これでもかと冷房の効いた室内で、タートルネックセーターを着てポージング。外は猛暑だが、すでに冬物の撮影が始まっている。しかしスタジオに来るまでに汗だくになってしまい、ヘアメイクに時間がかかったせいで撮影が押してしまった。こんな暑い日にはタクシーを使ったり、瞬時に汗を引かせる術などがあればいいのだけれど、あいにく俺にはそんな金や能力はない。せめて早めにスタジオ入りしなければと誓う。
チェックも終わり、廊下を歩いていたところで前からミサトが歩いてきた。
「洸! お疲れさま」
「おつかれ。今から?」
「うん」
まだ私服で、今来たばかりという割には汗ひとつ流していない。後ろからマネージャーさんが追ってきて、軽く頭を下げる。専属モデルならばマネージャーはつくが、複数のモデルを掛け持ちすることがほとんどだ。ゆえに個別の現場に来られることは稀だと聞く。
「洸さん、ですよね」
ミサトのマネージャーから声をかけられ、疑問に思いながらもはいと頷くと、名刺を出された。
「専属にご興味があれば、わたしにご連絡ください」
「はぁ……」
「高校卒業したら時間できるでしょ。洸だったらすぐに事務所推しになれるから!」
ミサトに乗せられても複雑な気持ちのまま、いちおう名刺は受け取った。いまの俺は登録モデルで、いわゆるフリー。まだ高校生ということもあるけれど、今後も専属になる気はない。モデルには表現力やコミュニケーション能力なども求められるが、いちばんは外見とスタイルの良さだ。バキバキに筋トレもできないし、日焼けにも気をつけなければいけない。食生活などの制約が煩わしいと思うことも多く、専属として長く続けるプロには向いていないんだろうと感じている。
「……ありがとうございます。すこし考えさせてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくねー!」
去っていこうとしたミサトに、ふと思った。Masaからは、ミサトと俳優の仲はナツキによって裂かれたと聞いた。それも円満に。本当だろうか。
「ミサト! 終わるの何時?」
「うまくいけば13時だけど」
「ちょっと話があって。待っててもいい?」
「いいよ」
「ありがとう。じゃ、撮影がんばって」
玄関ホールのソファに座りミサトを待っている間、ひよりに遅くなると連絡する。すぐに昼ごはんはわたしが作るねと返信がきた。ひよりの料理の腕は格段にあがり、今では冷蔵庫にある食材だけで献立を考えることができるようになった。普通に美味しいし、もともと器用なのかもしれない。俺の知らないひより。俺は本当に彼女の何を見ていたのだろう。
「お待たせ」
「おつかれー」
ミサトが隣に腰掛ける。マネージャーさんは別件の打ち合わせがあり終わるまで待たなければいけなかったので、ちょうど良かったと感謝される。30分くらいなら話せるらしい。
「ミサトとMasa、無事に別れられたんだね」
「Masaから聞いた? そう、無事にね。縁切りのご利益あったわー」
明るく言うけれど、Masaからはナツキによりミサトと俳優の仲も壊れたと聞いた。本当に悲しくないんだろうか。円満な別れってどういうこと? 薬指にはめられた、ごついシルバーリングに目が留まる。
「ミサトは今、彼氏いるの?」
「ひ、み、つ♡」
「……いるんだな、誰?」
「えーなにそれ。気になる? でもごめーん、わたし年下興味ないの」
言い返す気が失せ、軽く笑って受け流す。この調子なら、今は新しい彼氏と幸せなんだろう。昔のことを蒸し返すのはよくないかもしれない。
「それより洸は? 縁切りできた?」
「俺?」
「洸もお願いしてたんでしょ? 誰かさんとの縁切り」
俺じゃなくて、ひよりと慎一の仲だけど。首を横に振ると、うまくいくといいねと微笑まれる。
「ミサトとMasaみたいに、うまい感じで縁切りできればいいんだけど」
