~尚side~
「尚、昔泣き虫だった」
「……もういいってそれ」
学校からの帰り道、北斗が俺の顔を覗き込んでくる。表情こそ一ミリも動いていないが、楽しそうだ。ずっと一緒にいるから分かる。北斗はこの手の話をするときは、いつも少しだけ目がキラキラしている。
「及川くんっていつも余裕があって王子様みたい」なんて言われるたびに、俺は内心、盛大に鼻で笑っている。
余裕なんて、生まれてこのかた一度も持ち合わせたことはない。
昔の俺は信じられないくらいよく泣いた。
幼稚園の頃、せっかく作ったつるつるに磨いた泥団子を壊されて泣き、お遊戯会でみんなの前で歌うのが恥ずかしくて泣いた。先生に名前を呼ばれただけで泣いたこともある。今思えば、よくあれだけ泣けたなと思う。
挙句の果てには、「ショウガ、ショウガ!」とからかわれてワンワン泣いた。尚(しょう)だからショウガ。たったそれだけで、別に悪口ですらない。思い出すだけでも一生の恥だ。
『尚?』
そんな俺の隣には、いつも近江北斗がいた。
幼稚園の砂場でしゃくり上げる俺に北斗は無表情のまま近寄ってきて、隣にしゃがんだ。北斗は昔から表情筋が死んでいた。それなのに、北斗の言動はいつだって俺の想像を遥かに超えてくる。
『尚泣いてる』
『ショウガって、いわれた……っ』
目が熱くて勝手に涙が溢れてくる。情けない。情けないって分かっているのに止まらない。
『そうなんだ』
北斗はそれ以上何も言わずトコトコと立ち去った。
……行っちゃった。やっぱり、泣いてるやつなんて面倒だよな。
そう思い始めたら、また別の涙が次から次へと溢れてくる。膝の間に顔をうずめて泣いていたら、「尚」と頭上から声が降ってきた。
もしかしたら仕返しにでも行ってきてくれたのかもしれない。そう思い顔を上げると、北斗は泥をポロポロとこぼしながら両手を前に突き出していた。
『……みろ。ミミズパスタ』
そこには、見たこともないくらい大量のミミズがうねうねとのたうち回っていた。
『う゛わあああああ!!!!!!』
あまりの恐怖に、俺の泣き声は倍のボリュームになった。人生で一番泣いた瞬間だったと思う。
それでも北斗は、いつもの死んだような真顔を崩さず、誇らしげだった。
『いっぱい捕れた』
北斗の手の中であふれんばかりのミミズが蠢く。
『尚、食べる?』
『やだやだやだ!!』
『すごいだろ』
『すごくない!!』
逃げても逃げても追いかけてくる。
『尚』
『来るなああああ!!』
泣きながら逃げて。泣きながら叫んで。泣きながら笑った。
『っ、ふ、……きも、い、おま……なにしてんの、ばか……っ、ふ、あはっ……』
なんだこれ。涙が止まらない。でももう、悲しくて泣いてるのか、笑って泣いてるのか、自分でも判別がつかなかった。
今でも時々、あのグロテスクなミミズが夢に出てくるが、真顔で追いかけてくる北斗もセットで夢に出てくる。そのあまりのシュールさに、目覚めた時、自分でも分かるくらいにはニヤけている。
結局その後、先生に見つかって二人まとめて盛大に怒られた。
北斗は怒られても無表情で、「次は蜘蛛の巣わたがしつくる」なんて言っていた。俺だけバカみたいに泣いていた。
でも、その日を境に泣いている時間より、笑っている時間の方が少しだけ増えていった。
北斗は慰めるのが上手いわけじゃない。励ます言葉なんて一回も言わない。優しいことも、そんなに言わない。
ただ、どんなに俺が泣いても、いつだって隣に居続けてくれた。
言動は毎回意味不明でだったけど、その意味の分からなさに、気づけば笑っていた。
あの日からだ。
泣きそうになるたびに探してしまうのが北斗になっていたことも。
北斗が少しでも楽しそうにしていると、嬉しくなってしまうようになったことも。
泥だらけになって遊んで。喧嘩して。一緒に怒られて。また次の日には何事もなかったみたいに遊ぶ。
そんな毎日が当たり前だった。
だから、好きになった瞬間なんて覚えていない。
小学校に上がってすぐの頃だったと思う。
『北斗くん、一緒に帰ろー!』
女の子が北斗のTシャツの裾を引っ張っていたが、北斗は相変わらず無表情で、「今日は尚と帰る」とだけ答えた。
『えー、また尚くん?』
『約束だから』
それだけ言って、俺の方へ歩いてくる。
『帰ろ』
『うん』
その時胸の奥が、少しだけくすぐったくなった。
……あれ?なんだこれ。北斗が俺を選んだから?
