窓を閉めていても蝉の鳴き声が聞こえる夏の盛り。自室のデスクに参考書を広げ、数学の問題を解いていたときだった。脇に置いていたスマホが震え、メッセージが浮かぶ。ナツキからだ。
『8月10日、1日空けられます?』
わかりましたと返信すると、すぐに既読がついた。続けて待ち合わせ場所と時間が送られてくる。誰と何をするのか教えてくれないということは、こちらからも聞くべきじゃないのだろう。海や山に行くとなれば、いろいろと準備が必要なんだけど。
スマホを置いて思い切り伸びをする。一気に力を抜くと、ふーと声が漏れた。そのまま背もたれに体を預け、目を瞑る。
夏休みに入り、ひよりが不在の日が増えた。バイトだったり、友達と遊びに行ったり、慎一と会ったり。俺は受験勉強のため撮影の仕事をセーブしてることもあって、こうして家でひとりきり参考書や過去問と向き合う日々は、どこか置いてけぼりを食らったような不安が募る。ナツキは進捗状況の一切を連絡してくれないので、状況がわからずイライラもする。気分転換にレモネードでも作って飲むかと部屋を出たところで、ひよりが帰ってきた。
「お兄ちゃん、ただいま」
「おかえり……て、なんだその服装」
タンクトップにミニスカート。これでもかというくらい晒された肌に、心配を通り越して苛立つ。これじゃ変な男に目をつけられても文句は言えないぞと、罵る言葉が喉元までせり上がる。
「もう暑くって。バイトから帰るだけで汗だく。いったんシャワー浴びるために帰ってきたの」
「また出るの?」
「うん。これからナツキさんと映画」
「は?」
ひよりとナツキがふたりで映画に行くほどの仲だとは知らなかった。「そのあと慎一くんと合流して3人でご飯食べてくるから夕飯いらない」と言われ、二重に驚く。まさかナツキが、慎一とも接触していたなんて。
「……お兄ちゃん? どうしたの」
「あ、いや、意外な3人だと思ってさ」
「そうかな? 何度か会ってるけど」
ひよりは何でもないことのように言い放って、スマホを操作しながら風呂場へと向かった。
レモネードを作る気が失せて部屋に戻る。ナツキに「話があるので会いたいです」と短いメッセージを送った。
ナツキの反応は早かった。すぐに時間を作ってくれて、ひよりがバイトでいない火曜の夕方に会う約束をした。前回のことがあったので家以外の場所がよかったものの、あいにくドライフラワーの喫茶店はエアコン修理のため中に入れないらしい。俺とナツキが会っていることが周りの目に触れるとよくないので、しかたなく家で会うことになってしまった。
「……そこまで警戒しなくても」
ダイニングテーブルの端と端に座るナツキと俺。ナツキは対角線上で固まっている俺を見て苦笑いした。
「これじゃ話しにくいじゃない」
「間違いがあっちゃいけないので」
「なにを間違えるの?」
うっと言葉に詰まり、うつむいた。これじゃ逆に、俺がそういう展開に持ち込もうとしてるみたいだ。
「……すみません。今のは忘れてください。で、話なんですが」
「ちょっと、お手洗い行っていいかな?」
トイレの場所を教えて、再びダイニングに戻った。ナツキが視界から消えて、思わず安堵の息が漏れる。がちがちに緊張していたのだった。
ひよりや慎一と会っていたなんて知らなかった。申し訳ないけれど、やっぱり報告・連絡・相談はしてほしい。そう頼む予定で呼び出した。
知らないうちに自分の周りの人間と接点をもたれると、まるでかき回されたような不快感が残る。ひよりと慎一との仲が変にこじれて終わる可能性だってあるし、結果だけ聞いて後はよろしくと言われても、どういう出来事があったのか知らなくては対処のしようもない。
ナツキからもっともらしく言い返されるかもしれないが、やって欲しくないことはきちんと言わないと。そう意気込んだものの、5分待っても10分待ってもナツキがトイレから戻らない。
腹でも壊してるのか? もしかして中で倒れてる?
