透明な羽の君へ

 放課後、友達とたくさん話してから家に帰ると、テーブルに夕飯が並んでいた。わたしの分はラップがかけてある。

「おかえり。今日バイトは?」
「今日はないよ」
「そうだっけ。じゃ、一緒に食うか」

 着替えてダイニングに戻ってくるころには、ラップが取られたほかほかのご飯が並んでいた。今日のメニューは、ひじきの炊き込みご飯に、揚げ豆腐と小松菜の炒め物、かぼちゃの煮物、野菜たくさんツナ入りサラダだった。バイトでもモデルという仕事柄、お兄ちゃんは栄養バランスのとれた夕飯をきちんと作る。

「いただきます」

 テレビから流れてくるニュースを観ながら食べ進める。昔はふたりで話をしながら食べていたけれど、いま会話はほとんどない。
 隣の区で発生した強盗未遂事件のニュースが流れてきた。

「日が暮れるのが早くなってきたし、バイトがない日も早めに帰れよ」
「うん」
「いつも木曜日は遅いだろ。できるだけ早く帰って」
「わかった」

 まるで、お父さんかお母さんのような言い方だ。お兄ちゃんだって、仕事で遅くなる日があるくせに。
 いま学校で流行っているドラマのCMが流れた。少女漫画が原作で、人気グループのボーカル兼ダンサーがヒーロー役を演じている。彼がヒロインに壁ドンしている場面が映る。お兄ちゃんは黙々とご飯を食べながら、表情を変えずテレビを観ていた。
 そういえば、お兄ちゃんに彼女はいないんだろうか。モデルもしてるし、生徒会長もしてるお兄ちゃんは、校内で芸能人的な人気がある。高嶺の花、みたいな感じで逆にモテないのかな? 

「ね、お兄ちゃん」
「ん?」
「彼女いる?」

 まるで漫画みたいに味噌汁を噴き出しそうになったお兄ちゃんが、苦しそうに咳き込んでいる。そんなに変なこと聞いちゃった?

「大丈夫?」
「まったく、いきなりなんだよ」
「そういう話、したことないなって」
「兄妹間でする話なの?」
「わかんない。けど、しないこともないんじゃない」
「そうかぁ? ま、今はいないけど」
「過去にはいたってこと?」
「そりゃあな」

 驚いた。わたしにとって、お兄ちゃんはいつまでもお兄ちゃんで、男という感じがしない。そんな男めいたことをしてるなんて思わなかった。

「……ひよりはいるの?」
「え?」
「彼氏」

 彼氏じゃないのに、反射的に慎一くんの顔が浮かび、意味深に黙ってしまった。

「あ、そう」

 お兄ちゃんはそれだけ言って、話に興味を失ってしまったのか静かに食事に戻った。
 次の番組が始まるまでの短いニュースが流れる。交際のもつれから女性を殺害した男性が顔を隠しながらパトカーに乗り込んでいく。

「ひよりにはわかんないかもしれないけど、男っていろんなやつがいるから気をつけろよ」
「中身は極悪非道ってこと?」
「んー、ま、少女漫画に出てくるような男じゃないってこと」

 そりゃ、漫画と現実がちがうことなんてわかってるけど。納得いかなくて身を乗り出す。

「わたし、そんなやばい奴にひっかからないし!」
「だからー、見た目じゃわかんないんだって」
「大丈夫、大丈夫」

 お兄ちゃんの箸が止まる。わたしはおかしなことを言ってるんだろうか。

「……そんなこと言って、中学のとき浅井につかまってたくせに」
「え? 浅井先輩って、やばい人だったの?」

 先輩の悪い噂は聞いたことがなかったし、お兄ちゃんに相談したときも、やめたほうがいいとは言われなかったけど……?

「浅井は運動もできるし、見た目もいいからモテるけど、中身は最悪最低。女は外見重視で、陰では好みじゃない女子の悪口すげー言ってるようなやつ」

 頭に浮かんだ浅井先輩の笑顔が、モノクロに破れて散っていく。

「……先輩の本性知ってたんなら、なんで言ってくれなかったの? そんなひどい人が初彼になってたかもしれないのに」
「見抜けないほうがバカだね。一部の女子は浅井の本性わかってたよ」
「わたしは学年も違うし無理だよ!」
「とにかく結論は、ひよりは男を見る目がないってこと! よっぽど気をつけないとだめだ」

 話は終わりだというように、お兄ちゃんは席を立った。怒りがふつふつと湧いてきても、相手がいないからぶつけることもできなくて、夕飯ごと飲み込むしかなかった。
 わたしはいつだって真剣で、自分なりにちゃんと向き合ってるはずなのに。悔しさが喉につっかえて、わたしはこれ以上ごはんを食べることができなくなってしまった。