違う。そんなの今まで何百回もあった。
なのにその時は妙に嬉しくて。嬉しいくせに、恥ずかしかった。
その日の夜、布団に入って考えて。
考えて。
考えて。
『……俺、ほっくんのこと好きなんだ』
誰もいない部屋で呟いた瞬間、顔が熱くなって布団を頭まで被った。
人生で一番恥ずかしかったのを今でも覚えている。
十年以上経った今でも、その熱は一度も冷めていない。冷めるどころか、日に日に大きくなるばかりだ。もう止められないことくらい、自分が一番よく分かっている。
「及川くん!」
放課後の廊下で呼び止められる。手には見慣れた封筒。
「これ、受け取ってください!」
泣いている時間より笑っている時間が増えて、笑顔でいることが当たり前になったのは、いったいいつだったか。その頃から、毎日のように誰かに告白されるようになった。今日だけで三人目だ。
俺は笑顔を崩さない。「ありがとう」とちゃんと受け取って、ちゃんと頭も下げる。
周りから見れば、「爽やか王子様」だなんて思われているらしいが、俺はそんな出来た人間じゃない。
女子の姿が見えなくなった瞬間、「……ごめん」と誰にも聞こえないくらい小さく呟いて、封筒はそのまま近くの古紙回収箱へ落とした。
中は読まない。読む必要もない。内容は分かっている。
『好きです。付き合ってください』
全部同じだ。だから、下駄箱に入れられるラブレターも、中身も見ずにすべて処分している。たぶん誰にもバレていないはずだ。
「及川くん! 好きです!」
また翌日も別の誰かに呼び止められる。それでも高校に入ってから、告白される回数は格段に減った。俺がいつでもどこでも北斗とべったり一緒にいるせいで、周囲に「あいつら付き合ってんじゃないの?」という噂がうっすらと流れていたからだ。
「ごめん」
「……どうして?」
「好きな子がいるから」
「その人って……」
「秘密」
秘密というか、本人が何も分かっていない。
偶然にも、同時に同じ女の子から告白されたときは驚いた。けど、咄嗟に口から出た「俺ら付き合ってるから」という嘘。噂にあやかってやろうなんて自分自身への言い訳で、本当は脳内が決闘で埋まっている北斗が、俺の言葉に頷くって分かっていたからだ。ずるいのは分かっている。
全校生徒に「二人が付き合ってるのはガチ」という噂が広まった時、正直ラッキーだと思った。北斗が女子からの告白に「尚と付き合ってるから無理」と真顔できっぱり断っている姿を見た時、俺の心臓は狂ったように跳ね上がっていた。
「尚」
廊下で女子が見えなくなって教室に戻ろうとしたら聞き慣れた声がして振り向けば、北斗が無表情で立っていた。
「早く帰るぞ」
高校生になっても北斗は変わらない。俺のことを褒めたことなんて一度もないし、優しいこともほとんど言わない。でも――。
「ん」
「俺のリュック持ってきてくれたの?」
「ゲームの続き」
「そうだね。ありがとう。じゃあ行こっか」
ん、と頷いて北斗が俺の隣に並ぶ。本当は北斗の優しさも、「尚」と呼ぶ声も全部俺だけのものにしたい。そんな自分勝手な独占欲を、俺は毎日笑って隠している。
当の本人は、俺の気持ちなんて全く理解していないんだから本当に罪深い。
「ほっくん」
「その呼び方やめろって何回言えば分かる」
「ほっくん」
「……殺すぞ」
「怒ってる?」
「怒ってない」
知ってる。本気で嫌がっていないことも、俺だけにこの呼び方を許してくれていることも。それから――北斗の前で余裕があるフリをするのに必死で、いつもからかってしまう俺自身のことも。
「僕もお前のこと変な呼び方するからな」
「例えば?」
「…………」
「思いつかなかった?」
「うるさい」
そう言って北斗は顔を背けて少しだけ速足になる。俺はすぐに距離を詰めて北斗の隣に並んだ。
