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──そして週末、日曜日の午後。
「……はぁ。結局おとなしく来てる俺もなんなん……」
待ち合わせ場所の駅前広場で、俺はどんよりと肩を落とす。
もちろん、やっぱり断ることも、当日ブッチすることも考えた。かーなり悩んだ。
(けどなぁ。あの画像あるし、ほんとあいつ何するかわかんねーもん……)
真意がつかめなさすぎて、ヒヨッて来たというのが正直なところ。
時刻は約束の7分前だ。そのうちあいつも来るだろう。来てしまったからには……無事に終わることを祈るしかない。
(ま、まぁ、するのは『普通のデート』だっつってたし……何する気かしんねーけど……)
「お、早」
その後、約束の3分前に鷹谷は現れた。
今日はホワイトデニムに黒のハイネック、薄手のロングコートというモノトーンコーデ。どうやらこいつは色柄物より、こういう落ち着いた服が好みのようだけれど……
「ええ……」
「どした?」
ぽかんとその顔を見上げる俺に、鷹谷が目をすがめる。
そう、今日は両目が見えていた。顔を隠すように下ろしていた前髪をセンターで分けている。眼鏡もない。
バイトの時は髪をオールバックにしていて、服装もあってカッコいいながら硬いイメージがあるのだが……
(おいおい……これじゃただのナチュラル爆イケ大学生じゃん……)
「……ここ数回、会うたびにビジュ違いすぎて脳がバグ起こしてんだよ」
「……あー」
納得しつつも、どうでもよさそうな声を出す鷹谷。前髪に軽く指で触れて、
「まぁ、デートだし」
(……一応見た目にも気を遣いましたってことか?)
「やっぱ学校でのカッコがデフォなわけ?」
「デフォとか考えたことねー。場に応じて変えてるだけ」
「はぁ……眼鏡かけてない時はコンタクトなん?」
「いや、裸眼」
「え、なくても見えるってこと?」
「少し悪いだけだから大体は見えてる。ないと厳しいのは授業の時くらい」
(……そうなのか)
「でもこないだ外でもかけてたよな。なんでずっとかけてんだよ。やっぱバイトバレないように変装してんの?」
「それもあるし、あとは女避け」
「へ……」
さらっと出た言葉に、俺はワンテンポ遅れて口をひん曲げた。
(イケメンめ……そりゃ大学でこのカッコしてたら女の子が群がるだろうよ。店でもこの顔で一番人気を……)
ついジト目で卑屈モードに入りそうになっていると、鷹谷がくるりと身をひるがえした。
「それより行くぞ。遅れる」
「えっ、あ……」
(遅れるって、予定決まってんのか?)
「なぁ、俺今日何するか全然聞いてないんだけど」
速足の鷹谷を追いながら後ろ姿に問う。すると鷹谷は、左手に見えているビルの上層を指差した。
「まずあそこ」
(……映画館?)
「映画観んの?」
「デートの定番だろ」
「まぁ……」
(……本当に『普通のデート』する気なのか……?)
鷹谷はためらいのない足取りでスタスタと歩いていく。ビル6階までエレベーターで上がり、人で賑わうロビーに入った。
2フロアに分けて8つのシアターを有している映画館で、上映作の看板やポスターが随所に出ている。そのうちひとつの前で鷹谷が足を止めた。
「これ観るから」
ポスターにざっと目を走らせた俺は、ゴクンと喉を鳴らす。
(これは……)
テレビCMもやっているので、どんな内容か予想はついた。1950年代のアメリカを舞台にした、記憶喪失ネタを絡めた恋愛映画だ。悲恋ではなかったと思うけれど……
(これはダメ、絶対にダメ……!)
