はしたないのはオレの前だけ


 ●〇●〇


「……よかった、ハッピーエンドで!!」
「あーおかしかった。笑い嚙み殺しまくって腹いてーわ」

 映画館を出た俺はいまだ収まらない感動の涙を拭い、その横で鷹谷も目尻に滲んだ涙を拭っている。

「……おまえな。笑いすぎなんだよ」

 こいつの涙はそのせいだ。

「笑うだろ。泣かねーつった数分後にはもう泣いてたし、アンタマジ可愛すぎ」

(俺だって我慢しようと思ってたけど、無理だったんだからしょうがねーだろ!)

 切望した奇跡の展開もあって、結局思う存分泣いてしまった。おかげで失態をさらした恥ずかしさや悔しさはあれど、妙にすがすがしくもある。

(ていうか、そうだ。さっきの……)

 どこかに歩き始めた鷹谷を追いつつ、俺はそのコートをつまんで引いた。

「さっき言ってたの、どういうことだよ」
「さっきって?」

 鷹谷は足を止めずに軽く振り返る。俺は横に並んで続けた。

「だから、俺が涙もろいの知ってたって……」
「別にそのまんま。アンタ、休憩室で誰かが前の晩にやってた映画の話とかしてんの離れたとこで聞いてるだけで、思い出してちょっと涙ぐんでるじゃん。『はじめてのおつかい』とか保護猫世話する系のテレビの話とかも、そそくさ逃げるか話題変えようとするし」
「!」

(そ、そんなことまでバレてんのかよ……)

 『だろ?』と問うような意地の悪い目線を向けられて、俺はとっさにぷいっと顔を背けるしかない。

「……あーそうだよ。俺はそういうの思い出しただけでも泣いちまうから避けてんだよ」

(子供が健気に頑張る姿とか無理だし。ただの猫映像なら究極の癒しだけど、保護猫世話するのは最後に飼い主探して別れるくだりがあるからな! そんなん考えたら秒で泣くだろうがよぉっ!)

「で、ああいう感動系ですぐ泣くだろうから、泣き顔見たくて連れてった」
「はあっ!? あの作品にしたのもわざとだったのかっ!?」
「うん」
「うん、じゃねー! 性格悪いわおまえ! 泣き顔見たいってどんだけサドだよ!」

 よくもまぁ、こんなにあっけらかんと言えるものだ。やっぱりこいつ、俺をいじめたいだけなんじゃないのか。
 鼻息荒く罵るも、鷹谷は相変わらずの平然とした態度で肩をすくめ、

「怒んなよ。いい話だったじゃん。映画も家では観てんだし、感動して泣くの、悪い涙じゃねーだろ」
「それは……そうだけどっ……」

(まぁ、単に俺がこいつに醜態さらすことになったのがハズいだけ、って言っちまえばそうなんだけどさ……)

「詫び兼ねて、次も奢るから」
「次?」

 そういえば相変わらず明確な目的地がある様子で、鷹谷は交差点を渡り、左折し……と進んでいる。

「どこ行くんだ?」
「映画の後はお茶だろ。カフェ行く」
「……定番だな」
「だからそういうデートをしてんだって。そこも予約してるから」
「え、カフェを?」
「うん。予約なしでも入れるけど多分すげー並ぶ」
「は……そんな人気のカフェなん?」

 首を傾げる俺には答えず、鷹谷は「もうちょいだから」と歩いていく。ほどなくして、白を基調としたレトロな外装の路面店が見えてきた。鷹谷が言っていた通り、行列もできている。

「はっ……こ、ここはっ……!?」

(知ってる! こないだ雑誌で見た!)

 六本木に本店のある高級ショコラトリーが、初めて出店したチョコレートスイーツ専門のカフェだ。ショコラトリーのチョコは1粒で弁当が1個買えるくらいの値段なので学生にはめったに手が出ないけど、カフェのほうは比較的リーズナブルで、連日大盛況とか……。

「好きだろ、チョコ」

 言いながら、鷹谷は行列の横を抜けて店の入口に直進していく。
 行列の多くは女子だ。男2人の俺たちに視線が注がれるが、意に介する様子もない。

「……それも知ってんの?」
「うん。基本甘党、特に好きなのがチョコ。違った?」
「……合ってる」

(これも大っぴらにはしてないんだけどな……。バイトでも、疲れてる時とかテンション上がらない時は気晴らしでたまにこそっとデザート食べてたし、それ見られてたか?)

