~尚side~
駅前の噴水広場は、買い物客や学生たちでそこそこ賑わっていた。
俺は噴水の縁に腰掛けながら、スマホの時間を見る。
十二時五十三分。
「……なんで俺が先なんだよ」
カップルたちが楽しそうに合流していく中、俺は、隣の家に住む幼馴染……恋人を駅前で待っている。
昨日の別れ際、堂々と遅刻を事前申告していった北斗の顔が脳裏をよぎる。
最初から十分遅れて来ると分かっている待ち合わせなんて前代未聞だし、そもそも家が隣同士なのだから一緒に来ればいいだけの話だ。
本当に、北斗の頭の構造はどうなっているんだ。
「理不尽すぎるだろ……」
呆れ混じりのため息をつきながらも、自分でもはっきりと分かるくらいには口元が緩んでいた。
北斗が「デート」にあそこまでこだわるなんて思ってもみなかった。
恋人同士……というか北斗が「好き」を自覚してから、あいつは本当に変わった。
嫉妬して割り込んで……は、前からだったが、手を繋ぎたいだのキスしようだの。まさかデートに誘ってくるなんて夢にも見ていなかった。
たぶん、『待った?』なんて少女漫画みたいなセリフまで練習してそうだ。
……いや、絶対に練習している。
だから昨日はゲームをしないでさっさと帰って行ったんだろう。またネットの受け売りというのは気に食わないが、十分遅れて登場して、「待った?」と言いたいがために、昨夜から作戦を練っていたと思うと愛おしくてたまらない。本当に、そういうところだけは妙に律儀だ。想像するだけでちょっと可笑しくなってくる。
この前注意したばかりなのに、相変わらずネットの情報に踊らされすぎだろ。
◇
十三時十分。
当然のように北斗は現れない。
……まあ、予定通りか。
あと数分くらいは誤差だ。北斗だし。
――でも。
十三時十五分。
十三時三十分。
「……遅いな」
スマホを取り出してメッセージを送る。
『どこ?』
数分間画面を凝視してみるが、一向に既読はつかない。
続けて通話ボタンを押してみる。
が、スピーカーから無機質な呼び出し音が虚しく響くだけで、北斗が電話に出る気配はなかった。
もしかして寝てるのか?
いつもみたいに、夜更かしでもして爆睡している可能性は大いにある。自分一人では起きられないくせに、毎晩深夜までゲームの特訓だとか、ツチノコがどうとか、最近は恋愛の調べものばかりしているらしいから。
それとも、忘れているのか?
いや、でも北斗が忘れるとも思えないし。
十三時十分に来るって、自分で決めたんだから。それに、今までだって北斗が俺との約束を破ったことは一度だってない。
十三時五十五分。
遅い。さすがに遅すぎる。
胸の奥がざわざわして落ち着かない。
もしかして道を間違えたのか?
いや、そんなわけ……いや、北斗ならあるか。普通にあり得る。
……一応、確認しよう。
俺は駅を出て、そのまま来た道を走って引き返した。
駅までは徒歩二十分。走れば十分ちょっと。もし家で寝ているなら、叩き起こして、途中で道草食ってたら回収して、説教して、その後にデートのやり直しだ。
息を切らせながら北斗の家へ着くと、ちょうど玄関から北斗の母さんが出てきた。
「あら、尚くん」
「こんにちは。ほっくんいます?」
「え? 一緒じゃないの?」
北斗の母さんは不思議そうに首を傾げる。
「北斗なら、十三時前には出て行ったわよ? 尚と待ち合わせしてるんだーって張り切って出かけていったけど……」
のんびりとした言葉が、鼓膜をすり抜けていく。
「珍しいわね。二人別々なんて」
「……そう、ですね」
俺は乾いた笑いしか出なかった。
十三時前に、出た。
どんなに足が遅くても、十三時二十分には駅に着いていなければおかしい。
今は――
スマホを見る。
十四時八分。
どう考えても、おかしい。
心臓が嫌な音を立て始めて、さっきまで笑っていた頭の中が、氷水をぶっかけられたみたいに一気に冷えていく。
事故か? どこかで倒れた? それとも、また熱でも出たのか?
