はしたないのはオレの前だけ


 〇●鷹谷side●〇


 ホールに出る桧並サンを見送って、俺はレンとパントリーに入った。
 パントリーとキッチンのどこに何があるかや、食器を下げてテーブルをセッティングするまでの流れを順に説明していく。レンはメモを取りながら真剣に聞いていた。

(……ザ・真面目って感じ)

 見た目の雰囲気からそうだろうとは思っていたが、さっきまでの研修態度を見ていても間違いなさそうだと判断する。

(頭ン中であれこれ気難しく考えてそー。そういうとこは、桧並サンと似てるっちゃ似てるか)

「ちょっとまとめます」

 メモに書き留める時間が欲しそうだったので、せっせとペンを走らせているのをしばらく眺める。
 沈黙。どうするか少し迷ったが、聞けるときに聞いておこうともう一度口を開いた。こういうのは早いほうがいい。

「再会したの偶然って、ホントっすか?」
「……え?」

 メモ帳に視線を落としていたレンが、一拍遅れて顔を上げた。質問の意図がわからず当惑しているようだ。

「桧並サンがここで働いてるの、本当に知らなかったんすか」

 追及の調子は出さない。あくまでさらりと、世間話のように。けれどとぼけられないよう、今度は率直な言葉でゆっくりと言い直す。
 レンの頬がピク、と動いた。

「……ええ。ほんとすごい偶然で、俺も驚いてて……」

(はい確定。嘘がうまいタイプじゃねーな)

「そっすか。公式サイトにもインスタにもキャストの写真いっぱい上がってるし、面接前に見てきてんじゃねーかと思ってました」
「……あー、いや、見ませんでした。俺あんまりSNSとか見る習慣なくて」
「へぇ」

 また沈黙が横たわる。忙しなく目線を彷徨わせていたレンが、耐え切れなくなったように横目で俺を見た。

「……冬真の本名知ってるんですね。2人は仲いいんですか?」

(んだよ、偵察? 意外と強気じゃん)

 それならもちろん、こっちだって。

「仲いいすよ。大学同じで、学園祭も一緒に回りました」
「……そうなんだ」

 レンはぼそりと答えて目を伏せる。
 とりあえず知りたいことはわかったので、このへんで切り上げることにした。

「メモまとめ終わったら実際に練習するんで言ってください」
「あ、はい」

 レンが再び手を動かし始める。
 その後、キッチンの隅を使って食器下げの練習をしていると桧並サンが戻ってきた。やがて閉店時間になり、今日からはレンもクローズ作業まで一緒に行う。
 全業務を終えて事務所に戻ると、目の前でレンが桧並サンにもの言いたげな目を向けていた。声をかけようとしてためらっている気配に、嫌なセンサーが反応する。

(そうはいくかよ) 

 先手必勝とばかりに、俺は「トウマさん」と呼びかけた。

「レンさんの指導スケジュール相談したいんで、少し残れません?」
「この後? そうだな、3人揃わない日もあるし計画立てとくか。いいよ」 
「じゃ着替え前にやっちゃいましょ」

 桧並サンをミーティングブースに促しながら、顔だけレンに向ける。

「じゃあレンさん、お疲れっした」
「……あ、はい。お疲れさまでした」

 微妙な間をあけてから軽く頭を下げ、レンは更衣室に入っていった。下がった肩にわかりやすく落胆が浮かんでいる。邪魔をされたというのも薄々察しているかもしれない。

(ま、それならそれでいいけど)

 新人いびりをするつもりはないが、どうしてもあいつを好意的に見ることはできなかった。

(だってあいつは、メールなんかで終わらせて桧並サンを泣かせた男だ)

 そう聞くとチャラい系のいいかげんな男にも思えるが、恐らくそういうタイプではない。それなのにメールでおしまいというのは……きっと逃げたのだ。桧並サンと向き合うことから。

(そんな意気地のねーやつに渡せるかっての)

 ブースに入る前に、俺は他に人がいないことを確認した。バイトは全員更衣室で着替え中だし、颯月さんは店内の最終チェックに行っている。

「クリスマスイベントまでには一通りできるようになっててほしいって颯月さんが言ってたから──」

 ブースに入ると、さっそくシフト表を見ながら桧並サンが話し出す。それを遮って俺は告げた。

「あの人、俺がメインで教えますよ」
「……え?」
「やりづらいでしょ、桧並サン」
「……いや、でも」

 桧並サンは戸惑うように言葉を濁した。テーブルに視線を落として数秒黙考する。しばらくすると顔を上げ、頬を引きしめて答えた。

「大丈夫だ。最初颯月さんに頼まれたのは俺なんだし、ちゃんとやるよ」
「気まずくないんすか」
「気まずい……けど、私情でこれ以上わがまま言えないし。時々鷹谷がいてくれるだけでも充分だから」

 空気が重くなるのを避けたいのか、今度は意識して作ったような顔で笑う。

「それに、今日やってみてどうにかなりそうだと思ったし。そもそも、2年も前のこと気にしてても仕方ないしな。漣だってそう思ってるだろうし」

(はぁ? どこ見てそう判断したんだよ)

「あいつがそうだってなんでわかんの。直接聞いたわけでもないのに」
「聞いてはないけど……フッたのは向こうなんだから、そうだろ。話だって普通にしてたし、あいつにとってももう昔の思い出なんだよ」
「…………」

 チッと舌打ちしたくなるのを、唇を結んで抑えた。

(ほんとこの人は……繊細なくせに鈍感とかなんなの、マジで)
(そう思いたいのかもしんないけど。疑うとか怪しむってこと知らねーのかよ)

 あいつの家や大学はどこなんだ。どうしてわざわざ執事カフェなんだ。不自然だとは思わないのだろうか。

「……だとしても、今後二人きりになるのが増えたりしたら何があるかわかんねーだろ。だから俺が──」
「ないない、ないって! 変な心配しすぎ、おまえ」

 最後まで聞こうとせず、桧並サンはぶんぶん手を振って笑い飛ばした。
 その時、ちょうど颯月さんが事務所に戻ってくる。そろそろ着替えを終えた面子も出てきそうだ。

「とにかく、俺もちゃんとやるから。ほら、計画立てんぞ」

 桧並サンにも押し切られ、それ以上は断念せざるを得なくなる。

(クソ。俺が目を光らせてるしかねーか……)

 今度は我慢できず、小さく舌を鳴らした。