幼馴染なので、付き合ってることにしました

「ほっくん朝ですよー」

翌朝も尚の声で目覚めた。

「……起きてた」
「その返事、毎回信用できないんだけど」
「尚、ネクタイ」
「俺はネクタイじゃありません」

そう言いながらも尚は僕のネクタイを床から拾い上げ、結んでくれる。

「いい加減自分でネクタイ結べるようになったら?」
「尚がやってくれる」
「便利屋じゃねぇんだって」

尚は笑っているけど、昨日より元気がない気がする。やっぱり――。

「風邪?」

尚の返事を待たずに僕は手のひらを尚の額に当てた。

「……熱ない」
「当たり前」
「じゃあ頭痛?」
「なんで頭限定なんだよ」
「健康?」
「健康」
「機嫌悪い?」
「悪くない。ほら、遅刻するよ」

尚は笑いながら僕の頭を一度くしゃりとしてから歩き出す。僕もその隣に並んだ。
……よかった。
昨日はなんだか様子がおかしかったから気になっていたけど、いつもの尚だ。


そんな安堵も束の間。登校して下駄箱を開けた瞬間、雪崩のようにカラフルな封筒たちが滑り落ちてきた。
一通や二通ではない。軽く十通は超えている。

「……ついに始まった」

僕は滑り落ちた封筒を拾い上げ、隣の尚を見上げた。

「何が?」
「いじめ」
「……は?」
「これ十人に回さないと僕呪われる?」
「違う」
「宗教?」
「違う」
「じゃあ新手の嫌がらせ」
「全部違う」

尚はため息をついて、僕の手の中の封筒を一枚つまみ上げた。

「これ、ラブレター」
「……ラブレター? 毒入り?」
「入ってない」
「爆発」
「しない」
「開けた瞬間、『今あなたの後ろにいます』って」
「ホラー映画観すぎ」

観てない。ホラー映画は苦手だ。音が大きいから。
でも、そういう可能性もゼロではないと思う。
ちょうどその時、尚も自分の下駄箱を開けると、今度は尚の下駄箱からも大量の封筒が落ちてきた。
僕は封筒の山と、尚を見比べる。

「僕たち恨まれてるかもしれない」
「なんで」
「紙が多い」
「だからラブレターだって」
「脅迫状の可能性もある」
「ない。脅迫状はもっと文字を切り貼りして作られてるから」
「詳しいな……。僕に内緒で作ったことあるのか?」

「作らないよ」と尚は紙を拾い集める。僕もしゃがんでかき集めた。どう見ても僕より多い。拾いきるのが面倒なくらいある。毎日のように尚と僕の下駄箱には封筒が入っているけれど、今日の数は尋常じゃない。

「今日、尚の方が多いから、尚の方が呪われてる。かわいそう」
「ほっくんも結構きてるじゃん」
「僕昨日七通」
「張り合うな」
「今日は尚の勝ちだ」
「何の勝負なの」
「呪われ選手権」
「そんな大会ない」

ないのか。それなら安心した。
尚は封筒をまとめてリュックの中にしまった。

「尚の呪い札、僕の方にも紛れちゃったかも」
「呪い札言うな」

でも、さっき拾い集めたときに尚の分も絶対混ざったと思う。僕が最初に下駄箱を開けた時より、今僕の手の中にある封筒の山の方が圧倒的に多い。
この大量の紙の束をどうしたらいいものか。こいつらが呪い札だったら捨てるのは危ない。万が一がある。とりあえずリュックの中で様子を見ることにしよう。
僕も尚の真似をして封筒の山をリュックにねじ込んだ。リュックの中で昨日までの分の封筒たちがくしゃくしゃになって溜まっている。そろそろどうにかしないと、これ以上リュックに何も入らなくなってしまう。


教室へ入ると、尚はいつものように何人かの女子に呼び止められた。

「及川くんおはよう!」
「おはよ」
「及川くんがこの前おススメしてくれた映画すっごく面白かった!」
「もう観たんだ。早いなぁ」
「ねぇねぇ及川くん! この動画超かわいいから見て!」
「うん。ありがとう。あとで見るね」

人気者は忙しい。女子たちは入れ代わり立ち代わり、予鈴が鳴るまで尚に色々な話題を話していた。
昼休みも同じだった。

「及川くんちょっといい?」

尚が他クラスの女子に呼ばれていた。相手はちょっと大人っぽい雰囲気の子で、教室の入口で何やら熱心に話しかけている。
僕はパンを持ったまま、その様子をぼんやり眺めていた。すると尚がこちらを振り返って目が合う。
それから、にこっと笑った。
よかった。昨日みたいに機嫌が悪そうじゃない。
でも、尚はすぐに女子の方を向いてしまった。いくらなんでも長話すぎじゃないか? さっきまで僕とツチノコ目撃情報をネットで漁っていたのに。ツチノコより大事な話なんだろうか。

「尚」
「ん? ほっくん、どうしたの?」

気づいた時には僕は尚と女子の間に割って入っていて、尚は目を丸くして僕の顔を覗き込む。女子は「えっ……」と困惑した顔で僕を見た。

「尚、ザリガニ怖くて泣いてた。小四のとき」
「ほっくん?」
「え、及川くんが……?」
「雷怖くて泣いてた。僕にしがみついてきた」
「待とうか、北斗。その話今する?」
「あと注射」
「まだ続けるつもり? それ真顔で耐えられるの北斗だけだろ」

尚が引きつった笑顔で静止してくるが、僕は止まらない。いつもさんざん僕をからかって遊んでいるんだし、本当のことを話しているだけなんだから別にいいだろう。

「あと、ブランコから落ちて吐いた」
「それほっくんじゃん」
「違う。尚」
「自信満々に俺へ押し付けんな。小二の時俺のTシャツに胃液吐き出したのはほっくんだよ」

おかしい。僕の記憶の改ざんが行われていたらしい。
女子は最初こそ戸惑っていたけれど、いつの間にかくすくす笑っていた。

「二人って幼馴染なんだよね?」
「そう」
「ほんと仲良いよね」

そう言われて尚が困ったように笑う。

「腐れ縁ってやつ」

腐ってはいないと思う。尚は昔からこんな感じだ。
よく笑う。
よく僕をからかう。
ゲームは強い。
あと、僕より背が高い。幼稚園の時からずっと。

「じゃあ私そろそろ戻るね」

女子は笑顔で手を振りながら自分の教室の方に戻っていった。
尚は女子に手を振り返して、女子が教室に入って見えなくなってから僕の方を向いた。

「ほっくん、助かった」
「なにが?」
「タイミング良かった」

そう言って笑っている。何が助かったのかは分からないが、昨日みたいな感じはもうすっかりなくなっていて、むしろ、すごく機嫌がよさそうだ。

「今日は機嫌いいな」
「……そう見える?」
「うん」

尚は少しだけ目を丸くして、それから吹き出した。

「ほっくんってほんと面白い」

面白いことは言っていない。それなのに、尚はさっきまでよりずっと楽しそうに笑っている。
本当によく分からないやつだ。でも、昨日みたいに笑ってない尚より、今日みたいに笑っている尚の方がいい。
たぶん、購買でラスイチだった人気ナンバーワンのロングウインナーパンを勝ち取れたからだ。