幼馴染と離れられないのは、呪いじゃなくて恋のせいでした

「北斗!!」
『尚? ……どこ?』

電話がつながった瞬間、スピーカー越しに聞こえてきたのは、至って通常運転な北斗のぽやぽやとした声だった。

……は?
どう考えても、それはこっちのセリフだろ。

「お前こそどこ行きやがった!」
『今日、駅遠い』
「は?」
『地形変わった? それとも駅から足生えてどっか動いてる?』

頼むから勘弁してくれ。どうやったらそんなふわっふわな発想に辿り着くんだ。

「……迷子だろ」
『迎え行こうか?』
「は!?」
『尚、迷子なんだろ?』
「迷子はお前だよ!!」

スピーカー越しに「迷子」と復唱する北斗の声が、心なしか嬉しそうに弾んでいる。なんでちょっと誇らしげなんだ。

「今どこ歩いてるんだよ」
『歩いてない』
「じゃあなんだよ」
『立ってる』
「どこに! なんか近くに目印になるもん無いのか!?」
『ポストある』
「情報が少なすぎる……」

思わず声のトーンが低くなる。
北斗と話していると、たまに本気で頭を抱えたくなる。
いや、たまにじゃない。ほぼ毎日だ。

「他に何かないのか?」

スピーカー越しに、北斗の「んー」という呑気すぎる声が聞こえる。
どこまで緊張感のない脳みそをしているんだ。

『家』
「帰ったのか?」
『違う』
「じゃあ誰の家だよ」
『知らない』
「知らない家を説明に出すな! 他は!?」
『ねこじゃらし。あ、たんぽぽも咲いてる』
「どこにでもあるわ!!」

もうため息しか出ない。ダメだ、どこだよそれ。
そういえば前に、俺を置いて一人で帰った時は普通に帰れてたから、完全に油断していた。家も学校も、どこかへ行くときはいつも俺が隣にいた。だから北斗がこんなに壊滅的な方向音痴だってことに、今日まで気づかなかったんだ。
なんで学校を通り過ぎて、徒歩五分真っ直ぐ歩けば着くような道で迷うんだ。あいつの体内コンパスはどうなっている。

焦りと呆れで途方に暮れかけた、その時――。

『ワン! ワン!』

電話の向こうから甲高い犬の鳴き声が聞こえた。

『あ、エリザベスちゃん』

北斗がぽつりと呟いた。

「……え?」
『エリザベスちゃんが吠えてる。元気そう』

――エリザベスちゃん。
小学生の頃、俺たちが登下校で使っていた道沿いにある、大きな赤い屋根の一軒家で飼われている、やたら声の高いゴールデンレトリバー。庭の柵から顔を出しているのを見て、北斗が勝手に名前をつけた犬。

「……っ、そこか!!」

位置が完全に把握できた瞬間、駅とは真逆の方向へ向かって俺の足は勝手に動き出していた。

「北斗! 絶対そこから動くな! 一歩も動くなよ!!」
『ん。わかった』

心臓が破裂しそうなほど早鐘を打つ。息が切れて肺が痛いけれど、走るのをやめるわけにはいかなかった。

角を曲がった瞬間、見慣れた黒髪が視界に飛び込んでくる。――いた。

「……北斗!!」

住宅街の道の真ん中、ゴールデンレトリバーが元気に吠える庭の柵の前で、北斗はまるで道に縫い付けられたみたいに真っ直ぐ突っ立っていた。

「あ、尚」

駆け寄ると、北斗がこちらを振り返った。
こいつ、何でそんな普通なんだよ。
その脳天気で無防備な顔を見た瞬間、全身の力が抜けそうになる。

「お前……っ、ふざけんなよ……!」
「なにが?」
「なんで電話出ねぇんだよ! 何回かけたと思ってんだ!」
「……カバンに埋もれてた?」

なんで疑問形なんだよ。
今度からスマホを首から下げさせるべきかもしれない。いや、たぶん首から下げても着信音に気づかないだろうけど。

言いたいことは山ほどあった。
なんで迷った。なんでもっと早く連絡をよこさなかった。なんで変な情報しかくれなかった。道の真ん中で突っ立ってたら危ないだろ。もう二度と絶対待ち合わせなんてさせない。

脳内に溢れかえるいろんな怒りの言葉がぐるぐると渦巻いたけれど。

「……尚?」

不思議そうに俺を見る北斗。いつもの北斗だ。
その顔を見た瞬間、怒りも不安も焦りも全部どこかへきれいさっぱり消えていってしまった。

本当に、よかった。
目の前に、無事に北斗がいる。
もう、ただそれだけで十分だった。