ミサトがMasaの新しい彼女の名前や特徴を知っていた。どうしても、そこに何か重大な秘密が隠されている気がしてならない。
Masaが知らないだけで、実は瑠奈とミサトは知り合いだったとか? ミサトはMasaと別れたかったから、密かに自分の友人の瑠奈にMasaとつきあうよう頼んだ? 仮にそうだとしても、ミサトのほうも俳優と別れたことは事実だろう。依頼が成功したから、Masaはナツキに大金を支払ったはずだ。
「わかんねぇ」
参考書の散らばった机に突っ伏す。ノートを開き、ナツキと書いた隣に不信感と続けた。俺をからかうような態度をとるナツキに、正直不信感がある。一方で、慎一の優しさや誠実さに触れるたび、自分のしていることの愚かさにいたたまれなくなる。そんなところに、ナツキの前の仕事に対しての疑問が湧いた。本人に聞こうか、でも今さら真実がわかったところで、誰が得をするんだろう。
不信感の文字を、ぐちゃぐちゃに塗りつぶす。ページごと切り取って丸め、ゴミ箱に投げ捨てた。もう全部、なかったことにしてしまいたい。
俺は今、ナツキの漕ぐ船に乗っている。もといた場所に戻る方法はふたつ。船頭であるナツキに頼むか、自分で泳いで戻るか。大抵の場合はまず、ナツキに元いた場所に戻りたいと頼むだろう。
彼女との間に、今回の件に関する契約書は存在しない。依頼の途中取り下げはなしと口約束もなかったし、無料だと言われたのだからここまでの対価を支払えと要求されることも考えにくい。この依頼は取り下げようか。結婚阻止については他人に依頼するんじゃなくて、自分でどうにかするしか――。
突然、顔の横に置いていたスマホが震えて飛び起きる。
ナツキからの着信で二重に驚き、心臓がどくんと跳ねた。心の迷いを見透かされている気がして恐ろしく、電話に出ようか迷う。けれど彼女からの電話など初めてのことで、緊急を要することかもしれないと思い直して通話ボタンを押した。
『こんばんは。夜分遅くにすみません』
「大丈夫です。どうされましたか?」
『8月10日の件ですが、前後の日にちの都合も教えてください。旅行に行きたいんです。ひよりさんと片倉さん、慎一くんとわたしの4人で』
スケジューラーを開くと、10日前後に予定はないことが確認できた。
「10日の前も後も大丈夫ですが……」
『わかりました。では施設の状況を確認してからまた連絡します』
「あ、ちょっと待って!」
いま言わなきゃ。旅行の予定が確定したあとだと、キャンセル対応など面倒な手続きが発生してしまう。
「この依頼、取り下げさせてください」
しばらくして「……どうして」と問われる。淡々とした声だった。スマホ越しだと、いまいち反応がよくわからない。
「こわくなりました。自分がしていることが本当にいいことかどうかわからなくなって……。よく考えて依頼しなかった俺がいけないんです、申し訳ありません」
こわくなった。一息に言ってしまうと、これ以上も以下もないと心底思う。
ナツキは弱いやつだと罵るだろうか。あきれて話す気も失せているかもしれない。
重い沈黙のあと、彼女から発せられた言葉に耳を疑った。
「慎一くんは危ない人間です」
声を潜めて言われ、その内容と声色に背筋がぞくりとした。金縛りにあったかのように動けない。
「何度か彼に接触し、わかったことです。詳細はここでは話せませんが……。どうします? それでも依頼を取り下げます?」
ごくりと唾を飲み込む。
ナツキの言うことを信じていいのかわからない。けれどもしこれが真実なら、絶対に別れさせなければいけない。一刻も早く。
どうする。
不信感と書いて捨てた紙屑が目に入った。
Masaが知らないだけで、実は瑠奈とミサトは知り合いだったとか? ミサトはMasaと別れたかったから、密かに自分の友人の瑠奈にMasaとつきあうよう頼んだ? 仮にそうだとしても、ミサトのほうも俳優と別れたことは事実だろう。依頼が成功したから、Masaはナツキに大金を支払ったはずだ。
「わかんねぇ」
参考書の散らばった机に突っ伏す。ノートを開き、ナツキと書いた隣に不信感と続けた。俺をからかうような態度をとるナツキに、正直不信感がある。一方で、慎一の優しさや誠実さに触れるたび、自分のしていることの愚かさにいたたまれなくなる。そんなところに、ナツキの前の仕事に対しての疑問が湧いた。本人に聞こうか、でも今さら真実がわかったところで、誰が得をするんだろう。
不信感の文字を、ぐちゃぐちゃに塗りつぶす。ページごと切り取って丸め、ゴミ箱に投げ捨てた。もう全部、なかったことにしてしまいたい。
俺は今、ナツキの漕ぐ船に乗っている。もといた場所に戻る方法はふたつ。船頭であるナツキに頼むか、自分で泳いで戻るか。大抵の場合はまず、ナツキに元いた場所に戻りたいと頼むだろう。
彼女との間に、今回の件に関する契約書は存在しない。依頼の途中取り下げはなしと口約束もなかったし、無料だと言われたのだからここまでの対価を支払えと要求されることも考えにくい。この依頼は取り下げようか。結婚阻止については他人に依頼するんじゃなくて、自分でどうにかするしか――。
突然、顔の横に置いていたスマホが震えて飛び起きる。
ナツキからの着信で二重に驚き、心臓がどくんと跳ねた。心の迷いを見透かされている気がして恐ろしく、電話に出ようか迷う。けれど彼女からの電話など初めてのことで、緊急を要することかもしれないと思い直して通話ボタンを押した。
『こんばんは。夜分遅くにすみません』
「大丈夫です。どうされましたか?」
『8月10日の件ですが、前後の日にちの都合も教えてください。旅行に行きたいんです。ひよりさんと片倉さん、慎一くんとわたしの4人で』
スケジューラーを開くと、10日前後に予定はないことが確認できた。
「10日の前も後も大丈夫ですが……」
『わかりました。では施設の状況を確認してからまた連絡します』
「あ、ちょっと待って!」
いま言わなきゃ。旅行の予定が確定したあとだと、キャンセル対応など面倒な手続きが発生してしまう。
「この依頼、取り下げさせてください」
しばらくして「……どうして」と問われる。淡々とした声だった。スマホ越しだと、いまいち反応がよくわからない。
「こわくなりました。自分がしていることが本当にいいことかどうかわからなくなって……。よく考えて依頼しなかった俺がいけないんです、申し訳ありません」
こわくなった。一息に言ってしまうと、これ以上も以下もないと心底思う。
ナツキは弱いやつだと罵るだろうか。あきれて話す気も失せているかもしれない。
重い沈黙のあと、彼女から発せられた言葉に耳を疑った。
「慎一くんは危ない人間です」
声を潜めて言われ、その内容と声色に背筋がぞくりとした。金縛りにあったかのように動けない。
「何度か彼に接触し、わかったことです。詳細はここでは話せませんが……。どうします? それでも依頼を取り下げます?」
ごくりと唾を飲み込む。
ナツキの言うことを信じていいのかわからない。けれどもしこれが真実なら、絶対に別れさせなければいけない。一刻も早く。
どうする。
不信感と書いて捨てた紙屑が目に入った。


