11月中旬、2日間ある学園祭の初日。
朝起きると、寝ているうちに鷹谷からメッセージが来ていた。
『午前中はサークル展示の店番が入ってるから、午後一緒に回ろ』
(へ、あいつサークル入ってたんだ。初耳)
『何サー?』と返信すると、10分くらい経ってから『ボランティアサークル』と返ってくる。
(ボランティア……いや、あの陰気なスタイルでできんのか?)
なんとなく地域の人と接するものをイメージして、心配になってしまう。本人にしたら大きなお世話だろうけれど。
「『OK』っと……」
スタンプで返信して、適当に朝食を取り、だらだらと身支度を整えた。
俺はサークルにも入っていないし、毎年学園祭は軽く覗いてみる程度だ。急いで行く必要もないけれど……。
(家いても暇だし、とりあえず行くか)
そうしてキャンパスへたどり着けば、いつも以上の人ごみに客引きの声が飛び交っていた。模擬店で働く学生たちは派手なカラーのTシャツを制服にして立ち働き、よくわからない着ぐるみも歩き回っている。
あふれる色彩。毎年のことながらちょっとしたカオスだ。若干気圧されるが、人の波を縫って適当に歩いていると──
「冬真くん!」
サークルの呼び込みをしていたらしい大野琴美が、俺を見つけて駆け寄ってきた。
「冬真くん、来てたんだね」
「あー、うん」
「ねねっ。この後、予定ないなら私と回らない?」
(この後……)
「……ごめん。先約あって」
本当は午前だけなら付き合えないこともない。けれど、右手を顔の前に立てて謝った。
「そうなんだ。わかった、こっちこそごめんねっ」
大野はぎこちない笑顔で元いた場所へ駆け戻っていく。
(……ほんと、ごめんな)
心の中でもう一度詫びた。
彼女の好意をわかっているから、これまで気を持たせないように距離感を保ってきた。それなのに鷹谷とは……
(あいつの誘いは受けて、大野は断って。中途半端なことしてるよな……)
最近こういうことを考えると、重石がのしかかったように胸が重くなる。
こんなままはよくない。そう思ってはいるけれど……。
その時ブーッとスマホが震えて、確認すると鷹谷からのメッセージだった。
『店番入ってるけどクッソ暇。寝そう』
「は……なんだそりゃ」
あのイケてないほうのスタイルでぬぼーっと店番している姿を想像して、思わずプッと笑ってしまう。
「…………」
(……俺も、暇だし)
「よー」
「え。来てくれたのか桧並サン」
ボランティアサークルの主催を探して訪ねた先は、教室のひとつを使った活動報告の展示だった。部屋を仕切るようにパネルが複数立てられ、入口近く、机と椅子を置いただけの受付に鷹谷が座っている。
「特に行きたいとこもなかったし、見に来てやったぞ」
「サンキュ。ぶっちゃけそんな面白いもんでもないけど」
「そうみたいだな」
鷹谷が暇と言っていた通り、室内には俺たち以外誰もいない。閑古鳥だ。
パネルには、文章と写真で細かく活動内容がまとめられているようだが……。
「メインは明日ここでやるワークショップで、展示はほとんどそのついでなんだよな。でもさすがに無人にはできねーってんで、今日も持ち回りで店番」
「あー、そゆことか」
「そゆこと。座んなよ」
「いや、まだなんも見てねーぞ」
予備のパイプ椅子を開いて自分の隣へ置く鷹谷に、苦笑しながらツッコむ。
「知りたいなら俺が話してやる。せっかく来たならほら、隣」
「……しゃーねーなぁ」
ペシペシと座面を叩いてせがまれ、望み通り座ってやることにした。
「てか、ボランティアサークルに入ってるって知らなかった。ずっとやってんのか?」
「1年から入ってはいる。活動は希望申込制だから、たまにだけど。特養へ慰問に行くのが時々あって、やったらばあちゃんが普段どんな生活してるかわかるかと思って」
