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「テメー、今度あんなことしたらはっ倒すからな」
講義を終えて大学を出て。上野駅までの道を歩きながら、俺はできる限りのドスをきかせて鷹谷に言った。
「まだ怒ってんのかよ。何もなかったんだしいいだろ」
「ノンキなこと言ってんな! 見られてないって保証もねーんだぞ!」
(気づいたけど見て見ぬふりをしたやつがいるかもしれない。もしもそいつが友達に話したりして、拡散されたら──)
想像するだけで背筋がおののく。
「変な噂が広まったりしたらどうすんだよ……!」
不安と恐怖に、斜め提げしたショルダーバッグの肩ひもをぐっと握り込んだ。
横目でそんな俺を見下ろし、鷹谷はこれ見よがしにはぁっと大きく息を吐く。
「アンタ、こないだのカフェでもやたら周りの目気にしてたけど、なんでそんなにゲイバレビビってんの」
「は? ビビるだろそりゃ」
時代が変わってきたとはいえ、マイノリティであることに変わりはない。偏見や奇異の目で見るやつは絶対にいる。
(ていうか……この感じで言うってことは……)
今の口調は、いかにも『俺は気にしないけど』というニュアンスだった。今さらながらの疑問が再燃して、迷いつつも俺は尋ねてみる。
「……ちなみにちゃんと聞いてなかったけど、おまえもゲイなのか?」
「だな」
あっさりと返事が返ってきた。
(……そうか、同じ側なのか)
(まぁ、ある程度予想はしてたけど……確定すると、それはそれで……)
静かな驚きとともに、居心地がいいような悪いような、なんとも言えない感情がじわじわと広がった。
同じ生きづらさを抱える同族。その中にはもちろん、俺のように隠そうとせずオープンな生き方をする人もいる。否定なんかしないし、むしろ勇気があるなと思うけれど……。
「おまえはオープンにしてんの?」
ためらいながらも重ねて問うた俺に、鷹谷はちらりと目を向けてからすぐにまた正面を見て、
「わざわざ知り合い全員に説明してはないけど、頑なに隠してるわけでもない。そういう話題が出て聞かれたら普通に答えるし、やりたいことやってて、そのせいでバレんならそれでいい」
淀みのない口調で淡々と答える。重くも軽くもない、ただ事実を告げているだけの声だ。
「別に悪いことしてるわけじゃねーんだし、ビクビクする必要なくね?」
(……わかってるよ、んなことは)
俺だって恥じることだとは思っていない。だけど、それでも。
「俺はそんなふうには考えられない。実際世の中にはまだ理解できない人もたくさんいて、気にせずに受け入れてくれる人ばかりじゃないんだ。波風立たせないに越したことない」
「波風って。そんなの話す前からわかんねーだろ。ちゃんと話したら理解してくれるかもしんねーし、受け入れてほしいならわかってもらえるまで話せばいい。それでも駄目だったら、その人とはそこまでの関係だったってことじゃねーの」
「……!」
つまらない論争だと一笑に付すような口ぶり。呼吸が詰まって、カッと腹の奥が熱くなった。
「簡単なことみたいにベラベラしゃべりやがって……」
(ああ、そうだよ。おまえの意見だって正論だよ。けどな、口で言うほど容易いことじゃねーだろ)
現に今だって、同族のはずの俺たちですらこうして意見が嚙み合わない。
そう、よく知ってるんだ俺は。同じだとしても、同じ方向を向いてずっと一緒に歩いていくのはそんなに簡単じゃないってこと。
2年前の夏に痛感した。失って、泣いて。
(こんなに痛いなら、もう恋なんていらないって──決めたんだ)
「おまえにとってはそうだったとしても、俺には違うんだよ! 自分ができるからって俺にまで押し付けんじゃねー!」
一息にまくしたて、気づくと怒鳴り終わった後だった。鷹谷がレンズの奥から、丸い目で俺を見ている。
「……桧並サン」
「あ……ご、ごめんっ……」
(ヤバい、言い過ぎた)
完全に冷静さを欠き、往来でバカでかい声を張り上げてしまった。
(鷹谷だって悪意で言ってるわけじゃねーのに……)
「悪かった。……押し付けてるのは俺もだよな。別鷹谷を否定したいわけじゃなくて……」
「いや……俺も、女寄ってくるのが面倒でバイトのこと隠してるし。似たようなことしてんのに、偉そうに言って悪かったわ」
スッと視線を外して鷹谷も謝る。口調はあまり変わらないものの、気まずげな空気は隠せない。
「……それとはまた別だろ。おまえが謝んな」
(ほんとに……なに後輩にムキになってんだよ、みっともねー)
微妙な間が生まれたが、あまり立ち止まっている時間はないのでどちらからともなく再び歩き出す。
会話がなくても不自然でない程度に電車が込み合っていて、俺はひそかにほっとしていた。



