幼馴染と離れられないのは、呪いじゃなくて恋のせいでした

「ほっくん、頼むから学校いる時くらい少しは我慢して」

放課後、誰もいなくなった赤橙色に染まる教室で、尚は机に片肘をつき、心底疲れ切ったような顔で僕を見上げていた。

普段なら、放課後はどちらかの家でゲームに没頭するか、ゲーセンかファミレスに寄り道するのが決まりだ。
それなのにこんな時間まで教室に残っていたのは、昨日テレビで観た『年輪を見れば木の年齢が分かる』という知識を試すため、僕が自分の机の木目をひたすら数え始めたからだ。
「この学校の机は合板だから年輪なんてねぇよ」と尚に諭され、僕が「じゃあこの線は誰の生き様?」と抗議した結果、すっかり陽が沈んでしまった。

で、その不毛な時間の過ごした果ての現在である。

「なにを? 僕、いつもいい子にしてる」
「いい子にしてる奴は、俺が市橋と数学のプリントの確認してただけで割り込んで来ないし、机の木目で俺を一時間足止めもしません」
「二秒以上話さない約束しただろ。お前が約束破るから回収しに行ってやったんだ」
「そんな悪法結んでません。だいたい、二秒で会話が成り立つわけないだろ」

尚は、はぁ、とこれまた特大のため息をついたと思えば、僕のネクタイに手を伸ばしてきて手際よく直し始めた。
前は尚に頼んで緩めに結んでもらっていたけれど、最近は結び目を引っ張って自分で緩めるようにしている。
……まあ、加減が分からなくて、いつも尚に「緩めすぎ」と小言を言われながら直されているわけだけど。

「ここ一週間、俺が他の奴と話すたびに毎回割り込んでくるじゃん」
「それは前から」
「開き直るな」
「嫉妬するって言ってるだろ。恋人だから」
「……その言葉便利すぎない?」
「事実」
「まあ……事実だけど」

尚はあっさりとそれを認めると、少しだけ視線を下に落とした。

週末の土日は、僕の家か尚の家のどちらかでいつも通りゲームをして過ごした。その時は二人きりだったから、何も問題はなかった。尚はずっと僕の隣にいるし、誰かが尚に話しかけてくることもない。
放課後もそうだ。一緒に帰って、たまに寄り道をして。誰かが尚と二秒以上話す隙なんて存在しない。

だけど、学校は違う。
ここは僕たちだけの空間じゃない。人気者の尚は、学校の敷地に入った瞬間からすぐに誰かに囲まれてしまう。
それが、どうしてもやっぱり面白くない。

「別に他の誰かと付き合うとか、好きになるとか、そんなの百パーセントあり得ないから。学校終わった後も、休みの日も、俺の時間は全部ほっくんに独占されてんだろ」
「……足りない」
「強欲かよ」

尚は呆れたようにくすりと笑うと、僕のほっぺたを両手で優しく包み込んだ。
その手のひらが少しだけ熱くて、僕は瞬きをする。

「俺、ちゃんとほっくんのこと一番好きだし」

少しだけ照れくさそうに目を細めて、続ける。

「大切だし。特別だから」
「恋人だから?」
「……それもあるけど。北斗だからだよ」

諭すような、ひどく甘い声だった。
……僕、だから。
だったら――。

「わかった。ちょっとだけ我慢してやる」
「相変わらず態度でけぇな」
「……えらいだろ?」
「自分で聞くな」
「えらいよな?」
「……はいはい。えらい、えらい」
「ん」

満足した。

「子どもかよ」

尚は可笑しそうに口元を緩めたまま、僕の頭をぽんぽんと優しく撫でた。

「……俺がどれだけ言っても、ほっくんにはたぶん半分くらいしか伝わってないんだろうな」
「ん?」
「いや、なんでもない」

尚はそれ以上追求するのを諦めたらしく、脱力したように笑って僕の頬から手を離した。
僕も、それ以上考えるのはやめた。

尚が一番好きなのは、僕。
一番大切で、特別なのも、僕。

それなら、少しくらいは我慢できる。
……たぶん。
善処は、してやらなくもない。