幼馴染と離れられないのは、呪いじゃなくて恋のせいでした

「でもさー、近江って、女取っかえ引っ変えらしいよ」

昼休み、購買のパンをかじっていたら、どこかの席から聞こえてきた会話に、思わず耳がぴくりと跳ねた。

……そういうのはやめていただきたい。
自分で言うのもアレだけど、僕ほど硬派な男っていないんじゃないか。

「及川と付き合い始めたばっかじゃん?」
「顔良いし、実際モテるだろ」
「昨日も一年の子と歩いてるの見たよ!」
「え、それ浮気じゃん」
「及川くんかわいそ〜」

風評被害にもほどがある。誰かと間違えているんじゃないか?
隣を見ると、パンを食べながらスマホを眺めている尚と目が合った。

「尚」
「ん?」
「僕、昨日誰といた」
「俺」
「一昨日は」
「俺」
「その前は」
「……俺」
「ほら」

やっぱりだ。どう考えても噂の方がおかしい。

昨日、僕は尚の家で格ゲーに興じていた。昨日こそ勝てると思っていたのに、結果は怒涛の十二連敗。
コントローラーをそっと置き、僕は静かに誓ったんだ。――次は号泣するまでボコボコにしてやる、と。

「ほっくん、今めちゃくちゃ物騒なこと考えてるでしょ」
「次は泣かす」
「ん? ……ゲームで?」
「ゲームで」
「怖ぇよ」

だから昨日は女子と遊んでいない。遊んでいたのは尚だ。

一昨日はファミレスに行った。ドリンクバーで概念の破滅を起こそうとしたんだ。

「ほっくん、それ何」
「トニックウォーターとカルピスとコーラと野菜ジュースと微糖コーヒー」
「なんで全部混ぜた」
「革命」
「事故だろ」

尚も負けじと、コンソメスープにぶどうジュースを注ぐという暴挙に出ていた。

「まずい」
「まずいね」
「尚の負け」
「なんでだよ」
「僕の方が圧倒的にまずいから」
「俺の方が毒々しいだろ」

尚がお口直しにと持ってきてくれたカルピスに、僕がリアルゴールドと烏龍茶を黄金比でブレンドしたブツは、完璧な泥水の味がした。
ドリンク魔改造・極悪対決は、文句なしで僕の完全勝利だったと思う。
だから一昨日も女子とは遊んでいない。一緒にいたのは尚だ。

その前の日は何をしたんだったか。尚の家でマンガを読んだり、ゲームをしたり……そうだ、未確認生物しりとりだ。

「ツチノコ」
「……急になに」
「しりとり」
「ココア」
「はい尚の負け」
「は? なんで」
「未確認生物縛り」
「ルール説明が唐突すぎる」
「はやく」
「コ……コカトリス」
「スカイフィッシュ」
「シュ……シュ……」

尚が止まって、「うーん」と真剣な顔で天を仰ぐ。

「はい、時間切れ」
「待って!」
「じゃあネクストステージな。ミカエル田中」
「誰だよ」
「未確認生物」
「絶対違う」
「まだ見つかってないだけ」
「名前だけリアルなのやめろ」

結局、その日はミカエル田中を巡って二十分くらい激論を交わした。カトレイン鈴木の部下ということで話はついたはずだ。カトレイン鈴木がいつ命名されたのかは覚えていない。
だから、その日も女子とは遊んでいない。僕はずっと尚といた。

つまり、僕は尚としか遊んでいない。
そんな清廉潔白な僕が女を取っかえ引っ変えの浮気者。不本意極まりない。

「近江先輩……っ!」

そんな不条理に思いを馳せながらイチゴオレをストローで吸っていたら、突然名前を呼ばれた。
教室の入口に、制服の裾をぎゅっと握りしめた女子生徒が立っている。先輩と呼ばれたからには一年生だろう。後ろには「がんばれ……っ!」と小声で応援する取り巻きが二人。一体何を応援しているのだろう。

席を立って女子の前に立つと、

「昨日、ペンケース拾ってくれたのすごい嬉しくて……っ!」

と消え入りそうな声で言った。
……ペンケース? そういえば廊下で拾った……ような気もする。
女子は真っ赤になって俯くと、両手で白い封筒を突き出してきた。既視感しかない光景だ。

「及川先輩と付き合ってるって聞いたんですけど……それでも好きです! 私とお付き合いしてください!」
「今日?」
「……え?」
「今日は尚と約束あるから。だから明日――」
「そういう意味じゃないですっ!!」

ぴしゃり、と叫ぶように断絶された。
難しい。付き合うという言葉は、あまりにも意味が多すぎる。

その子は「ごめんなさい!」と何に対してか分からない謝罪を残して、顔を真っ赤にしたまま後ろの二人と走っていった。
なんだったんだろう。でも、今日の放課後は、尚の家で格ゲーのリベンジマッチがあるのだ。新キャラのコンボを叩き込む作業で僕は多忙を極めている。だから断っただけなのに。

席に戻ると、尚が呆れたように笑っていた。

「ほっくん、それ、完全に断り方間違ってるからね?」
「事実を言っただけだろ」
「そうだけど、そうじゃないの」

尚がため息交じりに言ったのとほぼ同時に、「でもさ〜」と横槍が入った。

「近江って無自覚に女子に優しくして勘違いさせるタイプなんじゃね?」

一部始終を見ていたのか、市橋に次ぐお調子者の近藤(こんどう)が、にやにやしながら僕の机を叩いた。近藤といつもつるんでいる男子数人も面白がって僕の机の周りに集まってくる。

「毎日違う女子と話してんじゃん? この前も女子大生っぽい人といたって噂だぜ」
「及川と二人でいるって目撃情報も多いけどさ、それと同じくらい近江が毎回違う女子連れて歩いてるってみんな言ってるぞ。年上も年下もどっちもアリな感じ?」
「及川っていう本命がいるのにさー。つーか、女子は遊びなんだろ? だから毎回違う女子なんだろ?」

勘弁してほしい。一つも心当たりがない。僕に女子の知り合いはいないし、思い出せるかぎりでも、尚意外と遊んだ記憶が皆無だ。
調子に乗った近藤たちが無法地帯と化そうとした、その瞬間だった。

「へえ。それ、誰が最初に言い出したの?」

尚が、どこまでも爽やかな『完璧な笑顔』で割り込んだ。
でも、その笑顔を見た瞬間、「……あ」と近藤たちが小さく声を漏らし、なぜか引きつった顔で一歩後ずさる。

「俺もちょっと気になるな。噂って、出どころがあるでしょ?」

近藤たちは、「え、あ、いや……」と口をパクパクさせるばかりで、それ以上の言葉が出てこない。さっきまでの威勢はどこへ吹き飛んだのか。
尚は笑っている。いつも通りの学校用の笑顔だ。
でも、長い付き合いの僕には分かる。今の尚は、かなり機嫌が悪い。
……たぶん、購買のパンが足りなくてお腹が空いているのだと思う。

「意味わからん。僕、昨日も尚んちでゲームしてたぞ」
「……そうだね」

尚のその一言で、近藤たちはそれ以上何も言わなくなって、机の周りから散っていった。

「ほっくん、今日はリベンジするんだもんね」
「今日は泣かす」
「はいはい」
「絶対僕が勝つからな」
「そのセリフ、昨日も聞いたよ」

尚はくすっと吹き出すと、みんなに向ける仮面の笑顔を打ち切り、僕にだけ見せる少し意地悪な、いつもの顔に戻った。
よく分からない奴だ。でも、尚の機嫌が直ったならそれでいい。

今日こそボコボコにして、泣かせてやるのだから。