精気を吸われた村の中では徐々に異変が進んでいた。
近くの男性たちが噂話をしているのが聞こえてくる。
『淫夢を見せられたのか現実だったのか分からねー』
『それな。俺も一緒だ』
『五股というヤリt……最強最悪モテ男のアランが女遊びをしなくなったそうだ』
『マジかよ』
『美少女のパンチラがない小説に興味はないと言ってたトニーが階段の下から吹き上げる風でスカートがめくれる女子達に見向きもしなかった。小説ではなく哲学書を読んでるぞ』
『チラ見すらしないなんて一大事だな』
こんなくだらない会話が聞こえてきて、うんざりし始めたタープ。
気持ちを切り替えてミキを追う手順を考え始めていたその時。
頭上からよく知った声が降ってきた。
『お疲れタープ。相変わらずの玉砕だな』
今まで会話していた横にいるメガネっ子が目を見開いて声を発した彼を見る。
僕が顔を上げてみれば、スラリとした体型の大柄の男性が一人。
彼は村の冒険者ギルド・マスターであり――幼い頃から世話になった、僕が最も気を許している尊敬すべき人だ。
「……うるさいですよマスター。玉砕とか言わないでください」
「毎日恋心溢れる顔で話しかけにいってたのに、そのことごとくが空振りに終わって、とうとう余所者に取られた挙句、強がる姿に俺は同情を禁じ得ないよ。なぁメグミ」
メグミと呼ばれたメガネっ子は何故か怒りにも似た顔をしてギルドマスターを睨んでいた。
「空振りでも失恋した訳じゃないです。ミキとの付き合いは続いてるからいいんですよ。それより、どうしてミキが村を出るのを止めてくれなかったんですか」
『傍から見てればミキは寝取られて自分の行いを恥じ、村を去っただけだ。きついようだが、これで気持ちも晴れただろ。あれだけシカトされてよく心が折れなかったよな、お前。もういいだろう』
呆れたように言った顔をするマスターだが、その奥には憐れみというより悲し気な心遣いが込められていた。村の貴重な戦力である冒険者を気遣う立場であり、タープが逆の立場だったなら、彼も同じような慰めをしたかもしれない。
タープがミキに恋心を持ち、片想いで苦しんでいたことは皆が知る所となっていた。ミキは才能もさることながら天真爛漫な性格をしており、村の男子たちにはやたらモテた。いつも食事に誘われ、デートの申し込みも日常的にあり、タープがいくら邪魔をしても『タープじゃ役不足だ』と笑われていた。
「マスター、いくらミキが裏切ったと言っても、僕は彼女と幼馴染です。救いたい。心が傷ついているのなら慰めてあげたいんですよ」
『なぁ、タープ。あいつは確かに村への裏切りだった。冒険者ギルドも無視できないほどに。村人たちから非難されても仕方がない部分はあった。でもな、タープに何も言わずに村を出て行ったのも事実だ。何も残さずに去って行った女を追い続けるのも如何なもんかと思うんだよな』
「ギルドへもどこに向かったとは言っていなかったのですか?」
『ああ』
「……」
タープは黙ってしまった。ギルドマスターは色々なところに目が利く。ミキに何があったのか。ただタープへの恋心や愛情があったとかまでは分からなかった。
『メグミもいるぞ……』
ギルドマスターはチラっとネコミミ女史へ目をやる。
『ミキは去ったが、村の仲間はここにいる。タープを慕う女も複数いるだろ、ミキのことを想うなとは言わんが、他の女性にも目を向けたらどうだ? まぁミキが村を出てから日も浅く少し早いが、俺から言えることは失恋は他の恋でカバーできるもんだぞ。メグミとか』
それを聞いたメグミが怒り出した。
『マ、マスター! 何をおっしゃっているんですか! 私とタープさんとはそんな関係じゃありません!』
タープはあんぐりして呆けてしまった。ギルドマスターは何を言っているのか? 何を言い出しているのか? メグミもどうして顔を真っ赤にして怒り出しているのか。何となく気持ちは分かる気がするが、今はミキの動向が重要で、タープの気持ちや恋人関係などは全く趣旨の違う話ではないか。
だが、こうも考えられないだろうか? 無理やりに他の女子とくっつけてミキを追わせないように作為しているとか。タープがミキを追いかけると都合が悪いものがあるのだろうか。
(いやいや、考えすぎだ。ただ幼馴染の裏切りに遭った僕を慰めているだけだろう)
実はその通りだった。
