テーブルに並ぶ色とりどりの野菜、各種チーズにクラッカー、肉料理に魚料理の数々。夕飯はホテルのビュッフェだった。ここでもまた、ナツキは俺や慎一以上によく食べた。
「ほんと、めちゃくちゃ食べますね……」
ナツキは夏でも肌を出さず、体のラインを拾わない服を着ているから、実際の体型はよくわからない。着痩せするタイプなのか? 背が高いので、ひよりや周りの女性より逞しくは見えるけど。
「今日はお酒も飲みますよ。慎一さんも飲みますよね?」
「酒は強くないですが、今日は飲んじゃおうかな」
「いいですね。飲酒できない歳の方には申し訳ありませんが、いただきましょう」
ビール、そしてワインと飲んでいく。ナツキはいくら飲んでも顔色ひとつ変えないが、慎一は顔が赤く染まり目もうつろになってきた。
「ちょっと酔っちゃったかも」
トイレに立った慎一を、ひよりが心配して追いかけていく。飲み続けるナツキの手からワイングラスを奪い、代わりに水を置いた。
「ナツキさんも大丈夫ですか」
「わたしは全然」
「慎一を酔わせる。これが作戦?」
「ええ。人は酔うと感情の起伏が激しくなりますから」
「本性がでるってこと?」
「そうとも限りません。ただ、いつもとは違う慎一さんが見られるはずです。あ、性欲は増大します。ひよりちゃんに手を出されないよう見守っていてくださいね」
血の気が引き、席を立った。
「知らなかった?」
「酒飲んだことないし! 清廉潔白な18歳ですから!」
「清廉潔白って。品行方正ってこと?」
酔った慎一が、ひよりに何かしているかもしれない。ふたりのところへ向かおうとしたとき、ひよりだけが帰ってきた。
「慎一くん、部屋で休むって」
「え、大丈夫?」
「たぶん」
ずいぶんとそっけない言い方だった。何事もなかったようにすとんと座り、フォークで皿の上のレタスをつつく。すかさずナツキが「どうしたの」と突っ込む。
「なんでもないよ。お腹いっぱいになってきちゃったなって」
あははと笑いながら突いたトマトが皿から飛び出した。なんだか落ち着きがない。
「慎一くんと何かあったの?」
いつのまにか奪い返されたワイングラスを煽りながら、ナツキが聞く。
「な、なんでもないよ!」
ぱっと赤くなった顔にぴんときた。何かあった、絶対に。ナツキがしつこく「何があったか教えて」と訊き続けると、ひよりは観念したようにため息をついた。
「ナツキさんにだけね」
ナツキの耳に手を当てコソコソと話す。ナツキは表情を変えずに頷いているが、俺は気が気じゃない。あいつ一体、何をした。兄の俺がいる場所で何しやがった。イラつく俺を眺めるナツキの目が笑った気がした。
「お兄ちゃんには絶対ないしょだよ!」
「別に聞きたくないし」
「なにそれ、怒ってるの?」
「目の前でコソコソしてるからだろ!? 俺を除け者にしやがって」
「……洸さんも飲みます?」
目の前に置かれたワイングラスを鷲づかみにし、飲み干せたらどれだけ気持ちがいいんだろう。想像しつつ、自分のグラスのグレープジュースを喉に流し込んだ。
あれだけ飲んでいるのに、ナツキはデザートも全種類制覇した。口を拭きながら、涼しい顔をして「もうそろそろ戻りましょうか」と席を立った。
ホテル棟を出ると、すでに日は落ちていて、ガーランド調のライトが吊り橋を照らしていた。涼しげな水の音がして立ち止まり小川を覗きこむと、トンボがすうっと飛んでいった。この地域のトンボは人をこわがっていないようで、平気で肩や指の上で休んでくれる。どのトンボも透明な羽をしているから、ナツキの言うsneakerトンボとは別の種類らしい。
「きゃっ、ナツキさん大丈夫?」
振り返ると、ナツキが後ろからひよりを抱きしめていた。甘えるように抱きすくめているナツキの目は、慎一と同じようにうつろだ。歩いて一気に酔いがまわったのかもしれない。
「たくさん飲んでたもんね! 大丈夫?」
「……」
「酔っ払いー」
からかうとキッと睨まれ、見せつけるようにひよりを抱きしめる。ひよりが「酔ったナツキさん、なんだかちょっとかわいいね♡」と笑いかけると、ナツキは動揺したように瞳を揺らした。彼女の感情の揺れを初めて見た気がする。いつも飄々として無表情なナツキがひよりに甘える。なるほど、これが酒に酔うと感情の起伏が激しくなるってことか。
酔っ払いはひよりと手を繋いでもらうことにしてコテージへと戻る。部屋に入ると、慎一がリビングのソファに座りながら水を飲んでいた。酔いが醒めたのかもしれない、目もきちんと開いている。
「慎一くん、具合はどう?」