 さっきの休憩室での話を聞いたら、もう信じるしかないな、とは思っている。

(鷹谷が俺のこと見てたっての……ガチだ)

 少なくとも、隠していたことを見抜かれてしまう程度には。

「いらっしゃいませー!」

 カランとドアベルを鳴らして店内に入り、鷹谷は店員に予約名を告げた。予約済みでも5分ほど待ったが、ほどなくして席に通される。

(うわ、中もやっぱほとんど女子……カップルも何組かいるけど……)

 男2人組は現状俺たちだけだ。そしてここでも、四方から遠慮のない視線がグサグサと突き刺さってくる。

(まぁそりゃ目立つか。鷹谷がこの見た目だし……俺もそんなに悪くはないはずだし?)

「人目気になんの?」

 メニューをめくりながら鷹谷が尋ねてきた。

「なるだろ。男2人でこんな店、あんま来ないし……」

(デート……って、思われんのか? 俺たち、そういう関係だって……)

「気にしすぎ。見られてようが何思われてようが、他人だろ」

 アホらしいと言わんばかりの口調で斬り捨てられる。ついムッとして俺は眉根を寄せた。

「他人だけど、どこかで俺らの知り合いに繋がるかもしんねーじゃんか。俺もおまえも一応、SNSで顔出ししてるキャストなんだし。おまえ自分のファンの多さわかってんだろ?」
「だったら、もし何か言われたらリサーチってことにすればいい」
「リサーチ?」
「市場調査。うちだってスイーツ出してんだから」
「あ……たしかに」

 いざという時の言い訳として、それは非常に使える理由だ。

「安心した? じゃもうこの話終わり」

 ふっと息を吐きながら言い、鷹谷が俺の分のメニューをずいっとこちらに寄せてくる。

「早く決めろよ」
「お、おう」

 俺はメニューに視線を落とした。途端、現金にもギュインッと心が昂る。

「うっわ、どれもうまそー……!」

(オペラにガトーショコラ、ブラウニー……パフェとかもあんのか!)

「今の一押しはこれみたいだな」

 鷹谷が別に1枚差し込まれた、期間限定品のメニューを滑らせてくる。『11月まで限定・秋のショコラパフェ』という、なんとも豪勢なチョコパフェだ。

(栗も芋も大好きだぜっ! うまそうすぎる……!)

「お、俺、これにするっ」
「ん。俺にはあんま甘くなさそうなのとコーヒー、適当に頼んで」
「え……って鷹谷、もしかして……」
「甘いのそんな食わない」
「……マジか」

(ってことは、この店、完全に俺のためだけで……?)

「な、なんかわりぃな」
「なんで? 俺が連れてきたくて来たんだし」
「けど……」
「アンタがうまそうに食ってりゃそれでいい。てかホント、いちいち気にしぃだな」

 切り上げるように告げ、鷹谷はテーブルに置いてある呼び出しボタンを押す。
 すぐに店員が来たので、俺は自分のパフェと、鷹谷には一番甘くなさそうなシフォンケーキのセットを頼んだ。

(俺がうまそうに食ってれば、か)
(……なんつーか、すげー久しぶりに言われた感じのセリフ)

 俺がどこかの男と向かい合う時は、いつもセックスっていう目的が目の前にあって。お茶や酒や会話なんて、その目的のための準備段階でしかなくて。
 笑いかけてくる目の前の男も、自分の欲望を満たすことしか考えてない。

(俺は抱かれる側だし、甘い言葉や優しい言葉を囁いてくれる相手も山ほどいたけど……)

 底にあるのは打算と下心だ。でもそれを承知で、俺もニコニコしていた。いつも。

(けどこいつは……俺の笑顔を見るためだけに、ここに来たんだ)
(クソ……なんか……なんか……)

