【本音測定器】学年一の氷の王子が、俺の前でだけゴールデンレトリバー(大型犬)の尻尾を振りちぎっているんだが!?

すべての始まりは、三ヶ月前の小さな事故だった。 自転車で派手にすっ転んで、ちょっと鎖骨を折って、頭を強打した。 意識を失って病院に運ばれた時は大騒ぎになったらしいが、幸い、精密検査の結果は『異常なし』。
「どこも悪くないですよ。ただの打撲です」 
とお医者さんに太鼓判を押されて、俺――高橋日向(たかはし ひなた)は無事に退院した。  脳みそに異常はない。 はずだったのに。 
「ひなた! 大丈夫!? どこか痛むところはない!?」 
退院して我が家に帰った瞬間、血相を変えて飛び出してきたお母さんの頭を見て、俺は硬直した。 お母さんの綺麗な茶髪の間から、もっふもふの、薄茶色をした『ポメラニアンの耳』が突き出ていたからだ。お尻のあたりからは、丸くて可愛い尻尾がちぎれそうなほど超高速回転している。 
「……え、お母さん何それ、コスプレ?」
「は? 何言ってるのよ、頭の打ちどころが悪かったの!?」  
パニックになる俺を、お父さん(頭にピンと立った柴犬の耳)とお姉ちゃん(頭にプルプル震えるチワワの耳)が真顔で宥めてくれた。 どうやら、このもふもふが見えているのは俺だけのようだった。  
それから三ヶ月。学校生活の中で、俺は自分の目に起きたバグのルールを完全に理解した。 俺の目には、『自分に対して、嘘偽りのない100%本気の好意を抱いている人間』の犬耳と尻尾が見える。 お世辞で「親友!」と言ってくる奴の頭はツルツルのままだが、密かに俺を「いい奴だな」と思ってくれている友達の頭には、フレンチブルドッグやパグの耳がピコピコと可愛く揺れる。 つまりこの目は、人間の『言葉の裏の本音』を容赦なく暴き出す、世界一正確な【本音測定器】なのだ。  
前置きが長くなったが、そんな特異体質にもすっかり慣れてきた、高校二年の秋のこと。 期間限定の『文化祭実行委員会』のメンバーに選ばれてしまった俺は、放課後の教室で、ペアを組むことになった『アイツ』を待っていた。  ガラリ、と引き戸が開く。 そこに立っていたのは、氷崎蓮(ひざき れん)。  学年一のモテ男で、いつも不愛想。他人に興味がなさすぎて「氷の王子」なんて呼ばれているイケメンだ。今日も彫刻みたいな端正な顔をギチギチに無表情に強張らせて、こちらに歩いてくる。 
「高橋。……これ、買い出しのリスト」  
低くて冷たい声。威圧感たっぷりに、ツンとリストの紙を突き出してくる。 普通の男子なら「あ、ありがと……」と引き下がるところだ。  だけど、今の俺には――丸見えだった。  氷崎の綺麗な黒髪の間から、もっふもふの、家族の誰よりも巨大な【ゴールデンレトリバーの耳】が突き出て、嬉しそうにペタペタと大暴れしている姿が。 さらに制服のズボンの後ろからは、極太の尻尾が「ドボボボボボ!」と風切り音を立てて、残像が見えるほどの超高速で振りちぎられているのが……!! 
「……早く受け取れ」  
相変わらず声は北極並みに冷たい。 だけど、ゴールデンレトリバーの尻尾は嬉しすぎて今にも教室の机をなぎ倒しそうな勢いだ。 (嘘だろ……こいつ、俺のこと死ぬほど好きなの!?)  学年一の氷の王子の鉄仮面の裏側。 俺へのラブで、とっくに限界突破してやがった。






「(待て待て、落ち着け俺。嘘やお世辞じゃこの耳は絶対に生えない。ってことは、氷崎はマジで俺にガチの本気ってことか……?)」
心臓がバクバクと嫌な音を立て始めるのを隠しながら、俺は恐る恐るリストの紙を受け取った。 指先がほんの少しだけ触れる。 その瞬間、氷崎の巨大なゴールデン耳がピクンと跳ね上がり、恥ずかしそうにパタンと後ろに垂れた。 
「……サンキュ。あのさ、氷崎くん」
「……なんだ」  
相変わらずの重低音。だけど、視覚的なもふもふ情報が凄すぎて全然怖くない。 せっかくの文化祭委員会だ。前世のことは知る由もないけれど、俺を大好きな大型犬(中身)が目の前にいるなら、ちょっと仲良くなるために仕掛けてみてもいいかもしれない。 俺は少しだけお尻を浮かせ、氷崎の顔を覗き込むようにして、わざと笑顔で言ってみた。 
「これから一ヶ月、一緒に頑張ろうね。俺、氷崎くんとペアになれて実は結構嬉しいんだ」
どうだ、と内心ニヤニヤしながら反応を待つ。 すると、氷崎の黒髪の間の耳が「ピコピコピコッ!」と狂ったように波打ち、ズボンの後ろの尻尾が『ブォォォン!!』と空気を震わせるほどの猛烈なスピードで回転し始めた。 よし、大成功! 尻尾大爆発だ!思わず心の中でガッツポーズをしかけた、その時だった。
 「……そうか」 
氷崎が、一歩、前に踏み出してきた。 学年一のモテ男であるアイツの身長は185センチ以上。対する俺は165センチ。 一瞬で視界が氷崎の影にすっぽりと覆われる。 端正な顔が無表情のままグイッと近づいてきて、俺の手首を、大きくて熱い手がガシッと男らしく握りしめた。 
「っ……!?」
「俺も、お前とやりたかった。……足、引っ張らないようにする」
低くて、どこか鼓膜に響くような声。 氷崎の切れ切れの瞳が、至近距離で真っ直ぐに俺の目を射抜いている。 耳は真っ赤。だけど、その目つきはワンコなんかじゃなくて、完全に『一人の男』のそれだった。
「あ、うん……よろしく……」
握られた手首から心臓まで、一気に熱が駆け上がる。 顔面が沸騰しそうなほど赤くなるのが分かった。手を振り払うこともできず、ただただ氷崎の圧倒的な男らしさに気圧されて硬直するしかなかった。


◇ 「あーーーーーっ、もう無理!! 絶対に俺の目がバグってる!!!」  その日の夜。 俺は自分の部屋のベッドで、枕に顔を埋めてのたうち回っていた。  昼間の出来事が、頭の中で何度も何度もリフレッシュされて消えてくれない。 手首を掴まれた時の、骨張った大きな手の感触。 見下ろしてきた時の、心臓が跳ね上がるほど格好よかった氷崎の顔。
「な、なんで男相手にこんなにドキドキしてんだよ俺……っ!」
犬耳(本音)が見えるのをいいことに、ちょっとからかってやろう、コントロールしてやろうなんて思っていた自分がバカだった。 あんな耐性ゼロの自爆をするなんて、格好悪すぎる。布団を頭まで被り、バタバタと足を暴れさせる。 だけど、暗闇の中で思い出すのは、最後に手を離した時の氷崎の姿だ。 顔は相変わらず死ぬほど不愛想だったくせに、頭の上のゴールデン耳は、寂しそうにきゅ〜んとへたれて、俺のことをもの凄く愛おしそうに見つめていた。
「……可愛すぎるだろ、反則だろあんなの……」
本音丸見えの『氷の王子』と、仕掛けたクセに秒で返り討ちに遭った俺。 文化祭までのあと一ヶ月、俺の心臓は一体どうなってしまうんだ――。