「尚が奢る」
「……それと勝敗は別だから」
「でも尚が払う」
「払うけど」
「じゃあ僕の勝ち」
尚が片手で額を押さえてため息をついた。
「……ほっくん」
「なに」
「ゲームで教育してあげる。ほら、行くぞ」
尚が伝票を持って立ち上がった。
やっぱり今日も僕の勝ちだ。僕はゲテモノ対決で負けたことが一度もない。無敗記録更新。これはかなりすごい記録だと思う。
尚は「教育する」と言っていた。
いったい何を教育されるのかよく分からが、数十分後にはいつものように尚の部屋でコントローラーを握っていた。
「ほっくん、準備いい?」
「ん。ボコボコにしてやるから覚悟しとけよ」
「その威勢どこまで続くかな? 今日は容赦しないからね」
「いつもそう言う」
「今日は本当に容赦しないよ」
ファミレスで負けたことが相当悔しかったのか、尚は珍しく最初から本気モードだった。
開始早々、尚のキャラの動きのキレがハンパない。
「……もう一回」
「また負けても知らないよ?」
一戦目、二戦目とあっさり惨敗し、三戦目に突入する。
今度こそ尚の余裕しゃくしゃくな顔を崩してやろうと意気込んだのも束の間、三戦目開始後すぐに画面の中で僕のキャラクターが尚の猛攻を受け、体力が残り二割まで削り取られた。
「ほっくん弱くなった?」
「今集中してる」
「あーあ。ほっくんまた負けちゃうね」
よほど余裕があるのか、尚がクソムカつく笑みを浮かべて僕の顔を覗き込んでくる。
……これ以上負けるのは絶対に嫌だ。
「尚、好き」
「ッ――!?」
画面の中で、尚のキャラクターがピタリと動きを止めた。ガードが完全に外れている。
その絶好の隙に、コントローラーのボタンを連打して尚のキャラクターに怒涛のコンボを叩き込んだ。
「北斗っ」
「なに。今いいところなんだから喋りかけるな」
「ゲーム中に『好き』って言うの禁止!」
「知らない。あ、あと一発叩き込めば僕の勝ちだ」
「やばっ……!」
尚が慌てて僕のキャラクターを攻撃しようとコントローラーを握り直す。
……まずい。このままだと押し切られる。
「尚」
「もうその手は効かないから」
「好き」
隣で息をのむ気配がした。けれど、尚のキャラクターは止まらない。
……本当にもう効かなくなってしまったのかもしれない。
そう思った次の瞬間。
「……っ」
画面の中で、尚のキャラクターの動きが止まる。時差で効いてきたらしい。
……今だ!
最後の一手を叩き込むと、ど派手な『YOU WIN !』の文字が画面いっぱいに躍り出た。
「僕の勝ち」
「おま……っ! 今のずるいだろ!!」
「ずるくない。尚が勝手に自爆した」
「真顔でとんでもないチート技使うのやめろ! 完全に悪用じゃん!」
「好きだから好きって言っただけ」
「黙れ!」
尚はコントローラーを机に置いて、大きく息を吐き出した。
「……はい、今日はもうおしまい」
「やだ。今日、尚んち泊る」
「だーめ。今から送ってくから」
「家、隣」
「いいから。行くぞ」
プツンと無情にもゲームの電源は落とされ、尚が部屋を出ようとドアへ向かう。
せっかく尚にゲームで勝てたのに。もっとゲームしたかったのに。もっと尚といたかったのに。
だったらせめて――。
「尚」
「なに」
「手、繋ぐ」
尚は、ん、と差し出した僕の手を一瞬だけ見つめると、くすっと小さく笑った。
それから「はいはい」と僕の手を優しく握りしめる。
「照れただろ」
「照れてない」
「うそだ」
「ほんと」
そのまま僕の手を引いて歩き出す。
……おかしい。幼稚園の時から何千回と繋いできた手だから、この程度ではもう照れてくれないのか?