「だいぶ良くなったよ。心配かけてごめんね。お兄さん、ナツキさん、お騒がせしました」
「飲ませすぎてしまい、申し訳ありません」
「いえいえ、僕がただ飲み過ぎてしまって……。楽しい雰囲気を壊してしまい、申し訳ありませんでした」
律儀に謝る慎一は、いつも通りの好青年だ。ふいにひよりと目が合った。すぐに視線を逸らし、しきりに鼻に触れている。緊張したときに自分を落ち着かせようとするときの、ひよりの癖。
「じゃ、ひよりちゃん行こうか」
「あ、うん――」
「どこに行くんですか?」
俺が問うより早くナツキが動いた。夜風にあたり、酔いも醒めたみたいだ。
「星が綺麗だから、ちょっと外を歩きたいと思って」
行かせてはいけない。そう強く思うのに、どんな理由でひきとめるべきか言葉が浮かばない。言い淀んでいると、ナツキが明るい声で助け舟を出してくれた。
「星空観察! いいですね、わたしも見たいな。デッキで話しながら、みんなで見ましょうよ。夜に出歩いて熊にでも遭ったら大変だし」
「そうそう熊、熊ね! 猿も出るっていうし、夜は危ないから、ここから星空観察しよう!」
熊も猿も夜行性だったっけと思いつつたたみかける。慎一は星空なんて言ってるが、要はふたりきりになりたいんだろう。
ひよりは慎一の顔を窺っているようだった。慎一の眉間に一瞬寄ったしわがほどけ、やわらかな笑顔に変わる。「じゃあ、そうしようかな」
デッキに繋がる掃き出し窓前のカゴからサンダルを出し、並べる。振り返ると、ひよりはもう鼻に触れてはいなかった。慎一とふたりきりになることを逃れられたから? 何があったのか、何をされたのか。わからなくて、不安がまた苛立ちに変わる。助けを求めるようにナツキを見ると、眩しいものでも見るように目を細めていた。
デッキチェアにもたれながら夜空を眺めた。東京の空よりもたしかに星は見えて、湿った夜の空気を吸いながら「綺麗だね」なんて決まり文句を言い合う。でも俺は、今ここでオーロラが見えたとしても感動しない自信があった。慎一とひよりのことで気が気じゃない。
「慎一さんとひよりちゃんは、いつ結婚するの?」
ナツキのいきなりな攻撃に、口に含んでいた水を吐き出しそうになる。結婚については、ひよりが18歳になってから正式に話があると聞いていたので、彼とこの件で話したことはない。
「……ひよりちゃんが18歳になってから」
「18歳になったらすぐ籍を入れるの?」
「具体的な日にちまで決まっていませんが……できるだけ早くできるといいなって」
「そんなにも結婚を急ぐ理由ってなんですか? ふたりともまだ若いのに」
攻めるー、攻めるねナツキ。さすがの慎一も、どう対処すべきか困っているようにみえる。
「ひよりちゃんはまだ17歳だけど、僕と結婚したいと言ってくれてる。僕も結婚したいと思ってる。急いでいるわけじゃなくて、ふたりの気持ちが一致してるなら、結婚という選択をしてもいいと思ったんです。僕はまだ学生だけど稼ぎはあるし、卒業後の仕事も決まってる。新居については、昔祖父母の家だったところに住もうかって話もしてます」
「ご両親は承諾してるんですか」
「まだ話はしてません。ひよりちゃんが18になってからと思ってます」
「そんなに早く結婚して気持ちが冷めてしまったら、なんてことは考えない?」
「はい。結婚する前から冷めることなんて考えません。みんなそうですよね? ひよりちゃんは今でも魅力的だけど、これからどんどん綺麗になって、いろんな男の目に触れるようになる。独占するなら今しかない。だから、できるだけ早く結婚したい」
「慎一くんの熱い想いは十分わかりました。ひよりちゃんの未来のことは考えてる? 彼女の進学や仕事のことについては?」
「ひよりちゃんが大学に行きたいのなら行けばいいし、したい仕事があるならすればいいと思ってます。今のところは僕の珈琲屋で一緒に働くことを想定してるけど、別のことに興味がでてきたら可能な限りサポートしたいと思う。結婚しても、相手の人生まで縛るつもりはありません」
ひよりが、慎一の服の裾をきゅっと掴んで引っ張った。
「慎一くん、もういい。恥ずかしいよ……」
「ごめん、ごめん。お兄さんも、こんな話いきなり驚きますよね。さっきも言いましたが、正式には、ひよりちゃんが18になってから話そうと思っていたので」
「ああ、いや、その」
娘の結婚を申し込まれたときの父親って、こんな気分なんだろうか。それになんだこの展開。慎一の本性を晒して突き落とすどころか、アピールタイムになってないか……?
