幼馴染と離れられないのは、呪いじゃなくて恋のせいでした

その違和感が確信に変わったのは、体育の前だった。

男子更衣室。クラスメイトたちがくだらない雑談で騒ぎながら着替えている喧噪の中、俺はすでに体操服に着替え終わった北斗の姿をじっと見つめていた。
……いや。
正確には、着替え終わっていない北斗を。

ほっくん、と呼びかけてみても返事がない。
目の前で北斗は、片腕だけジャージに袖を通した体制のまま固まっている。

「……北斗」

少し声を大きくして声をかけると、数秒のタイムラグを経て、ようやく「……ん」と頼りなく顔が上がった。
でも、その焦点は微妙に合っていない。
まっすぐに俺の方を見つめているはずなのに、その瞳は俺を通り越して、どこか途方もなく遠い世界を見ているみたいだった。

「……大丈夫か?」
「だいじょうぶ」

今度は即答だったが、その声に力がない。

「北斗」
「……うん?」
「今、自分が何してたか分かってる?」
「……着替え」
「何分、その体制で止まってたと思う?」

よほど考え込んでいるのか、北斗がまた止まる。
もういいよ、と口を開きかけたその時、ようやく北斗の薄い唇がゆっくりと動いた。

「……三十秒?」
「五分」
「……長い」
「北斗の感想を聞いてんじゃなくて」

思わずため息をついた、その時だった。
北斗がぼんやりとした目で体育館の方を見つめ、大真面目なトーンで、まるで宇宙の真理でも語るかのように呟いた。

「……尚、体育館ってさ」
「うん」
「…………デカい」

更衣室の喧噪の中で、俺たちの周りだけ数秒間、無音の沈黙が流れた。

……ああ、確信した。

「お前、熱あるだろ」
「ない」
「いやある」
「絶対ない」
「なんでそこだけ頑なに否定するんだよ」
「体育、できるから」
「今、体育館がデカいとか意味不明なこと言い出した奴がか?」

北斗は真剣そのものの顔でコクリと頷いた。そして、どこから湧いてくるのか分からない謎の自信満々さで言い放った。

「デカいけど、いける」
「意味分かんねぇよ」

北斗本人は、何ひとつおかしいことを言っていないという顔をしている。
その瞬間、胸の奥から猛烈な腹立たしさが湧き上がる。
心配と、呆れと。何より――こんな状態になるまで、なんでもっと早く気づいてやれなかったんだという、俺自身に対する猛烈な苛立ちが全部ごちゃ混ぜになる。

北斗はいつもそうだ。
靴下履かせろとか、起こせとか、ジュース買ってこいとか、そういうわがままは何でも平気で口にするくせに。
なんでいつも、本当に身体が辛い肝心な時だけ「大丈夫」なんて嘘をついて、自分一人で済ませようとするんだ。

「北斗」

強めにその細い腕を掴む。服の上からでもはっきりと伝わってくるほど、北斗の肌は熱を持っていた。

「保健室行くぞ」
「体育」
「無理」
「いける」
「お前ジャージも一人で着れてねぇんだぞ」

その言葉に、北斗は自分の片腕しか通っていない袖を見下ろした。

「……今、やってた」
「片腕だけ袖突っこんで、五分以上フリーズしてた奴が言うセリフじゃないだろ」

北斗は少し不満そうに眉をひそめ、なおも粘り強く抗議してくる。

「……でも、体育」
「休む」
「でも」
「休む」

有無を言わさず強引に腕を引くと、更衣室の出口付近で呑気な声が飛んできた。

「あれ、どうした? 夫夫でサボり?」

市橋が俺と北斗を不思議そうに見比べる。

「悪い。俺と北斗、休むって先生に伝えといて」

それだけを言い捨て、北斗を引っ張って廊下へと歩き出す。

「え、及川……?」

背後から驚いたような声で呼ばれたが、今の俺には振り返って、いつもの『爽やかで完璧な及川』を演じて笑いかける余裕なんてものは、一ミリたりとも残されていなかった。