「……これもおばあさんのためか」
「単に俺が知りたいだけだけど、きっかけはな。けど清掃活動とか防犯パトロールも、やってみたら色々勉強なって楽しいよ」
「へぇ……」
(俺、ボランティアなんて今まであんまり興味持ったことないな……)
せいぜい募金を見かけたらするくらいで、積極的に支援活動に関わったことはない。
(なんか鷹谷って……ちゃんと地に足着けて生きてるって感じがする)
(この前家に行った時は素直に褒めるのシャクっつーか、照れくさくて言えなかったけど……)
「……おまえってさ。見た目より何倍もいいやつだよな」
今日も気恥ずかしさはあったけれど、思ったよりスムーズに言葉が声となって滑り落ちた。
話を聞いていたらじんわり胸が温まって、照れよりも言いたい気持ちが勝ったのだ。
鷹谷は「へ?」と言うようにこちらを見て、きょとんと目を丸くする。
「微妙にルッキズム発言だけど、それ喜んでいいやつ?」
「その格好の話だ! 自分だって胡散くさいのわかってやってるんだろうが」
渋面で返すと、鷹谷も予想していたのかすぐに相好を崩した。
「わかってるって、冗談だよ」
「ったく……そういうとこはホント可愛くねー」
(よくわかんねーとこも、子憎たらしいとこもいっぱいあるけど……)
「……でも、家族や、その家族からもらったものをちゃんと大事にしてるの、すげーいいと思う」
(そういうのって、誰にでもできることじゃない。強引に振り回されても、こいつのことマジで嫌って思えないのは──)
「クールそうに見えるけど、中身はまっすぐであったかいやつだよな、おまえ」
「…………」
(え、無言?)
「鷹谷?」
なんの反応もないので、前髪に隠れ気味の目を下から伺い見た。すると微妙に怒ったような、むくれたような顔でふいっと視線を外される。
(……? ひょっとしてこれは……)
「おまえ……もしかして照れてる?」
「照れてねー」
コンマ1秒くらいの速度でぼそっと低い声が返ってきた。
「いや、絶対照れてただろ今」
(なるほど、こいつは照れると黙り込むんだな)
「うるせー」
右手でわしゃっと髪を掻き混ぜて、やはり不機嫌そうにぼやく。前髪が動いて、さっきまでより顔がよく見えるようになった。けれど鷹谷は前を向いたまま、目だけでこちらを流し見て、
「……そういうふうに言える桧並サンも、すげーいいじゃん」
「俺は思ったこと言っただけで……」
「だから、それが。人のことちゃんと見て、認めて、それをちゃんと伝えられるのだって、大事だしすげーことだろ」
逃げていた視線が戻ってきた。今度は顔ごとしっかり俺のほうを向いて、鷹谷は続ける。
「初めて会った時も、アンタは俺にちゃんと伝えてくれた」
「えっ……?」
(初めてって……?)
バイトの初対面時のことだろうか。どんな状況だったかすぐには思い出せない俺に、鷹谷はふわりと目を細めて言った。
「桧並サンと俺、2年前の夏に会ってんだよ」
「は? 2年前じゃおまえまだ……」
「うん。アンタが1年、俺が高3。俺が夏休みのオーキャンに来た時」
正面の机に目線を移した鷹谷は、置いてあった水のペットボトルをトントンと指で叩く。
「覚えてない?」
(え、水? 水がどうした……?)
(2年前の夏休み……水……)
「──! まさか……」
脳裏に浮かんだ記憶に、俺は息を詰めて目を見張った。
(あの日のことだったら、忘れるわけない)
封じてしまいたくて、できるだけ思い出さないようにはしていた。でも忘れたわけじゃない。いつだって、胸の片隅にくすぶっている。
だってそれは──俺が恋を失い、もう二度と恋愛なんてしないと決めた、まさにその日のことだから。