慎一の両親からの承諾もまだということは、認められない可能性も高いけど、そこはあまり重要じゃない。ただの夢物語じゃなくて生活のこともある程度考えているみたいだし、何より想いの真剣さが伝わってきた。
さりげなくナツキに視線を移す。彼女は慎一ではなく、ひよりを見ていた。
「ひよりちゃんは? 慎一くんの話だと、ひよりちゃんはもっと綺麗になって、たくさんの出会いがあるみたいだよ。それについては、わたしも同感。素敵な男性との出会いをふいにして、慎一くんだけを愛することを誓える? 彼のどんな面も受け入れてあげられる?」
ひよりが恥ずかしそうにしながらうつむいてしまったので、「なんだか結婚式の誓いの言葉みたいだな」と、慎一が場を和ませるようにフォローする。
なぜ何も言わないんだろう。俺がいるから恥ずかしい? もしかして、慎一だけ愛し抜くことを誓えない……?
「……ごめん。お兄ちゃんがいるから、こんな話恥ずかしくて」
「そうだよね。この話はおしまいに――」
「ちょっと待って」
みんなの視線が俺に集まる。
「ひより、大事な話なんだから答えて。慎一さんは、ちゃんと言ってくれたんだよ。俺がいるから恥ずかしいって誤魔化すんじゃなくて、ひよりも自分の気持ちを言うんだ。18になるまで1年ないんだぞ? ちゃんと真剣に答えてあげて」
夜を彷徨う虫の声が鳴り響く。自分の言葉で切り裂かれた心を優しく撫でていくように。
これは賭けだ。どんな慎一でも受け入れる、慎一と結婚したいと宣言されてしまえば、彼がいる手前覆すのは難しい。
もしひよりが結婚に迷いがあるなら、わずかな表情の変化や仕草で気づける自信があった。
ひよりがきゅっと体を縮める。そして、今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で俺を見つめた。
「お兄ちゃん、ごめんなさい」
「ほんと、めちゃくちゃ食べますね……」
ナツキは夏でも肌を出さず、体のラインを拾わない服を着ているから、実際の体型はよくわからない。着痩せするタイプなのか? 背が高いので、ひよりや周りの女性より逞しくは見えるけど。
「今日はお酒も飲みますよ。慎一さんも飲みますよね?」
「酒は強くないですが、今日は飲んじゃおうかな」
「いいですね。飲酒できない歳の方には申し訳ありませんが、いただきましょう」
ビール、そしてワインと飲んでいく。ナツキはいくら飲んでも顔色ひとつ変えないが、慎一は顔が赤く染まり目もうつろになってきた。
「ちょっと酔っちゃったかも」
トイレに立った慎一を、ひよりが心配して追いかけていく。飲み続けるナツキの手からワイングラスを奪い、代わりに水を置いた。
「ナツキさんも大丈夫ですか」
「わたしは全然」
「慎一を酔わせる。これが作戦?」
「ええ。人は酔うと感情の起伏が激しくなりますから」
「本性がでるってこと?」
「そうとも限りません。ただ、いつもとは違う慎一さんが見られるはずです。あ、性欲は増大します。ひよりちゃんに手を出されないよう見守っていてくださいね」
血の気が引き、席を立った。
「知らなかった?」
「酒飲んだことないし! 清廉潔白な18歳ですから!」
「清廉潔白って。品行方正ってこと?」
酔った慎一が、ひよりに何かしているかもしれない。ふたりのところへ向かおうとしたとき、ひよりだけが帰ってきた。
「慎一くん、部屋で休むって」
「え、大丈夫?」
「たぶん」
ずいぶんとそっけない言い方だった。何事もなかったようにすとんと座り、フォークで皿の上のレタスをつつく。すかさずナツキが「どうしたの」と突っ込む。
「なんでもないよ。お腹いっぱいになってきちゃったなって」
あははと笑いながら突いたトマトが皿から飛び出した。なんだか落ち着きがない。
「慎一くんと何かあったの?」
いつのまにか奪い返されたワイングラスを煽りながら、ナツキが聞く。
「な、なんでもないよ!」
ぱっと赤くなった顔にぴんときた。何かあった、絶対に。ナツキがしつこく「何があったか教えて」と訊き続けると、ひよりは観念したようにため息をついた。
「ナツキさんにだけね」
