話せる? イヤホンじゃなかったら、話が漏れないところに移動して欲しい』
言われるがまま非常階段に出た。ここなら会話が漏れて聞こえることもない。
――「大丈夫だよ。どうした急に」
――『カップルクラッシャーへの依頼、まじでやめろ』
――「え……?」
――『騙されてた。全部、嘘だったんだよ』
――「なにそれ、一体どうした」
――『問い詰めようとして名刺の電話番号にかけても繋がらない。高い金払ったのに、詐欺だよ詐欺』
――「ごめん、よくわかんない。詳しく教えてくれる?」
――『……誰にも言うなよ、絶対に。ま、全部イカサマだったんだから、あの契約も無効になるんだろうけどさ。念のため』
――「わかった。誰にも言わない」
――『あいつ、ナツキは藍原蓮とミサトを別れさせたように見せただけだった。密かにミサトに接触して、俺がそう依頼したことをバラしてたんだ。それで一定期間、蓮と別れたことにしてほしいと指示した。同時に俺に瑠奈を差し向けて、蓮とミサトの関係から気を逸らした。別れさせてないのに多額の金だけ取りやがって、詐欺だよ詐欺!』
――「それ本当なの? どうしてわかった」
――『蓮とミサトの熱愛報道がでた。ふたりがしてた指輪が決め手だったみたいだ。記事には交際期間は1年、ふたりともその事実を認めてる』
指輪。ミサトがしていたごついシルバーリングが頭に浮かぶ。あれは蓮とのペアリングだったのか。
――「1年の間に別れてたかもしれないじゃん。記事にはでてないだけで」
――『いや、違うね。瑠奈に問い詰めたらあいつ、ぜーんぶ吐いたんだわ。あいつもナツキから金もらってやがった。まじでありえねーあの男!』
男……?
ナツキはどこから見ても女のはず。間違いじゃないのか、本当に男なのかと繰り返す。
――『男だよ。ちっちぇし、女みたいな顔してるけど男。実家が相当な金持ちらしいな。なんか裏のヤバい奴らとのつきあいもあるみたいで……だから洸。ぜったいに依頼すんじゃねぇぞ!』
思い返してみれば、いつも完璧な濃いメイクをしていたし、体が泳ぐほどのゆったりした服装をしていた。スカート姿は見たことがないし、常に肌を隠していた。旅行中も素顔は見せていなかった。
他にも、背の高さや声の低さ、体のわりによく食べるところ。違和感はあったのに、突き詰めていなかった。
流れていく景色に、ひよりの顔が重なる。
旅行中、ナツキとひよりは同室だった。ひよりはヤツの目の前で着替えることがあったかもしれない。寝ているうちに触られたかもしれないし、写真を撮られたかもしれない。俺が見ているところだけでも、ひよりに抱きついたり、アイスを食べ合ったりしてたんだ、何かされたにちがいない……!
「ありえないだろ……!」
メスと同じ透明な羽でオスの注意をすり抜ける、ナツキこそが『透明な羽のオス』だったなんて。
最寄駅のアナウンスが流れた瞬間、ドアをこじ開けるようにしながら電車を飛び出す。
今日はナツキを招いて夕飯を食べると言っていた。まだ家にいるはずだ。ひよりから引き離して、一発殴らないと気が済まない。
汗で手が滑り鍵が落ちた。舌打ちしながら拾い上げ、鍵を開けた瞬間叫ぶ。
「ひより!!」
返事がない。夕飯の支度は整っているのに、ダイニングにもキッチンにも人気がない。まさか……?
階段を駆け上がり、ひよりの部屋の扉を開け放った。
「お兄ちゃん!」
上半身裸の男が、ひよりとベッドに腰掛けている。一目でメイクをとった素顔のナツキだとわかった。
「おまえ何してんだよ!」
思いっきり突き飛ばすと、ナツキは本棚に激突した。落下した漫画や雑貨が、ばさばさと頭に落ちる。
「いってぇ」
紛れもない男の声だった。どっから女の声を出してやがった、コイツはプロの声優か。
ナツキに馬乗りになり、襟元をつかむ。
「ナツキ、おまえ男だろ」
「Masaくんから話があった? ま、ご覧の通りそうだけどね。 ちなみにこの格好で会うの、二回目だってわかってる?」
「二回目?」
「洸くんがチョコレート届けに来てくれたときだよ。オレ、いつもの席に座ってただろ?」
記憶を辿ると、たしかにナツキの座る席に20代の男女が座っていた。
男のほうが「男」のナツキだったってことか。全く気がつかなかった。
「今まで騙してやがったな。女のフリして近づきやがって」
「オレ、おまえの前で自分が女だって言ったこと、一度もないんですけど……?」
睨みつけられ、凄みに怖気づく。たしかに、ナツキは自分は女だと言ったことはなかった。ただ、女のように振る舞っていたことは事実だ。
床に散らばったインナーに目がいく。胸の部分が膨らんだインナーは、どう見たって偽造されたものだとしか思えない。
「ふざけんな!」
襟元を掴み上げ、床に頭を叩きつける。
ひよりが小さく悲鳴をあげた。
「何が目的で女のフリをしてた?」
「それ、今ここでぶちまけていい? あんたがオレに依頼したことと関係してんだけど」
「ナツキさんに依頼?」
無邪気な視線が突き刺さる。慎一とひよりの仲を裂こうとして、カップルクラッシャーであるナツキに依頼してたなんて知れたら、もう二度と笑顔を見せてくれないかもしれない。
「……言っちゃおっかなー」
「!」
ひるんだ隙に払いのけられ、軽く背中を打ちつけた。
「お兄ちゃん!」
ひよりが駆け寄ってきて背中をさする。
ナツキは目を眇めたあと、カーディガンを拾い袖を通した。
全体的に細いわりには筋肉がついている。腹筋も割れているし、ちゃんと男の体をしているのに最初から女だと思い込んでいたから疑いもしなかった。
「ムカついたから全部言う。ひよりちゃん、よく聞いておくんだよ? 第二段階のはじまりはじまり~♪」


