12月中旬。鷹谷と付き合い始めて1週間ほどが過ぎた。
漣には鷹谷と恋人になったことも伝えた。
バイトを辞めるかもしれないと思っていたけれど、無責任なことしたくないし面白みも出てきたし、迷惑でなければ続けたい、と言われてOKした。正直、鷹谷は嫌がるかと懸念したけれど──
『周りに誰がいようが、もうよそ見させねーし』
と、えらく自信満々に言ってのけた。もちろん俺だってよそ見なんかしない。
そんなわけで、まだ若干の気まずさはあるけれど今も一緒に働いている。
俺と鷹谷は大学やバイトの後に互いの家を行き来して、関係を深めているところだ。
「揃いのマグカップとか買う?」
「うわ、ベタ」
「アンタ、ベタ好きそうじゃん」
「や、でも……」
(交際1週間でペアのカップ買うって、浮かれすぎバカップルじゃん……!)
「と、とりあえず、今回は普通に俺が欲しいの買う……」
照れ屋を発揮したのがバレたのか、鷹谷は「あっそ」と小さく笑った。
今日は鷹谷の家に泊まる予定で、雑貨店へ立ち寄って俺用の生活用品を買い足している。
「キッチン広いのも壁厚いのも俺んちだし、今後もこっちのほうが多くなりそうだな」
帰り道、人通りの減ってきた住宅街を歩きながら鷹谷が言った。
「桧並サン、声我慢できないから」
耳に顔を寄せて、悪戯っぽく付け加えられた言葉にドキリとする。
「で、できるしっ」
「こないだアンタんちでした時、全然できてなかったけど?」
「そ、そんなこと──ってか、外でなんつー話してんだよ!」
カァッと耳まで熱くなってくるのを感じて、顔を背けてごまかした。けれど腕が伸びてきたかと思うと、顎を掴んでグイッと元に戻されてしまう。
「バッカ、だから外! 触んなよ!」
「ハ、真っ赤じゃん。からかうのおもしれー」
「テメー……!」
「嘘。好きだからつい触りたくなるだけ」
「!」
ニヤついた顔から一転、いきなり優しい目になる。こういうところが本当にずるい男だと思う。
(外で甘ったるい顔すんな、このヤロー)
「……目立つようなくっつき方はやめろ」
俺はめげずにもう一度そっぽを向いてやった。
「えー、寂し」
「文句言うな」
素早く周囲に目を走らせる。近くに誰もいないのを確認して、鷹谷の手を取るとそのままコートのポケットに突っ込んだ。腕に提げている雑貨店の紙袋で見えにくい……はずだ。
「これくらいなら……いい」
「おお、進歩」
ポケットの中でしっかり指先を絡めながら、鷹谷は芝居がかった驚き声を出す。
「うるせ。俺がどういうやつか、わかってんだろ」
(『すぐに人肌恋しがる寂しがり屋』って分析したのはおまえだろうが)
(俺だってそりゃ、くっつけるもんなら……ってあー、ガチでけっこう頭バカんなってるかも)
「まぁな」
ちょっと誇らしげに言って、鷹谷は上機嫌に歩き始めた。
(でも……たしかに、進歩なのかな)
以前も今も、人目は気になる。堂々と手を繋いで歩く勇気も、関係をオープンにする勇気もまだない。
(だけど今は……いつかはそんな日が来たらいいな、なんて、少し考えてる)
まったく具体的じゃない、淡い願望くらいのもの。願うだけで、実現は無理かもしれない。
けれど俺にとっては、そんな夢を抱くようになれたこと自体が変化だ。
「クリスマス、もうすぐだな」
ふいに鷹谷が言うので、俺も近くの家の玄関に飾られたクリスマスリースを見ながら「そうだな」と答えた。
「イブ、どうする?」
「どうするっつっても、二人ともバイトだろ」
「終わってからやりゃいいじゃん」
何言ってんだとばかりに即答する鷹谷。
「終わってからって、片付けもいつもより時間かかるし、けっこう遅くなるぞ?」
目で『いいのか?』と問いかけると、これもまた、鷹谷はためらいなくうなずいた。
「普通だけど、チキンとケーキ買って家でまったりやるか。それでいい、桧並サン?」
「い、いいよ」
返す声が軽く弾んでしまう。
(そっか。クリスマス、できるんだ)
白状すれば、期待していないわけじゃなかった。でも激務になるとわかっている日の夜だし、負担をかけたくないと少し悩んでいた。
「ありがと、鷹谷。嬉しい」
笑いかけると、鷹谷は何も言わずに微笑み返して、絡めた指にキュッと力を込めた。
●〇●〇
「ええっ、これ知ってんぞっ? 人気の店じゃん! ネットショップで数量限定で、毎年数分で売り切れるってやつだよな!?」
「らしいな。キャンセル枠の二次販売で勝利した」
クリスマスイブ、バイトを終えて帰宅した鷹谷の部屋。冷蔵庫から鷹谷が出してきたケーキを見て、俺はテンション高く歓声を上げてしまう。
数日前、「ケーキは自分が準備する」と鷹谷が言い出したので、お言葉に甘えて任せていた(もちろん費用は割り勘だ、さすがにそこまで甘える気はない)。
「おまえ、甘いもん好きじゃねーのに……俺のために?」