「べ、別のにしねー? 俺、こっちの──」
「チケット取ってあるから無理」
隣のコメディ映画を指差す俺の腕をむんずと掴んで、鷹谷は再び歩き出す。
「ええっ、ちょっ──!」
「ドリンク買ってくぞ。ポップコーン塩味でい?」
「いいけど──じゃなくてっ! 俺は他の作品がっ……!」
「変更不可。何度も言わせんな」
「ぐっ……」
ギロッと睨まれ、問答無用で引っ張っていかれた。チケット事前購入済みも嘘ではなく、中央やや後方の非常にいい席に納まる。
(うわ、まず……ヤバいってこれは……!)
しかし上演時間間近だったシアター内はすぐに照明が落ち、宣伝映像の後本編が始まって──
『私、あなたを忘れたくない……!』
『泣かないで、エマ。俺がきっと君を救うから』
「ぐっ……」
(クッソー、なんだよこのベタ展開。毎日少しずつ恋人のことを忘れてく切なさとか、もう使い古されたネタなんだよ。やめろよー、先も読めんだよー)
『あら、あなた……新しい庭師の方?』
『っ……、エマ……』
「ふえっ……」
(あーほら忘れた忘れた! ぐあっ……おい彼氏、なんだその顔。いい芝居すんなコラ、つらいのグッと堪えて笑うの無理すぎおまえいいヤツ過ぎん、どうなるんだよこの後思い出すよな思い出すよな奇跡起こるだろ、絶対起こるから一人で泣くなって彼氏ー!)
「うぐっ……ひっ……ずっ……」
「……桧並サン、ぐずぐずうるさい」
右隣の鷹谷が体を寄せてきて、耳元に囁かれた。
「ぐぅっ……」
わかってる。『泣くな』なのは、スクリーンの彼氏より俺だ。
「……だ、だから嫌だったんだよぉ……」
よーくわかってるんだ。自分がどれだけ涙腺ガバなのかってことは。
「お、俺……こういうの、弱いんだよ……」
両手でゴシゴシ涙を拭きながら、震える小声を漏らす。と、その手首を鷹谷が掴んで、そっと顔から外された。次いで左頬に指先が伸びてきて、鷹谷のほうを向かされる。
「うん、知ってたけど」
「え……?」
(知って……?)
呆けたように、すぐ目の前にある鷹谷の瞳を見た。
そして1秒後に気づく。今さらだが、とんでもなく顔が近い。
「中盤でこれって、クライマックスどうなんの」
ふっと苦笑して、鷹谷は両手で俺の頬を包む。そのまま、掌を滑らすように涙を拭った。
「ぇ、あ……」
(つか近い近い近いって。なになになに……!?)
さっきまでの感動とは別の昂揚で、カーッと頭に血がのぼっていく。血の巡りが倍速になったみたいに心臓が早鐘を打ち始めた。耳が熱い。
「鷹、ちょ……離して……」
じっと見つめてくる眼差しに耐えられなくて、目線を外す。そのせいか、目尻に溜まっていた涙がぽろっとこぼれた。
直後、頬に触れる鷹谷の指先にクッと力がこもる。
「……ヤバ、予想以上」
独り言のような囁きが落ちて、さらにその顔が近づいて──
「たか──」
さっき涙が伝った左頬に、温かく濡れた何かがピトッと触れた。少しざらついた感触が、涙をすくい取るように下から上へゆっくりと動いていく。
(は……な、舐められてる……!?)
「な……な……」
「しょっぱ」
呆然自失で固まっている俺を見ながら、鷹谷は至近距離でまた小さく笑った。
「っ……な、何し……舐めっ……」
「アンタが可愛い顔するから」
(してねーわ!)
叫びそうになるのをかろうじて堪える。鷹谷は何事もなかったように体勢を戻して正面を向いた。
「もっと泣いてくれていいけど、声は頑張って抑えろな」
「もう絶対泣かねー……!」
(泣いたら、また何されるかわかったもんじゃねー!)
強い決意を込めて俺もスクリーンに向き直る。
──十数分後には怒涛のクライマックスが来て鼻水垂れる勢いで泣いてしまったけど、極力声は我慢した。
鷹谷は肩を震わせて笑っているだけで、幸い舐められることはなかった……って、いいのかどうかよくわからんけど。



