はしたないのはオレの前だけ


 ●〇●〇


 バイトを終えて、二人で日暮里にある俺のマンションへ。
 部屋に入るなり──鷹谷は俺を抱きすくめ、キスしてくる。

「っ……、鷹谷っ、ちょっ……ここまだ玄関……!」
「桧並サン、抱きたい」
「……っ」

 ほとんど唇を触れ合わせたまま言われて、ズクンと体の奥のほうが疼いた。また唇をふさがれて、髪を梳くように差し入れられた指先が頭皮をくすぐる。
 音を立てて深いキスを繰り返して……はぁっと継ぐ、互いの息が熱い。

「家呼んどいて、今さらそのつもりないとか言わないよな」
「っ……言わない、けどっ……いきなりすぎだろ、おまえ……」

(まだ荷物すら降ろしてねーのに、熱くさせんじゃねーっての……)

 濡れた瞳でジロッと見上げると、鷹谷も挑むような眼差しを返してきた。

「どこがいきなりだよ。今日まで、どんだけ俺が我慢してきたと思ってんの」

 話しながら、鷹谷は自分のバッグを床に降ろす。斜め提げしていた俺のバッグもひょいっと奪って降ろしながら、

「好きなやつが傍にいるのになんもできねーとか、アンタの男断ちなんかよりこっちのほうが地獄の禁欲生活だったわ」
「……! そういうこと言うな……」

(そんな余裕ない目で見んなよ)
(てか、バイト後のおまえ破壊力高すぎだし、普通にクラクラすんだろ……)

 普段は鬱陶しい前髪を上げているので、顔がしっかり見えている。見惚れるくらい整ったその相貌が煽情的にゆがんで、俺を欲しがる言葉を口にする。

「でも、好きになってもらってからじゃないと意味ねーから耐えてた。俺、まだ耐える必要あんの?」

(こんなの……俺だってもう我慢できなくなる)

「……ない」
「だよな」

 言うなり、鷹谷は腰を屈めて軽々と俺を抱き上げる。背中と膝裏を支えて……ってこれ、お姫様抱っこだ。

「おまっ、なんっ……」
「暴れんな。シャワー行くぞ」

 額にチュッとキスを落とされ、俺はもうおとなしく体を丸めた……。


 ●〇●〇


「桧並サン、好き」
「ハ、かわいー」
「ほんと可愛い」

「おまえ……いっぱいそゆこと言うの、ずるい、ぞっ……」

 触れてきながら、鷹谷は『おまえ今日、角砂糖何個か飲んできた?』ってくらいの甘ったるい言葉を何度も繰り返した。
 鷹谷の素肌を感じているだけでも、もう色々限界なのに。耳からもそんな媚薬みたいなものをぶち込まれたら、たまらない気持ちになる。

「なんで? 嬉しくて気持ちくなるから?」

 耳たぶをかぷっと噛んで、鷹谷は楽しそうだ。

「そ、だよっ……」
「いいじゃん。もっと気持ちよくさせる」

 ギシッとベッドを軋ませ、鷹谷が少し体を起こした。仰向けになった俺の脚の間に右膝を突いて、真上から見降ろしてくる。

「俺が好きで、俺で気持ちよくなって、俺のことしか考えられなくなってる桧並サン、早く見たいって思ってた」

(っ……またそういうことを……)

 でも『早く』なんて言いつつも、鷹谷の指先は最初からずっと優しい。俺の受け入れる準備が整うように、時間をかけて丁寧に触れてくる。
 おかげでもう全身が熱くて、中心の熱は今にも弾けてしまいそうだ。

「……苦しい?」

 その部分を掌で包まれて、俺はビクンと腰を反らせた。今触られるのは、ヤバい。

「いいっ……そこ、しなくていいから……もう来てっ……」
「でも久しぶりだろ。一回──」
「大丈夫……鷹谷と、一緒がいい……」
「っ……」

 鷹谷の喉仏が動くのが、薄闇の中でもわかった。黒い瞳が熱情で揺らめくのも。
 そして、相手のこんな反応ひとつひとつがドキッとしたり、嬉しかったりするのも久しぶりだな、と思う。

