幼馴染なので、付き合ってることにしました

放課後、体育館裏に呼び出された。

決闘である。

絶対、負けない。
僕は静かに、しかし激しく闘志を燃やしていた。

「ほっくんじゃん」

聞き慣れた声に振り向くと、家が隣の幼馴染、及川尚(おいかわしょう)が立っていた。
ネクタイを少し緩めて、手をひらひら振っている。

「その呼び方やめろって言ってんだろ」
「えー、可愛いじゃん」
「可愛くない」
「可愛いって」
「可愛くない」

応酬する僕に対し、尚はいつもみたいにニコニコ笑ったまま、首を傾げた。

「で? 何してんの?」
「決闘」

僕が答えた瞬間、尚はぴたりと動きを止めた。メデューサって本当にいるのかもしれない。

「今日、呼び出された」
「誰に」
「知らない」
「……知らない相手と決闘すんの?」
「たぶん」
「怪我するって。やめとけ」
「返り討ちにしてやる」
「その自信どっから来んの」
「全身」

さっきまでのニコニコはどこへやら。尚は完全に呆れて、苦笑いを浮かべている。
でも、「売られた喧嘩は買え」ってじいちゃんが言ってた。だから僕の血はすでに滾っているんだ。

「……勝算ある?」
「ある」
「どれくらい」
「たくさん」
「相手女子だったら?」

……女子。
それは完全に想定外だった。

「謝る」
「はぁ……」

尚は深い深いため息をつきながら額に手を当てた。

「ほっくんそれ見せて」

言われるがまま、僕は手に持っていた封筒を「ほら」と差し出した。
表には僕の名前。中には白い紙が1枚。

『放課後、体育館裏に来てください』

以上。

「決闘だろ?」
「違う」
「違う?」

尚は何か言いかけて、今度は自分のブレザーのポケットに手を入れた。そして、僕の目の前に『あるもの』を突きつける。

「これ」

尚の手の中にあったのは、僕が持っているものと全く同じ封筒。同じような丸い字。

「お前も呼び出されたのか」
「そうだけど」
「安心した」
「なんで」
「二対一になる」
「ならない」
「なる」
「ならないって」
「勝率上がる」
「だから決闘じゃないんだって」
「じゃあ何」
「それは――」

「あ、あのっ!」

尚の言葉を遮るように、すぐ近くから小さく震えた声が飛んできた。
僕たちは同時に振り向く。

そこに立っていたのは、女子だった。

両手でスカートの裾をぎゅっと握りしめている。
……緊張している。決闘前だからだろうか。もしかして、武者震ってやつか?

「あの……!」

女子は僕と尚を交互に見たあと、一思いに叫んだ。

「好きです!」
「うん」

「「え?」」

なぜか尚と女子の声がハモった。なぜ二人して驚いているんだろう。
好き嫌いの話なら、僕だって頷く。僕も好きな食べ物はたくさんある。コーラグミとか。

「及川くんも……近江(おうみ)くんも好きです!」

「え?」

今度は僕が声をあげる番だった。思わず尚を見る。尚も僕を見た。
いや、意味がわからない。

「俺ら全然系統違うけど」

尚が困ったように眉を下げて笑う。今までに何人も女子を倒してきたやつだ。

「なあ、決闘は?」
「ほっくん、一回黙ろうか」

尚に遮られた。真面目に戦いへ挑もうとしている僕に対して失礼な奴だ。
女子は顔を真っ赤にして、ついに涙目になりながら叫んだ。

「その……どっちでもいいので、お付き合いしてください!」

「どこに――」

同行すればいいんだ、と聞き返そうとした瞬間だった。

僕の視界が、尚の大きな手のひらで覆われた。
むぐっ、と間抜けな声が出る。

「無理。ごめん」

尚は僕の口を容赦なく押さえたまま、女子に頭を下げた。

「どうしてですか……?」
「俺ら、付き合ってるから」

……?

「ね?」と、視界を塞ぐ尚の手が少しだけ緩み、至近距離で爽やかスマイルのまま、僕の顔を覗き込んできた。
尚が言うなら、そうなのかもしれない。僕はコクコクと首を縦に振った。

女子は「そんな……」と小さく呟き、泣きながら走り去っていった。
静かになった体育館裏に、蝉の鳴き声だけが響く。

「……付き合ってたのか、僕ら」

ようやく解放された口を動かして、尚に問いかけた。
すると尚は一瞬、本気で吹き出しそうになりながら、お腹を抱えて笑いだした。

「今さら?」
「知らなかった。じゃあ昨日、お前んちでアイス食ったのもセーフか」
「いや、それは元からセーフだろ」
「そうなのか」
「そうだよ」

「えっ、お前ら今まで付き合ってなかったの!?」

突如、横の植え込みから声がした。
振り返ると、お調子者のクラスメイトの市橋(いちはし)とやたらと声がデカい松風(まつかぜ)が、心底驚いた顔で口をあんぐりと開けて立っていた。

「僕も今日知った」
「いや意味分かんねぇよ!」

二人の盛大なツッコミが体育館裏にこだまする。

付き合う。
つまり、一緒に行く、という意味だろうか。でも僕と尚は、もともとずっと一緒だ。今さら同行する場所が増えるとも思えない。

「ほら帰るぞ、北斗(ほくと)
「ん」

前を歩き出した尚の背中を、僕はいつものように追いかける。

高校二年の夏。
僕は幼馴染と付き合うことになった。……らしい。