「そういえばさ」
俺が道端の植え込みを指さすと北斗もつられて同じ方を見る。
「ミミズパスタ」
そのワードを言った瞬間、北斗の足がぴたりと止まった。
俺の泣き虫エピソードは楽しそうにするくせに、この話はちょっとした地雷らしい。北斗が始めたことなのに意味が分からない。その意味の分からなさすら可愛いと思ってしまう俺は本気で重症だ。
「もう一皿いく?」
「掘り返すな」
「食べる?」
「黙れ。次言ったら殺すぞ」
「ミミズ?」
「お前」
「俺? ほっくんに殺されるの?」
「そう。僕に」
「そしたら、ほっくん朝一人で起きなきゃだね」
「……それ、は……困る」
ずるいだろそれは。毎朝俺がどんな気持ちで北斗を起こしに行っているか知りもしないで。
極めつけは「殺すぞ」とか「黙れ」とか平気で言うくせに、一人称だけは昔からずっと「僕」のまま。そのアンバランスさが反則なんだ。――相変わらず、可愛い。
……本人は絶対認めないだろうけど。
北斗が「僕」と言うたびに、たったそれだけなのに、俺の中の何かがぐちゃぐちゃにかき乱される。
「ほっくん」
「だからやめろ」
「好き」
「ん?」
「……好き嫌いの話」
「僕ピーマン嫌い」
「知ってる」
危ない。北斗の返事があと一秒遅かったら、本当に全部言っていた。
「好き嫌い」の好きじゃなくて。十年以上飲み込んできた方の「好き」を。
十年以上好きでいても、本人は今日も何一つ気付かない。
でも、それでいい。
……それでも、北斗の隣だけは、誰にも譲るつもりはない。
「尚、昔泣き虫だった」
「……もういいってそれ」
学校からの帰り道、北斗が俺の顔を覗き込んでくる。表情こそ一ミリも動いていないが、楽しそうだ。ずっと一緒にいるから分かる。北斗はこの手の話をするときは、いつも少しだけ目がキラキラしている。
「及川くんっていつも余裕があって王子様みたい」なんて言われるたびに、俺は内心、盛大に鼻で笑っている。
余裕なんて、生まれてこのかた一度も持ち合わせたことはない。
昔の俺は信じられないくらいよく泣いた。
幼稚園の頃、せっかく作ったつるつるに磨いた泥団子を壊されて泣き、お遊戯会でみんなの前で歌うのが恥ずかしくて泣いた。先生に名前を呼ばれただけで泣いたこともある。今思えば、よくあれだけ泣けたなと思う。
挙句の果てには、「ショウガ、ショウガ!」とからかわれてワンワン泣いた。尚(しょう)だからショウガ。たったそれだけで、別に悪口ですらない。思い出すだけでも一生の恥だ。
『尚?』
そんな俺の隣には、いつも近江北斗がいた。
幼稚園の砂場でしゃくり上げる俺に北斗は無表情のまま近寄ってきて、隣にしゃがんだ。北斗は昔から表情筋が死んでいた。それなのに、北斗の言動はいつだって俺の想像を遥かに超えてくる。
『尚泣いてる』
『ショウガって、いわれた……っ』
目が熱くて勝手に涙が溢れてくる。情けない。情けないって分かっているのに止まらない。
『そうなんだ』
北斗はそれ以上何も言わずトコトコと立ち去った。
……行っちゃった。やっぱり、泣いてるやつなんて面倒だよな。
そう思い始めたら、また別の涙が次から次へと溢れてくる。膝の間に顔をうずめて泣いていたら、「尚」と頭上から声が降ってきた。
もしかしたら仕返しにでも行ってきてくれたのかもしれない。そう思い顔を上げると、北斗は泥をポロポロとこぼしながら両手を前に突き出していた。
『……みろ。ミミズパスタ』
そこには、見たこともないくらい大量のミミズがうねうねとのたうち回っていた。
『う゛わあああああ!!!!!!』
あまりの恐怖に、俺の泣き声は倍のボリュームになった。人生で一番泣いた瞬間だったと思う。
それでも北斗は、いつもの死んだような真顔を崩さず、誇らしげだった。
