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鷹谷からの返信は来ないまま、大学のない週末に入ってしまった。
(今週末はバイトもシフト重なってないから会わないんだよな……)
俺は日曜の午後だけ出勤。逆に鷹谷は土曜の昼間だけだ。
日曜。出勤すると、事務所に入るなり颯月さんに呼ばれた。
「こっちで話そう」
真顔でミーティングブースを指差され、嫌な予感がする。雰囲気的に、どう考えてもいい話ではなさそうだ。
座席に向かい合って座ると、颯月さんはボリュームを抑えた声で切り出した。
「昨日、タカが辞めたいって話しにきた。勝手で大変申し訳ないけど、クリスマスイベントが終わったら辞めさせてほしいって」
「えっ!?」
(辞める……!?)
あまりの驚きに、頭が真っ白になる。
そんな、まさか。休むだけじゃなく、辞めるなんて。どうして。
こま切れの感情が真っ白の中に時折浮かぶが、また消えて何も考えられなくなる。
呆然としている俺の返事を待たず、颯月さんは神妙に続けた。
「こんなこと、本当は言うべきじゃないんだけど。急な話だし、状況的にも確認はしておきたくて。トウマ、理由に何か心当たりない?」
「え……」
(なんで俺に、そんなこと……)
質問の意図を図りかねて当惑した。バイト全員に聞いているんだろうか。それとも、一緒に漣の研修を進めているところだったから?
(辞める理由は、間違いなく俺だ。でも……)
正直に話せる内容じゃない。言葉に詰まっていると、颯月さんは少しだけ表情を和らげて再び口を開いた。
「辞めたい理由、こう言ってたんだよ。『続ける意味がなくなったし、自分がいることで迷惑をかけてしまう人がいるから』って」
「!」
(もしかして颯月さん、俺たちに何かあったって気づいてる……?)
恋愛のトラブルだとは思っていないにしても、『迷惑をかける相手』が俺だと察しているのかもしれない。
(だから俺に、こんな話を……)
「……すみません。多分、俺のせいだと思います」
心を決めて、俺は頭を垂れた。
俺の言動が鷹谷を、そんなふうに考えるところまで追い込んだ。そのせいで店にも影響が出るなら、全部は話せないにしても、謝って責任を取らないといけない。
「俺がタカと揉めて……それで、辞めるっていう選択をさせてしまったんだと思います。本当にすみません。俺、その分シフト増やしますから」
「ああ、違う違う。そういう話がしたくて言ってるわけじゃないんだ」
颯月さんは慌てたように顔の前で手を振った。
「……? じゃあ……?」
(どういう話をするために……?)
ぽかんと見返す俺に、颯月さんは薄く微笑んで、
「あのね。タカは面接の時の志望動機も面白かったんだよ。なんて言ったと思う?」
「……志望動機、ですか?」
(いきなり言われても、そんな話、鷹谷としたことないしな……)
「ごめんなさい、俺にはちょっと」
「『追いかけたい人がいて、その人の傍にいたくて来ました。なので執事には特に興味ないですが、働かせてもらえるなら真剣にやるし、戦力になります』──そう言ったんだ」
「は……」
(アホなのか、あいつ)
先ほどまで心を圧迫していた重苦しさも一瞬忘れ、唖然としてしまう。
(バカ正直にもほどがあるだろ……)
「それ、顔よくなかったら絶対落としてるやつですよね……」
「はは、そうかもね。まぁ僕は面白い子だなって思って、外見関係なくけっこう気に入っちゃったんだけど」
クスクスと苦笑しながら、颯月さんは続けた。
「あの子、気持ちいいくらい言いたいことしか口にしないよね。相手がどう思うかとか配慮せずにズカズカ言うこともあるから、たまにヒヤッとするよ」
「……同感です」
「ふふ。でもさ、あの子の言葉には嘘がない。あそこまで素直に、自分を相手にぶつけられるっていうのはすごいことだよ。多くの人は、本音と建て前を当たり前のように使い分けてるのに」
「…………」
(嘘がない、か)
たしかにそうなんだと思う。誰に対してもどんな時でも、思ったままのことをきちんと口にする。不躾になる時もあるけれど……でもそれは、見方を変えればとても誠実だということで。
「正直、僕は彼が羨ましいとさえ思うよ。社会人やってると、本音をのみ込まなきゃいけないことも山のようにあるから」
口の端を苦くほころばせてから、颯月さんはふわりと優しい目になって俺を見た。
「トウマも、割と本音を内に秘めちゃうタイプだよね。環境とか空気を壊さないために、どう振る舞ったらいいかっていうのを最優先するタイプでしょ。だから、自分通すより人に合わせがち」
穏やかな口調と対照的に内容は鋭くて、思わずギクリと頬を強張らせる。
「……否定はできませんね」
シュンと肩をすぼめて答えると、颯月さんは「だよね」とうなずいた。
「二人、正反対だよね。でもだからこそ、僕は君たちって案外相性いいんじゃないかと思うんだ。お互い、いいように作用し合うっていうか」
「いいように……作用……?」
ピンと来なくて、おうむ返ししながら首を傾げる。
「当事者は気づかないかもね。正反対な分、反発するだろうし。でも……」
颯月さんの瞳に、ごくわずか悪戯っぽい光が浮かんだ。
「最近のトウマ、前より素が出てる感じがするっていうか、余分な力が抜けてていいなと思ってたんだよ。イブも同じようなこと言ってた。それってもしかしたら、タカが『追いかけて』きてくれたからなんじゃない?」
「……!」
その言葉を聞いて、俺は以前したイブとの会話を思い出す。
『近頃、ちょっと雰囲気違うからさぁ。前より人間らしくなったっていうか』
『褒めてんだよ? 前よりナチュラルっていうか、肩の力抜けたっていうか。とにかくいい感じってこと!』
(そうだ……イブにも言われてた)
(あれは学園祭のちょっと後で、俺も鷹谷の影響かもなんて思ったりして……)
忘れていた。でもたしかに、そうだ。
颯月さんの言うように、互いにいい影響を与えられていたかはわからない。俺からは何も与えられていない気もする。だけど俺はたしかに、鷹谷と疑似デートしたり学園祭を回ったりする中で、これまでできなかったことをしたりして、楽しくて……。
「僕が今こんな話をしてるのは、トウマならタカを止められるかもしれないって思ったからだよ」
穏やかな颯月さんの声に、俺はハッと顔を上げた。
「っ……颯月さん、俺……」
(ホントにあいつはどストレートで、何回もムカついたし、傷ついたりもした。でも、わかってた。颯月さんの言う通り、あいつの言葉に嘘がないってことは)
もちろん、最初からわかっていたわけじゃない。でも一緒に過ごす時間が増えて、色んな話をして……ずっと俺を好きでいてくれてたこととか、あいつの家族思いな一面なんかを知って。
だから、わかった。あいつの言葉は全部、素直なあいつの心そのままなんだって。
建前も見栄も、カッコ付けもない。嫉妬や焦燥だって、あいつはそのまま俺にぶつけてくれた。丸裸で、ありのまま。
(それなのに……今の俺は、逃げたところで止まってる)
みっともなく『苦しい』なんて訴えて、俺が鷹谷から逃げた。だったら、もう一回動かなきゃいけないのは間違いなく俺じゃないか。
(愛想つかされたのかもなんて、ビビってる場合じゃない。謝るだけじゃなくて、もっとちゃんと、全部)
俺も丸裸で、ぶつからないと。
「ありがとうございます、颯月さん。俺、あいつと話してみます」



