――やってしまった。
夕暮れの通学路を、僕は一人、競歩並みのハイスピードで歩いていた。
家に帰るまでのたった十五分の道程が、こんなに長いと思ったのは初めてだ。
いつもなら、僕のすぐ隣には百八十cm越えの長身が歩いているはずだった。
それが十六年間の当たり前だった。
……なのに。
放課後、尚が教室で女子たちに捕まっている隙に、僕はリュックを掴んで「お先」とだけ言い捨て、文字通り脱兎のごとく逃げ出してきてしまった。
小一から高二になった今日この日まで、一度だって一人で帰ったことなんてないというのに。
教室から飛び出す瞬間、ちらりと見えた尚の顔を思い出すと、胸の奥がチクチク痛む。
あんな顔をさせたくて逃げたわけじゃない。
でも、自分でもどうしたらいいか分からないんだ。
尚の顔を見ると、胸の奥が変になる。
名前を呼ばれるだけで脳みそが勝手にショートして、何も考えられなくなる。
手が触れそうになっただけで、一番楽しみにしていた古典の授業中の絵しりとりでライオンのたてがみを爆発させてしまった。
すべての元凶は、ポケットの中にあるこのスマホだ。昨日の昼休みから、僕は暇さえあれば検索欄に指を走らせてばかりいる。
家に着くなりリュックを放り投げ、制服のままベッドにダイブした。ポケットからスマホを引き抜いて画面をつけると、検索履歴はひどいありさまだった。
『好き 意味』
『幼馴染 好き 違い』
『友達 取られたくない 普通』
……何を調べているんだ、僕は。
スマホを伏せ、しばらく枕に顔をうずめていたけれど、やっぱりダメだ。
昨日の昼休みの出来事が頭から離れてくれない。
松風たちが踊っていた『ビッグラブの舞』ではない。あの動きはただの不審者だった。
女子から言われた「近江くんってほんと及川くんのこと好きだよね」「及川くんが誰かに取られたら嫌?」という言葉の方だ。
「嫌」と答えた時、思考を挟む間もなく口が動いていた。
あれは、本当にただの幼馴染としての感情なんだろうか。
……分からない。
分からないのなら、もっと調べてみるしかない。
『友達 見ると安心する』
と打ち込んで、すぐに消す。
そういえば、尚も女子たちも、僕と尚は「付き合ってる」と言っていた。尚と付き合ってからも何も変わらなかったから、僕は「付き合うって、そういうもんなんだ」と勝手に納得していた。
でも、本当は何も分かっていなかった。
付き合うって本当は何なんだ。
好きって、一体なんだ。
画面をスクロールしていくと、ある文章が目に飛び込んできた。
『好きな人。つまり恋人同士は、手をつなぎたい、キスをしたいと思うものです』
……キス。
想像がつかない。そもそもしたことがない。
でも、もし尚が誰かと、僕の知らないところで唇を重ねていたら――絶対に嫌だ。考えただけで、ゲームでボロ負けしたときよりも最悪の気分になる。
じゃあ、僕は?
好きなら、キスしたいと思うらしい。検索結果によれば、それが男同士であってもおかしくはないみたいだ。
尚が『好き』なら、僕も、できるんじゃないか。
……だったら、試せばいい。
夕暮れの通学路を、僕は一人、競歩並みのハイスピードで歩いていた。
家に帰るまでのたった十五分の道程が、こんなに長いと思ったのは初めてだ。
いつもなら、僕のすぐ隣には百八十cm越えの長身が歩いているはずだった。
それが十六年間の当たり前だった。
……なのに。
放課後、尚が教室で女子たちに捕まっている隙に、僕はリュックを掴んで「お先」とだけ言い捨て、文字通り脱兎のごとく逃げ出してきてしまった。
小一から高二になった今日この日まで、一度だって一人で帰ったことなんてないというのに。
教室から飛び出す瞬間、ちらりと見えた尚の顔を思い出すと、胸の奥がチクチク痛む。
あんな顔をさせたくて逃げたわけじゃない。
でも、自分でもどうしたらいいか分からないんだ。
尚の顔を見ると、胸の奥が変になる。
名前を呼ばれるだけで脳みそが勝手にショートして、何も考えられなくなる。
手が触れそうになっただけで、一番楽しみにしていた古典の授業中の絵しりとりでライオンのたてがみを爆発させてしまった。
すべての元凶は、ポケットの中にあるこのスマホだ。昨日の昼休みから、僕は暇さえあれば検索欄に指を走らせてばかりいる。
家に着くなりリュックを放り投げ、制服のままベッドにダイブした。ポケットからスマホを引き抜いて画面をつけると、検索履歴はひどいありさまだった。
『好き 意味』
『幼馴染 好き 違い』
『友達 取られたくない 普通』
……何を調べているんだ、僕は。
スマホを伏せ、しばらく枕に顔をうずめていたけれど、やっぱりダメだ。
昨日の昼休みの出来事が頭から離れてくれない。
松風たちが踊っていた『ビッグラブの舞』ではない。あの動きはただの不審者だった。
女子から言われた「近江くんってほんと及川くんのこと好きだよね」「及川くんが誰かに取られたら嫌?」という言葉の方だ。
「嫌」と答えた時、思考を挟む間もなく口が動いていた。
あれは、本当にただの幼馴染としての感情なんだろうか。
……分からない。
分からないのなら、もっと調べてみるしかない。
『友達 見ると安心する』
と打ち込んで、すぐに消す。
そういえば、尚も女子たちも、僕と尚は「付き合ってる」と言っていた。尚と付き合ってからも何も変わらなかったから、僕は「付き合うって、そういうもんなんだ」と勝手に納得していた。
でも、本当は何も分かっていなかった。
付き合うって本当は何なんだ。
好きって、一体なんだ。
画面をスクロールしていくと、ある文章が目に飛び込んできた。
『好きな人。つまり恋人同士は、手をつなぎたい、キスをしたいと思うものです』
……キス。
想像がつかない。そもそもしたことがない。
でも、もし尚が誰かと、僕の知らないところで唇を重ねていたら――絶対に嫌だ。考えただけで、ゲームでボロ負けしたときよりも最悪の気分になる。
じゃあ、僕は?
好きなら、キスしたいと思うらしい。検索結果によれば、それが男同士であってもおかしくはないみたいだ。
尚が『好き』なら、僕も、できるんじゃないか。
……だったら、試せばいい。



