幼馴染と離れられないのは、呪いじゃなくて恋のせいでした

昼食を食べ終えて隣の席を見ると、さっきまでいたはずの尚の姿が見当たらなかった。
廊下を覗くと、案の定だ。
尚は教室の前で、女子たちに囲まれていた。

「及川くん、この前言ってたカフェ行ってきたよ!」
「どうだった?」
「パフェがめっちゃ美味しかった!」

よかった、なんて尚はいつものように爽やかな王子様スマイルを張り付けている。
今日も今日とて大人気だ。朝から晩まで誰かしらに話しかけられているんじゃないだろうか。

「そういえばさ、及川くんって彼女いたことあるの?」

身を乗りだして興味津々に尋ねる女子に、尚が少しだけ困ったように眉を下げて笑う。その笑顔はやはり女子には効果抜群らしく、少し離れた場所から見ていた女子からも「……かっこよすぎて無理」と悲鳴に近い歓声があがった。

「どうだろ」
「えー、絶対あるでしょ!」
「秘密」

秘密。便利な言葉だと思う。僕も今度何か聞かれたら使ってみよう。
でも、尚に彼女なんていたことはないはずだ。だって毎日僕と遊んでいるんだから。

「でもさ、今、近江くんと付き合ってるじゃん? その前から二人仲良さそうだけど、及川くんって、近江くん以外と遊ぶことあるの?」
「あるよ」
「嘘だぁ!」
「ほんとほんと」

嘘だ。学校でも放課後も休日も、尚はいつも僕といる。一緒にいない日を探す方が難しいくらいだ。

「でも登下校も毎日一緒じゃん。放課後とか休みの日も一緒なんでしょ?」
「ゲームしてるだけだよ」

尚は笑って流しているが、ゲームだけではない。
マンガも読むし、たまに映画も観るし、昨日なんて――。

「お前、僕んちで腹出して寝てた」

僕が尚の隣に立つと、一瞬で会話が途切れ、その場の空気に亀裂が入った。

「……ほっくん?」
「あと寝言でプリンって言ってた。プリン大盛って」
「ちょっと待って。せめて大盛りのくだりはカットしてくれない?」
「布団かけてもまた腹出してた」
「やめようか?」
「三回、布団掛け直した」
「数えなくていいから」
「ありがとうしろ」
「……ありがとう。でもこの話、もうやめようね?」

さっきまで固まっていたはずの女子たちが、くすくすと笑い声を上げる。

「及川くんそんな感じなの!? プリンって寝言かわいいし、お腹出して寝るとか子どもじゃん!」
「尚が風邪ひかなかったの、完全に僕のおかげ」
「北斗!」

尚が困り果てたような笑顔で、僕がこれ以上余計な黒歴史爆弾を投下するのを阻止してくる。
尚は普段僕をよくからかう。だから僕も知っている真実を話す。お互い様というやつだ。

「っていうかお家行ってるの!? それもう実質同棲じゃん!」
「違うって!」

再び爆笑が巻き起こる。尚は苦笑いを浮かべたままだ。尚が女子たちと五分以上話すから、王子様の化けの皮が一瞬で剥がれたんだ。本性がバレたくなければもっと早く話を切り上げればよかったんだ。

「ねぇ、じゃあさ、近江くんは彼女いたことある? いろんな女の子と遊んでるって聞くし」

一人の女子が涙を拭って笑いながら僕を見た。
……僕が女子と遊び歩いているって噂、まだ健在だったのか。

「ない」
「えっ、ほんと!?」
「うん。女子と遊んだこともない」
「えー!! モテるのに意外なんだけど!」

女子たちは顔を見合わせて驚いているが、モテるのは尚みたいな奴のことを言うんじゃないだろうか。
……しまった。僕もさっきの「秘密」を使おうと思っていたのに、うっかり素直に「うん」と答えてしまった。そこだけもう一回やり直したい。もちろんそんなタイムリープができるはずもなく、また別の女子が「でもさぁ」と僕と尚を見比べてニヤニヤと笑った。

