幼馴染と離れられないのは、呪いじゃなくて恋のせいでした

小学校に上がってすぐの頃だったと思う。

『北斗くん、一緒にかーえろー!』

クラスの女の子が北斗のTシャツの裾を引っ張っていたが、北斗は相変わらず死んだ目と無表情で、「今日は尚と帰る」とだけ答えた。

『えー、また尚くん?』
『約束だから』

それだけ言って、北斗は俺の方へ歩いてくる。

『帰ろ』
『うん』

その時、胸の奥がぎゅっと締め付けられて、少しだけくすぐったくなった。
……あれ? なんだこれ。北斗が俺を選んだから?
違う。そんなの今まで何百回、何千回とあったことだ。
なのにその時は妙に嬉しくて、嬉しくてたまらないくせに、顔が熱くてたまらなかった。

その日の夜。自分の部屋の布団に入って、考えた。
考えて。
考えて。

『……俺、ほっくんのこと好きなんだ』

誰もいない部屋で小さく呟いた瞬間、顔から火が出るほど熱くなって、勢いよく布団を頭まで被った。
人生で一番恥ずかしかったその夜の感覚を、俺は今でも鮮明に覚えている。

十年以上経った今でも、あの夜生まれた熱は一度だって冷めていない。
冷めるどころか、日に日に大きくなって胸を焼き焦がすばかりだ。もう自分でも止められないことくらい、俺が一番よく知っている。

「及川くん!」

放課後の廊下で呼び止められる。手には見慣れた封筒。

「これ、受け取ってください!」

泣いている時間より笑っている時間が増えて、笑顔でいることが当たり前になったのは、いったいいつからだったか。
その頃から、毎日のように誰かに告白されるようになった。今日だけで三人目だ。
俺は笑顔を崩さない。「ありがとう」と丁寧に受け取って、ちゃんと頭も下げる。
周りから見れば、『爽やか王子様』だなんて思われているらしいが、俺はそんな出来た人間じゃない。

女子の姿が見えなくなった瞬間、「……ごめん」と誰にも聞こえないほどの小声で呟いき、封筒はそのまま近くのごみ箱へ落とした。
こうやって渡されたものの中身は読まない。読む必要もない。
『好きです。付き合ってください』と、気持ちを伝えられるだけで、書かれている内容は全部同じだ。手紙での告白に、わざわざ自分から出向いて返事をするほど、俺は優しくない。
だから、下駄箱に入れられる大量のラブレターも、大抵のものは中身も見ずに処分している。
たぶん誰にもバレていないはずだ。

「及川くん! 好きです!」

翌日もまた、別の女子に呼び止められる。
直接告白されればその場で断って終わるから、手紙を渡されるよりは幾分マシだが、いい加減毎日繰り返される告白には心底辟易していた。

それでも高校に入ってから、告白される回数は格段に減った。俺がいつでもどこでも北斗とべったり一緒にいるせいで、周囲に「あいつら付き合ってんじゃないの?」という噂がうっすらと流れていたから。

「ごめん」
「……どうして?」
「好きな子がいるから」
「その人って……」
「秘密」

秘密というか、当の本人が何も分かっていない。

あの日、移動教室から戻った時に机の引き出しに入れられていた白い封筒。教室で人目もあったからすぐに捨てるわけにはいかず、中身を見れば『放課後、体育館裏に来てください』と丸い文字で書かれていた。
行く気はなかったが、放課後、「帰ろう」と声をかける前に北斗の姿が消えていた。リュックは机の横にぶら下がったままだから、すぐに戻ってくるだろうと、俺は仕方なく体育館裏に向かった。

そこには北斗がいて。同時に同じ女子から告白されたときは本気で驚いた。
けど、咄嗟に口から出た「俺ら付き合ってるから」という嘘。噂にあやかってやろうなんて自分自身への言い訳で、本当は脳内が決闘で埋まっている北斗が、俺の言葉に頷くって分かっていたからだ。ずるいのは分かっている。