『いっぱい捕れた』
北斗の手の中であふれんばかりのミミズが蠢く。
『尚、食べる?』
『やだやだやだ!!』
『すごいだろ』
『すごくない!!』
逃げても逃げても追いかけてくる。
『尚』
『来るなああああ!!』
泣きながら逃げて。泣きながら叫んで。泣きながら笑った。
『っ、ふ、……きも、い、おま……なにしてんの、ばか……っ、ふ、あはっ……』
なんだこれ。涙が止まらない。でももう、悲しくて泣いてるのか、笑って泣いてるのか、自分でも判別がつかなかった。
今でも時々、あのグロテスクなミミズが夢に出てくるが、真顔で追いかけてくる北斗もセットで夢に出てくる。そのあまりのシュールさに、目覚めた時、自分でも分かるくらいにはニヤけている。
結局その後、先生に見つかって二人まとめて盛大に怒られた。
北斗は怒られても無表情で、「次は蜘蛛の巣わたがしつくる」なんて言っていた。俺だけバカみたいに泣いていた。
でも、その日を境に泣いている時間より、笑っている時間の方が少しだけ増えていった。
北斗は慰めるのが上手いわけじゃない。励ます言葉なんて一回も言わない。優しいことも、そんなに言わない。
ただ、どんなに俺が泣いても、いつだって隣に居続けてくれた。
言動は毎回意味不明でだったけど、その意味の分からなさに、気づけば笑っていた。
あの日からだ。
泣きそうになるたびに探してしまうのが北斗になっていたことも。
北斗が少しでも楽しそうにしていると、嬉しくなってしまうようになったことも。
泥だらけになって遊んで。喧嘩して。一緒に怒られて。また次の日には何事もなかったみたいに遊ぶ。
そんな毎日が当たり前だった。
だから、好きになった瞬間なんて覚えていない。
小学校に上がってすぐの頃だったと思う。
『北斗くん、一緒に帰ろー!』
女の子が北斗のTシャツの裾を引っ張っていたが、北斗は相変わらず無表情で、「今日は尚と帰る」とだけ答えた。
『えー、また尚くん?』
『約束だから』
それだけ言って、俺の方へ歩いてくる。
『帰ろ』
『うん』
その時胸の奥が、少しだけくすぐったくなった。
……あれ?なんだこれ。北斗が俺を選んだから?
違う。そんなの今まで何百回もあった。
なのにその時は妙に嬉しくて。嬉しいくせに、恥ずかしかった。
その日の夜、布団に入って考えて。
考えて。
考えて。
『……俺、ほっくんのこと好きなんだ』
誰もいない部屋で呟いた瞬間、顔が熱くなって布団を頭まで被った。
人生で一番恥ずかしかったのを今でも覚えている。
十年以上経った今でも、その熱は一度も冷めていない。冷めるどころか、日に日に大きくなるばかりだ。もう止められないことくらい、自分が一番よく分かっている。
「及川くん!」
放課後の廊下で呼び止められる。手には見慣れた封筒。
「これ、受け取ってください!」
泣いている時間より笑っている時間が増えて、笑顔でいることが当たり前になったのは、いったいいつだったか。その頃から、毎日のように誰かに告白されるようになった。今日だけで三人目だ。
俺は笑顔を崩さない。「ありがとう」とちゃんと受け取って、ちゃんと頭も下げる。
周りから見れば、「爽やか王子様」だなんて思われているらしいが、俺はそんな出来た人間じゃない。
女子の姿が見えなくなった瞬間、「……ごめん」と誰にも聞こえないくらい小さく呟いて、封筒はそのまま近くの古紙回収箱へ落とした。
中は読まない。読む必要もない。内容は分かっている。
『好きです。付き合ってください』
全部同じだ。だから、下駄箱に入れられるラブレターも、中身も見ずにすべて処分している。たぶん誰にもバレていないはずだ。
「及川くん! 好きです!」