ナツキの耳に手を当てコソコソと話す。ナツキは表情を変えずに頷いているが、俺は気が気じゃない。あいつ一体、何をした。兄の俺がいる場所で何しやがった。イラつく俺を眺めるナツキの目が笑った気がした。
「お兄ちゃんには絶対ないしょだよ!」
「別に聞きたくないし」
「なにそれ、怒ってるの?」
「目の前でコソコソしてるからだろ!? 俺を除け者にしやがって」
「……洸さんも飲みます?」
目の前に置かれたワイングラスを鷲づかみにし、飲み干せたらどれだけ気持ちがいいんだろう。想像しつつ、自分のグラスのグレープジュースを喉に流し込んだ。
あれだけ飲んでいるのに、ナツキはデザートも全種類制覇した。口を拭きながら、涼しい顔をして「もうそろそろ戻りましょうか」と席を立った。
ホテル棟を出ると、すでに日は落ちていて、ガーランド調のライトが吊り橋を照らしていた。涼しげな水の音がして立ち止まり小川を覗きこむと、トンボがすうっと飛んでいった。この地域のトンボは人をこわがっていないようで、平気で肩や指の上で休んでくれる。どのトンボも透明な羽をしているから、ナツキの言うsneakerトンボとは別の種類らしい。
「きゃっ、ナツキさん大丈夫?」
振り返ると、ナツキが後ろからひよりを抱きしめていた。甘えるように抱きすくめているナツキの目は、慎一と同じようにうつろだ。歩いて一気に酔いがまわったのかもしれない。
「たくさん飲んでたもんね! 大丈夫?」
「……」
「酔っ払いー」
からかうとキッと睨まれ、見せつけるようにひよりを抱きしめる。ひよりが「酔ったナツキさん、なんだかちょっとかわいいね♡」と笑いかけると、ナツキは動揺したように瞳を揺らした。彼女の感情の揺れを初めて見た気がする。いつも飄々として無表情なナツキがひよりに甘える。なるほど、これが酒に酔うと感情の起伏が激しくなるってことか。
酔っ払いはひよりと手を繋いでもらうことにしてコテージへと戻る。部屋に入ると、慎一がリビングのソファに座りながら水を飲んでいた。酔いが醒めたのかもしれない、目もきちんと開いている。
「慎一くん、具合はどう?」
「だいぶ良くなったよ。心配かけてごめんね。お兄さん、ナツキさん、お騒がせしました」
「飲ませすぎてしまい、申し訳ありません」
「いえいえ、僕がただ飲み過ぎてしまって……。楽しい雰囲気を壊してしまい、申し訳ありませんでした」
律儀に謝る慎一は、いつも通りの好青年だ。ふいにひよりと目が合った。すぐに視線を逸らし、しきりに鼻に触れている。緊張したときに自分を落ち着かせようとするときの、ひよりの癖。
「じゃ、ひよりちゃん行こうか」
「あ、うん――」
「どこに行くんですか?」
俺が問うより早くナツキが動いた。夜風にあたり、酔いも醒めたみたいだ。
「星が綺麗だから、ちょっと外を歩きたいと思って」
行かせてはいけない。そう強く思うのに、どんな理由でひきとめるべきか言葉が浮かばない。言い淀んでいると、ナツキが明るい声で助け舟を出してくれた。
「星空観察! いいですね、わたしも見たいな。デッキで話しながら、みんなで見ましょうよ。夜に出歩いて熊にでも遭ったら大変だし」
「そうそう熊、熊ね! 猿も出るっていうし、夜は危ないから、ここから星空観察しよう!」
熊も猿も夜行性だったっけと思いつつたたみかける。慎一は星空なんて言ってるが、要はふたりきりになりたいんだろう。
ひよりは慎一の顔を窺っているようだった。慎一の眉間に一瞬寄ったしわがほどけ、やわらかな笑顔に変わる。「じゃあ、そうしようかな」
デッキに繋がる掃き出し窓前のカゴからサンダルを出し、並べる。振り返ると、ひよりはもう鼻に触れてはいなかった。慎一とふたりきりになることを逃れられたから? 何があったのか、何をされたのか。わからなくて、不安がまた苛立ちに変わる。助けを求めるようにナツキを見ると、眩しいものでも見るように目を細めていた。
デッキチェアにもたれながら夜空を眺めた。東京の空よりもたしかに星は見えて、湿った夜の空気を吸いながら「綺麗だね」なんて決まり文句を言い合う。でも俺は、今ここでオーロラが見えたとしても感動しない自信があった。慎一とひよりのことで気が気じゃない。
「慎一さんとひよりちゃんは、いつ結婚するの?」