「あの、ナツキさん? 大丈夫ですか?」
トイレのドアをノックするも返事がない。どうすべきか迷っているところで、別の部屋から音がした。
「……ナツキさん?」
鍵は開いていて、少し扉を開けてみたがナツキがいない。玄関ドアの音はしなかったから、彼女はまだ家の中にいるはずだ。
いやな気分になってきて「ナツキさん! どこにいるんですか!」と叫びながら歩き回る。
俺の部屋にも脱衣所にも物置にもいない。あと探していない部屋は、ひよりの部屋だけ。
ひよりの部屋のドアがわずかに開いていた。そうっと中を覗くと、本棚の前で漫画を読みあさるナツキの後ろ姿があった。
「勝手に何してるんだよ!?」
ぽかんとしているナツキの手から漫画を取り上げる。
「だって、今度家に来たら漫画好きなだけ読んでいいよって、ひよりちゃんが」
「本人がいるときじゃないとダメだろうが!」
こいつ天然か!? いや、ただの非常識だ!
ひよりとは、お互い勝手に部屋に入らないようにと約束している。高校生の男女だ、見られたくないものもあるはずだから。
前に入ったときにはなかったペンギンのぬいぐるみに目が留まった。そういえば、すこし前に慎一と水族館に行ってたっけ――。
「ただいまー!」
玄関ドアが開く音と同時に、ひよりの元気な声が響き、それこそまるで漫画のように驚いて飛び跳ねた。
この時間に帰ってくるとは予想外。どうする、どうする。ひよりの部屋に、しかもナツキといるなんてことがバレたら。
立ち往生していると、ものすごい勢いでナツキの腕が伸びてきた。そのままクローゼットの中に引きずり込まれる。
暗くて狭いクローゼットの中は、サシェの香りが満ちていた。ひよりの服の匂いがするところで、ナツキと体が密着する。すぐ近くにナツキの顔があり、体があり、心臓の鼓動まで筒抜けになってしまいそう。
「あれー? お兄ちゃんいないのー?」
ひよりはリビングダイニングに入っていったようだ。俺がいないことがわかると、とんとんと軽快な足音をたててこちらに向かってきた。
「お兄ちゃーん! 寝てるのー?」
隣の俺の部屋をノックしている。返事がなければ入ってはいけないルールになっているから、寝てるんだと勘違いしてくれればいいけど……!
「寝てるのかな……。玄関の鍵開けっ放しで不用心! 起きたら注意しないと」
ぶつぶつ言う声が大きくなっていく。ひよりが部屋に入ってきた。
自分の部屋のドアが全開だったことは疑問に思ってないみたいだ。鼻歌を歌いながら、ベッド下の引き出しを開ける音がする。俺は自分の下着や今の季節に着る服をベッド下に入れ、クローゼットには保管用の服を収納している。ひよりもおそらく同じだと思うので(現に俺の背後には冬物のコートがある)、余程のことがなければこのクローゼットが開けられることはないだろう。けれど気が気じゃない。
頼む! こっちに来ないでくれ! お願いだから、ナツキとここに隠れていることだけはバレたくない!
