幼馴染と離れられないのは、呪いじゃなくて恋のせいでした

翌日。パチッと目が覚めた瞬間、脳内を覆い尽くしていた鬱陶しい霧が綺麗さっぱり消え去っているのを感じた。
体が軽い。世界も傾いていないし、天井だって、いつも通りの高さにある。

完全復活。無敵の帰還である。

ちょうどそこへ、ガチャリと尚が入ってきた。

「よ、ほっくん。少しはマシに――」
「ゲームする」

ベッドから勢いよく起き上がり、掛け布団を豪快に蹴り飛ばす。
……今なら絶対、尚をボコボコにできる。全身から自身が漲ってくるんだ。

しかし、尚は僕の姿を見た瞬間、あからさまに嫌そうな顔をして歩み寄ってきた。

「もう治った」
「昨日まで三十九度近くあった奴が言うセリフかよ」
「昨日も今日も平熱」
「嘘つけ」

そう言って、脇に無理やり体温計を挟まれる。数秒後、ピピッと非情な電子音が響いた。
尚がそれを奪い取って表示された数値を睨みつける。

「……まだ三十七度五分あるじゃねぇか」
「誤差」
「昨日もまったく同じこと言ってただろ」
「ゲームしたら治る」
「だめ。どう考えても悪化する」
「検証」
「人体実験すんな」

無視してコントローラーへ手を伸ばした瞬間、尚にひょいっと取り上げられた。

「返せ」
「だめ」
「一回だけ。尚をボコボコにしたら寝るから」
「一回で終わるわけないからだめ」
「十分だけ」
「だめ」
「五分」
「だめ」
「一分」
「どんだけ細かく刻んでも、だめなものはだーめ」
「尚のドケチ」
「ほっくんが病人だからだろ」
「もう病人じゃない。治ったって言ってるだろ」
「三十七度五分って体温計が証明してんだよ。はい、お布団掛けて、寝る」

結局コントローラーは指一本触らせてもらえず、蹴り飛ばした布団を胸元まできっちり掛け直される。完敗だった。

「暇」
「寝ろ」
「もう寝すぎた」
「じゃあマンガでも読むか?」
「ゲーム」
「ゲーム以外」
「ゲーム」
「ゲームしか語彙ないのかよ。そうだ、ゼリーあるけど食うか?」
「ぶどう味しか嫌だ」
「そう言うと思って昨日買ってきた」
「粒入ってるやつ」
「はいはい。冷えてるやつ持ってきてやるから、大人しくしてろよ」

尚は呆れたように笑うと、僕の頭を雑になでてから部屋を出ていった。
言われた通り、僕はそのまま布団に沈み込む。

ゲームはできなかったし、寝ているだけの数日間は暇だった。
それでも、尚がいたから嫌じゃなかった。



翌朝、今度こそ完全に熱が下がった。

朝起きても、世界は傾いていない。体育館に食べられる恐怖もない。尚も、ちゃんと一人しかいない。
世界は正常だ。
つまり――。

「全快」
「よし、顔色戻ったな。よかった」

部屋まで迎えに来た尚が、僕の顔を見てふっと目を細めた。
そういえばあんなに数日間、僕の部屋に入り浸って至近距離で看病してくれたのに、尚には風邪の兆候が微塵もない。それどころか、相変わらず朝からムカつくくらい無駄に顔が整っている。

こいつ、無敵バリアでも張ってるんだろうか。
それとも、アホの風邪は完璧人間には移らないという仕様なんだろうか。

「尚に移らなくてよかった」
「……あー」

尚は少し目を丸くしてから、照れたように頬を掻いてふいっと前を向いた。

「まあな。俺が倒れたら誰が毎朝ほっくん起こすんだよ」
「母さん?」
「そこは俺って言えよ」

今度は呆れたように笑って、僕の髪をくしゃくしゃにした。いつものやつだ。
なんだか久しぶりな気がするけれど、やっぱり尚がいるだけで安心する。