幼馴染と離れられないのは、呪いじゃなくて恋のせいでした

僕と尚の家の間は、三歩。
小さい頃は「なんだか冒険みたいでワクワクするから」と塀を乗り越えて行き来していたが、双方の母さんたちに烈火のごとく雷を落とされてからは、おとなしく玄関を使うようになった。
学校までの登校時間は徒歩十五分。その十五分も、毎日尚と一緒だ。

昇降口で靴を履き替えていると、

「及川くん おはよー!」

すれ違う女子たちが、次々と尚に声をかけていく。
尚はそのたびに、やたらとキラキラした笑みを浮かべて、「おはよ」と手を振り返していた。

その徹底された笑顔を見届けたあと、尚に問いかける。

「知り合い?」
「クラスメイト」
「名前は?」
「いい加減そろそろ覚えて?」
「難しい」
「難しくない」

尚は学校では『爽やか王子』なんて呼ばれているらしいけど、僕にはよく分からない。五分話せば化けの皮は剥がれると思う。現に、今朝も僕の顔を覗き込んで「ほっくん表情筋死んでるね~」と楽しそうに笑っていたんだ。
ほら、今だって。さっき女子に見せていたアイドルスマイルから一転、僕をからかう時の悪代官の笑みに切り替わっている。

尚は僕を弄んでいる時がいちばん楽しそうだ。こういう属性を『ドS』と言うらしい。この前漫画で読んだから履修済みである。

「……及川くん! 近江くん!」

ドS対策を思考実験していた矢先、僕たちの前に、昨日とはまた別の女子が立ちはだかった。
顔を真っ赤にしながら、震える手でスマホの画面を僕たちに突きつけてくる。

「これ、本当……っ!?」

差し出された画面に映っていたのは、Instagramの投稿だった。
そこには僕と尚の後ろ姿の写真と、【速報・カップル爆誕!】の文字。投稿主は――市橋。

無駄に顔の広い市橋の投稿は、瞬く間に学校中を駆け巡ったらしい。ものすごい数のいいねとコメントがリアルタイムで増えている。情報拡散のスピード、恐るべし。

カップル爆誕。
つまり、僕と尚がそういう関係になったということか。

画面を見つめていたら、女子はスマホを握りしめたまま、悲痛な面持ちで迫ってきた。

「二人……本当に付き合ってるの!?」
「そうらしい」

僕が事実(?)をありのまま返答すると、彼女は「ひゃあ……っ!」と可憐な悲鳴をあげ、そのまま顔を覆って走り去っていった。
いったい何だったのだろう。
というか、付き合うってそういうことだったのか。

「……ふっ、」

隣から、低く押し殺したような笑い声が漏れた。
見れば、尚がニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべ、僕の頭にポンと手を乗せてくる。この笑い方をする時の尚は、大体ろくでもないことを企んでいる。

「ほっくんほんと最高。いいの? あっさり認めちゃっても」
「だめなのか?」
「普通は困る人もいるんじゃない?」
「尚は?」
「……俺?」
「困るのか?」

尚が一瞬だけ、ぽかんと目を見開いた。
それから「全然」と嬉しそうに目を細め、僕の髪をわしゃわしゃと容赦なくかき回してきた。

「それじゃあ、盗撮犯の市橋に文句言いに行かなきゃね」
「ん」

ご機嫌な幼馴染に背中を押されながら、僕たちは教室へと足を進める。
尚がそう言うなら、僕たちは「カップル」らしい。
カップルが具体的に何をする生き物なのかはよく分からないが、相手が尚なら、これまでと何も変わらないはずだ。

――と、この時の僕は"付き合う"の本当の意味を、まだ何ひとつ分かっていなかった。