しばらくして、ひよりが部屋から出て行く気配がした。戸に耳を押し当て様子を探ると、玄関ドアが閉じられ鍵のかかる音が続いた。助かった……。
「もう大丈夫かな。出ましょう」
「待って」
暗闇の中で、ナツキの潤んだ瞳だけが浮いているように見えた。サシェの香りに混じって、特徴的な花の香りが押し寄せてくる。
何をしようとしてる……? 頭がくらくらして、どうすべきかわからなくなる。
「目、閉じて」
言われるがまま目を閉じてしまいそうになったとき、サシェの香りが強くなった。これはジャスミンの香りだとわかった瞬間、クローゼットの戸を押し開け外に出る。
明るさに目が眩みながらも弾む息を整えていると、平然とした様子のナツキがすっと前に立った。
「……では、話の続きをしましょうか」
つい先ほど起きた事件はなかったことのように、すたすたと部屋を出て行く。
「あの! さっきのって……」
呼び止めると、涼しい顔で振り返る。さっきのは何なんだ。ひよりがいない場所でのことだから、前回のように彼女に対してなにか仕掛ける目的でもないだろう。
「なにが言いたいの」
「あの……俺は」
一応、受験生だから恋愛するつもりはないんです。申し訳ないけれど、あなたに興味はないんです。実は他に好きな人がいて……。なるべくナツキが傷つかない理由を考えていると、くすくす笑う声が流れてきた。
「クローゼットの中に隠れなかったら、今頃すごいことになってたかもよ?」
「それはそうなんですけど……俺が言いたいのはちがくて」
「ああ、あれ? ちょっと意地悪してみただけ。安心して? もうしないから」
真剣に向き合おうとしたことを軽んじられて、かすかな反発が湧いた。
「意地悪って……。からかうのはやめてください」
「だから、もうしないって」
「俺は今、ひよりの結婚を阻止するのに必死なんです。ナツキさんが協力してくれるって言ったから依頼したんだ。真面目にやってください」
「……随分と真剣なのね。妹のことなのに」
「妹だからです」
ナツキが目を眇める。値踏みするように見つめられたあと「話って慎一くんのことでしょ」と振られ、ここに彼女を呼んだ目的を忘れていることに気がついた。
「彼がどんな人か調査してるだけよ」
「他にも3人で会ってることとか……。もう少し進捗状況を教えてもらえますか。事前に相談もしてほしいです。行動がわからないと変に疑っちゃうし……」
「疑う」
「すみません……。信用してないわけじゃないんですが、不安で」
ナツキはしばらく考えるように天井を仰いだあと「わかりました」と頷いた。
「今度、ひよりちゃんと慎一くんを呼んで夕食会をするの。片倉さんも来る?」
そんな話にまでなっていたとは。驚きつつ「はい」と答えた。ひよりとも、慎一と家で食事会をと話していたところだからちょうどいい。
俺が夕食会に参加することは、ナツキの希望ということで二人に知らされることになった。慎一と初めてゆっくりと話す機会になる。
「今から緊張してどうするんですか。自然にしてないと、片倉さんの企みがバレてしまいますよ」
「はい……」
ナツキは夕食会の日時だけ言って、そのまま去っていった。一気に力が抜けて、へなへなとその場に座りこんでしまう。
あいつマジで一体なんなんだ。ナツキの残り香に包まれたまま、「つかれた……」と深いため息がこぼれた。
『8月10日、1日空けられます?』
わかりましたと返信すると、すぐに既読がついた。続けて待ち合わせ場所と時間が送られてくる。誰と何をするのか教えてくれないということは、こちらからも聞くべきじゃないのだろう。海や山に行くとなれば、いろいろと準備が必要なんだけど。
スマホを置いて思い切り伸びをする。一気に力を抜くと、ふーと声が漏れた。そのまま背もたれに体を預け、目を瞑る。
夏休みに入り、ひよりが不在の日が増えた。バイトだったり、友達と遊びに行ったり、慎一と会ったり。俺は受験勉強のため撮影の仕事をセーブしてることもあって、こうして家でひとりきり参考書や過去問と向き合う日々は、どこか置いてけぼりを食らったような不安が募る。ナツキは進捗状況の一切を連絡してくれないので、状況がわからずイライラもする。気分転換にレモネードでも作って飲むかと部屋を出たところで、ひよりが帰ってきた。
「お兄ちゃん、ただいま」
「おかえり……て、なんだその服装」
タンクトップにミニスカート。これでもかというくらい晒された肌に、心配を通り越して苛立つ。これじゃ変な男に目をつけられても文句は言えないぞと、罵る言葉が喉元までせり上がる。
「もう暑くって。バイトから帰るだけで汗だく。いったんシャワー浴びるために帰ってきたの」
