幼馴染と離れられないのは、呪いじゃなくて恋のせいでした

放課後のチャイムと同時に、尚は「……ちょっとジュース買ってくる」と遠い目をしたまま教室を出たきり、戻ってこない。
……まさか、人食い妖怪にでも食べられたのだろうか。
昨日、尚の家で一緒に観た映画にそんな妖怪が出てきた。あれが本当にこの学校にいたら大問題だ。早く助けに行かなければ。

僕は自分のリュックを後ろに、尚のリュックを前に抱えるようにして背負うと、教室を飛び出した。

廊下の向こうで、尚はジュースを二本持って立っていた。またしても女子に捕まり、爽やかな王子様スマイルを振りまいている。
どうしてこの男は、すぐ誰かに捕まるのだろうか。人気者だからって。あんな爽やかスマイルなんて封印してしまえばいいのに。化けの皮なんて一瞬で剥がれ落ちてしまえばいいのに。
……いや、どうしてかわからないけれどそれも嫌だ。

スリッパの色を見るかぎり、相手は三年の先輩らしく、やたらと尚との距離が近い。肩と肩が触れ合うんじゃないかというくらいの近距離だ。
それを見た瞬間、僕の胸の中にどろりとした嫌なもやもやが広がっていく。

僕が尚の隣に辿り着くより先に、先輩は「及川くん本当にありがとう! またね!」と尚に手を振りながら立ち去っていった。
その瞬間にさっきまでの胸のもやもやが少しだけ薄れた気がした……はずなのに、尚が去っていく先輩にひらひらと手を振り返していて、それだけでもやもやが復活する。

「尚」
「あ、ほっくん」
「迎えきた」
「ありがとう。リュックも持ってきてくれたんだ。ほら、これほっくんの分」

尚が僕の方へ冷えたサイダーを差し出し、代わりに自分のリュックを受け取ろうとする。
手渡されたサイダーを受け取り、リュックを渡せばそれで終わり。
なのに、僕の身体は素直にそうしなかった。胸の中のモヤモヤが暴れ回り、頭も身体も完全にバグを起こしているんだ。

「ほっくん?」
「尚が他の奴と喋ってると腹立つ」
「……え」
「僕のこと一番好きなのは尚だろ。だから尚も僕だけ見てろ」

尚はしばらく固まってから、「…………はい?」と今日一番間抜けな声を出した。

「いやいやいや」
「違う?」
「違わないけど」
「じゃあ合ってる」
「そういう問題じゃない……っ!」

尚が僕からリュックをひったくった瞬間――「及川の顔赤ぁぁぁぁぁ!!」と、背後から突如としてバカデカい叫び声が響き渡った。

「松風、お前今すぐ黙れ」

尚が般若のような眼光で松風を睨みつけるが、当の本人は「あはは!」と爆笑している。尚が僕以外の相手にそんな直球の暴言を吐いて睨むなんて珍しい。
隣にいた市橋と近藤は、ニヤニヤしながら尚と僕にスマホを向けていた。
近藤は、僕と尚のパパラッチに心血を注ぐ松風の姿に感銘を受けたらしく、最近はこの三人でよくつるんでいる。

僕と尚が付き合いだしてからというもの、このお調子者トリオが撮った写真や動画が、あまりにもSNSへ流出しすぎていたらしい。それに気づいた尚が「次やったら、どうなるか分かるよね?」と三人に言っていた。
尚はいつも通りの優しいトーン、爽やかな笑顔だったのに、三人は何に怯えたのか「もうしません!!」と引きつった顔で謝罪し、フォルダ内の全データを尚に送信してから削除させられていたはずだ。
昨日? いや、一昨日だったかもしれないが、つい最近の出来事のはずなのに、もう忘れたのだろうか。

「学校で愛の告白とかやるなぁ近江」

うんうん、と感心した様子で市橋が頷いている。やっぱり反省している様子は全くないようで、さっきからシャッター音が止まらない。
たぶん、その写真もあとで全部尚が回収すると思うけど。

「近江、照れとか恥じらいってもんがないわけ? お前一生真顔じゃん。及川そのうちガチで死ぬぞ」
「尚が死ぬのは困る」
「じゃあ大好きな及川クン死なせないために、今日一日だけ及川を俺らに貸してくんね?」
「無理。尚は僕の恋人だから」
「北斗っ……!」

尚が耳まで真っ赤にして、「帰るぞ」と僕の手を引いて歩き出した。
幼稚園の頃から当たり前のように何度も繋いできた尚の手。この手の温もりが、さっきまでの胸のもやもやを全部綺麗に上書きしていくみたいで、胸の奥がぽかぽかしてくる。

背後で「ぎゃははははは! サイコー!!」とお調子者トリオの爆笑が聞こえる。
手を引かれたまま振り返ってみれば、「ビッグラブッ! エボリューション!!」という謎の掛け声とともに、以前の『ビッグラブの舞』をさらに激しく進化させた不審者レベルの動きを披露していた。あれをSNSに載せたほうが僕と尚よりずっとバズると思うのだが。

昇降口で手を引かれたまま靴を履き替え、校門を出ても、僕が「尚」と呼びかけても、その足は一切止まらず、振り返る気配すらない。僕は大股でずんずん進んでいく尚に付いていくのがやっとだ。

尚が止まってくれないのなら、僕が止まればいい。

僕はその場で足を止めた。
手を繋いだままだから、数歩先を歩いていた尚の身体がぐいっと僕のへ引っ張られる。
その衝撃で、ようやく尚が振り返った。耳はまだ、赤いまま。

「怒ってる?」
「怒ってない」
「じゃあなんで止まってくれなかったんだ」
「……それは、ごめん」
「怒ってないなら、なに」
「……なんでもない」

そう言って、尚はまたぷいと前を向いてしまう。
でも、なんでもない人は、そんなに耳が赤くならないと思う。

「しょ――」
「ほっくん」

尚は前を向いたまま僕の声を遮った。

「……今日もう、喋らないで」
「なんで」
「俺の心臓が、本当に持たないから」

またその言葉だ。心臓って、そんなに簡単に持たなくなるものなんだろうか。

よく分からないまま、家までの道を無言で歩いた。尚に「今日はもう喋るな」と言われたんだから仕方がない。
さっきまで耳を真っ赤にしていた尚は、玄関を開ける頃にはいつもの余裕ある尚に戻っていた。
やっぱり、尚の考えることはよく分からない。

だけど、一つだけ確実に分かったことがある。
尚は恋人同士になってから、前よりずっと照れやすくなった。