隣同士の家はあまりに近すぎて、あっという間に僕の家の前に着いてしまう。今日ばかりは、この距離がうらめしい。
「尚」
「今度はなに」
「キス」
「やだ」
尚がニヤッと意地悪に笑った。
耳を赤くしたりフリーズしたりしていない。
今、完璧にフリーズしているのは僕の方だ。
「……なん、で」
「最近のほっくん、調子乗りすぎだから」
「恋人だろ」
「恋人だからって、何でもかんでも言うこと聞くと思うなよ」
「恋人の言うことは絶対だろ。さっき僕、尚のお願い聞いてゲテモノ飲んだ」
「何でも言うこと聞くわけないだろ。そのルール、俺には適応外なの」
適応外。
そんな特例措置が存在するんだろうか。
けど、尚が自信満々に断言するのだから、そういうルールなのかもしれない。尚は僕より頭が良いし、恋愛のルールだって尚の方がずっと詳しいはずだ。
「……じゃあ、どうしたらいい」
その一言に、尚はニヤリと笑ったまま、僕の方へ顔を急接近させてきた。
至近距離で視線が尚の瞳と交わる。やっぱり無駄に整った王子の笑顔がすぐそこにある。
「キスしてほしいなら、もっと可愛くおねだりしてみたら?」
「どうやるんだ」
「自分で考えろ」
……むかつく。さっきまで真っ赤になってたくせに。
それに、おねだりなんて今までの人生で一度もしたことがないから、やり方なんて分かるはずがない
「……尚」
「ん?」
「キス、してください?」
「違う」
「キスしろ」
「暴君かよ」
恋愛というのは難しすぎる。ネットの記事にこの攻略法を書いておいてほしかった。
……いや、僕の勉強不足か?
何回言い直しても、尚は楽しそうに笑って「違う」と言うばかりだ。
僕が諦めて不貞腐れたまま玄関のドアノブに手をかけた、その瞬間――。
「ほっくん」
振り向いた瞬間に、一瞬だけ唇に柔らかい感触が当たった。
初めてした時よりも、もっとずっと短くて、軽いキス。
「はい、これで十分。恋人だからって、あんま調子乗んなよ?」
「……ずるい」
「俺の勝ちだね」
「尚なんか嫌いだ」
「へぇ、嫌いなんだ? 俺は北斗のこと大好きだけど」
「お前マジでむかつく……っ!」
尚はここ最近でいちばん楽しそうに、声をあげて笑った。
今回だけは、完全に尚の勝ちだ。
……全然、納得はいっていないけど!
「……それと勝敗は別だから」
「でも尚が払う」
「払うけど」
「じゃあ僕の勝ち」
尚が片手で額を押さえてため息をついた。
「……ほっくん」
「なに」
「ゲームで教育してあげる。ほら、行くぞ」
尚が伝票を持って立ち上がった。
やっぱり今日も僕の勝ちだ。僕はゲテモノ対決で負けたことが一度もない。無敗記録更新。これはかなりすごい記録だと思う。
尚は「教育する」と言っていた。
いったい何を教育されるのかよく分からが、数十分後にはいつものように尚の部屋でコントローラーを握っていた。
「ほっくん、準備いい?」
「ん。ボコボコにしてやるから覚悟しとけよ」
「その威勢どこまで続くかな? 今日は容赦しないからね」
「いつもそう言う」
「今日は本当に容赦しないよ」
ファミレスで負けたことが相当悔しかったのか、尚は珍しく最初から本気モードだった。
開始早々、尚のキャラの動きのキレがハンパない。
「……もう一回」
「また負けても知らないよ?」
一戦目、二戦目とあっさり惨敗し、三戦目に突入する。
今度こそ尚の余裕しゃくしゃくな顔を崩してやろうと意気込んだのも束の間、三戦目開始後すぐに画面の中で僕のキャラクターが尚の猛攻を受け、体力が残り二割まで削り取られた。
「ほっくん弱くなった?」
「今集中してる」
「あーあ。ほっくんまた負けちゃうね」
よほど余裕があるのか、尚がクソムカつく笑みを浮かべて僕の顔を覗き込んでくる。
……これ以上負けるのは絶対に嫌だ。
「尚、好き」
「ッ――!?」
画面の中で、尚のキャラクターがピタリと動きを止めた。ガードが完全に外れている。
その絶好の隙に、コントローラーのボタンを連打して尚のキャラクターに怒涛のコンボを叩き込んだ。
「北斗っ」
「なに。今いいところなんだから喋りかけるな」
「ゲーム中に『好き』って言うの禁止!」
「知らない。あ、あと一発叩き込めば僕の勝ちだ」
「やばっ……!」
尚が慌てて僕のキャラクターを攻撃しようとコントローラーを握り直す。
……まずい。このままだと押し切られる。
「尚」
「もうその手は効かないから」
「好き」
隣で息をのむ気配がした。けれど、尚のキャラクターは止まらない。
……本当にもう効かなくなってしまったのかもしれない。
そう思った次の瞬間。
「……っ」
画面の中で、尚のキャラクターの動きが止まる。時差で効いてきたらしい。
……今だ!
