幼馴染と離れられないのは、呪いじゃなくて恋のせいでした

「よし。今年ももうすぐ終わるし、席替えでもするかー」

ホームルームの終わりに担任が放った気まぐれな一言。
直後、教室中が一瞬で静まり返り、次の瞬間――。

「はあ!? 今更!? 来週から冬休みなんですけど! もうこのままでいいだろ!!」
「今やってどうすんだよ! せめて年明けてからやった方がいいじゃん!」

主に教室の後方の席から、壮絶なブーイングの嵐が巻き起こる。
けれど担任は「今やった方が絶対楽しい」というめちゃくちゃな謎理論を押し通し、教卓の上に白い箱をドンと置いた。

「はーい、じゃあ、早い者勝ちくじ引き、スタート」

担任のあまりにも雑すぎるその言葉を合図に、クラスメイトたちが一斉に教卓へ押し寄せる。
「うわ、終わった。最前列じゃん!」「やった後ろ!」「おい誰だ俺の隣!」と一喜一憂する叫び声が飛び交い、教室は瞬く間にカオスと化した。

高二になってからずっと横並びだった僕と尚の席。
今まで一度もクラスが離れたことがなく、席替えをしてもいつも前か後ろ。高二になって初めて真横の席になって半年以上が過ぎていたけれど、その不気味な連鎖もついに断ち切られる時が来たのかもしれない。

押し寄せる人波が少し落ち着くのを待っていたら、隣の尚が僕の方に身体を寄せて話しかけてきた。

「ほっくん、離れたら泣いちゃうんじゃない?」
「泣くのはお前だろ」

即答すると、尚は楽しそうに目を細めた。

「大丈夫。離れても、休み時間のたびにほっくんの席行くし。それに、昼休みも毎日一緒にパン食べるから安心して」
「毎回は来なくていい」
「つめたいなぁ。俺が行きたいのに」

そう言って学校用の爽やかなやつと、僕をからかう時のドSで意地悪なやつを黄金比で混ぜ込んで微笑みかけてくる。この顔の殺傷能力を自覚してやって居るのだから、本当にこの男はずるい。たぶん僕じゃなかったら一瞬で撃沈させられていた。

その時、自分のくじを引き終えた市橋たちが、まだ席を動いていない僕たちに気づいてニヤニヤしながら絡んできた。

「おいおい……お前ら最後の別れ惜しんでまだ引いてないのか?」
「空くの待ってる」
「お前らついに引き裂かれる時がきたな!」
「尚が寂しくて休み時間のたびに僕の席来てくれるから大丈夫」
「……ほっくん、それは語弊があるよ」
「違った?」
「いや……、あって、ます」

尻すぼみになっていく尚の声。さっきまで僕ことからかっていたのに、今度は照れてる。いつもは余裕があってかっこいいくせに、照れて弱くなった尚はなんだか可愛くて。
やっぱり好きだ。

……でも、席が離れたら、今みたいに尚はずっと隣にいない。そうしたら古典の授業中の絵しりとりも、もうできなくなる。いや、それだけじゃない。授業中、尚が隣にいないって想像しただけで胸の奥がなんだかざわざわして落ち着かなくなってくる。
……寂しいのは、僕の方なのかもしれない。

「うわっ、ビッグラブ継続中かよ! あっつあつじゃん!」

近藤の茶化しに、松風がニヤリと嫌な笑みを浮かべて大声で叫んだ。

「ビッグラブッ! インッフィニティッ!!」

ただでさえバカデカい声をさらに張り上げる。それにつられて、市橋も近藤も「ビッグラブッ!」「インフィニティッ!」と合いの手を入れ、舞が始まる。その動きはやっぱり、不審者そのものだ。もはや不審者すら超えて、未確認生命体にでもなれるんじゃないだろうか。

市橋たちの奇行と、それを見て苦笑いを浮かべる尚を見ていたら、教卓から声が飛んできた。

「おーい、そこの幼馴染カップルも早く引けー」

担任のやる気のなさそうな声。ほとんどのクラスメイトがくじを引き終えたことで、担任はすでに飽きてきたみたいだ。
というか、僕たちが付き合っていること、担任まで知っていたのか。