ナツキのいきなりな攻撃に、口に含んでいた水を吐き出しそうになる。結婚については、ひよりが18歳になってから正式に話があると聞いていたので、彼とこの件で話したことはない。
「……ひよりちゃんが18歳になってから」
「18歳になったらすぐ籍を入れるの?」
「具体的な日にちまで決まっていませんが……できるだけ早くできるといいなって」
「そんなにも結婚を急ぐ理由ってなんですか? ふたりともまだ若いのに」
攻めるー、攻めるねナツキ。さすがの慎一も、どう対処すべきか困っているようにみえる。
「ひよりちゃんはまだ17歳だけど、僕と結婚したいと言ってくれてる。僕も結婚したいと思ってる。急いでいるわけじゃなくて、ふたりの気持ちが一致してるなら、結婚という選択をしてもいいと思ったんです。僕はまだ学生だけど稼ぎはあるし、卒業後の仕事も決まってる。新居については、昔祖父母の家だったところに住もうかって話もしてます」
「ご両親は承諾してるんですか」
「まだ話はしてません。ひよりちゃんが18になってからと思ってます」
「そんなに早く結婚して気持ちが冷めてしまったら、なんてことは考えない?」
「はい。結婚する前から冷めることなんて考えません。みんなそうですよね? ひよりちゃんは今でも魅力的だけど、これからどんどん綺麗になって、いろんな男の目に触れるようになる。独占するなら今しかない。だから、できるだけ早く結婚したい」
「慎一くんの熱い想いは十分わかりました。ひよりちゃんの未来のことは考えてる? 彼女の進学や仕事のことについては?」
「ひよりちゃんが大学に行きたいのなら行けばいいし、したい仕事があるならすればいいと思ってます。今のところは僕の珈琲屋で一緒に働くことを想定してるけど、別のことに興味がでてきたら可能な限りサポートしたいと思う。結婚しても、相手の人生まで縛るつもりはありません」
ひよりが、慎一の服の裾をきゅっと掴んで引っ張った。
「慎一くん、もういい。恥ずかしいよ……」
「ごめん、ごめん。お兄さんも、こんな話いきなり驚きますよね。さっきも言いましたが、正式には、ひよりちゃんが18になってから話そうと思っていたので」
「ああ、いや、その」
娘の結婚を申し込まれたときの父親って、こんな気分なんだろうか。それになんだこの展開。慎一の本性を晒して突き落とすどころか、アピールタイムになってないか……?
慎一の両親からの承諾もまだということは、認められない可能性も高いけど、そこはあまり重要じゃない。ただの夢物語じゃなくて生活のこともある程度考えているみたいだし、何より想いの真剣さが伝わってきた。
さりげなくナツキに視線を移す。彼女は慎一ではなく、ひよりを見ていた。
「ひよりちゃんは? 慎一くんの話だと、ひよりちゃんはもっと綺麗になって、たくさんの出会いがあるみたいだよ。それについては、わたしも同感。素敵な男性との出会いをふいにして、慎一くんだけを愛することを誓える? 彼のどんな面も受け入れてあげられる?」
ひよりが恥ずかしそうにしながらうつむいてしまったので、「なんだか結婚式の誓いの言葉みたいだな」と、慎一が場を和ませるようにフォローする。
なぜ何も言わないんだろう。俺がいるから恥ずかしい? もしかして、慎一だけ愛し抜くことを誓えない……?
「……ごめん。お兄ちゃんがいるから、こんな話恥ずかしくて」
「そうだよね。この話はおしまいに――」
「ちょっと待って」
みんなの視線が俺に集まる。
「ひより、大事な話なんだから答えて。慎一さんは、ちゃんと言ってくれたんだよ。俺がいるから恥ずかしいって誤魔化すんじゃなくて、ひよりも自分の気持ちを言うんだ。18になるまで1年ないんだぞ? ちゃんと真剣に答えてあげて」
夜を彷徨う虫の声が鳴り響く。自分の言葉で切り裂かれた心を優しく撫でていくように。
これは賭けだ。どんな慎一でも受け入れる、慎一と結婚したいと宣言されてしまえば、彼がいる手前覆すのは難しい。
もしひよりが結婚に迷いがあるなら、わずかな表情の変化や仕草で気づける自信があった。
ひよりがきゅっと体を縮める。そして、今にも泣き出しそうな潤んだ瞳で俺を見つめた。
「お兄ちゃん、ごめんなさい」