最後の一手を叩き込むと、ど派手な『YOU WIN !』の文字が画面いっぱいに躍り出た。
「僕の勝ち」
「おま……っ! 今のずるいだろ!!」
「ずるくない。尚が勝手に自爆した」
「真顔でとんでもないチート技使うのやめろ! 完全に悪用じゃん!」
「好きだから好きって言っただけ」
「黙れ!」
尚はコントローラーを机に置いて、大きく息を吐き出した。
「……はい、今日はもうおしまい」
「やだ。今日、尚んち泊る」
「だーめ。今から送ってくから」
「家、隣」
「いいから。行くぞ」
プツンと無情にもゲームの電源は落とされ、尚が部屋を出ようとドアへ向かう。
せっかく尚にゲームで勝てたのに。もっとゲームしたかったのに。もっと尚といたかったのに。
だったらせめて――。
「尚」
「なに」
「手、繋ぐ」
尚は、ん、と差し出した僕の手を一瞬だけ見つめると、くすっと小さく笑った。
それから「はいはい」と僕の手を優しく握りしめる。
「照れただろ」
「照れてない」
「うそだ」
「ほんと」
そのまま僕の手を引いて歩き出す。
……おかしい。幼稚園の時から何千回と繋いできた手だから、この程度ではもう照れてくれないのか?
隣同士の家はあまりに近すぎて、あっという間に僕の家の前に着いてしまう。今日ばかりは、この距離がうらめしい。
「尚」
「今度はなに」
「キス」
「やだ」
尚がニヤッと意地悪に笑った。
耳を赤くしたりフリーズしたりしていない。
今、完璧にフリーズしているのは僕の方だ。
「……なん、で」
「最近のほっくん、調子乗りすぎだから」
「恋人だろ」
「恋人だからって、何でもかんでも言うこと聞くと思うなよ」
「恋人の言うことは絶対だろ。さっき僕、尚のお願い聞いてゲテモノ飲んだ」
「何でも言うこと聞くわけないだろ。そのルール、俺には適応外なの」
適応外。
そんな特例措置が存在するんだろうか。
けど、尚が自信満々に断言するのだから、そういうルールなのかもしれない。尚は僕より頭が良いし、恋愛のルールだって尚の方がずっと詳しいはずだ。
「……じゃあ、どうしたらいい」
その一言に、尚はニヤリと笑ったまま、僕の方へ顔を急接近させてきた。
至近距離で視線が尚の瞳と交わる。やっぱり無駄に整った王子の笑顔がすぐそこにある。
「キスしてほしいなら、もっと可愛くおねだりしてみたら?」
「どうやるんだ」
「自分で考えろ」
……むかつく。さっきまで真っ赤になってたくせに。
それに、おねだりなんて今までの人生で一度もしたことがないから、やり方なんて分かるはずがない
「……尚」
「ん?」
「キス、してください?」
「違う」
「キスしろ」
「暴君かよ」
恋愛というのは難しすぎる。ネットの記事にこの攻略法を書いておいてほしかった。
……いや、僕の勉強不足か?
何回言い直しても、尚は楽しそうに笑って「違う」と言うばかりだ。
僕が諦めて不貞腐れたまま玄関のドアノブに手をかけた、その瞬間――。
「ほっくん」
振り向いた瞬間に、一瞬だけ唇に柔らかい感触が当たった。
初めてした時よりも、もっとずっと短くて、軽いキス。
「はい、これで十分。恋人だからって、あんま調子乗んなよ?」
「……ずるい」
「俺の勝ちだね」
「尚なんか嫌いだ」
「へぇ、嫌いなんだ? 俺は北斗のこと大好きだけど」
「お前マジでむかつく……っ!」
尚はここ最近でいちばん楽しそうに、声をあげて笑った。
今回だけは、完全に尚の勝ちだ。
……全然、納得はいっていないけど!