驚きつつも教卓へ向かうと、市橋たちは舞をぴたりとやめた。

「及川と近江が離れたら激レアだぞ! 歴史的瞬間立ち会ってるんじゃね!?」

市橋の言葉に反応して、それまで騒がしかった教室が急に静まり返る。
クラスメイトの視線が背中に突き刺さるなか、箱に手を突っ込む。
引いた紙に書かれた番号は『1』。窓側の、一番前の席。
……まあ、悪くない。『1』という数字も最高にクールだ。

「近江は窓側の一番前か!」

僕の紙を覗き込んだ担任は、さっきまでの脱力感から一転、大声でクラス中に僕の新しい席を実況した。それから「あとは及川次第だな……!」と尚に期待に満ちた目を向けている。
何を期待しているのかは分からないが、もしかしたら担任も僕たちが引き裂かれる瞬間を見たいのかもしれない。
……だとしたら、結構ゲスい。

尚が箱に手を伸ばした瞬間、近藤と松風が身を乗り出して叫んだ。

「及川、空気読めよ! 廊下側の一番後ろ引けよ!」
「頼む! そこは離れてドラマ見せてくれ!!」

ドラマって大げさじゃないか? そこまで僕と尚が離れることをみんなして望んでいるのか。

尚は爽やかな笑みを近藤たちに向けてから、迷いもなく紙を引き抜いた。
尚が紙を開いた瞬間、担任が目を見開く。松風はその紙をひったくって、それから――盛大にズッコケた。

「マジかよ!! 『2』じゃねえか!!」
「はあぁぁぁ!? また真横かよ!!」
「出来レースだ! 先生絶対なんか細工しただろ!!」

クラス中が「また隣!?」という大爆笑とブーイング、「おめでとう!」「よかったぁ」と盛大な拍手と謎の祝福ムードに包まれる。

「細工なんかするわけないだろ! どうやってやるんだよ! 俺だってびっくりだわ!!」

「先生たちも知ってる有名カップルだからって配慮しただろ!」と騒ぎ立てている市橋たちに、担任は必死に抗議しながらも、「お前らよかったなぁ」と笑っている。
ゲスいかもなんて思ってごめんなさい、と心の中でひそかに謝っておく。

よかった、のかは分からないが、どうやらまた僕は尚の隣らしい。
厳密には、左右が入れ替わった。
今までは、僕の左隣にいた尚が、今度は右隣になった。それから、廊下側から窓側へと、場所も変わった。

新しい席に移動しても、隣には尚がいる。
やっぱり、これは――。

「……呪いだろ」

僕が呟くと、尚がすぐに笑った。

「運命じゃん」
「違う」
「運命だよ」
「絶対呪い」
「じゃあ、どっちでもいいじゃん」

尚は楽しそうにくすくす笑っている。
新しい席。今までと、少しだけ景色が変わった。
けれど、隣にはやっぱり尚がいる。それだけでくじを引く前の胸の奥がざわざわが消えてなくなっていた。

「……まあ、別にいいけど」

僕が返すと、尚は目元を和ませて、小さい頃からずっと変わらない優しい顔で笑った。

「これからもよろしくね」
「ん」

窓から差し込む冬の柔らかい光の中で、尚が笑っている。
恋人同士になってからも、放課後にゲテモノジュースを作って押し付け合ったり、どっちかの部屋でぐだぐだゲームをしてマンガを読んだり、やることは幼馴染の時とあんまり変わっていないけれど。

初デートをやり直したあの日から、尚がずっと僕に向けていてくれた好きの大きさを知った。
尚の器がでかくて、甘くて優しいところには一生勝てそうにないけれど――尚を好きな気持ちだけは、僕だって絶対に負けていない。

もうすぐ、恋人になって初めての冬休みがやってくる。
行きたいところも、やりたいこともたくさんあるけれど。でも、もうネットで『恋人を喜ばせる方法』を調べたり、完璧なデートプランを考えたりする必要はない。

きっと、どこに行かなくても、なにをやったって、尚と居ればなんだって最高に楽しいんだから。

そんなことを考えながら、僕は尚と一緒に過ごす冬休みを心待ちにしていた。