「また出るの?」
「うん。これからナツキさんと映画」
「は?」
ひよりとナツキがふたりで映画に行くほどの仲だとは知らなかった。「そのあと慎一くんと合流して3人でご飯食べてくるから夕飯いらない」と言われ、二重に驚く。まさかナツキが、慎一とも接触していたなんて。
「……お兄ちゃん? どうしたの」
「あ、いや、意外な3人だと思ってさ」
「そうかな? 何度か会ってるけど」
ひよりは何でもないことのように言い放って、スマホを操作しながら風呂場へと向かった。
レモネードを作る気が失せて部屋に戻る。ナツキに「話があるので会いたいです」と短いメッセージを送った。
ナツキの反応は早かった。すぐに時間を作ってくれて、ひよりがバイトでいない火曜の夕方に会う約束をした。前回のことがあったので家以外の場所がよかったものの、あいにくドライフラワーの喫茶店はエアコン修理のため中に入れないらしい。俺とナツキが会っていることが周りの目に触れるとよくないので、しかたなく家で会うことになってしまった。
「……そこまで警戒しなくても」
ダイニングテーブルの端と端に座るナツキと俺。ナツキは対角線上で固まっている俺を見て苦笑いした。
「これじゃ話しにくいじゃない」
「間違いがあっちゃいけないので」
「なにを間違えるの?」
うっと言葉に詰まり、うつむいた。これじゃ逆に、俺がそういう展開に持ち込もうとしてるみたいだ。
「……すみません。今のは忘れてください。で、話なんですが」
「ちょっと、お手洗い行っていいかな?」
トイレの場所を教えて、再びダイニングに戻った。ナツキが視界から消えて、思わず安堵の息が漏れる。がちがちに緊張していたのだった。
ひよりや慎一と会っていたなんて知らなかった。申し訳ないけれど、やっぱり報告・連絡・相談はしてほしい。そう頼む予定で呼び出した。
知らないうちに自分の周りの人間と接点をもたれると、まるでかき回されたような不快感が残る。ひよりと慎一との仲が変にこじれて終わる可能性だってあるし、結果だけ聞いて後はよろしくと言われても、どういう出来事があったのか知らなくては対処のしようもない。
ナツキからもっともらしく言い返されるかもしれないが、やって欲しくないことはきちんと言わないと。そう意気込んだものの、5分待っても10分待ってもナツキがトイレから戻らない。
腹でも壊してるのか? もしかして中で倒れてる?
「あの、ナツキさん? 大丈夫ですか?」
トイレのドアをノックするも返事がない。どうすべきか迷っているところで、別の部屋から音がした。
「……ナツキさん?」
鍵は開いていて、少し扉を開けてみたがナツキがいない。玄関ドアの音はしなかったから、彼女はまだ家の中にいるはずだ。
いやな気分になってきて「ナツキさん! どこにいるんですか!」と叫びながら歩き回る。
俺の部屋にも脱衣所にも物置にもいない。あと探していない部屋は、ひよりの部屋だけ。
ひよりの部屋のドアがわずかに開いていた。そうっと中を覗くと、本棚の前で漫画を読みあさるナツキの後ろ姿があった。
「勝手に何してるんだよ!?」
ぽかんとしているナツキの手から漫画を取り上げる。
「だって、今度家に来たら漫画好きなだけ読んでいいよって、ひよりちゃんが」
「本人がいるときじゃないとダメだろうが!」
こいつ天然か!? いや、ただの非常識だ!
ひよりとは、お互い勝手に部屋に入らないようにと約束している。高校生の男女だ、見られたくないものもあるはずだから。
前に入ったときにはなかったペンギンのぬいぐるみに目が留まった。そういえば、すこし前に慎一と水族館に行ってたっけ――。
「ただいまー!」
玄関ドアが開く音と同時に、ひよりの元気な声が響き、それこそまるで漫画のように驚いて飛び跳ねた。
この時間に帰ってくるとは予想外。どうする、どうする。ひよりの部屋に、しかもナツキといるなんてことがバレたら。
立ち往生していると、ものすごい勢いでナツキの腕が伸びてきた。そのままクローゼットの中に引きずり込まれる。
暗くて狭いクローゼットの中は、サシェの香りが満ちていた。ひよりの服の匂いがするところで、ナツキと体が密着する。すぐ近くにナツキの顔があり、体があり、心臓の鼓動まで筒抜けになってしまいそう。
「あれー? お兄ちゃんいないのー?」
ひよりはリビングダイニングに入っていったようだ。俺がいないことがわかると、とんとんと軽快な足音をたててこちらに向かってきた。
「お兄ちゃーん! 寝てるのー?」
隣の俺の部屋をノックしている。返事がなければ入ってはいけないルールになっているから、寝てるんだと勘違いしてくれればいいけど……!