色恋沙汰に不器用なマスターは、ミキへの失恋を癒すにはタープが誰かと恋仲になれば村に居続けてくれると考えたようだ。
『タープさん、たぶんですが、ミキさんはエルソンの逆へ行ったと思います』
「なるほど、僕が救援を求めに行ったのはエルソン。だから逆へ行ったと」
『はい。女だから何となく分かるんです』
「そっか……」
『ミキさんは今、物凄く後悔していると思うんです。タープさんと顔を合わせられないほどに』
そこでマスターが再度口を挟んできた。
『離れれば離れるほど、幼馴染と再会したときの喜びが増すからいいんだろうよ』
『ちょっとマスター、口を挟まないで下さい!』
『ああ、わるいわるい』
会話をし始めて結構な時間が経った。ホワイトボアのステーキ定食は冷めてしまっている。
空腹の時に食べる料理が一番美味しいように、離れてしまった想い人に久しぶりに会えば一転して恋人レベルにまで仲良くなれるなら、それは最高に嬉しい事に違いない。
『マスター、私もタープさんと一緒にミキさんを追いかけていいでしょうか?』
『うむ』
「えっ?」
マスターはそれを聞いてにっこりと笑った。
メグミの好きな男性がタープと知っていたから雑に扱うつもりはなかった。メグミは恋心を隠し続けていたがマスターたち冒険者ギルドの職員たちには丸わかりだったのだ。メグミは恋心がバレても彼女自身は存外悪い気はしない筈。これはこれでいいとマスターは心の中で諸手を挙げて喜んだ。
『メグミと一緒に行ってこい。そしてミキの心を救ってこい』
「ちょ、ちょっと待ってください。話が急でついていけませんよ」
『……』
「メグミちゃんと旅の宿泊時に何かあったらどうするんですか」
『お前も知っての通り、今この村では精気を吸われた男たちが性欲を失うっていう珍しい現象が立て続けに起こってるんだがな? 二人だけで宿泊したって大丈夫に決まってるだろ』
『ちょっとマスター、そうはいっても私たち最初からそんなんじゃありませんから』
こんな恥ずかしい話をいきなりされると、その気まずさは筆舌に尽くしがたい。
「いや、何も起きてなくても僕は恋人でもないメグミちゃんに何もしませんし」
『え……はい、もちろんです』
そりゃあもちろん美少女であるメガネっ子ことネコミミ女史メグミと仲良く旅できるならそれが一番いいけれど、未婚の女子、それも冒険者ギルドで大切にされているメグミと一緒だなんて、よく許そうとしている。何か裏でもあるんじゃないかと訝しむタープ。
『きっとミキは自殺を考えている。あんなことがあったんだ、当然だろう。心は冷え切っている筈だ。俺や女子職員ではその心を溶かすことは出来なかった』
「ミキが自殺を考えてるんですか!?」
『そうだと思う』
『私もそう思います』
あれは事件解決後、ミキが親しく慕っている幼馴染を裏切ったと認識した時だった。ギルドマスターや女性職員らがミキに声をかけても、冷たくしょっぱい反応しかしなかった。目には光が無くなり、ずっと俯いていた。目からは涙が零れ落ちていた。
その後、ギルドが知らないうちに村人たちからミキは裏切り者だと非難を浴び、心をすり減らしていた。その傷つき死にそうな心をどうにか甘く溶かすことができないか試行錯誤をするのだって冒険者ギルドとしての価値があるのだ。
『ミキはB級冒険者だ。貴重な人材を失うわけにはいかん』
なんてことをタープに語ってみせると、彼の表情が明らかに変化した。
『タープさん……』
「急いでミキを追いかけたいと思います」
こうしてメグミとタープは一緒に旅をすることになった。
◇
会話を終え、冒険者ギルドを後にした。
一人になると、ふと頭にある出来事が浮かび上がる。
メグミは明日朝には出発の用意をして合流してくれることになった。
馬車ではなく徒歩の旅にした。エルソンへの旅路で路銀が少なくなっているからだった。メグミもお金を出すと言ってくれたし、ギルドマスターも公費から少し分けてくれた。
しかしタープの心の中にはくすぶり続けている葛藤があった。いくら自分を助けるためだとはいえ、他の男性に抱かれた(らしい)幼馴染を今まで通りに愛せるのかという最大の課題。あの時の宿泊先での通話のやり取りが耳に残っていた。
(あれ、してる最中だったよな……今まで通りにミキと接することが出来るのだろうか?)