全校生徒に「二人が付き合ってるのはガチ」という噂が決定づけられた時、正直ラッキーだと思った。
北斗はモテる。本人にその自覚が全くないのも、「付き合う」の意味をいまだに理解していないのも恐ろしいが、北斗が女子からの告白に「尚と付き合ってるから無理」と真顔できっぱり断っている姿を見た時、俺の心臓がどれほど跳ね上がったことか。

「尚」

廊下で女子が見えなくなり、教室に戻ろうとしたら聞き慣れた声がして、振り向けば北斗が無表情で立っていた。

「早く帰るぞ」

高校生になっても北斗は変わらない。俺のことを褒めたことなんて一度もないし、優しいこともほとんど言わない。ましてや甘い言葉なんて絶対に言わない。
でも――。

「ん」
「……俺のリュック持ってきてくれたの?」
「ゲームの続きするんだろ」
「そうだね。ありがとう。じゃあ行こっか」

ん、と頷いて北斗が俺の隣に並ぶ。本当は北斗のこういう何気ない優しさも、「尚」と呼ぶ声も全部俺だけのものにしたい。
そんな自分勝手でドロドロした独占欲を、俺は毎日爽やかな笑顔で隠している。
当の本人は、俺のこんな気持ちなんて一ミリも理解していないんだから、本当に罪深い奴だ。

「ほっくん」
「その呼び方やめろって何回言えば分かるんだ」
「ほっくん」
「……殺すぞ」
「怒ってる?」
「怒ってない」

知ってる。本気で嫌がっていないことも、俺だけにこの呼び方を許してくれていることも。それから――北斗の前で余裕があるフリをするのに必死で、いつもからかって誤魔化してしまう俺自身の情けなさも。

「僕もお前のこと変な呼び方するからな」
「例えば?」
「…………」
「思いつかなかった?」
「うるさい」

そう言って北斗はプイと顔を背け、少しだけ足早になる。
俺はすぐに歩幅を広げて、北斗の真横へと滑り込んだ。

「そういえばさ」

俺が道端の植え込みを指さすと、北斗もつられて同じ方を見る。

「ミミズパスタ」

そのワードを言った瞬間、北斗の足がぴたりと止まった。
俺の泣き虫エピソードは楽しそうにするくせに、この話はちょっとした地雷らしい。北斗が始めたことなのに意味が分からない。その意味の分からなさすら愛おしいと思ってしまう俺は、本気で重症だ。

「もう一皿いく?」
「掘り返すな」
「食べる?」
「黙れ。次言ったら本当に殺すぞ」
「ミミズを?」
「お前を」
「俺? ほっくんに殺されるの?」
「そう。僕に」
「そしたら、ほっくん朝一人で起きなきゃだね」
「……それ、は……困る」

ずるいだろ、それは。毎朝俺がどんな気持ちで北斗の部屋に行って、起こしてあげているか知りもしないで。
極めつけは「殺すぞ」とか「黙れ」とか平気で乱暴な口調を使うくせに、一人称だけは昔からずっと「僕」のまま。
そのアンバランスさが反則なんだ。――相変わらず、可愛い。
……本人は絶対認めないだろうけど。
北斗が「僕」と言うたびに、たったそれだけなのに、俺の中の何かがぐちゃぐちゃにかき乱される。

「ほっくん」
「やめろって何回も言ってんだろ」
「好き」
「ん?」
「……好き嫌いの話」
「僕ピーマン嫌い」
「知ってる」

危ない。北斗の返事があと一秒遅かったら、本当に全部吐き出していた。
「好き嫌い」の好きじゃなくて。十年以上胸の奥に飲み込んできた方の、「好き」を。

十年以上好きでいても、本人は今日も何一つ気づかない。
でも、それでいい。
……それでも、北斗の隣だけは、誰にも渡すつもりはない。