幼馴染なので、付き合ってることにしました

~尚side~
昨日の俺は、人生で一番浮かれていた。
北斗の口から、「取られたら嫌」なんて言葉が聞けたからだ。

……そう、昨日までは。

「ほっくん朝だよー」

翌朝。いつも通り北斗の部屋に入る。
毎朝「あと五分」「チョコチップメロンパン買ってくれなと起きない」と駄々をこね、布団に潜り込むはずの幼馴染が、すでに制服を着てリュックを背負うところだった。

「……起きてる」
「え? 北斗が自分で起きてるの、天変地異の前触れ?」

いつもの北斗なら、そこで「うるさい」だの「黙れ」だの食ってかかってくるところだが、今日に限っては何も言ってこない。

「ネクタイ結ば――」

北斗の首元に手を伸ばそうとして、違和感に気づく。見れば、歪でお世辞にも綺麗とは言えない形だが、既にネクタイが結ばれていた。そういえば今日、俺は北斗の部屋の床からネクタイを拾い上げていない。
「自分でやったの?」と俺の問いにも北斗は、ん、と頷くだけで。

「へぇ、すごいじゃん。じゃあ行こっか」

結び直したほうがいいのかもしれないけど、北斗が自分でやったことを無下にはできない。俺が笑って、北斗の頭をくしゃりと撫でようと手を伸ばした。毎朝やっていることだった。
その時、北斗はリュックを背負い直して、俺の手は伸ばして宙に浮いたまま取り残される。
……え? 今避けた?
いや、偶然か。偶然だよな。

「……行くぞ」

北斗はそのまま、部屋を出ていってしまった。
登校中、いつもなら肩がぶつかる距離で歩くのに、今日の北斗は俺の半歩後ろを歩いている。俺が歩幅を緩めて隣に並んでみても、今度は早歩きで俺を追い越すかもっとゆっくり歩いて俺から離れる。

「ほっくん眠い?」
「普通」
「体調悪い?」
「……普通」

話しかけても、目が合わない。会話もすぐに終わる。元々北斗は口数が多い方じゃないけど、俺相手だともう少し喋る。
……おかしい。でも、顔色が悪いわけでもないから体調は悪くなさそうだ。

学校に着いてもその違和感は変わらないどころかどんどん大きくなっていった。
今日も下駄箱には、数通の封筒が入っていた。北斗は無言でそれをリュックに押し込み、俺の顔を見ることもなく「先行く」と俺の返事を聞くことなく階段を上がっていってしまった。

「…………は?」

昇降口に一人取り残された俺は、スニーカーを持ったまま立ち尽くした。

何だこれ。
俺、何かしたか? 昨日まで普通だったよな?
理由が思いつかない。


一限目は俺が密かに楽しみにしている古典の授業だった。まともに聞いていたら眠くて耐えられない古典の授業だが、寝たら寝たで怒られる理不尽極まりない教科担任。起きてさえいれば怒られることはないが、教室の前方の席で堂々とスマホを触るわけにもいかず、俺と北斗が生み出した解決策は絵しりとりだった。
前回の続きは俺の番で、トラを描いて隣の席の北斗にノートをスライドする。北斗はノートを見つめたままで、よほど考え込んでいるのかそれともついに寝てないように寝る術を身に着けたのか。

「ほっくん?」

呼びかけても返答はない。

「寝た?」

頬をつつこうと手を伸ばしたら、指が触れる寸前で北斗の身体がびくっと跳ねた。それからすごい勢いでノートに何か書き殴って、ノートが返される。
……今のは完全に避けたよな?
返ってきたノートにはあまりにもお粗末すぎるライオン。普段は「尚ヘタクソ」なんて俺のこと煽ってくるくせに。

「これ、ほっくんの負けになっちゃうよ。描き直しする?」
「いい」

あの負けず嫌いな北斗が?
しりとりも続けるつもりがないらしい。北斗はそのまま黒板を穴が開くほど見つめたまま、微動だにしない。


休み時間になり、市橋たちが「なーなービッグラブコンビ!」と冷やかしにやってきても、北斗は「……ジュース買ってくる」とだけ言い残して、教室を出ていった。

「あれ? お前ら夫夫喧嘩中?」
「……どうだろ」

市橋に笑いかけながらも、俺は北斗を追いかけるのを必死で我慢していた。
冷や汗が背中を伝う。
喧嘩だったら、どれだけよかっただろう。
怖い。
今ここで追いかけて、拒絶されたら終わる。
十六年間積み重ねてきた当たり前が、一日で崩れてしまいそうで。
俺は結局、その背中を追いかけることができなかった。