 ──むずがゆくて、頬杖をついてじっとこちらを見る鷹谷の顔を見返せない。

「……あんま見んな」
「無理。見るために会ってんのに」
「遠慮ねーんだよ。穴あくわ」
「ハ、何それ可愛いー」
「~~~~っ、だからそういう……!」
「あー、はいはい。来たんじゃね?」

 鷹谷が頬杖を崩して背筋を伸ばす。

「お待たせいたしました~!」

 店員が注文したメニューをサーブし、にこやかに去っていった。

「でか。全部食えんのそれ」

 面白そうに口元をゆがめながら、鷹谷がカトラリーケースから出したスプーンを渡してくれる。

「余裕だわこんなもん」

 例によって甘いものを見ると心が躍る俺は、さっきまでの困惑を軽く引きずりつつも頬が緩んでしまっていた。

(うー、とりあえず食うか。うん、食おう)

 いただきますと唱和し、まずはてっぺんのチョコソースがたっぷりかかったソフトクリームを口に運べば……

「うっっっっっま!!」

(うわ、何このコクヤバッ! 濃っ! 上質なチョコの味がする! 上品!)

 パクパク食べ進める俺の前で、鷹谷もちょびちょびとケーキを口に運びながら目を細める。

「よかったな」
「……!」

(マジで嬉しそうな顔してやがる……)

 多分それは、今まで俺が見た中で一番優しくて、柔らかい笑顔で。

「……うまいからな」

 また、妙にむずがゆい何かに胸をくすぐられながら、俺は夢中でパフェを食べ続けた。
 ──こんなに冷たいのに、この体の奥がぽわんと温かいような感覚はちっとも収まらねーな、なんて考えながら。



「じゃあ、また連絡する」

 カフェを出て、繁華街を少しぶらぶらして。
 日が沈んで少しした頃に、鷹谷は駅前で解散を告げた。

「線違うからここでバイバイでい? 送ったほうがよかったら送るけど」
「いらねーよ、女の子じゃあるまいし」

(……晩飯は食わねーんだな)

 と、少しだけ思ったものの黙っておく。言ったら一緒に食べたがっているみたいに聞こえるかもしれないし。

「明日1限目からだろ。寝坊すんなよ」

(あ。それで夜はなしなのか……?)

「……だからなんで俺のカリキュラムまで頭に入ってんだよ、おまえは」
「今さら」

 クスリと笑って、鷹谷は駅のほうへと体を向けた。歩き出そうとするその横顔を、俺は思い切って呼び止める。

「あっ、た、鷹谷!」
「……何?」
「えと……きょ、今日は、ありがと」

 ヒヨッて断り切れなかっただけで、楽しみにしてたわけじゃなかったし。それなのに礼を言うなんて、なんだか悔しい気もするけど。

(でも……こいつが俺のためにあれこれ準備してくれてたのは間違いないもんな。それに、実際……)

「その……腹立つこともあったけど、楽しかったわ」

 だから一応、俺もきちんと。最後にもう一度、「サンキュ」と告げた。
 鷹谷はほけっと、意表を突かれたように俺を見下ろす。けれどすぐ、滲むような微笑みがその顔に広がった。

「どういたしまして。俺も楽しかった」

 ふわりと軽い声で答えて、今度こそ駅へと歩いていく。
 俺は乗り場が離れているので同じ駅でも別方向なのだが、なんとなくその背中を見送っていた。

「……本当に普通のデートだったな」

 本人に伝えた通り、映画では大泣きさせられたし、ムカつく発言も随所にあった。
 けれどやっぱり、総合的には楽しくて……。

(あいつも楽しかったって言ってた)

 口先だけには聞こえなかった。これまで見たことのなかった笑顔も、たくさん見たし。

(こういうことがしたかったんだとしたら……もしかしてあいつって、案外いいやつなのか……?)

 隠し撮り写真をネタに脅してくるようなやつだし、『俺が好き』の度合いも目的も、まだ掴み切れないけど。

「……本気、だったりするのか……?」

 トクッ、と、深いところで音が響く。

(だとしたら……それはそれで、困るけど)
(だって俺は……)

「……あーっ、やめっ。考えててもわかんねぇっ。帰ろっ」

 雲の上を行くようなどこかふわふわした足取りで、俺も人波を縫って歩き出した。