また翌日も別の誰かに呼び止められる。それでも高校に入ってから、告白される回数は格段に減った。俺がいつでもどこでも北斗とべったり一緒にいるせいで、周囲に「あいつら付き合ってんじゃないの?」という噂がうっすらと流れていたからだ。
「ごめん」
「……どうして?」
「好きな子がいるから」
「その人って……」
「秘密」
秘密というか、本人が何も分かっていない。
偶然にも、同時に同じ女の子から告白されたときは驚いた。けど、咄嗟に口から出た「俺ら付き合ってるから」という嘘。噂にあやかってやろうなんて自分自身への言い訳で、本当は脳内が決闘で埋まっている北斗が、俺の言葉に頷くって分かっていたからだ。ずるいのは分かっている。
全校生徒に「二人が付き合ってるのはガチ」という噂が広まった時、正直ラッキーだと思った。北斗が女子からの告白に「尚と付き合ってるから無理」と真顔できっぱり断っている姿を見た時、俺の心臓は狂ったように跳ね上がっていた。
「尚」
廊下で女子が見えなくなって教室に戻ろうとしたら聞き慣れた声がして振り向けば、北斗が無表情で立っていた。
「早く帰るぞ」
高校生になっても北斗は変わらない。俺のことを褒めたことなんて一度もないし、優しいこともほとんど言わない。でも――。
「ん」
「俺のリュック持ってきてくれたの?」
「ゲームの続き」
「そうだね。ありがとう。じゃあ行こっか」
ん、と頷いて北斗が俺の隣に並ぶ。本当は北斗の優しさも、「尚」と呼ぶ声も全部俺だけのものにしたい。そんな自分勝手な独占欲を、俺は毎日笑って隠している。
当の本人は、俺の気持ちなんて全く理解していないんだから本当に罪深い。
「ほっくん」
「その呼び方やめろって何回言えば分かる」
「ほっくん」
「……殺すぞ」
「怒ってる?」
「怒ってない」
知ってる。本気で嫌がっていないことも、俺だけにこの呼び方を許してくれていることも。それから――北斗の前で余裕があるフリをするのに必死で、いつもからかってしまう俺自身のことも。
「僕もお前のこと変な呼び方するからな」
「例えば?」
「…………」
「思いつかなかった?」
「うるさい」
そう言って北斗は顔を背けて少しだけ速足になる。俺はすぐに距離を詰めて北斗の隣に並んだ。
「そういえばさ」
俺が道端の植え込みを指さすと北斗もつられて同じ方を見る。
「ミミズパスタ」
そのワードを言った瞬間、北斗の足がぴたりと止まった。
俺の泣き虫エピソードは楽しそうにするくせに、この話はちょっとした地雷らしい。北斗が始めたことなのに意味が分からない。その意味の分からなさすら可愛いと思ってしまう俺は本気で重症だ。
「もう一皿いく?」
「掘り返すな」
「食べる?」
「黙れ。次言ったら殺すぞ」
「ミミズ?」
「お前」
「俺? ほっくんに殺されるの?」
「そう。僕に」
「そしたら、ほっくん朝一人で起きなきゃだね」
「……それ、は……困る」
ずるいだろそれは。毎朝俺がどんな気持ちで北斗を起こしに行っているか知りもしないで。
極めつけは「殺すぞ」とか「黙れ」とか平気で言うくせに、一人称だけは昔からずっと「僕」のまま。そのアンバランスさが反則なんだ。――相変わらず、可愛い。
……本人は絶対認めないだろうけど。
北斗が「僕」と言うたびに、たったそれだけなのに、俺の中の何かがぐちゃぐちゃにかき乱される。
「ほっくん」
「だからやめろ」
「好き」
「ん?」
「……好き嫌いの話」
「僕ピーマン嫌い」
「知ってる」
危ない。北斗の返事があと一秒遅かったら、本当に全部言っていた。
「好き嫌い」の好きじゃなくて。十年以上飲み込んできた方の「好き」を。
十年以上好きでいても、本人は今日も何一つ気付かない。
でも、それでいい。
……それでも、北斗の隣だけは、誰にも譲るつもりはない。