独りぼっちになってしまったという気になり凹むタープだった。
近くの男性たちが噂話をしているのが聞こえてくる。
『淫夢を見せられたのか現実だったのか分からねー』
『それな。俺も一緒だ』
『五股というヤリt……最強最悪モテ男のアランが女遊びをしなくなったそうだ』
『マジかよ』
『美少女のパンチラがない小説に興味はないと言ってたトニーが階段の下から吹き上げる風でスカートがめくれる女子達に見向きもしなかった。小説ではなく哲学書を読んでるぞ』
『チラ見すらしないなんて一大事だな』
こんなくだらない会話が聞こえてきて、うんざりし始めたタープ。
気持ちを切り替えてミキを追う手順を考え始めていたその時。
頭上からよく知った声が降ってきた。
『お疲れタープ。相変わらずの玉砕だな』
今まで会話していた横にいるメガネっ子が目を見開いて声を発した彼を見る。
僕が顔を上げてみれば、スラリとした体型の大柄の男性が一人。
彼は村の冒険者ギルド・マスターであり――幼い頃から世話になった、僕が最も気を許している尊敬すべき人だ。
「……うるさいですよマスター。玉砕とか言わないでください」
「毎日恋心溢れる顔で話しかけにいってたのに、そのことごとくが空振りに終わって、とうとう余所者に取られた挙句、強がる姿に俺は同情を禁じ得ないよ。なぁメグミ」
メグミと呼ばれたメガネっ子は何故か怒りにも似た顔をしてギルドマスターを睨んでいた。
「空振りでも失恋した訳じゃないです。ミキとの付き合いは続いてるからいいんですよ。それより、どうしてミキが村を出るのを止めてくれなかったんですか」
『傍から見てればミキは寝取られて自分の行いを恥じ、村を去っただけだ。きついようだが、これで気持ちも晴れただろ。あれだけシカトされてよく心が折れなかったよな、お前。もういいだろう』
呆れたように言った顔をするマスターだが、その奥には憐れみというより悲し気な心遣いが込められていた。村の貴重な戦力である冒険者を気遣う立場であり、タープが逆の立場だったなら、彼も同じような慰めをしたかもしれない。
タープがミキに恋心を持ち、片想いで苦しんでいたことは皆が知る所となっていた。ミキは才能もさることながら天真爛漫な性格をしており、村の男子たちにはやたらモテた。いつも食事に誘われ、デートの申し込みも日常的にあり、タープがいくら邪魔をしても『タープじゃ役不足だ』と笑われていた。
「マスター、いくらミキが裏切ったと言っても、僕は彼女と幼馴染です。救いたい。心が傷ついているのなら慰めてあげたいんですよ」
『なぁ、タープ。あいつは確かに村への裏切りだった。冒険者ギルドも無視できないほどに。村人たちから非難されても仕方がない部分はあった。でもな、タープに何も言わずに村を出て行ったのも事実だ。何も残さずに去って行った女を追い続けるのも如何なもんかと思うんだよな』
「ギルドへもどこに向かったとは言っていなかったのですか?」
『ああ』
「……」
タープは黙ってしまった。ギルドマスターは色々なところに目が利く。ミキに何があったのか。ただタープへの恋心や愛情があったとかまでは分からなかった。
『メグミもいるぞ……』
ギルドマスターはチラっとネコミミ女史へ目をやる。
『ミキは去ったが、村の仲間はここにいる。タープを慕う女も複数いるだろ、ミキのことを想うなとは言わんが、他の女性にも目を向けたらどうだ? まぁミキが村を出てから日も浅く少し早いが、俺から言えることは失恋は他の恋でカバーできるもんだぞ。メグミとか』
それを聞いたメグミが怒り出した。
『マ、マスター! 何をおっしゃっているんですか! 私とタープさんとはそんな関係じゃありません!』
タープはあんぐりして呆けてしまった。ギルドマスターは何を言っているのか? 何を言い出しているのか? メグミもどうして顔を真っ赤にして怒り出しているのか。何となく気持ちは分かる気がするが、今はミキの動向が重要で、タープの気持ちや恋人関係などは全く趣旨の違う話ではないか。
だが、こうも考えられないだろうか? 無理やりに他の女子とくっつけてミキを追わせないように作為しているとか。タープがミキを追いかけると都合が悪いものがあるのだろうか。
(いやいや、考えすぎだ。ただ幼馴染の裏切りに遭った僕を慰めているだけだろう)
実はその通りだった。