(好きな人が俺の言葉に喜んで、欲情してる。なんか……たまんない)

「じゃあ、痛かったら言って」

 触れるだけのキスをしてから、大きな手がしっかりと俺の腰を支える。繋がる瞬間も、鷹谷はずっとキスしてくれていた。
 俺の中に鷹谷が入ってくる。お互いの境界と体温が混ざり合う。その感覚に、まぶたの奥がジンと熱くなる。

(あれ……なんか……なんか……)

「平気?」

 腰を進めながらも、鷹谷は気遣ってくれた。俺は「平気」と返しながら鷹谷の背中に腕を回す。無性に抱きつきたくなった。
 ほっとしたような鷹谷の息遣いと、ベッドの軋みが速度を増していく。
 あ、やっぱりだ。やっぱり──

「鷹谷……なんか俺……おかしいっ……」

 うわごとのように漏らすと、汗の滲んだ鷹谷の眉間が少し動く。たったそれだけの変化もたまらなく俺の欲を刺激して、心地よさの渦に溺れそうになる。

「おかしいって……?」

 一瞬心配そうにした鷹谷も、その意味をすぐに察したようで、今はもう悪戯っぽい目で顔を寄せてきた。

(おかしいよ……こんなに気持ちいいの、知らない……!)

「頭……飛び、そうっ……」

 かすれ声で訴えて、ゾクゾクと背筋を這い上ってくる感覚に耐える。油断したら意識も全部持っていかれて、言葉さえ紡げなくなりそうだ。

「おかしくねーよ」

 小さく笑って、鷹谷はグッと奥まで触れながらまた唇を重ねた。息も継げないようなキスをされながら、指や他の部分でも敏感なところを刺激されて、閉じた目の奥でチカチカと光が瞬く。抑えようのない限界がさらに近づいた。

「こういうのが、気持ちのあるセックス」

 キスを頬から耳朶へ這わせた後、熱っぽい声が囁く。

「もっと教え込むから、覚悟してて」



 ──翌朝。

「大丈夫、桧並サン?」
「……大丈夫じゃない、動けん……」

 ベッドの中でもそもそと動く俺。冷蔵庫へ水を取りに行っていた鷹谷は、「あらら」と言いながらペットボトルを差し出した。

「ま、あと1時間くらいはゆっくりできるから」
「『ま』じゃねーわ。おまえがっつきすぎ……俺には優しくしたいんじゃなかったのかよ」
「セックスは別ってことにしといて。可愛すぎてちょっと無理だった」
「っ……」

(こいつ、可愛いを免罪符にしやがって……そう言えば俺の機嫌が直ると思ってんじゃねーだろうな)

 ……まぁ実際、直る時もあるけど。

「サンキュ」

 半分くらい水を飲んでボトルを返すと、鷹谷は残りを飲み干してから再びベッドに入ってきた。剥き出しの素足を絡めてくる。お互いまだ下着姿だ。

「よくなかった?」

 腰も抱き寄せ、額をこつんとぶつけてくる。

「…………よかった」

 正直、鷹谷の言っていたことは全身で勉強してしまったな、と思っている。

(あんなに気持ちよくて、幸せで、心も体も満たされる、みたいな感じ……忘れてた)
(そもそも、好きな人と気持ちを確かめ合うためにすることなんだよな)

 どんなに体を重ねたって、気持ちのない行為では埋まらなかった、心の中の深いところ。今はそこまでが、雪解けの春を迎えたように温かい。

「その……ありがと」

(俺が諦めてたこと、忘れかけてたこと、思い出させてくれて)

 照れくささからぼそっとした声になってしまったけれど、伝わったようだ。

「矯正プログラム完了だな」

 鷹谷はふわりと微笑み、力いっぱい俺を抱き締めた。