「新しく好きな人ができれば、案外すんなりいくものだよ」
「Masaも彼女できたっぽいしなー」
「だね。瑠奈ちゃん、めっちゃMasaの好みだよね」
「知ってるの?」
ほんの一瞬、ミサトが口を滑らせたという感じで視線をさまよわせた。何かある。直感的にそう感じた。
もう少し突っ込んでみようと口を開いたとき、打ち合わせを終えたミサトのマネージャーが戻ってきてしまった。
「じゃあね! 専属モデルの件、考えてみてよね」
渡りに船とばかりにミサトが去っていく。ミサトが視界から消えてすぐに、Masaに電話をかけた。何度目かのコール音のあと、気怠そうなうめき声が聞こえてきた。
「ごめん寝てた?」
『寝てたー』
ゴソゴソと音がしたあと、急に静かになった。遠くのほうで繰り返されるあくびと、ロールカーテンを開ける音が重なる。今すぐにでも聞き出したいのにと、苛立ちを抑えるように指が動く。
『どしたの、急に』
「あのさ、Masaって今彼女いる?」
『ソレそんな聞きたい?』
「前に隣で電話してた瑠奈って子だよな?」
『そうだけど』
「モデル?」
『いや、美容部員ってやつ』
「ミサトに紹介した?」
『してねーよ、必要ないだろ』
Masaは派手に見えるが、ごく一部の親しい人にしかプライベートを明かさない。紹介してないならどこで知った? ミサトと瑠奈は、もとから知り合い?
『ミサト、俺のこと気にしてんの?』
「そういうわけじゃないけど……ちなみに、Masaが瑠奈さんとつき合ったのって、ミサトと俳優の彼氏が別れてからだよな?」
『もちろん。あいつらが壊れたのを見届けてからつき合ったよ。その前から、いい感じにはなってたけどな』
「そっか……。あのさ、ミサトとつき合ってた俳優って誰なの?」
『おまえ、さっきから一体何なんだよ。ミサトとのことはもう終わったし、今さら色々思い出したくもない。悪いけど切るぞ』
これ以上は無理か。Masaに謝り、通話を切った。
なんだかすごく引っかかる。原因を突き止めたいのに、これ以上踏み込めない。
ちょうど昼の時間だからか人の出入りが激しく、そこかしこで話し声や足音が響く。ひよりに今から帰ると連絡し、ビルを出た。
チェックも終わり、廊下を歩いていたところで前からミサトが歩いてきた。
「洸! お疲れさま」
「おつかれ。今から?」
「うん」
まだ私服で、今来たばかりという割には汗ひとつ流していない。後ろからマネージャーさんが追ってきて、軽く頭を下げる。専属モデルならばマネージャーはつくが、複数のモデルを掛け持ちすることがほとんどだ。ゆえに個別の現場に来られることは稀だと聞く。
「洸さん、ですよね」
ミサトのマネージャーから声をかけられ、疑問に思いながらもはいと頷くと、名刺を出された。
「専属にご興味があれば、わたしにご連絡ください」
「はぁ……」
「高校卒業したら時間できるでしょ。洸だったらすぐに事務所推しになれるから!」
ミサトに乗せられても複雑な気持ちのまま、いちおう名刺は受け取った。いまの俺は登録モデルで、いわゆるフリー。まだ高校生ということもあるけれど、今後も専属になる気はない。モデルには表現力やコミュニケーション能力なども求められるが、いちばんは外見とスタイルの良さだ。バキバキに筋トレもできないし、日焼けにも気をつけなければいけない。食生活などの制約が煩わしいと思うことも多く、専属として長く続けるプロには向いていないんだろうと感じている。
「……ありがとうございます。すこし考えさせてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくねー!」
去っていこうとしたミサトに、ふと思った。Masaからは、ミサトと俳優の仲はナツキによって裂かれたと聞いた。それも円満に。本当だろうか。
「ミサト! 終わるの何時?」
「うまくいけば13時だけど」
「ちょっと話があって。待っててもいい?」
