はしたないのはオレの前だけ


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 数日後。この日もバイトで閉店後の店内清掃をしていると、事務所にいた颯月さんが漣を連れてやってきた。

「…………」

 近くには鷹谷もいて、掃除の手を止めて二人を見る。その眼差しがやはり険しくて内心で気を揉んでいると、颯月さんが俺を呼んだ。 

「トウマ」

(……俺だけ名指し?)

「なんでしょうか」

 困惑しつつも歩み寄った俺に、颯月さんは漣を示して話し始める。

「レンなんだけど、基本的な研修は終わったから実践に入ってもらう。それで、トウマにメンターをお願いしたいと思って」
「えっ、俺が……!?」

 つまり教育係。マンツーマンで指導するということだ。

「友達ならコミュニケーションも取りやすいだろう? レンにとってもいいと思うから」
「いや、でも……俺なんかより、颯月さんが最後まで教えたほうが……。俺ただのバイトですし……」

(コミュニケーション取りやすいどころか、顔合わすのも気まずいって!)

 そうは言えないが、なんとか回避しようと固辞する理由を捻り出す。けれど颯月さんは申し訳なさそうに眉尻を下げて、

「実は、クリスマスイベントの準備で僕の手が回らないっていうのもあって。実技指導は任せたいんだよね」
「そ、そうなんですか。でも……あの……」

(ぐぅっ……どうしよう、何か他に理由……!)

「もしかして自信がないとか思ってる? それなら大丈夫だよ。トウマのスキルは完ぺきだから、それをそのまま教えてくれればいい」
「……っ、は、はぁ……」

(ううっ、理由がない。そもそもただのバイトなんだから、おとなしく指示に従えって話だけど……!)

「颯月さん。じゃあそれ、俺もフォローに入ります」

 進退(きわ)まっていた時、スッと鷹谷が俺の隣に立った。

(えっ……鷹谷?)

 驚いて見上げる俺にかまわず、鷹谷は颯月さんに向かって続ける。

「俺とトウマさんで協力してやるってことで、どうすか」
「二人でか。そうだね、じゃあそれでお願いするよ。二人でフォローし合って、もちろん何かあれば僕にも相談してくれたらいいから」
「わかりました」
「明日、ちょうど3人とも入ってるよね。明日からスタートってことでよろしく」

 颯月さんは安心したように笑みを見せた。「制服渡すよ」と漣に言い、二人で事務所に戻っていく。
 去り際、漣は複雑そうな表情でチラッと俺たちを見た。でも何を考えているのかまではわからない。それよりも、まず俺自身が混乱している。

「タカ……」

(どういうつもりであんなこと言ったんだよ)

 目で問いかける。けれど鷹谷はそ知らぬふりで「じゃそういうことで」とだけ言い、掃除を再開した。

(3人でって……それはそれで超絶気まずくないか……?)



 そんな不安におののく一夜が明けて、翌日。
 3人そろったところで、さっそく漣への指導開始となった。

「今日は予約も多くないし、2人付きっきりでやってても問題なさそうすね」

 パントリーで鷹谷が予約表を見ながら言い、近くにいるイブにも声をかける。

「俺ら研修してるけど、なんかあったらいつでも接客入るから呼んで」
「わかった、ありがとー」

 ヒラッと手を挙げるイブと別れ、俺たちは事務所に戻った。休憩スペース脇のミーティングブースに入る。
 颯月さんから基本的な所作や接客用語の指導は終わっていると聞いたので、今後まず新人が担当するのは出迎え・見送りの補助やテーブルの片付け、オーダー取りなどだ。

「まずは出迎えのロープレからやりますか」

 鷹谷は居心地悪そうにしている漣を一瞥してから、俺に向き直って言う。

「そ、そうだな」

(うう、どんな顔してたらいいのかわかんねー)
(けど、いつまでもそんなこと言ってらんねーよな。颯月さんは俺を見込んで任せようとしてくれてたんだから)

 鷹谷と共同体制にはなったが、指導には俺が責任を持つべきだ。

(よし。頭切り替えろ、俺。心を無にして指導に徹する……!)

「じゃあ、レン。基本の基本、お客様の出迎えと見送りから教える。新人のうちはメインのスタッフについて、サポート役には荷物やコートの預かりをしてもらうから──」

 それから小一時間ほどは鷹谷がメイン執事、俺が客の役を務め、ロープレを繰り返した。

「立ち位置はもう少し後ろ。そう、受け取ったら左手で──」
「最初以外は頭、そんなに下げなくていい。そう、そんな感じ」
「うんうん、今のすごいよかったよ! なぁ、タカ?」
「っすね」
「あ、ありがとう……ございます」

 始めたら始めたで、段々指導に熱が入っていく。褒めると漣の緊張もほぐれてきたのか、徐々に口数が増え、接客用ではない自然な笑みも覗くようになった。

「自信なかったけど……大丈夫かな、俺」
「うん、のみ込みいいほうだよ。最初のうちは緊張するだろうけど、そこは笑顔でカバーすればいいから」
「わかった」
「よし、じゃあ10分休憩入れようか。その後はパントリーとキッチンの説明するよ。ホールでは主に、食器を下げてテーブル整える仕事から始めてもらうから。──でいいよな、タカ?」

 鷹谷が短くうなずく。休憩と聞き、漣はふぅーっと深く長い息を吐いた。

「冬真、すごいな」
「え……何が?」
「執事スキルっていうの? 素の冬真とは別人みたいだから」
「……そりゃそうだよ。執事ってキャラありきでやってんだから」
「爽やか系だっけ?」
「そう。あ、これ自分で決めるんじゃなくて、颯月さんがスタッフ見て勝手に決めるから」
「そうなんだ。俺は何系にされるんだろ……」

(ていうか……これただの雑談だよな)
(あの漣と今、普通に会話してんのか、俺。なんか……嘘みたいだ)

 指導熱が引いていくと、気まずさがまた軽く首をもたげてはくる。でも研修でかなりコミュニケーションを取ったからか、かなり軽減していた。

(案外話せるもんだな。まぁ別れたの、もう2年以上前だしな……)

「シフト見たけどけっこう入ってるよな。就活もあるし大変じゃないのか」
「あ、いや……俺もう、就活は終わってるから」
「え、早期内定? すご──」
「そろそろ10分すよ、トウマさん」

 ふいに鷹谷が俺の肩を叩いてくる。明らかに漣の声をぶった切るタイミングだった。漣の表情がわずかに強張る。

「……おう。だな」

(こいつ、今のわざと……?)

 表情はなく、特に苛立っているようには見えない。でもその眼差しには、ヒヤッとさせられる冷たさがある気がした。

(なんだよ、何怒ってんだよ。二人体制はおまえが言い出したんだろ)

 鷹谷の心情の機微が掴み切れないまま、3人でキッチンに向かう。ところがその途中で、イブがパタパタとやってきた。

「ごめん、ちょっと回んなくなってきた。一人ホール入ってもらっていい? トウマ推しさん来てるから、できたらトウマのがいいかも」
「わかった、すぐ行く。タカ、漣に説明任せていいか?」
「ラジャ」