「晴れて正式な彼氏になれたんだから、彼氏力見せとかねーとな」
「や……マジで半端なく見せつけられてるわ……」
(軽率にときめくって……)
「あ、でも、無理はすんなよな。なんでもかんでも俺に合わすとか、俺を喜ばせるとか、そんなことばっか考えなくていいから」
思えば鷹谷は映画デートの時から俺を最優先してエスコートしてくれている。甘いものも、何度も買ってくれたりしていた。
(でも俺は、されるばかりじゃなくて……対等な恋がしたい。俺もちゃんと、好きだから)
「してねーよ。俺がやりたいことやってるだけ」
言いながら、鷹谷はケーキをスマホでカシャリとやる。俺も続けて、しっかり写真に収めた。
「桧並サンこういうの絶対好きそうって、去年思ってて。片想い長かった分、アンタのためにしたかったことが溜まってんの。ま、そのうち落ち着くんじゃね」
ケーキを切り分けつつ話す鷹谷の横顔は上機嫌だ。楽しいのが伝わってきて、俺も楽しい。
「はは、そっか。じゃあ次は俺のお返しターンだな」
来年が楽しみだと思いながら、俺は帰りに二人で買ってきたチキンを温め直す。シャンパンも準備済みだ。ああ、この間新調したグラスはどこだっけ。
「──よし、バッチリ!」
ほどなくして、テーブルにはささやかなクリスマスの準備が整った。
「メリークリスマス」
乾杯して、チキンとケーキを食べて、プレゼントを渡し合って。そのうち、シャンパンでほろ酔いになってきて。
「ヤバい……なんかめっちゃ幸せ……」
飲み干したグラスを置くタイミングで、自然と口から素直な気持ちがこぼれていた。心も体もふわふわしていて、そのままテーブルに腕を置いて横向きに頭をのせる。
「桧並サンは酔った時のが素直だな」
鷹谷がクシャッと俺の髪を撫でた。指先が地肌に触れるのが、くすぐったいけど気持ちいい。
「そうやって素直に、もっと俺に甘えてよ。『クリスマス一緒に過ごしたい』も、言うの遠慮してただろ」
「う……うん」
「『会いたい』も『寂しい』も『甘えたい』も、なんでも言って。俺の前で着飾ろうとしなくていい。俺、裸のアンタを死ぬほど可愛がりたいから」
「はだっ……いや、言い方……!」
(俺も丸裸でぶつかろうとか考えたことあるけど、声に出されるとヤバい!)
ぼぼっと瞬時に顔が燃え上がる。反射的に体を起こすと、待ち構えていたようにキスをされた。シャンパンの香りが鷹谷からも伝わってきて、俺のと溶け合う。
鷹谷が俺のことを本気で好きでいてくれるのも、注ぎ込まれるように伝わってくる。
だから鷹谷とのキスはすごく気持ちよくて……心をほどいてくれる。
(たしかに……遠慮してる恋も、対等じゃないか)
そっと唇を離して、俺は両手で鷹谷の頬に触れた。
「わかった。これからはなんでも、全部言う」
鷹谷は驚いたように丸い目で俺を見つめる。瞳にはほろ酔いで目元を染め、でも真剣な表情の俺が映っている。
「でも俺、もしかしたら甘えすぎちゃうかもしんねーから……その時は鷹谷もちゃんとそう言って。俺、甘えるだけじゃなくて、俺だって鷹谷を甘やかしたいし、寄りかかってもらえる彼氏になりたい」
もう一度、自分からチュッと短いキスをして。
「おまえと肩並べて、胸張って歩いてける恋ができるように、俺、頑張るから」
心からの想いを伝えると、鷹谷はますます目を真ん丸にした。
「桧並サン……」
力尽きたようにガクッと勢いよく下を向かれて、頬をホールドしていた手が宙に残されてしまう。
(え、え!? 俺そんな困らせるようなこと言った!?)
慌てていると、再びガバッと顔を上げた鷹谷は絞り出すような声をもらした。
「あーもう、マジで好き」
「わっ……」
ぎゅっと抱きつかれ、視界が鷹谷の体にふさがれる。
「アンタが前向きになってくれたの嬉しいけど、下手したら俺、殺されるわ」
「はっ?」
(殺しませんけど!?)
「とりあえずベッド行こ。抱き潰す」
「はいっ!?」
問答無用で抱き上げられて、あわあわと手足を動かす俺。
「ちょっと、んな急に……!」
「アンタのせいだろ。ケーキのお礼におとなしく頂かれといて。──あ、おとなしくは無理か」
ドサリとベッドに降ろされ、すぐに鷹谷が覆い被さってくる。
「いっぱい甘えていいよ、桧並サン」
耳元で甘く囁かれれば、抗えるはずもなくて……。
(甘えて、甘やかして。同じくらい、どストレートなこいつに振り回される日々になりそう)
(けど……それも、悪くないよな)
性格も考え方も、真逆に近いくらい違う俺たちだから。颯月さんの言うように、いい影響を与え合っていけたらいいなと思う。
(未知すぎて、何が起こるか予想もつかないけど……とことん振り回して、振り回されてみるか)
なんとも幸せな覚悟とともに、俺はそっと目を閉じた。
〇END●



