幼馴染と離れられないのは、呪いじゃなくて恋のせいでした

教室へ入ると、尚はまたたく間に数人の女子に囲まれる。
我がクラス……いや、我が校における日常の風景である。

「及川くんおはよう!」
「おはよ」
「及川くんがこの前教えてくれた映画、すっごく面白かった!」
「早いね。もう観てくれたんだ」
「ねぇねぇ及川くん! この動画のネコ超かわいいから見て!」
「うん、ありがとう。あとでじっくり見るね」

人気者は朝から多忙を極めている。女子たちは入れ代わり立ち代わり、予鈴が鳴る直前まで尚に様々な話題を振りまいていた。

そして、その人気ぶりは昼休みになっても健在だった。

「及川くんちょっといい?」

廊下から尚を呼び出したのは、少し大人びた雰囲気の他クラスの女子のようで。教室の入口で何やら真剣に話し込んでいる。尚は時折、「うん」「そっか」と優しく相槌を打っていた。

僕はパンを持ったまま、その様子をぼんやり眺めていた。すると、ふいに尚がこちらを振り返り、僕と目が合う。
そして、ふわりと柔らかく笑ってみせた。
……よかった。機嫌も完全になおっているし、元気そうだ。

でも、尚はすぐに女子の方へ向き直ってしまう。
……いくらなんでも長話が過ぎるのではないだろうか。さっきまで僕と尚は、ネットで『ツチノコの最新目撃情報』と『手作り罠の設計図』を真剣に漁っていたんだ。それより優先すべき大事な話が、この世に存在するのだろうか。

気づけば僕は、身体が勝手に動いていた。

「ほっくん? どうしたの?」

尚の声にハッと我に返ると、僕はいつの間にか尚と女子生徒の『ちょうど中間』に割って入っていた。尚は目を丸くして僕を見つめ、女子生徒は「えっ……」と困惑の表情を浮かべている。

「尚、ザリガニ怖くて泣いてた。小四のとき」
「……ほっくん?」
「え、及川くんが……!?」
「あと、雷怖くて泣いてた。僕にしがみついてきた」
「ちょっと待とうか、北斗。なんでその話を今チョイスした?」
「あと注射――」
「まだ続ける気!? だいたい、雷も注射も真顔で耐えられるのは世界中で北斗だけだからね!?」

尚がひきつった営業用スマイルで制止してくるが、僕の暴走機関車は止まらない。普段さんざん僕をからかって遊んでいるのだから、事実を陳列しているだけの僕に落ち度はないはずだ。

「あと、ブランコから落ちて吐いた」
「それほっくんじゃん」
「違う。尚だ」
「もの凄い自信満々に俺に押し付けるじゃん。小二の時、俺のTシャツに胃液ぶちまけたのはほっくんだよ」

おかしい。僕の脳内で巧妙な記憶の改ざんが行われていたらしい。いや、尚が勝手に歴史を書き換えたのだろうか。
最初は戸惑っていた女子だったが、いつの間にかクスッと楽しそうに笑い出していた。

「二人って幼稚園からずっと一緒なんだよね?」
「そう」
「ほんと仲良いね~」

そう言われ、尚は困ったように肩をすくめてみせる。

「腐れ縁ってやつ」

腐ってはいないと思う。尚は昔からこんな感じだ。
よく笑う。
すぐ僕をからかう。
ゲームが異常に強い。
あと、僕だって決して背が低いわけではないのに、なぜか尚の方が背が高い。幼稚園の頃からずっとだ。

「じゃあ私、そろそろ戻るね!」

女子は満足そうに手を振りながら、自分の教室へと戻っていった。
尚は彼女が見えなくなるまで見送り、それからくるりと僕の方を振り返る。

「……ほっくん、助かった」
「なにが?」
「……いや、すごくベストタイミングだった」

そう言って、尚は嬉しそうに目を細めてニヤニヤと笑っている。昨日の不機嫌さが嘘のように、今の尚はなんだか猛烈に機嫌が良さそうだ。

「今日は機嫌がいいな」
「……そう見える?」
「うん」

尚は一瞬だけ目を丸くすると、「ほんと、ほっくんって面白い」と、より一層楽しそうに笑った。

面白いことなど何ひとつ言っていないのに。本当に理解に苦しむ奴だ。
でも、昨日みたいに笑っていない尚より、今みたいに笑っている尚の方が、ずっといい。