「寝てるのかな……。玄関の鍵開けっ放しで不用心! 起きたら注意しないと」
ぶつぶつ言う声が大きくなっていく。ひよりが部屋に入ってきた。
自分の部屋のドアが全開だったことは疑問に思ってないみたいだ。鼻歌を歌いながら、ベッド下の引き出しを開ける音がする。俺は自分の下着や今の季節に着る服をベッド下に入れ、クローゼットには保管用の服を収納している。ひよりもおそらく同じだと思うので(現に俺の背後には冬物のコートがある)、余程のことがなければこのクローゼットが開けられることはないだろう。けれど気が気じゃない。
頼む! こっちに来ないでくれ! お願いだから、ナツキとここに隠れていることだけはバレたくない!
しばらくして、ひよりが部屋から出て行く気配がした。戸に耳を押し当て様子を探ると、玄関ドアが閉じられ鍵のかかる音が続いた。助かった……。
「もう大丈夫かな。出ましょう」
「待って」
暗闇の中で、ナツキの潤んだ瞳だけが浮いているように見えた。サシェの香りに混じって、特徴的な花の香りが押し寄せてくる。
何をしようとしてる……? 頭がくらくらして、どうすべきかわからなくなる。
「目、閉じて」
言われるがまま目を閉じてしまいそうになったとき、サシェの香りが強くなった。これはジャスミンの香りだとわかった瞬間、クローゼットの戸を押し開け外に出る。
明るさに目が眩みながらも弾む息を整えていると、平然とした様子のナツキがすっと前に立った。
「……では、話の続きをしましょうか」
つい先ほど起きた事件はなかったことのように、すたすたと部屋を出て行く。
「あの! さっきのって……」
呼び止めると、涼しい顔で振り返る。さっきのは何なんだ。ひよりがいない場所でのことだから、前回のように彼女に対してなにか仕掛ける目的でもないだろう。
「なにが言いたいの」
「あの……俺は」
一応、受験生だから恋愛するつもりはないんです。申し訳ないけれど、あなたに興味はないんです。実は他に好きな人がいて……。なるべくナツキが傷つかない理由を考えていると、くすくす笑う声が流れてきた。
「クローゼットの中に隠れなかったら、今頃すごいことになってたかもよ?」
「それはそうなんですけど……俺が言いたいのはちがくて」
「ああ、あれ? ちょっと意地悪してみただけ。安心して? もうしないから」
真剣に向き合おうとしたことを軽んじられて、かすかな反発が湧いた。
「意地悪って……。からかうのはやめてください」
「だから、もうしないって」
「俺は今、ひよりの結婚を阻止するのに必死なんです。ナツキさんが協力してくれるって言ったから依頼したんだ。真面目にやってください」
「……随分と真剣なのね。妹のことなのに」
「妹だからです」
ナツキが目を眇める。値踏みするように見つめられたあと「話って慎一くんのことでしょ」と振られ、ここに彼女を呼んだ目的を忘れていることに気がついた。
「彼がどんな人か調査してるだけよ」
「他にも3人で会ってることとか……。もう少し進捗状況を教えてもらえますか。事前に相談もしてほしいです。行動がわからないと変に疑っちゃうし……」
「疑う」
「すみません……。信用してないわけじゃないんですが、不安で」
ナツキはしばらく考えるように天井を仰いだあと「わかりました」と頷いた。
「今度、ひよりちゃんと慎一くんを呼んで夕食会をするの。片倉さんも来る?」
そんな話にまでなっていたとは。驚きつつ「はい」と答えた。ひよりとも、慎一と家で食事会をと話していたところだからちょうどいい。
俺が夕食会に参加することは、ナツキの希望ということで二人に知らされることになった。慎一と初めてゆっくりと話す機会になる。
「今から緊張してどうするんですか。自然にしてないと、片倉さんの企みがバレてしまいますよ」
「はい……」
ナツキは夕食会の日時だけ言って、そのまま去っていった。一気に力が抜けて、へなへなとその場に座りこんでしまう。
あいつマジで一体なんなんだ。ナツキの残り香に包まれたまま、「つかれた……」と深いため息がこぼれた。


