幼馴染と離れられないのは、呪いじゃなくて恋のせいでした

「……来た」

教室のドアを開けた瞬間、誰かがひそやかに呟いた。
それを合図に、教室内の空気が一気に爆発する。

「インスタのあれガチ!?」「付き合いたてって本当!?」「リア充じゃん!?」

一瞬で僕らの机の周りが人垣で埋め尽くされた。近い。狭い。密室殺人が起きそうなパーソナルスペースの侵食具合だ。

「お、おい……、お前ら、マジなのかよ……」

人垣の隙間から、容疑者・市橋が若干引きつった笑みを浮かべながら、おずおずと近寄ってきた。
その隣では松風がスマホを構えて完全スタンバイしている。
パパラッチにでも転身したのだろうか。それとも盗撮写真を量産する悪徳ジャーナリストか。

そんなことより――。

「マジだけど。それよりお前の写真、よく撮れてた」
「…………へ?」
「送れ」

呆然とフリーズする市橋をスルーし、隣の席の尚が僕にスマホの画面を向けてきた。

「あ、俺スクショしたから送るよ」
「文字入ってるからだめ」

写真の構図は悪くない。勝手に【カップル爆誕!】なんて文字を入れたセンスだけが致命的に惜しいんだ。

「待て待て待て! お前らなんでそんな呑気なの!?」

市橋の魂のツッコミが教室に響き渡る。何をそんなに騒いでいるのか。被害者は僕たちの方なのに。
それに呑気なんじゃなくて、写真に入った文字をどうにかして消せないか考えるのに忙しいんだ。消しゴムマジックで消したら僕と尚の胴体にぽっかり穴が開く。本当にこの文字はナンセンスだな。

「お前ら、事件の当事者だろ!?」
「盗撮の?」
「そっちじゃねぇよ!!」

市橋が頭を抱えてのけぞる。朝からリアクションが忙しい奴だ。

「つーか、お前らマジで昨日から交際スタートしたわけ!?」

松風がスマホを向けて追撃してくる。自称一六五センチと言い張る小柄な身体の、一体どこにそんなメガホン並みの音響システムを内蔵しているんだろうか。松風のバカデカい声に賛同するように、クラスメイトたちが一斉に頷いた。

「それ!」
「むしろ昨日が一番衝撃だった!」

「え?」

今度は僕が素で声をあげる番だった。
僕のその一言を皮切りに、記者会見のごとく質問の矢が飛んで来る。

「だって、お前らずっと一緒じゃん!」
「幼稚園から同じなんだろ!?」
「登下校も毎日一緒!」
「昼飯も一緒!」
「休み時間もべったり! 距離感バグってんじゃん!」
「放課後も休日も二人が一緒にいる目撃情報が山ほどあんだよ!」
「逆に何が違ったんだよ! 今まで付き合ってなかった方が事件だよ!!」

マシンガンのように口々に飛び交う言葉に、僕は思わず尚を見上げた。尚は肩を小刻みに揺らし、必死に笑いを噛み殺している。

「……そうなのか」
「今さら納得されても困るんだけど」
「じゃあ不服申し立てする?」
「誰にだよ」
「市橋」
「なんで市橋なんだよ」

「盗撮犯だから」と答えると、尚はくすりと笑い、僕の頭にポンと重めの手を乗せた。

「……ほんと、ほっくんのそういうところずるい」

何がずるいんだろう。尚の表情はいつも通り爽やかで余裕そうに見えるけれど、どこか満足気で、嬉しそうにも見えた。

でも、言われてみれば確かに僕と尚はずっと一緒だった。
家は隣。幼稚園から高校二年まで、クラスが離れたことは一度もない。出席番号も、及川、近江といつも連番。僕たちの間に第三者が挟まったことは一度もない。
席替えをしてもなぜか毎回、前か後ろの席に尚がいたし、進級すればまた尚の次。
……ぶっちゃけ、呪いだと思う。

それに、高二の夏休みが明けたというのに、このクラスには席替えという娯楽がいまだに訪れていない。
縦ではなく、横に出席番号順という謎の配置を採用していて、僕の席は尚の隣だ。前や後ろにいるのは慣れていたが、真横に並んでいるのは少しだけ新鮮だった。

「はいはい、夫夫漫才は昼休みにやって〜!」

誰かの一言に、教室がどっと大爆笑に包まれる。

夫夫漫才。
カップル。
交際。
リア充。

どうやら付き合うと、急激に語彙が増えるらしい。
テストに出ないことだけを祈るばかりだ。