「いいよ」
「ありがとう。じゃ、撮影がんばって」
玄関ホールのソファに座りミサトを待っている間、ひよりに遅くなると連絡する。すぐに昼ごはんはわたしが作るねと返信がきた。ひよりの料理の腕は格段にあがり、今では冷蔵庫にある食材だけで献立を考えることができるようになった。普通に美味しいし、もともと器用なのかもしれない。俺の知らないひより。俺は本当に彼女の何を見ていたのだろう。
「お待たせ」
「おつかれー」
ミサトが隣に腰掛ける。マネージャーさんは別件の打ち合わせがあり終わるまで待たなければいけなかったので、ちょうど良かったと感謝される。30分くらいなら話せるらしい。
「ミサトとMasa、無事に別れられたんだね」
「Masaから聞いた? そう、無事にね。縁切りのご利益あったわー」
明るく言うけれど、Masaからはナツキによりミサトと俳優の仲も壊れたと聞いた。本当に悲しくないんだろうか。円満な別れってどういうこと? 薬指にはめられた、ごついシルバーリングに目が留まる。
「ミサトは今、彼氏いるの?」
「ひ、み、つ♡」
「……いるんだな、誰?」
「えーなにそれ。気になる? でもごめーん、わたし年下興味ないの」
言い返す気が失せ、軽く笑って受け流す。この調子なら、今は新しい彼氏と幸せなんだろう。昔のことを蒸し返すのはよくないかもしれない。
「それより洸は? 縁切りできた?」
「俺?」
「洸もお願いしてたんでしょ? 誰かさんとの縁切り」
俺じゃなくて、ひよりと慎一の仲だけど。首を横に振ると、うまくいくといいねと微笑まれる。
「ミサトとMasaみたいに、うまい感じで縁切りできればいいんだけど」
「新しく好きな人ができれば、案外すんなりいくものだよ」
「Masaも彼女できたっぽいしなー」
「だね。瑠奈ちゃん、めっちゃMasaの好みだよね」
「知ってるの?」
ほんの一瞬、ミサトが口を滑らせたという感じで視線をさまよわせた。何かある。直感的にそう感じた。
もう少し突っ込んでみようと口を開いたとき、打ち合わせを終えたミサトのマネージャーが戻ってきてしまった。
「じゃあね! 専属モデルの件、考えてみてよね」
渡りに船とばかりにミサトが去っていく。ミサトが視界から消えてすぐに、Masaに電話をかけた。何度目かのコール音のあと、気怠そうなうめき声が聞こえてきた。
「ごめん寝てた?」
『寝てたー』
ゴソゴソと音がしたあと、急に静かになった。遠くのほうで繰り返されるあくびと、ロールカーテンを開ける音が重なる。今すぐにでも聞き出したいのにと、苛立ちを抑えるように指が動く。
『どしたの、急に』
「あのさ、Masaって今彼女いる?」
『ソレそんな聞きたい?』
「前に隣で電話してた瑠奈って子だよな?」
『そうだけど』
「モデル?」
『いや、美容部員ってやつ』
「ミサトに紹介した?」
『してねーよ、必要ないだろ』
Masaは派手に見えるが、ごく一部の親しい人にしかプライベートを明かさない。紹介してないならどこで知った? ミサトと瑠奈は、もとから知り合い?
『ミサト、俺のこと気にしてんの?』
「そういうわけじゃないけど……ちなみに、Masaが瑠奈さんとつき合ったのって、ミサトと俳優の彼氏が別れてからだよな?」
『もちろん。あいつらが壊れたのを見届けてからつき合ったよ。その前から、いい感じにはなってたけどな』
「そっか……。あのさ、ミサトとつき合ってた俳優って誰なの?」
『おまえ、さっきから一体何なんだよ。ミサトとのことはもう終わったし、今さら色々思い出したくもない。悪いけど切るぞ』
これ以上は無理か。Masaに謝り、通話を切った。
なんだかすごく引っかかる。原因を突き止めたいのに、これ以上踏み込めない。
ちょうど昼の時間だからか人の出入りが激しく、そこかしこで話し声や足音が響く。ひよりに今から帰ると連絡し、ビルを出た。


