珠景姫 Mikage Hime ~百年越しの夏に見た夢~


 夏の太陽が目覚める。
 気温が上昇し、蒸し暑くなってきた。

 山から降り注ぐ蝉の合唱。海が奏でる潮騒。 
 年季の入った建物が並ぶ小道の先に、小さな踏切を見つけた。

 海へと続く一本道。
 寂しげな建物の影。
 錆びた看板。
 色褪せたポスター。

 歴史の足跡を辿る二つの足音を聞き、踏切は警報音を鳴らす。
 黄色と黒の縞模様が道を遮断した。

 左から右へ。朱色の気動車が走り去る。
 駆け抜けた風が、十七歳の髪を靡かせて遊ぶ。

 踏切の警報音が鳴り止み、道が開かれた。
 緩やかな坂を歩き、盛土の上に敷かれた線路の先に進む。

 青と白が織りなす美しい世界へ。

「島の海水浴場の一つ。鈴鳴(すずなき)海岸!」
「綺麗な海――。波打ち際まで行こっ!」
「うん! 海辺で飲むサイダー絶対美味しい!」

 眩しい太陽と立派な入道雲。
 空と海を繋ぐ青のグラデーション。
 光と戯れる水面と、透明感のある穏やかな波。

 夏の海景色に魅了され、心は不思議なくらいに高鳴る。
 ふかふかの白い砂浜の先、二人は波打ち際で足を止めた。

珠景(みかげ)、乾杯しよっ!」
 (つむぎ)がサイダーのペットボトルを見せると、珠景(みかげ)も同じように掲げた。

「「乾杯!」」
 互いのペットボトルを軽く触れさせ、二人はキャップを回して開ける。
「うわ、爆発したっ!」
「あはは! 何してるのさっ」
 蓋を開けた瞬間に溢れ出てきた(つむぎ)のサイダーを見て、珠景(みかげ)は楽しそうに笑う。

 そして、笑みを浮かべたままサイダーを口にした。
「これ、美味しいね。すっきりしてて飲みやすい」
「でしょ! 暑い日のサイダーは格別」

 この爽快感が堪らない。
 熱くなった身体に沁み渡り、涼しげな気分にさせてくれる。

 海辺でサイダーを飲む姿は映画のワンシーンみたいで、(つむぎ)は思わず見惚れてしまう。

 商店街を歩いている時も、多くの人が珠景(みかげ)に目を奪われていた。
 国宝級美少女でありながら、眩しいオーラも纏ってしまっているのだ。
 人々の注目を集めてしまうのは、仕方がないのかもしれない。

 波打ち際でサイダーを味わい、駅の方へ戻ろうとした時だった。 
 見知らぬ男性二人が道を塞ぐように現れ、ニヤリと笑みを浮かべた。

「ねぇねぇ、君達。今、暇な感じぃ?」
 (つむぎ)珠景(みかげ)は、その場に立ち尽くす。
「今から一緒に遊ばね? 少しだけで良いからさ!」
 筋肉質の男は、一人で喋り続ける。ガリガリの男は、隣で笑みを浮かべるだけ。

 困った。まさか、本当にナンパされるとは。
 リンさん、この人達を詰め込む難破船は何処に……?

「黙ってないで何か言ってよ。特にお姉さんさ、絶対声も可愛いっしょ」
 夜のトンネルに比べたら怖くないものの、恐怖心は湧いてしまう。

 サイダーのペットボトルを投げつけても良いが、簡単に躱されそうだ。
 ここは最終奥義『助けて〜』を出すしかない。
 大きく息を吸い、声を張ろうとした瞬間だった。

「悪いけど、俺の大事な人なんで」
 クールな表情をした少年が、(つむぎ)と男達の間に割って入った。
 その少年の名前を呼び、(つむぎ)は瞳を潤ませる。
(なぎ)……」
 幼馴染の(なぎ)は、(つむぎ)を見て表情を緩めた。

「何、お前。この子の彼氏?」
「関係ねぇだろ」
「お前さ、顔が良いからって調子乗りすぎじゃね?」
 筋肉質の男は凪に歩み寄ると、拳を勢い良く突き合わせてみせた。

「ならお前も、ブサイクのくせに生意気だな」
「んはぁ? お前、良い加減にしろよっ!」
 握りこぶしが、(なぎ)に向かって伸びる。
 (つむぎ)は咄嗟に目を瞑り、その場にしゃがみ込んだ。

 視界を閉ざした事で、状況が分からなくなる。
 誰かが殴られる音も無ければ、誰かの悲鳴も聞こえてこない。
 聞こえてきたのは、(なぎ)とは別の聞き慣れた声だった。

「イケメンなだけでも勝ち組なのに、好きな女を助けて、簡単に右ストレートを避けるんだから。俺ら、一般男性はやってられんわ。お気持ち、痛いほど分かりますよ」

「……らいらい?」
 顔を上げて、その姿を確かめる。
 踏切近くに座り、スマホのカメラを構える(らい)を見つけた。
 (らい)は笑みを浮かべ、こちらに駆け寄る。

「お兄様方、すいませんね。親友がピンチだったんで、証拠映像押さえちゃいましたわ。あんまりカッコ良く映ってないですけど、動画要ります?」

「んあ? いらねぇよ、早く消せ」

「あぁ、動画に残さず心に刻む系男子っすか。それは失礼。動画消すんで、その代わりどっか行ってもらって良いです? じゃないと、ポリスメン呼んじゃいますよ?」

「……ちっ。行こうぜ、馬鹿馬鹿しい」
 舌打ちをすると、面倒ごとになる前に、男達は行ってしまった。
 嵐が去った後のような静寂に、(つむぎ)は安堵のため息を滲ませていく。

「うぅ……怖かった……」
 緊張感から解放された事で、目には涙も浮かんでしまう。
「……ごめんね。私も、声出なかった」
 泣き顔を晒す(つむぎ)を見て、珠景(みかげ)は申し訳なさそうに頭を下げる。
珠景(みかげ)は悪くないよ」
「そうそう。綺麗な花に群がる害虫が悪い」
 (つむぎ)の意見に、(らい)は何度も頷く。

 一呼吸おき、珠景(みかげ)(なぎ)(らい)に対しても深々と頭を下げた。
「助けてくれてありがとう」

「幼馴染と高嶺の花が困っていたら、助けに向かいますよ。ま、手柄のほとんどは、このイケメン左腕が持っていきやがったけど。なあ、(なぎ)
 (らい)(なぎ)と肩を組んで見せると、ニッと笑った。

「なら、お前が間に入って、殴られれば良かっただろ」
「その場合、どう解決する?」
「お前が殴られた時点で被害者が出てるから、警察と救急車を呼べば済む話だろ」
「俺の人権大切にしてぇ!」
 二人のやり取りを見て、(つむぎ)珠景(みかげ)も安堵の笑みを浮かべた。

 まだ心臓はドキドキしている。
 (なぎ)(らい)が来てくれなければ、どこかに連れて行かれたかもしれない。
 無事に回避出来たものの、嫌な出来事に遭遇してしまった。

「とりあえず、帰ろうぜ」
 (なぎ)の提案に、三人は黙って頷いた。