色恋沙汰に不器用なマスターは、ミキへの失恋を癒すにはタープが誰かと恋仲になれば村に居続けてくれると考えたようだ。
『タープさん、たぶんですが、ミキさんはエルソンの逆へ行ったと思います』
「なるほど、僕が救援を求めに行ったのはエルソン。だから逆へ行ったと」
『はい。女だから何となく分かるんです』
「そっか……」
『ミキさんは今、物凄く後悔していると思うんです。タープさんと顔を合わせられないほどに』
そこでマスターが再度口を挟んできた。
『離れれば離れるほど、幼馴染と再会したときの喜びが増すからいいんだろうよ』
『ちょっとマスター、口を挟まないで下さい!』
『ああ、わるいわるい』
会話をし始めて結構な時間が経った。ホワイトボアのステーキ定食は冷めてしまっている。
空腹の時に食べる料理が一番美味しいように、離れてしまった想い人に久しぶりに会えば一転して恋人レベルにまで仲良くなれるなら、それは最高に嬉しい事に違いない。
『マスター、私もタープさんと一緒にミキさんを追いかけていいでしょうか?』
『うむ』
「えっ?」
マスターはそれを聞いてにっこりと笑った。
メグミの好きな男性がタープと知っていたから雑に扱うつもりはなかった。メグミは恋心を隠し続けていたがマスターたち冒険者ギルドの職員たちには丸わかりだったのだ。メグミは恋心がバレても彼女自身は存外悪い気はしない筈。これはこれでいいとマスターは心の中で諸手を挙げて喜んだ。
『メグミと一緒に行ってこい。そしてミキの心を救ってこい』
「ちょ、ちょっと待ってください。話が急でついていけませんよ」
『……』
「メグミちゃんと旅の宿泊時に何かあったらどうするんですか」
『お前も知っての通り、今この村では精気を吸われた男たちが性欲を失うっていう珍しい現象が立て続けに起こってるんだがな? 二人だけで宿泊したって大丈夫に決まってるだろ』
『ちょっとマスター、そうはいっても私たち最初からそんなんじゃありませんから』
こんな恥ずかしい話をいきなりされると、その気まずさは筆舌に尽くしがたい。
「いや、何も起きてなくても僕は恋人でもないメグミちゃんに何もしませんし」
『え……はい、もちろんです』
そりゃあもちろん美少女であるメガネっ子ことネコミミ女史メグミと仲良く旅できるならそれが一番いいけれど、未婚の女子、それも冒険者ギルドで大切にされているメグミと一緒だなんて、よく許そうとしている。何か裏でもあるんじゃないかと訝しむタープ。
『きっとミキは自殺を考えている。あんなことがあったんだ、当然だろう。心は冷え切っている筈だ。俺や女子職員ではその心を溶かすことは出来なかった』
「ミキが自殺を考えてるんですか!?」
『そうだと思う』
『私もそう思います』
あれは事件解決後、ミキが親しく慕っている幼馴染を裏切ったと認識した時だった。ギルドマスターや女性職員らがミキに声をかけても、冷たくしょっぱい反応しかしなかった。目には光が無くなり、ずっと俯いていた。目からは涙が零れ落ちていた。
その後、ギルドが知らないうちに村人たちからミキは裏切り者だと非難を浴び、心をすり減らしていた。その傷つき死にそうな心をどうにか甘く溶かすことができないか試行錯誤をするのだって冒険者ギルドとしての価値があるのだ。
『ミキはB級冒険者だ。貴重な人材を失うわけにはいかん』
なんてことをタープに語ってみせると、彼の表情が明らかに変化した。
『タープさん……』
「急いでミキを追いかけたいと思います」
こうしてメグミとタープは一緒に旅をすることになった。
◇
会話を終え、冒険者ギルドを後にした。
一人になると、ふと頭にある出来事が浮かび上がる。
メグミは明日朝には出発の用意をして合流してくれることになった。
馬車ではなく徒歩の旅にした。エルソンへの旅路で路銀が少なくなっているからだった。メグミもお金を出すと言ってくれたし、ギルドマスターも公費から少し分けてくれた。
しかしタープの心の中にはくすぶり続けている葛藤があった。いくら自分を助けるためだとはいえ、他の男性に抱かれた(らしい)幼馴染を今まで通りに愛せるのかという最大の課題。あの時の宿泊先での通話のやり取りが耳に残っていた。
(あれ、してる最中だったよな……今まで通りにミキと接することが出来るのだろうか?)
独りぼっちになってしまったという気になり凹むタープだった。