もう一度通話ボタンを押すが、虚しく呼び出し音が続くだけ。
……出ない。
「頼むから……出ろよ……っ」
そのまま踵を返して、もう一度、駅までの道を走り出す。
後ろから北斗の母さんが不思議そうに「尚くん?」と言う声が聞こえたけれど、それに応えることなんてできなかった。
それでも――入れ違いになっただけかもしれない。途中のコンビニに寄り道して、呑気にコーラグミでも物色しているだけかもしれない。
そう自分に言い聞かせながら、駅までの道中にある路地裏や、コンビニの店内、スーパーの駐車場、公園の遊具の中まで、あらゆる場所を片っ端から探した。
駅までの道の途中には、俺たちの通う学校がある。
もしかしたら、校門の近くで誰かクラスメイトに捕まって喋っているのかもしれない。そう思って、休日の静まり返った校内をくまなく探し回った。私服で校内に入ることは本来校則違反だが、そんなの知ったことじゃない。
けれど、いない。
どこをどう探しても、どこにも見慣れた黒髪の後頭部は見当たらない。
心臓が嫌な音を立てて波打つ。
もし、北斗の身に何か取り返しのつかないことが起きていたら――。
『待ち合わせしたい』なんて、絶対に嫌だと強く言えばよかった。素直に一人で駅に向かわずに、北斗の家の前で待っていればよかった。
スマホを見るが、メッセージの既読すらつかない。
時刻はもうすぐ十五時になろうとしている。
後悔に押しつぶされて、スマホを握りしめたまま立ち尽くしていたその時だった。
手の中のスマホが震える。
画面に表示された名前を見て、俺は息を呑む。
『北斗』
俺はほとんど反射で通話ボタンを押した。
駅前の噴水広場は、買い物客や学生たちでそこそこ賑わっていた。
俺は噴水の縁に腰掛けながら、スマホの時間を見る。
十二時五十三分。
「……なんで俺が先なんだよ」
カップルたちが楽しそうに合流していく中、俺は、隣の家に住む幼馴染……恋人を駅前で待っている。
昨日の別れ際、堂々と遅刻を事前申告していった北斗の顔が脳裏をよぎる。
最初から十分遅れて来ると分かっている待ち合わせなんて前代未聞だし、そもそも家が隣同士なのだから一緒に来ればいいだけの話だ。
本当に、北斗の頭の構造はどうなっているんだ。
「理不尽すぎるだろ……」
呆れ混じりのため息をつきながらも、自分でもはっきりと分かるくらいには口元が緩んでいた。
北斗が「デート」にあそこまでこだわるなんて思ってもみなかった。
恋人同士……というか北斗が「好き」を自覚してから、あいつは本当に変わった。
嫉妬して割り込んで……は、前からだったが、手を繋ぎたいだのキスしようだの。まさかデートに誘ってくるなんて夢にも見ていなかった。
たぶん、『待った?』なんて少女漫画みたいなセリフまで練習してそうだ。
……いや、絶対に練習している。
だから昨日はゲームをしないでさっさと帰って行ったんだろう。またネットの受け売りというのは気に食わないが、十分遅れて登場して、「待った?」と言いたいがために、昨夜から作戦を練っていたと思うと愛おしくてたまらない。本当に、そういうところだけは妙に律儀だ。想像するだけでちょっと可笑しくなってくる。
この前注意したばかりなのに、相変わらずネットの情報に踊らされすぎだろ。
◇
十三時十分。
当然のように北斗は現れない。
……まあ、予定通りか。
あと数分くらいは誤差だ。北斗だし。
――でも。
十三時十五分。
十三時三十分。
「……遅いな」
スマホを取り出してメッセージを送る。
『どこ?』
数分間画面を凝視してみるが、一向に既読はつかない。
続けて通話ボタンを押してみる。
が、スピーカーから無機質な呼び出し音が虚しく響くだけで、北斗が電話に出る気配はなかった。
もしかして寝てるのか?
