〇●鷹谷side●〇
パチリ、パチリ。
小さく、どれも似た形のピースがピタリとはまる時の、指に伝わってくる感触が好きだ。きちんと正解を導き出したという達成感を積み重ねていくのは心地いい。
母子家庭で、母親が不在の時には祖母が面倒を見てくれた。食事の支度中など、目をかけられない時に俺が暇にならないようにと、買い与えてくれたのがジグソーパズルだ。高齢の祖母に、タブレットやゲーム機という発想はなかった。
(最初はなんだよコレって思ったけどな。やってみたら意外と面白くて……)
結局、今も続けるほどにはまっている。
ゴールは箱に書いてある完成形で、たどり着くまでに何百という果てしない選択肢と道のりがある。それをごそごそと探り、選り分け、見抜いて正解を選び出していく。
視覚さえ働かせていれば他の知恵は必要なく、ただ集中できるのも好きだ。頭の中がごちゃごちゃしている時、パズルを進めていると不思議と気持ちが落ち着き、時には思考まで整理されていく。
だから気持ちを整理したい時にも、俺はパズルをベッド下から引っ張り出す。
もう半分ほどは完成しているので進めやすく、より好都合だ。
「……これか」
パチリ、パチリ。
色味で分けたピースの中から、これかと思うものを選び取ってはめていきながら──もう何度となく耳の奥で繰り返した言葉を、再び思い出した。
『俺だってバカだったって思ってる。けど、そういうやつなんだよ、俺は』
『俺はおまえじゃないから、おまえみたいに要領よく正解だけ選んだりできない。真剣な相手を切り捨てんの、できなかった』
『こんなふうに言われても、苦しいよ。俺がダメなんだろうけど、苦しい』
(……思いっきり、泣かせちまったな)
お人好しぶりに呆れて苛立ったが、けして泣かせたいわけでも、傷つけたいわけでもなかった。今さら言っても説得力はないかもしれないが、それはたしかだ。
(好きだから他のやつに渡したくねーし、心配だった。それだけだ)
(……これって、悪いことか?)
自然な感情だと思う。だけど──やっぱり、どこかが間違っていたんだろう。
「同じような失敗、2回目だしな……」
自分がゲイだと自覚したのは中学生の頃。所属するバスケ部顧問の男性教師にずっと憧れていたが、結婚報告を聞いた時に激しく胸が痛んで、これは憧れじゃなく恋だったんだと気づいた。
考えてみれば女性に興味や性的興奮を抱いたこともない。意識してみると目が行くのは男性ばかりで、多分そういうことなんだろうと思った。
初めて付き合ったのは高校2年の時。後輩に告白されて、俺も気になっていた相手だったから嬉しかった。
付き合ってみればそれまでの印象通り無邪気な可愛いやつで、俺なりに大事にしていたし、愛情も伝えていたつもりだった。けれど、1年くらいでフラれた。
『先輩が僕をちゃんと見てくれているように思えない。本当に僕のこと好きですか?』──そう言って。
俺は思ったことは言わなきゃ伝わらないと思っているし、だからこそすぐ口に出す。『好き』も『可愛い』も、『ずっと一緒にいたい』とかも、何度も伝えた。
だけどそれは、多分相手の求めているものとは違ったのだ。
(言葉にしたとしても、相手にそのまま届くとは限らない。きっと俺は自分の中にあるものを、ただ押し付けてるだけだったんだ)
(あの時、そう学んだつもりだったのに……結局今も同じミスをしちまったってことか)
俺は協調性のあるタイプではないと思う。人と群れたり騒いだりするのは苦手だし、日本人特有の美徳なのか知らないが、口だけの気遣いや世辞なんてものは言いたくもない。
自分が大切に思う相手だけ周りにいてくれればいい。言い換えれば、自分が大切に思う相手には傍にいてほしい。
だけど、そういう相手にも失敗してしまう。してしまった。
好きなはずなのに、あんなにつらそうな顔で泣かせてしまって。不甲斐なさすぎて合わせる顔がなく、バイトは休んでしまったしメッセージにも返す言葉がない。
(マジで……かなり好きだったんだけど)
オーキャンで出会った時に恐らく半分くらい落ちていて、入学して見つけてからあっという間に完落ちした。
(こっそり甘いもん食べたり、猫動画見て顔ほころばせてるし。かと思ったら人情系の話聞くとすぐ泣きそうになってるし。可愛すぎだろ)
アプリやバーで不特定多数の男と会っていると知った時にはかなり衝撃だった。同類だったという喜びとショックが同時に来たのだ、混乱もする。
けれど幻滅はしきれず見続けていると、段々わかってきた。それだけ、あの人は愛されることを望んでいるんだと。
男と会っている時のあの人は、何かを諦めたような顔で寂しそうに笑っているから。
多分本当は人一倍寂しがり屋で甘えたがりで、恋したい人だ。でもそれを隠して強がっている。
(仕事は真面目だし、根っこは純粋。人を疑ったり、悪く思ったりもしねーし)
ふと、ラブホで俺との『男断ち計画』が始まった日のことを思い出して笑いがもれた。
(俺がストーキングしてないって話、信じてたもんな)
実際には、ストーキングとまではいわないがあながち否定もできない。
(偶然だけで、そう何回も都合よく目撃できるわけねーじゃん)
バイト後、駅に向かわないとわかると軽くついて行ったりしたし、浅草では自分も同じ店の常連になった。
けれどあの人は、言われたことをあっさり信じる。邪推しないといえば長所だし、抜けているといえば短所だが、どっちにしろそんなところも可愛いと思ってしまうくらいには参っている。
(適当なとこで漁らねーで、俺にすりゃいいのに)
俺に本当の自分を見せてくれれば、思いきり可愛がるのに。ずっとそう思っていた。だがそれも、うまく伝えられなかった。
そもそも今こんな状態になっているのだから、俺にはそんな資格もなかったんだろう。
「……失恋、か」
胸の中に満ちた苦いものと一緒に、小さな声を落とす。
同時にボードへ押し付けたピースは、周囲のピースと綺麗に凹凸を合わせてパチリとはまった。
「こっちはうまくできんのに」
(要領よく正解だけ選ぶとか、全然そんなことねーよ、桧並サン)
パズル以外では、俺は正解を導き出すのがどうにも下手くそらしい。



