透明な羽の君へ

 ナツキさんとはあれからも、たびたび会ってごはんを食べたり遊びに行ったりしたのだけれど、仕事が忙しくなったらしく連絡が取れない日が続いていた。
 やっと都合をつけてくれたものの、なんだか疲れてるみたい。ごはんもろくに食べていなさそうだったので、ナツキさんを招いて家で夕食会をすることにした。栄養のあるものを食べて、元気になってもらいたい。
 久しぶりに会ったナツキさんは髪を短く切っていた。肩くらいあったセミロングが、短めのショートヘアになっている。

「わぁ! なんだかボーイッシュ女子みたいだよ」
「ボーイッシュ女子?」
「うん。男の子みたいでカッコいい! ちょっとドキドキしちゃうね」

 ナツキさんは目を伏せて小さく笑った。
 お兄ちゃんは模試で、夕方にならないと帰ってこない。ふたりでスーパーに行き、夕飯に必要な食材を買い込んだ。

「ナツキさんの好きなお肉、たくさん買えたね♡」
「ほんとにわたし、何もしなくていいの?」
「食材は全部ナツキさんに払ってもらったし、これ以上は大丈夫だよ! 座って待っててね」

 ナツキさんは生魚以外はたくさん食べる。焼肉と思ったけれど野菜も必要だよねということで、韓国料理にすることにした。
 お兄ちゃんの模試が終わるころには完成して、あとは帰ってくるのを待つのみ。テレビでも観て待っていようとしたら、ナツキさんは「アルバムが見たい」と言い出す。

「卒アル?」
「ううん。家族写真のほう」

 家族写真のアルバムは、わたしの部屋にある。一緒に部屋に行き、棚の奥から数冊のアルバムを取り出した。

「懐かしいなー。あ、これ、お兄ちゃんの5歳の誕生日のとき。誕生日は毎年、手作りケーキでお祝いしてるんだよ」
「そうなのね。あれ……洸さんが生まれたときの写真はないの?」
「わたしのはあるんだけど、お兄ちゃんのはないの。アルバムとしてはわたしが生まれたときから始まってる。データはあるんだろうけど、お母さんがいなくなっちゃったからわかんなくて」
「そう……」

 ナツキさんが手元のアルバムの写真に視線を落とした。
 誕生日ケーキを囲んだ家族写真。ここにナツキさんがいたら。この頃のお兄ちゃんが5歳だから、ナツキさんは10歳くらいだろうか。クールに微笑む少女の姿を想像した。

「どうしたの?」
「ここにナツキさんがいてくれたらなって」
「このなかに?」
「うん。本当のお姉ちゃんだったらいいのにな」
「……わたしも、この頃からひよりちゃんと一緒にいたかったな」
「あーあ! ほんとの家族になれたらいいのに」

 ナツキさんが家族、と呟く。

「どうすればなれるのかなー。ナツキさんとお兄ちゃんが結婚するとか? そうすれば、義理だけどお姉ちゃんになる!」

 ナツキさんは口の端をわずかに上げて、首を横に振った。とてつもなくいやそうだ。最初はつき合ってるのか疑うくらいの仲だったのに。

「他に案が思いつかないよー!」

 足をバタバタしながら不満を表していると、ナツキさんがわたしの顔をのぞきこむ。




「……その願い、叶えてあげようか」




 聞いたことのないくらい、低い声だった。深い海を思わせる瞳に囚われて動けなくなる。
 ナツキさんはカーディガンを脱ぎ、ブラウスのボタンをひとつずつ外していった。はらりとブラウスが落とされたとき、目の前に現れた体にどこか違和感があった。思ったよりも広い肩幅、ひきしまった二の腕。ナツキさんは流れるようにインナーの裾をつまみあげる。

「ちょっとナツキさん……!」

 思わず目を伏せる。視界の端に黒いタンクトップが落ちた。
 これ、上半身裸になってるってことだよね……?

「こっち見てくれる?」
「や、あの、わたし――」
「いいから」

 顔を包まれて、見上げた先にあったのは、

「……え?」

 上半身裸のナツキさん。だけど。
 女性にあるはずの胸がなかった。

「もう少しわかりやすくしようかな」

 ナツキさんは、ポケットから市販のメイク落としシートを取り出した。固まるわたしの前で、目元と唇をシートで拭う。
 ナツキさんはいつも濃いめのメイクをしていて、旅行中でさえも素顔を見せたことがない。大浴場には入らずコテージのシャワーで済ませていたし、わたしよりも遅く寝て早く起きていた。

「これでどう」

 再び目の前に現れたのは、どう見ても男の人だった。