いつもみたいに、夜更かしでもして爆睡している可能性は大いにある。自分一人では起きられないくせに、毎晩深夜までゲームの特訓だとか、ツチノコがどうとか、最近は恋愛の調べものばかりしているらしいから。
それとも、忘れているのか?
いや、でも北斗が忘れるとも思えないし。
十三時十分に来るって、自分で決めたんだから。それに、今までだって北斗が俺との約束を破ったことは一度だってない。
十三時五十五分。
遅い。さすがに遅すぎる。
胸の奥がざわざわして落ち着かない。
もしかして道を間違えたのか?
いや、そんなわけ……いや、北斗ならあるか。普通にあり得る。
……一応、確認しよう。
俺は駅を出て、そのまま来た道を走って引き返した。
駅までは徒歩二十分。走れば十分ちょっと。もし家で寝ているなら、叩き起こして、途中で道草食ってたら回収して、説教して、その後にデートのやり直しだ。
息を切らせながら北斗の家へ着くと、ちょうど玄関から北斗の母さんが出てきた。
「あら、尚くん」
「こんにちは。ほっくんいます?」
「え? 一緒じゃないの?」
北斗の母さんは不思議そうに首を傾げる。
「北斗なら、十三時前には出て行ったわよ? 尚と待ち合わせしてるんだーって張り切って出かけていったけど……」
のんびりとした言葉が、鼓膜をすり抜けていく。
「珍しいわね。二人別々なんて」
「……そう、ですね」
俺は乾いた笑いしか出なかった。
十三時前に、出た。
どんなに足が遅くても、十三時二十分には駅に着いていなければおかしい。
今は――
スマホを見る。
十四時八分。
どう考えても、おかしい。
心臓が嫌な音を立て始めて、さっきまで笑っていた頭の中が、氷水をぶっかけられたみたいに一気に冷えていく。
事故か? どこかで倒れた? それとも、また熱でも出たのか?
もう一度通話ボタンを押すが、虚しく呼び出し音が続くだけ。
……出ない。
「頼むから……出ろよ……っ」
そのまま踵を返して、もう一度、駅までの道を走り出す。
後ろから北斗の母さんが不思議そうに「尚くん?」と言う声が聞こえたけれど、それに応えることなんてできなかった。
それでも――入れ違いになっただけかもしれない。途中のコンビニに寄り道して、呑気にコーラグミでも物色しているだけかもしれない。
そう自分に言い聞かせながら、駅までの道中にある路地裏や、コンビニの店内、スーパーの駐車場、公園の遊具の中まで、あらゆる場所を片っ端から探した。
駅までの道の途中には、俺たちの通う学校がある。
もしかしたら、校門の近くで誰かクラスメイトに捕まって喋っているのかもしれない。そう思って、休日の静まり返った校内をくまなく探し回った。私服で校内に入ることは本来校則違反だが、そんなの知ったことじゃない。
けれど、いない。
どこをどう探しても、どこにも見慣れた黒髪の後頭部は見当たらない。
心臓が嫌な音を立てて波打つ。
もし、北斗の身に何か取り返しのつかないことが起きていたら――。
『待ち合わせしたい』なんて、絶対に嫌だと強く言えばよかった。素直に一人で駅に向かわずに、北斗の家の前で待っていればよかった。
スマホを見るが、メッセージの既読すらつかない。
時刻はもうすぐ十五時になろうとしている。
後悔に押しつぶされて、スマホを握りしめたまま立ち尽くしていたその時だった。
手の中のスマホが震える。
画面に表示された名前を見て、俺は息を呑む。
『北斗』
俺はほとんど反射で通話ボタンを押した。



