学園祭から数日後の平日。世間はクリスマスムードが日に日に濃くなるなか、3限で講義の終わった俺は早めにバイトへ入っていた。
「トウマ、イブ、休憩行ってくれていいよ」
「はい、ありがとうございます」
颯月さんから声がかかり、イブと二人で休憩室に引っ込む。
「トウマ、最近何かいいことあった?」
ソファに座るなり、イブが妙にニマニマしながら尋ねてきた。
「なんだよ、急に。特に何もないけど……」
「えー、ほんと? だって近頃、ちょっと雰囲気違うからさぁ」
「雰囲気? って、どういうふうに?」
「うーん、なんていうのかなぁ。前より人間らしくなったっていうか」
「はぁ? 前の俺は人間らしくなかったってのか?」
「褒めてんだよ? 前よりナチュラルっていうか、肩の力抜けたっていうか。とにかくいい感じってこと!」
「ナチュラルねぇ……よくわかんねーけど」
苦笑で返しながらも、内心ではひそかにドキリとしていた。
(肩の力抜けたのは……たしかに、そうかも)
(鷹谷と学園祭を回ってから……)
大好きなスイーツを買ってはしゃいで、二人でキャンパスを駆け抜けて。俺自身も、鷹谷との関係も、少しだけ変わったような気がする。
(鷹谷とは……キ──)
「ざまっす」
「おわぁっ!?」
まさに今思い浮かべていた男がドアを開けて入ってきて、俺は飛び上がった。
「うわ、びっくりした! も~トウマ、急に大きい声出さないでよ」
「何してんすかトウマさん」
「わ、わりー」
(んだよ、涼しい顔しやがって……)
学園祭ではキス──してしまったけれど、だからといって鷹谷の態度が大きく変わったわけではない。露店を回っている時も、翌日以降も普通だった。
(こっちは顔見るだけでもちょっとそわそわするってのに……)
恥ずかしいからそんなこと言わないし、態度にも出さないよう努めてはいるけど。
(そか……今日はあいつ、18時からクローズまでか)
現在時刻は17時45分。しばらくすると、着替えを終えた鷹谷が更衣室から出てきた。
俺とイブが戻るのも同じ頃合いだなと考えていると、再びドアが開いて颯月さんが入ってくる。
「あ、3人ともいるね。ちょうどよかった、今日から入る新人の子を紹介するよ」
(新人? そういえば、この間一人面接したって言ってたっけ)
颯月さんに続いて、彼より高身長な私服の男が姿を現す。
その顔を見た瞬間、俺は呼吸を忘れた。
「え……」
(嘘……)
目立つほうじゃないけれど、よく見れば整っている誠実そうな顔立ち。センターで分けた、元からやや色素の薄い髪。細身の体。淡色系のシンプルな服装。
硬すぎず、程よく真面目で実直そうな青年。──あの頃とまったく変わっていない。
「漣……」
(なんでここに……)
「あ……」
愕然とする俺の視線を受け止め、相手もありありと動揺を浮かべてこちらを見ていた。
「冬真……ここで働いてたんだ」
「……う、うん……」
「え、二人知り合いなの?」
イブが俺たちを見比べながら首を傾げる。
「あ、えっと……」
「同じ高校だったんです」
言い淀む俺に代わって、漣がおずおずと答えた。
「同級生? へぇーっ、すごい偶然だね!」
「本当だね。じゃあ改めて紹介するよ。新しく仲間に加わってくれたレンくんです。未経験だから、みんなも色々教えてあげて」
颯月さんに紹介されて、漣も「よろしくお願いします」と頭を下げる。
「で、こっちがタカ、イブ、トウマ。ここでは基本、キャスト名で呼び合うから」
颯月さんの話は続いているけれど、俺は顔を上げることができなくてじっと床を見つめていた。
漣の顔をまともに見れない。まさかこんな……きっともう、二度と会うことはないんだろうと思っていたのに。
「そろそろ時間ヤバくないすか」
会話を切るように鷹谷が言い、さりげなく俺の背中に触れた。
「行きましょ」
「あ、そうだね。3人ともよろしく。レンくんは、しばらくはここで座学研修するからね」
「はい」
颯月さんと漣の声を背後に聞きながら、俺は鷹谷に促されて休憩室を出る。
その後、漣は事務所で研修を受けて閉店前にあがったようで、顔を合わせることはなかった。
俺はクローズまで働いて、着替えて店を出て──駅までの道を歩いている時に、後ろから鷹谷が追いついてくる。
「あいつ、なんなの」
「え……?」
「新入りのあいつ」
いつになく低い声音には、言い訳を許さないという圧があった。
(……明らかにぎこちなかったもんな、俺ら)
ただの同級生じゃないと、もう気づいてるんだろう。隠し通せる気もしない。
「元カレなんだ」
観念して答えると、鷹谷は眉を寄せた。
「四方漣。高校を卒業してからもしばらくは付き合ってたけど、1年の夏にフラれて別れた」
「1年の夏……? それって、まさか──」
「うん。あの時、メールで最後通告が来て」
「…………」
鷹谷は眉間のしわをさらに深めて黙り込む。何かを堪えるようにぐっと拳を握った。
「フラれたって、どういう……」
「別に、よくある理由だよ。すれ違いっていうか、価値観の相違っていうか」
鷹谷があまりに怖い顔をしているので、逆に俺はへらへらと笑った。今さらこんな話もあんまりしたくない。
「よくわかんねー。どういう──」
「いいだろ、もう。終わったことなんだし」
食い下がる声を強引に遮った。逃げるように足を速めたけれど……
「待てよ」
ぐいっと腰を抱いて引き寄せられ、鷹谷の胸へぶつかるように倒れ込む。
「ちょっ、何し──!」
往来のど真ん中でほとんど抱き合ってしまっていた。慌てて離れようとしたが、腰に回された腕は緩まない。
「離せ、鷹谷」
「まだ話終わってねー」
「っ……話すことなんか何もねーよ!」
「!」
力を強めて胸を押し返すと、ようやく拘束がほどけた。俺はずり落ちたバッグを抱え直して走り出す。
鷹谷が追ってくる様子はなかったけれど、駅に着くまで足を止めなかった。