「近江くんって、及川くんが誰かと話してると絶対来るよね」
「わかる。てか、今も二人とも近すぎじゃない?」

近い? 尚を見上げようとしたら、身体がぐわんと傾きかける。

「あー、ほら。ほっくんこっち」
「尚、危ない」
「危ないのはほっくんだよ」

呆れた声とともに、尚の手が僕の腰のあたりに添えられた。

「最初からそうしろ」
「最初からそうしてたの。相変わらず態度でけぇな」

口ではそう言いながらも、尚の手は僕の腰から離れようとしない。だから僕もそこに体重を預けることにする。

「ねぇ、待って!? ナチュラルにイチャつきすぎじゃない!? 及川くんも当たり前に受け入れすぎ!」

松風の拡声器ボイスに負けないくらいの大きな声が飛んできたと思えば、さっきまで笑っていた女子たちは目をぱちくりしながら僕と尚をガン見てしていた。

「ほっくん昔からこんな感じだから」
「昔から……。二人が付き合ってるって半分は信じてなかったけど……こんなの絶対ガチじゃん」
「近江くんって、ほんと及川くんのこと好きだよね」

好き。

その二文字だけが、妙に耳の奥に引っかかった。
好き。
尚を?
僕が?

「付き合ってるの分かってるけど、もし及川くんが誰かに取られたら嫌?」
「嫌」

女子から投げかけられた問いに、考えるより先に口が動いていた。
僕が即答した途端、「…………え?」とその場の空気が完全に凍りつく。
尚まで目を丸くして、信じられないものを見るような顔で僕の方を見たまま固まっていた。

「当たり前だろ」

尚はゲームが強い。映画もマンガも詳しい。一緒にいて楽しい。取られたら困る。だから嫌だ。
それだけのことなのに。
どうして、誰も何も言わないんだろう。
さっきまで騒がしかった教室も廊下も、昼休みだというのにしーんと静まり返っている。
……あれ、時止まった?

「めちゃくちゃ大好きかよ!!!!」

静寂をブチ破ったのは、松風のバカデカい絶叫だった。
その声を合図に、その場にいた女子たちも、教室の中にいたクラスメイトたちも「ぎゃははははは!」と大爆笑が巻き起こる。

でも、尚だけは笑っていなかった。
遠い目をして天を仰いだあと、片手で乱暴に顔を覆う。

「……ほっくん」
「ん?」
「頼むから……もうその辺にして」
「なにが?」
「……もういい」

尚は深いため息をついた。機嫌が悪い……わけではなさそうだ。
尚が顔から手を離した時、口元が少しだけ緩んでいた。よく見たら耳の先がほんのり赤い。
なんなんだ。やっぱり尚って変な奴だ。

しばらくの間、クラス周辺は祭り状態と化した。
松風は市橋たちと大声で、「ビーーッグラブ!!!」と叫びながら、意味の分からない謎のダンスを舞っている。近藤の「純愛! 純愛!」という意味不明な合いの手きで。
女子たちも「ばり尊い」「まじ萌えるんだけど」と好き勝手にきゃあきゃあ騒いでいる。

……何がそんなにおかしいのだろう。ぼんやりと眺めていたら、

「ほっくん、五限始まる前にジュース買いに行かない?」

と尚が僕の顔を覗き込んできた。まだ耳の先はほんのり赤い。

「僕メロンソーダ。尚が買って」
「はいはい」

尚はどうしてかひどく疲れたように笑って歩き出した。
僕もその隣に並ぶ。
いつも通り。それなのに――。

好き。

その二文字だけが、頭の中でぐるぐる回る。

『好き』って、なんだろう。
さっき「嫌だ」と答えたのは嘘じゃない。
尚が僕以外の誰かと帰るのも、誰かとゲームをするのも、誰かと映画を観るのも。誰かの隣に立つのが当たり前になるのも。
考えただけで、胸の奥が少しだけもやもやする。

後ろの教室の方からは、「ビッグラーーーーブ!!」という叫び声が再び聞こえてきた。
……ビッグラブって、なんだ。

恋愛の好きと、ゲームが好きの好きは違うのだろうか。
尚が好きと、プリンが好きは同じなのだろうか。

分からない。
……分からないから、余計に気になって仕方がない。